麦わらクラブ番外編:依頼のない一日



7




「そっか。そうよね。忘れてたわ。あんたってルフィだもんね」

妙に納得して、そう言ったらルフィはぱちぱちと瞬きを繰り返した後、それでも笑顔を崩さないままに言った。

「・・・・? おぅ!俺はルフィだっ!」

「大丈夫よ。私は。あんた達が居たから。」




こういうのって、意地っ張りって言うのかしら?

そうかもしれない。

でも、ゾロと二人きりの時にそれをしてしまったら、きっと歯止めが利かなくなっちゃうから。
言葉に偽りはないわ。




「ゾロに泣かされたら言えよ。俺がゾロをぶん殴ってやる!」

「頼もしいじゃない。ルフィ、あんたまだ私のこと好きなんでしょう?」

「おぅっ!」

潔いまでの返事が心地良く響いて、さすがにルフィの大声はまだお酒を飲んでるゾロの耳に何一つ漏れることなく届いていたのだろう。
ダイニングテーブルの上にグラスを強く置いて、ゾロがじろりとこっちを睨んだ。

「モテる女は辛いわね。ほら、あんたも早く帰りなさいよ。明日は遅刻するんじゃないわよ。」

「何でだ?」

「試験だからに決まってるでしょ。あんた勉強は───愚問だったわ。とにかく早く帰りなさい」

首を傾げたルフィは最後の言葉を聞くとわかった、と頷いた。
大きく手を振って玄関まで言って、チョッパーとウソップに「待たせたな!」と声を掛けて、しばらくすると三人が口を揃えてじゃあな、と言った声が聞こえた。

ドアの閉まる音の後には、水道から流れ出る水音だけ。

7人分の食事の片付けともなると結構な量にもなって、全て洗い終わった後にはそれを拭いて棚にしまうことが億劫になって居間へと戻った。

見ればダイニングに居たはずのゾロの姿がない。

寝室にいるのかと思って覗いても、彼の姿は見えない。

振り返ると、和室にようやく彼の姿を見つけた。


「ゾロ、寝ちゃったの?」

「・・・・もうちょっと飲まない?」

「今日は悪かったわね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」






「方向音痴」







「誰が・・・・・ッ!」



がばりと起きたゾロに満足げに微笑んで、ナミはふふんと鼻を鳴らした。

「やっぱり狸寝入りじゃない。あんたってちょっと拗ねるとすぐそれなんだから。いい加減子供みたいな真似しないで欲しいわ。」

「誰が───」

「今日は私の誕生日なのよ?ちょっとは私に気を使ってくれてもいいんじゃない?」

「それだそれ。てめェ大体何も祝わなくていいって言ってただろうが。コロコロ意見変えやがって・・・」

「うーん、さすがに疲れたわね。」


説教じみた口調になったゾロの言葉を遮って、ナミは彼の胸に体を預けた。
頭の上から人の話を聞けだの、疲れるのはこっちだだの、時折思い出したように文句を言う彼の言葉を遠くに聞いて、瞳を閉じていたら、ゾロの腕が肩を抱いた。

いつだって、そう。

あんたって自分でもわかってないでしょう。

世界で一番私を甘やかしてるのが自分だって気付いてる?

その腕が、私に甘い幸せをくれるんだって知ってる?

甘くて甘くて、とろけそう。



だから私は私で居られるのよ。



「おめでとうって言ってないの、あんただけよ」

「・・・・他の奴らに言われてたじゃねェか」

「何よ。妬いてんの?」

顔を上げたら、眉間に皺を寄せたゾロの顔。

何だかイジワルしたくなって、片方の頬を軽く抓ったらゾロは手から逃れようとますます眉を顰めて顔を離した。

「今更妬くか」

「たまには自分に正直にならないとね、あんたも」

「・・・『も』?」

「ルフィとまではいかなくても、サンジくんは今日きっと正直に言うわよ。」

「俺とエロコックを一緒にすんな」


思いっきりしかめっ面になってる。
それでもゾロはふと、視線を上にやって「それでか」と妙に納得した表情を見せた。
ゾロだってさすがにサンジがいつもと違うのだと気付いてはいたのだが、口に出すほどのことでもないかと様子を伺うだけに留めた。

・・・というよりは、自らの羞恥心で他人のことなど構う余裕がなかった。


「赤ちゃん可愛かったわよ。ゾロも来れば良かったのに」

ナミは今日目にした赤ん坊の仕草や、声や、その感触をぽつりぽつりと言葉にしては、その度に自分の胸にもたれかかった頬をすり寄せる。

じゃあ、これは間違いなく誘っているに違いないと判断して唇を重ねてやったら、途端に機嫌を損ねて「馬鹿」と怒り出した。

「あんたってすぐにそっちに持ってこうとするんだから。」

「てめェが子作りの話を振ったんじゃねェか」

「こ・・・何でその話になるのよ。」

呆れた、と溜息を大きく漏らしてナミはぱっと体を離した。

「あんたみたいにエロいことしか考えてない親父の脳みそじゃ理解できないでしょうけど、私はね、今すごく神聖な気持ちだったのよ。ぶち壊しじゃない。どうしてくれんのよ」

「知るかよ。」

「んもう!」


体をトン、と押して和室から出たらゾロもすぐに後を追うようにして出てきた。
お風呂の用意をしようとバスルームに向かうと、後ろからひたひた足音がついてくる。
振り返れば、ゾロはぴったり私の真後ろにくっついてじっと見下ろしてきた。


「・・・謝ったって許さないわよ」

「謝る気はねェが、何をそう怒ってるのか聞かせろよ」

堂々と言い放って、腕組みをするとそのままふんぞり返ってる。


ゾロ、あんたって・・・本当に、何て鈍感なのかしらね。


「子作り云々の前にやることがあるでしょう?」

「・・・・・あ。」

暫し考えた後に手をぽんっと叩いた彼はきっと勘違いしていることは確実で、諦めてバスルームのドアを開けようとしたら後ろかあらゾロの手がドアノブを掴んでいた私の手を取った。

廊下は電気を灯すこともなくて、居間から届く光だけ。
薄暗く、冷たいフローリングの床の上に私は素足のまま立っていて、触れられた彼の手の熱に胸が鳴った。

初めてじゃない。

それどころか、毎日のように触れているのに、どうしてかゾロの手は私に熱い。

「わかった」

「あんたのその台詞、今日の夕方にも聞いたわ」

「ありゃわかってなかった。」

「じゃ、どうわかったのか言ってみなさ・・・・」



ぐいと私を引き寄せて、案の定キスしてきた彼は、私が何を言おうとしたかなんて全然わかってない。

私の唇を全て味わうように被せられたキス。

離す時に小さく吸って、離れたかと思えばまた重ねる。
舌を絡めて私の両頬を手で包む。
耳に当たった指が、輪郭をなぞって髪に差し込まれるときにはもう体の奥がじんと痺れて、私は言葉が出せなくなる。

───そんなキス。



いつものように私はこのたまらなく甘美なキスにいつしか応えていて、ただ、彼の与える快感に頭の芯がゆるりと溶けていく感覚に意識を集中してしまう。

長く唇を重ねていれば、ゾロの手がゆっくりと背を這った。

背骨に添って下ろされていく指の動きに眩暈にも似た感覚が押し寄せて、彼が腰を抱き寄せたときにはもう、抗う気すらもない。

それでも、ゾロは決してキスを止めない。

きっと、私の反応を楽しんでる。

「・・・・ん・・・・っ」

唇の裏側を舐められて、吐息を漏らすとゾロが僅かに動きを緩めた。
少しだけ瞳を開くと、目と目が合う。

私、今、どんな顔してるんだろう。

ゾロは私を見てどんなこと、思ってるんだろう。

いつだって疑問は頭に在って、それはいくら体を重ねてもわからない。

ゾロが、何を思ってるかなんてわかんない。

ただあんまり激しくて、だと言うのに優しくて、触れられた肌はじわりと快感を与えられて、そんなのどうでも良くなっちゃうのよ。




一瞬、ゾロの唇が重ねられたまま、少しだけ動きを変えた。






「・・・ゾロ・・・?」

慌てて顔を離したら、ゾロは唇をぎゅっと結んで私を見てる。

「今・・・・・何て言ったの?」


「別に」


「嘘。何か言ったじゃない」


「知るか」


「言わなかったら今日はナシよ」





何だと、この女───

昨日は自分からキスをねだってきやがって、そのくせ先に寝付いといて、そりゃねェだろ。
こっちはてっきり今夜ヤれるもんだと・・・いや、そうじゃねェ。
俺がそんながっついてる男に見えるか。


「何よ、その顔は」

「今日があるから昨日しなかったんだろうが。」



・・・・思いっきりグーパンかましてきやがった。



「こっちは昨日はあんたの所為で寝れなかったのよ!今日は眠くてしょうがないんだから!」

「そりゃこっちの台詞だ。散々焦らしやがって」

「誰がいつ焦らしてんのよ。」

「てめェこそぐーすか寝てたじゃねェか」

「それはあんたでしょ?キスだけしといて・・・」


はたっと会話を止めて、二人で見合った。

ふっと笑ったのはナミが先で、ゾロは未だ釈然としない面持ちでそれを見下ろしていた。


「はは・・・アハハ!あんたが手ェ出さないなんておかしいと思ったのよ!」

「何だそりゃ」

「いいの。いいわ。もう。ね、ゾロ」


手を引いて、キスを強請ったらゾロは暫く躊躇った後にまた、唇を重ねた。


だって、ゾロ。

あんたってば気後れしてたんでしょう。

昨夜は私が落ち込んでいると思っていたから。

私から何も言わなくて、だから、私にその気がないんだって思ったんでしょう。

ばかね、私はあんたの胸に頭を預けてずっと起きてたのに。

あんたがたまに私の背を撫でたのも知ってるわ。

髪を愛しげに梳いては、でも、決して無理に私の顔を上げさせようとしないから。


やっぱり気を使ってたんでしょう。


「・・・私はそんなに弱くないの」

「へェ」

唾液がち、と鳴る音がしてゾロの唇は、軽く、まるで遊んでるみたいに私を吸う。

「あんたが思ってるよりずっと」

「かもな」

「信じてないわね」

「ねェな」

「私、感謝してるのよ」


キスの合間に交わす会話は吐息のように小さく、甘い声。





「本当に感謝してるの。」







「生まれて良かったんだって思う時もあるのよ」







「これでも」






ふっと顔が離れていった。







「じゃ、子作りの練習でもするか」


「バカ。誰がそんな事言ってんのよ」


「言いてェことは言っただろ」


「さっきの言葉、足りないわ。」







ゾロはがしがし頭を掻いて耳元にそっと唇を寄せた。

オレンジ色の髪が揺れて、彼女の笑顔。

子供のように胸に飛びついてきた女に、何だと言い掛けてゾロは唇を閉じた。





胸元で彼女が囁いた言葉に、今更ながらに自分が口にした言葉が恥ずかしく思えて、無造作にその体を抱き締めた。







「一生って付けないと意味がないじゃない」



「・・・じゃ、一生で」







こぼれた笑みをキスに変えて、ナミはするりと腕を抜けていった。

寝室に向かった女のあとをゆっくりと追えば、ドアを開けて振り返る。

挑むような目で、俺を誘う。

あんな言葉、聞きたくもねェのはてめェじゃねェのか。

好きとかそんなんじゃねェ。






そんな一言で片付けられるような女かよ。こいつが。



ドアを閉めると月光に照らされて、ナミが笑った。








7月3日───三年目。


一生続くこの日を、私たちはきっと拭いきれない気持ちと共に、毎年迎えるだろう。





だけど、哀しみも、怒りも、痛みも、そして喜びも、それを知るあんたがいるから、私は強くなれるのよ。

見守ってくれるあいつらがいるから、私は強くなれるのよ。






笑顔で返すわ。






これからもずっと、幸せを与えてくれる彼らに。



これからもずっと幸せを分かち合う彼に。









愛をこめて。



=====Fin=====

●後書き●

お読みいただきアリガトウございましたm(u u)m

えと・・・もしかしたら、今回続編ということで、麦わらクラブを読み返してくださった方がいらっしゃるかも・・・
(というか、実際にいらしたようで・汗)
な、長いのに本当に本当に申し訳ナ・・・す、みません。
重ねてアリガトウございますと言わせてください^^;


ご意見ご感想はBBSやメール、お茶室をご利用くださいまし^^
一言だけでもいただけると嬉しいデスv
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