全作品リスト>ワイコニ,コザビビ小説>一年後の彼ら
PAGES→
1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12



一年後の彼ら



10




つい先刻までは美味しく思えた酒も、一人でいくら呷っても苦味しか感じず
コーザは大きな後悔と共に寝室へ戻り、ベッドの上で両手を頭の後ろで組み
天井をぼんやりと眺めていた。

サイドテーブルの上に無造作に置かれたサングラスが
月の光を浴びて鈍い光を放っている。

窓から差し込む月明かりを見ては、何度か嘆息を漏らした。

寝室に戻る前、気付かれないようにそっと客室の扉に耳を当てて
中の様子を伺えば、案の定、ビビのくぐもった嗚咽が耳を刺した。

傷つけようとしたわけじゃなかった。
本当なら、抱きたい。
この手で彼女を抱いて、彼女に自分の証を刻み込みたい。
男として当然じゃないか。

でも、簡単にそうできる相手じゃないんだ。
仕方ないだろ?
わかってもらわないといけなかった。
抱きたい。けど抱けない。
俺が触れて、彼女を汚すわけにはいかない。
その理由は、彼女が王女で・・・

いや、それだけじゃない気がする。
もちろん、それが一番の問題。

でも違う、と心の中で何かが否定している。

彼女を抱けば、自分を抑えられなくなるから?

それもある。

でも、それも違う。

王女だから、自分が抑えられなくなるから。
それはどちらも、ビビのためではなく自分のため。
怖いんだ。

幼い頃から大切にしてきた少女が自分によって汚されてしまうのが。

俺はこんなに弱い人間だったんだ。

汚すことを怖れ
失うことを怖れ
愛することすらできない。

そうだ、俺は本当に臆病だ───

ビビは、肩を震わせながら、俺の腕の中へと飛び込んできてくれたのに。
それに応えられない俺がいる。

これでよく何十万もの反乱軍を率いてこれたものだ。


そう思って、自嘲気味に口の端をあげた。


何故、迷う?

自分を求める女の前で、何を迷う?
自分に抱かれたいと請う愛しい女を前にして、何を迷う?


そうだ。そこには、愛し合う男と女しかいない。

「くそっくらえだ」

しがらみを気にする自分への言葉。
ぶっきらぼうにそう呟くと、彼は決心をして体を起こし
コーザはゆっくりと部屋を出て行った。





コンコン

扉が静かにノックされた音に気付いて、ビビは顔をあげた。

俺だ・・・という小さな声が聞こえる。

開ける気になんてなれないわ。
そう思い、毛布を頭から被って、彼の声が聞こえないように体を丸める。

「・・・・ビビ」
ごめんね、コーザ。
今は何も聞きたくないの。
きっと、私が泣いているから、謝ってくれようとしているのね。
でも、あなたは間違ったことを言っていない。
謝る必要はない。
涙を見せてしまってごめんなさい。
自分でもわからないほど、悲しくなってしまった。

お願いだから今は優しくしないで。
私を放っておいて。
一人で泣かせてちょうだい。
そうしたら、明日の朝にはまた元気な私になれるから。

酔って、泣き上戸になっちゃってたの・・・って笑って言えるようになるから。

「ビビ、そのままでいいから聞いてくれるか?」
私は、そのまま体を動かさずに、ただ彼が去ってくれることを願っていた。

「ビビ、俺はお前を抱きたい」
「・・・・・・・っ!!?」

(何?コーザ、今なんて言ったの?)

おそるおそる、毛布から頭を出して、扉を見つめる。
その向こうに彼がいる。気配がわかる。

「傷つけるかもしれないけど、聞いてくれ。
  お前を愛してる。抱きたい。
  それが俺の正直な願望だ。
  でも、俺はお前と結婚なんてできない。
  今は、いいけどお前が他の誰かと結婚しちまったら?
  関係を続けるわけにはいかなくなるだろ。
  怖いんだよ。俺は。お前を離したくなくなる自分が。
  一度手に入れてしまえば、もう諦めがつかなくなる。
  お前と深い関係になってからが、たまらなく怖ぇんだ・・・」

わかるわ。
私も同じ・・・だって、私は国を捨てられない。
もしも、国が窮地に陥って、政略結婚することになったら
今のように嫌だというだけの自分の気持ちを優先することなんてしない。
きっと誰を愛していたって、私は国を救う道を選ぶ。
だって、コーザと同じぐらい、私はこのアラバスタという国を愛しているから。
コーザはそのことをよくわかっているのね。

「だから・・・思い出しか、作れない・・・」

掠れた声が妙に大きく聞こえた。

「お前には、その覚悟があるか?」


今宵限りの愛の交歓。
一夜の思い出を。

コーザは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

情けない男と思われただろうか。
思うに決まってる。
でも、これしか思い浮かばないんだ。
今、俺は彼女を抱きたい。
彼女も俺に抱かれたいと言う。

だが、この関係を続けられるわけがない。
それならば・・・酷な話だが、初めから一晩限りなのだと覚悟するしかない。

しかし、ビビの返事はなかった。

そうだろうな・・・と踵を返して部屋に戻ろうとした時
部屋の中からビビの声が聞こえた。


「入って」

ゆっくりとドアを開ける。
目を見開いた。

青白い月光が、彼女の青空のような髪に降り注ぎ
まるで真珠を散りばめた光のヴェールのようだった。

その顔には、艶やかな笑みがこぼれている。

彼女の白い肌が暗闇に浮かび上がり、一糸纏わぬ肢体に
コーザは見惚れていた。


「一生分の思い出を、刻んでください」

私の体に・・・私の心に・・・
一生、満ち足りるだけの愛情をください。


その顔は、ともすれば泣いているような笑顔だった。

コーザも静かに頷き、一歩、また一歩ゆっくりと彼女に近づいていった。


お互いが触れ合える距離。
コーザは、抑えていた感情を爆発させたように
ビビを抱き締め、その唇を奪った。

軽い口付けも、すぐに激しいキスに変わっていく。

気付けば、部屋にはビビの甘い吐息が
時には切なそうに、そして時にはあふれんばかりの喜びを湛えて
暗闇の中、こだました。

コーザは、愛しい彼女の体に思いつく限りの愛撫を繰り返し、
その愛を伝えた。


ピクリと彼女の顎が天を仰げば、その顎に軽くキスをする。
彼女の手がシーツを掴めば、その手を優しく取り、
自分の首の後ろに回させる。

彼女が、初めての痛みに眉をひそめ
背中に爪を立てる。

何と甘い痛みだろう。

この痛みを忘れない。忘れてはいけない。

この手に吸い付くような柔らかい肌も
愛しげに自分の背を這うしなやかな腕も
柔らかなその唇で自分の名を呼ぶその声も。

一つ一つを、胸に刻み付ける。



二人は数え切れないほどの口付けを交わし、 貪るように抱き合った。

甘い眠りに誘われた頃、既に窓から柔らかな朝の陽射しが差し込んでいた。

<<<BACK   NEXT >>>


全作品リスト>ワイコニ,コザビビ小説>一年後の彼ら
PAGES→
1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12