麦わらクラブ番外編:依頼のない一日 6 「観念しろ、ゾロ」 ぽん、と肩を叩いたウソップはその声こそ遺憾とばかりに沈んでいても目が笑っている。 チョッパーは、ぱちぱち瞬きを繰り返してただゾロの口が開かれるのを待っている。 ルフィは「早く言えよ」と、さらりと言っては料理に手を伸ばしてサンジに叩かれている。 この計画を立てたと思われるロビンは微笑ましいとでも思っているのか口元を緩ませたまま少し離れたキッチンで自分たちを見ていた。 ただ、サンジだけがロビンの傍らに立って、こっちを見向きもしないでタバコを吸っている。 こんな時なら仲間たちに参加して俺を困らせようとするか、ナミの手を取って「こんな愛の言葉の一つも囁けない奴より俺の方があなたを愛してますv」なんて歯の浮く台詞をすらすらと吐くもんだと思ったが、珍しい。 まるで俺たちを見ようとしない。 キッチンの床に目を落として何か考えこんでいる。 あいつと何かあったのか、とナミに聞こうとして唇を開きかけたら、目前に座っていたナミが「早く!」と急かした。 ・・・・うっかり忘れていた。 そうだ。俺は今窮地に立たされているのだ。 あんなグル眉のこと考えてる余裕なんかねェはずだ。 それともこいつらから逃げるためにグル眉のことで頭を占めちまったのか。無意識の内に。 クソ。思い出しちまったじゃねェか。 「いいか、何度も言うがな。俺ァ言わねぇぞ。何を期待してるのか知らねェが。とっとと散れ」 ひらひら手を動かせば、ナミが目を丸くした。 「・・・・だって、約束したじゃない・・・」 「してねェ。ありゃ無効だろ。俺はす・・・ッ・・・す・・・とか何とか言うとは言ってねェぞ」 「ゾロ、あともうちょっとだ!ほれ、『き』を付けるだけだぞ!『き』!ゴーゴー『き』!フレッフレッ『き』!!」 変な声援を送ったウソップをじろりと睨んでいなすとウソップはささっとルフィの影に隠れた。 背後に隠れたウソップをちらと見て、ルフィもまた大仰に溜息を吐く。 「ダメだなァ、ゾロ。男は約束守るもんだっていっつも言ってんのはお前じゃねェか」 「約束じゃねェ。はめられたんだ。」 「けど、約束は約そ・・・」 「いいわよ、ルフィ。」 ナミの沈んだ声に皆がはたと気付いて口を閉ざした。 見ればナミは柔らかな笑みを湛えて、けれども伏し目がちに小さく溜息をついた。 「いいわよ。もう。そんなに言いたくないなら。」 「───ナミ・・・?」 チョッパーが呼びかけると、健気にもまた笑顔を広げる。 (・・・・演技だろ。演技) この女がそういう女ってのはわかってんだ。 何回もこの手で騙されてきたからな。 今更こんな顔に動じねェぞ。 断じて。 断じてだ。 断じ・・・─── ま、待て。 「てめェ何泣いて・・・」 ナミの眦に浮かんだ涙に、疑いかけただけに罪悪感が深く募った。 チョッパーがナミの肩にそっと手を置いて「ナミ」と呼びかけても、ナミはすっと目を落としたっきり誰の顔も見ようとしない。 「ぞ、ゾロ。いいじゃねェか。なっ!言ってやれよ・・・おい、ナミ、この3000人の男に愛の言葉を囁かせたキャプテンウソップ様に任せろ!ゾロ、ほれっ!」 ウソップが慌てて俺を小突いてくる。 その言葉に反論しようとしても、ナミは俯いてしまって少し、鼻を啜られてはたまったもんじゃない。 「・・・・言やァいいんだろ」 深呼吸一つ。 チョッパーやウソップやルフィや、キッチンでまだ笑みを絶やさねェ女にこっちの会話など耳に届いてもねェエロコックを一度見渡してからゾロは、ナミを見た。 照明に照らされてオレンジ色の艶も増した女は、その髪を揺らすこともなくただじっと俯いている。 「・・・好きだ」 ピクリとナミの肩が揺れた。 「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好ーきーだ。これでいいか。」 沈黙の後に、ウソップが漏らした溜息が部屋に響いた。 「ゾロ・・・お前なんちゅう・・・」 投げやりな、と長い鼻をぽりぽり掻いて呟きかけた時、ナミがパッと顔を上げた。 「ま、いいわ。それで許してあげるv」 ───やっぱり演技だったんじゃねェか。 ふふっと笑ったナミは、ウソップを振り返った。 「ウソップ、ちゃんと録音できた?」 「ろ・・・・ッ?」 「お・・・?お、おぉ。出来てるはずだぜ」 「ちょっと待て、録音てのァ・・・」 「良かった。やっぱり着信音が『アホ』なんてさすがにね♪」 「何が『さすがにね』だ。何が・・・」 「ゾロ、私も好きよ」 「取って付けたように言ってんじゃねェ!おい、ウソップそれはすぐ消せ。この女に渡したらてめェたたっ斬るぞ!」 襟首を掴んで、ナミは上機嫌極まりなく声をあげて笑った。 「大好き!」 言って、ナミが傍らにいたチョッパーにきゅっと抱きついた。 チョッパーの栗色の髪がさらりと揺れて白い顔が途端に真っ赤に染まったかと思えばすぐに離れて今度はウソップに飛びつく。 「あんたもよ、ウソップ」 「・・・おっ?!ちょ、待て!俺にはカヤが居て・・」 ナミの肩を押そうとしたウソップの手がすかっと空を切った。 もうナミはルフィに抱きついて「あんたも、ルフィ!」なんて言っている。 キッチンから出てきたロビンにも抱きついて「ロビン先生、ありがとう」と言った後にあのエロコックにすらも腕を回した。 「サンジくんも・・・・ありがとう」 おい、何だ。何でそいつの時だけ長ェんだ。 やっぱ今日何かあったのかと訝しんで、俺に振り返った。 「ゾロ、大好きよ」 緩く伸ばされた腕が俺のシャツを掴んで引き寄せた。 一歩、前に進めば胸にはナミの頭がぽんと当たる。 仲間たちの目がじっと俺たちに向けられて、だが、こんな状況でナミに応えられるわけもなく手持ち無沙汰に頭を掻いたら、顔を上げたナミが頬に一つキスをした。 「あんた達みんな、大好き!」 言葉につられて、皆は私に笑顔を向けた。 ノジコと赤ちゃんがこの家に来るのだと聞かされたメンバー達は、想像通り驚いて、でも憂いを見せた者は一人もいない。それぞれが一週間後に我が家に来る彼らを歓迎して、喜びにまた乾杯した。 大学の試験は来週からだけど、高校生の3人は明日から一週間が試験期間だと言うから、彼ら自身はもっとと言ったけれどナミはそれを良しとせずになかば強引に早々に切り上げて、まだ一人飲んでいるゾロはさておき、空いた皿を片付けようとメンバーたちが帰り支度を始めたのを横目で見ながらキッチンへと入ると、サンジが「俺がやりますよ」と慌てて後を追ってきた。 「あらそう?でも、ロビン先生は帰りたいみたいよ」 サンジがナミの指差した方向を見れば、ロビンは鞄を手にしてもう玄関へと向かっている。 「どうしたのよ、サンジくんらしくもないわね」 「・・・・ナミさん、俺って情けねェかな」 「───ロビン先生と何かあったの?」 「いや・・・いや、何も。ナミさんをちょっと心配させてみたかっただけですv」 「ねェサンジくん。」 はい?とおどけて答えたサンジに苦笑した。 「今日ずっとロビン先生に何か言おうとしてたでしょ。『何を』かは知らないけど、私が主役のパーティーで先生ばっかり見てたわね。」 「俺が?そんなわけないじゃないですかv俺はいつだってナミさんしか・・・」 「ロビン先生がどうして機嫌悪いか知ってる?」 「機嫌?ロビンちゃんが?」 呆れた。 気付かなかったのね。 今だってほら、サンジくんを置いて帰ろうとしてるじゃない。 「今日の料理は全部ロビン先生の手作りだったのに。」 あ、と間抜けな声を出してサンジは呆然と立ち尽くした。 「いつもは不必要なほど誉めるのに。一大決心するのはいいけど、日が悪かったわね」 何もかも悟ったように言った少女にもはや反論もできない。 ロビンに、本気でぶつかってみようなんて自分らしからぬことを考えていて、傍らに座っていた彼女の顔をちら、と見てはまたいつものように「いい子ね」と言われて終わりかとその声を想像して、胸の内で落ち込む。 そればかり繰り返していて、料理は確かに美味しいと言ったけれど、上の空だったことをロビンは見通していたのだろう。 くるっと踵を返して、彼女の後を追おうとしてからサンジは不意に振り返って「ナミさん」と声を掛けた。 食器を洗おうとスポンジを持ったナミが顔を上げると、そこには少し照れたように笑う料理人。 「この貸しはいつか返してもらうから。」 「もちろんvv100倍にしてお返しさせてもらいますよv」 「いいから早く行きなさいよ」 廊下の先で玄関の重たい扉がバタンと閉まる音がした。 じゃ、と別れを告げてサンジの足音が遠ざかると、今度はチョッパーとウソップが「じゃあな」と声を掛けてくる。 「あんた達、悪かったわね。明日から試験でしょ?」 「気にすんな、ナミ!何せお前の誕生日だからなっ!それにこの俺様が前日に勉強しなかったってだけで動じるような男だと思うか?」 「そうね。前日に勉強しようがしまいがあんたの成績がそれ以上下がるわけないもんね。」 「そう、底辺にいる今ならこれ以上下がる心配は・・・ってコラ!」 「チョッパーあんたは?大丈夫?おばあちゃんに怒られない?」 「う、うん。俺ちゃんと勉強したし・・・成績が悪くなかったらドクトリーヌは何も言わないぞ」 「そっか・・・日頃コツコツやってるものね・・・誰かさんと違って」 ちら、とウソップを見ると、ウソップは鼻歌を歌いながら視線を逸らして、チョッパーの襟首を掴んで「じゃあな!」と逃げるように去っていった。 「ナミ、大丈夫か?」 「あんたも気をつけて帰りなさ・・・何よ、大丈夫って言うのは」 続けて廊下を通りすがったルフィと、同時に声を掛け合った。 少年はぴたっと歩みを止めて「ん?」なんて聞き返してくる。 「私の台詞じゃない。あんたこそ大丈夫なの?」 「俺か?俺は泣かねェぞ」 「泣・・・・・かないって?」 「さっき泣いてたろ」 あァ、そういえば。 (全く───かなわないわ。) あの時、ごまかせたと思ったのに。 ゾロが頑なに好きだという言葉を拒んでいる姿を見たら泣きたくなってしまった。 そんなにも「好き」って言わせたかったわけじゃない。 誕生日プレゼントなんて期待してたわけでもない。 むしろ、何もないのだと思っていたのだから、帰ってきた時に皆が口々におめでとう、と言ってパーティーの準備をしてあると明かされた時にはそれだけで、私は満ち足りた気持ちになった。 だって、本当は嬉しかったのよ。 チョッパーが私の誕生日のことを聞いてきてくれたことも。 皆が不意に私たちの会話に耳を欹てたこともその気配は手に取るようにわかって。 ゾロが、私の胸の内を探ろうとしたことも。 嬉しくて嬉しくて、だから昨夜はどうしても皆の顔が見れなくて、一人部屋で泣いてしまったんだから。 皆の優しさがね、痛いぐらいに胸に沁みていったのよ。 だから、それだけで十分だったのよ。 なのに、私と同じ日に生まれた赤ちゃんを見て、少しだけ欲張りになった。 私がこの子が生まれたことを心の底から祝福したように、私もその幸せを感じたいなんて欲張りになってしまったのよ。 それなのに、ゾロってば私を祝おうなんて気持ちはこれっぽっちも持ってなくて、他の誰でもない、ゾロだから少しぐらいはそういう気持ちを持っていて欲しいのに、ロビン先生が考えてくれた計画も最後の最後になって、突っぱねちゃうんだもの。 アイツのそんな姿に何だか悲しくなってしまって、涙が出そうになったけど、そんなことで悲しくて泣くなんて子供じみてる。 だから、あの場では誤魔化せたと思ったのに───やっぱりこの子には隠せない。 さすがリーダーね。 苦笑してルフィを見たら、わかってるようでわかってないルフィはニッと笑った。 |
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