LETTERS 3 駅前のビルは人ごみも多い。 今日からセールが始まるからだ。 秋服や、少し薄手のセーターが安くなるから、ビビと二人でセールが始まる初日の今日、一緒に買い物に行こうねとずっと前から約束していた。 洋服売り場を見て回って、それからビビが来年のカレンダーを見たいからと言って文具店へと二人で向かうと、ナミは店頭に置いてあったノートの中から青い表紙のものを手に取って「ビビ、あんたやってみたいって言ってたでしょ?」と弾んだ声で問い掛けた。 「やってみたい?ああ、おまじないのこと?」 「うん、効果あるかもしれないじゃない。やってみれば?」 「やるにしても相手がいなかったらできないわ。」 「だからコーザの名前を書いてみなさいよ。もしかしたら幼馴染から一歩前進しちゃかもしれないわよ」 ふふっと笑ったナミは、今朝からどうも様子が変だったけど、これは只事ではないような気がしてきて、ビビは苦笑しながら「ナミさん、どうしたの?」と訊いた。 いつもはおまじないなんて自分が口にすることはあってもナミから話題に出すことはないし、出すとしても、ナミは「そんなの自己満足じゃない」と冷たくあしらうぐらいだ。 だと言うのに、今朝からナミは何度話し掛けても上の空で、たまに鞄からケータイを取り出してにこにこしてるかと思えば、何度かボタンを押して溜息を漏らすし、それから話しかけたら突然顔を真っ赤にして、な、何?なんて口籠るし、どうしたのだろうと思っていたけれど、しまいには自分におまじないをしてみればなんて勧めてくるから、さすがにビビはこれは彼氏と何かあったのだと気付いた。 「彼氏と何かあったの?」と訊くと、ナミが持っていたノートを落としかけて、狼狽をしてみせる。 いつも冷静で、どちらかと言えば自分の方が彼女に「どうしたのよ」って言われることが多いから、ビビはそんなナミの姿に少し驚いたけれど、内心で愉しくもあった。 「別に彼氏じゃ・・・う、うん、まぁそんなとこかしら。やぁね、ビビ、何もないわよ。そんな・・・───ただ明日ちょっと会うってぐらいで・・・」 頬を染めて懸命に言い訳してるナミは可愛い。 くすくす笑ったら、「何笑ってるのよ」ってナミが拗ねたから、ビビは尚更愉快になって「だって」と口を押さえた。 「ナミさん、可愛い。」 「・・・・ビビ、からかわないで」 「本当よ。ナミさんの彼氏が羨ましいわ。ナミさんがそんなに顔を真っ赤にしてるところ見るの私は初めてだもの。」 「あのね、実は彼氏ってのは・・・」 「明日会うの?私も見てみたけど・・・」 「だ、駄目・・・っ・・・・・あ、ううん、別にいいのよ?会わせてあげても。でもちょっと無愛想な奴だからあんたが気を悪くしちゃうかもしれないし。明日会った時によーく言っておくから、また今度にしない?」 「冗談よ。ナミさんがそんなに嬉しそうなのに邪魔なんか出来ないわ。」 「邪魔なんて・・・」 邪魔っていうより、誰かが居てもらった方がいいのかもしれないなんて気持ちがほんの少しナミの胸に沸きあがった。 ビビには口から出任せについ嘘を吐いてしまったけれど、よくよく考えれば明日会うにしたってお茶を奢ってもらうだけだし(もちろんついでにケーキぐらい食べるつもりはあるのだけど)その先はまた電車で会うぐらい。 そこから付き合うようになるかどうかなんてわからない。 ───今のままじゃきっと無理。 だって、ゾロの前で可愛い笑顔なんて見せられないし、口を開けば彼を小ばかにするような言葉しか出てこない。 もっと、例えばビビみたいに自分が素直だったら良かったのに。 せめてゾロの前だけででも、素直だったら良かったのに。 「そういうことなら私も買おうかしら。」 ビビがそう言ってナミの手から青いノートを取ったから、ナミは沈みかけた自分に気付いて、いつもの笑みを顔に作った。 「相手がいないんじゃなかったの?」 「いないけど、出来たらやってみるわ。」 「だからコーザの名前を書けばいいのに。」 「ナミさんてば。コーザは違うのに・・・───」 「ふーん。じゃ、今日は帰り、どうするの?」 ビビが困ったように笑って「コーザが迎えに来てくれるって」と言った。 ほらね、って言ったらやっぱりビビはもう違うと反論もしないで、「そろそろ来る時間だわ。6時に来るって言ってたから。まだメールは来てないけど・・・」と携帯電話を見ながら言った。 「ナミさんも乗っていくでしょ?」 「邪魔したくないけどね。」 「邪魔だなんて・・・」 あ、とビビがさっきとは反対の立場に立った自分とナミに気付いて、それからふふっと笑った。 「いつか紹介してね。ナミさんの彼氏。」 もちろんよと返したけど、笑顔の裏側でひどく哀しい気分になった。 ビビがスターバックスでコーザを待とうと提案したから、ショッピングモールの通路にはみ出している店外の椅子に座ってコーザからの連絡を待っていると、今の内にトイレに行っておこうかな、とビビが言った。 コーザとはもう何度も会っていて、親しくないわけでもないしビビが居なくても気を使うということもないから、気兼ねなく、ナミが行ってきなさいよ、と言うとビビはいそいそと席を立って通路の先のトイレへと走っていった。 手に鞄を持っていたから、もしかしたら本当はトイレで髪を整えたり、脂取りをするだけなのかもしれない。 何だかんだ言って、ビビはコーザが来る前に必ず化粧室に行きたがるから、彼女がそれで居てコーザに恋愛感情を持てないというのは、傍から見ている自分にしてみれば不思議でたまらない。 そんなビビの、ポニーテールが揺れる背を暫し眺めた後で、鞄から携帯電話を取り出した。 新着メールはない。 もしかしたら、ショッピンモールの中の一部の店では電波が悪いから、そこに居る間に何か入ってきてたかもと、新着メールの問い合わせをしてみたけれど、『新着メール 0件』という表示だけがディスプレイに映し出された。 (何やってんのよ・・・) 今朝は確かに目が合ったのに。 満員電車の中でもみくちゃにされて、彼の声がどこからか聞こえた気がしたから降りる瞬間にきょろきょろ見回してみたら、4人向こうにあの緑髪が見えた。 でも、友達と話しているようだし、何より自分から馴れ馴れしく声を掛ける気にはどうしてもなれなくて、諦めて電車を降りようとしたら、その時に彼がふと顔を上げてこっちを見た・・・気がした。 あれはもしかしたら、降りる人の波が背にぶつかって、自分の立ち位置を変えようとしていただけなのかもしれないけど、私の目にはその瞬間にゾロが私を見止めて、それから、僅かに口元を緩めて映ったから、今日はメールが来るんだと思ってたのに、何度ケータイを確認しても彼からのメールはない。 明日奢るって言ったのは嘘だったのかしら。 あの時私がすごく怒っているように見えて、とりあえず場を取り成すために言ったのかも。 でも、それだったらメールアドレスなんか教えないわよね。 私のアドレスも聞かないわよね。 登録の仕方がわかんないなんてこっちがびっくりするような事を言うから、わざわざ私が空メールを送ってあげたのに。 それから、やっぱりどうやって登録すんだって素っ頓狂な事言うから、私が彼の手から彼の手には不似合いな小さな電話を、不慣れだから時間が掛かっちゃったけど、操作してわざわざ私の名前も自分から入れたのに。 (まさか・・・・まさかだけどメールの送り方も知らないとか・・・) そんな、まさか・・・ でもアドレスの登録方法も知らなくて、あのケータイ一体何に使ってるのかしら。 ・・・と言うより、何のために私のアドレス聞いてきたのかしら。 あら?私から聞いたんだっけ? よくよく考えたら、登録方法も知らない人間がケータイを持ってること自体不思議だわ。 うん、世の中には不思議な人種もいるもんなのね。 ───世界びっくり人間ショーはとりあえず置いておかなくちゃ。 もうこんな時間なのに、家に帰ってから連絡してくるつもりかしら。 夜中とか? 明日ぎりぎりに今から来いとか言いそうね。 そうしたらどうやって返してやろうかな。 ちょっとは素直になってあげてもいいかもしれない。 メールだったら素直になれるかも。 「よぉ」 聞きなれた声に顔を上げると、いつしかコーザが傍らに立っていた。 「やだ、いつ来たの?」 慌てて携帯電話をまた鞄の中にしまいこんだナミの手を見ながらコーザは空いていた椅子に腰を下ろすと「さっきから居たんだがな」と苦笑してみせた。 ナミがばつが悪くて唇を尖らせると、ビビの飲んでいたキャラメルマキアートを手に取って一口含むと、甘いはずのその味にコーザは思い切り苦々しい面持ちを浮かべると「こんなもんよく飲めるな」と言った。 「美味しいじゃない。」 「そっちは何飲んでんだ。」 「コーヒー。」 「あぁ、じゃ、そっちくれ。」 「お金くれるならね。一口分。」 いつもこんなやり取りで、コーザは金取るのか、って言いながら後から必ず食事に連れて行ってくれたりするのは、きっと自分がビビの親友だからなのだと思う。 「ビビは?」 返事をする前に自分の手元にあったコップを取って、コーザをそれを本当に一口だけ啜ると、辺りを軽く、緩慢に見渡しながらその姿を捜していた。 「愛しいコーザのためにお化粧直しですって。」 「あいつが化粧?」 コーザが、ははっと軽く笑い飛ばすと、遠くにビビの姿が見えた。 幼馴染が座っていると知ってビビは、走り出しかけたのに、その手に鞄がない。 余程慌てて出てきたのだろう。 それをナミが言う前に自分の手を見てビビは驚いた表情を浮かべると、くるりと踵を返してまた化粧室へと走って行く。 「ビビってば可愛いわねぇ。」 コーザは背を向けていたからビビの今の姿に気付かなかったのも当然で、いきなり何の話だとばかりに眉を顰めて、「すまん、もう一口くれ」とナミのコーヒーを強請った。 「こんな寒いとこでよく座ってられるな。」 「ここなら目立つってビビが言ったんだもん。いいわよ、全部飲んでも。」 ショッピングモールは最近出来たばかりで屋根は骨組みになっている。 冬の入り口のこの季節は、夜のこの時間にわざわざ外でお喋りするような客もいない。 だがビビは、ここなら駐車場から真っ直ぐ繋がっている通路だし、コーザが見つけやすいからと言って、外に座ろうと言った。 「いつも車使ってるから寒さに弱くなるのよ。」 「お前らがどうかしてるぜ。こんな寒いのにンな短ェスカート穿いて」 「そう?じゃあ明日っからビビと一緒にスカートの下にジャージ穿こうかな。ビビも寒い寒いって言ってたし。」 「・・・・・・」 「今ちょっと惜しいって思ったでしょ。」 「───思うか。」 「無理しなくていいのよ〜?ほらほら、見せてあげるわよvいっくらでもvただし今度奢りねv」 おい、頼むから、とスカートを摘み上げかけたナミにコーザは溜息をつくと「そういう事をビビに教えるなよ」と言った。あまりに逼迫した声音で、ナミはけたけたとそれを笑い飛ばした。 駆け寄ってくるビビの姿に、手を上げたらコーザも彼女が来たと知って振り返った。 ビビはそれはもう嬉しそうな笑顔を見せていて、やっぱりああいう素直な笑顔は可愛いな、と思って、それから、コーザとは普通に話せるのに、何でゾロには出来ないんだろうと心の奥で小さな溜息をついた。 |
<< BACK NEXT >> Back to NOVELS-top |