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一年後の彼ら



11




体の痛みに気付いて、ぼんやりしていた頭が冴えてくる。
いくら手を動かしても、そこにあるのは冷たいシーツ。
ビビをぱちっと目を開けた。

既に日が高くなっている。
彼はもうそこにいなかった。

あれは夢だったのだろうか?
ううん。だって、体が覚えている。
このけだるい痛みが、私に教えてくれる。
あれは夢なんかではなかったのだと。
胸にいくつもつけられた跡が、私に教えてくれる。
彼が私を愛してくれたのだと。

ベッドから離れて、服を着ると、その跡は全て隠されてしまった。
それが少し寂しい気がして、そっと胸の上に両手を置き
ビビは目を閉じて、深呼吸した。


「よしっ!」
自分に気合を入れる。

いつもの私に戻るんだ。
言い聞かせて、髪を頭の上の方でまとめた。
いつもよりも固く結ぶ。

壁にかけられた鏡をのぞいて、きゅっと唇を結んだ。

泣いちゃダメ。
笑うのよ、ビビ。

鏡の中の自分を励まして、部屋を出た。


「おはようコーザ」
笑顔を向けると、コーザが見ていた新聞から目を上げて
笑い返してくれた。

「おぅ」

親指でテーブルの上を指差す。
そこには、既に朝食の用意ができていた。

「今、スープ暖めてやるから待ってろ」
そう言って、台所に言って、火をつける。

その背中を見て、昨夜のことを思い出してしまう自分がいる。
広い肩。逞しい腕。あの体に抱かれていたのだ・・・と思い
その考えを打ち消す。

覚悟していたのに、また彼に抱かれたいと思う自分がいた。
それどころか、抱かれる前よりも貪欲になっている気がする。

難しいわ・・・心の中で呟いて、コーザに悟られぬように小さくため息をついた。


朝食のスープとパンを食べ終わると、コーザが一時間ほど町の見回りをしてから
アルバーナへ送ると言った。
後ろ髪ひかれる思いはあったけれど、わかったわとだけ言って
一人家に残り、帰り支度をする。

部屋に一人でいると、昨夜の余韻が体を襲う。
このベッドで幾度となく、彼に抱かれた。
窓から漏れる月の光の幻想的な輝きは一生忘れられないだろう。
この家に泊まるのも、きっとこれが最後・・・
思い出を作ったこの部屋で、一人眠ることなんてできやしないから。

そんなことを思うたびに荷をまとめる手が止まる。

結婚できれば・・・あの喜びを、愛した男と一つになる喜びを
また感じることができるのかと思うと、
ビビは耐えられないほどの焦燥感に襲われた。

ベッドに座って考える。

コーザに、こんな弱い自分を見せたくない。
でも、その胸に縋って泣きたい自分が胸の内にいる。

目を閉じて、昨夜のことを思い出す。

彼は優しく、時に激しく私を愛してくれた。
私が痛がると、頭を撫でてくれた。
そして、何度も何度も囁いてくれた。
『愛している』と───

そう思い出すだけで、心の中が満たされていく。

後悔はしていない。
今は、彼のその優しさに応えることが、ただの女であるビビに唯一できること。

「そうよ、困らせちゃダメ。
  もう抱かれたいなんて思っちゃダメ・・・」

一夜限りの愛。
けれども、限りない愛だった。
コーザの愛に包まれていると感じられた。
これ以上ないほどの幸せな時間をもらった。

それだけで良い筈。
良かった筈。

ふと、ベッドについた自分の手元に視線を落とす。

毛布をめくる。


そこには、ビビが処女を捨てた証が点々とついていた。



途端に、抑えていた涙が溢れてきたことにビビは気付いた。

「・・・・・っ」
口元を手で抑えても、嗚咽が漏れて誰もいない家に響き渡った。

後悔ではない。
ではこれは・・・この感情は一体何なのだろう。

この涙はどうして出て来るのだろう。

だって、もうわかってしまったから。
コーザがくれる愛情が、ビビの幸せだということが。
そして、それを手に入れることができなくなってしまったから。

後から後から涙が溢れてきて、ベッドに染みを作る。


初めての夜。
そして、終わりの夜。


愛しいあの腕に抱かれることは、もう二度とない。




「ビビ」

後ろから声がした。

開け放たれた扉の前に、コーザが立っていた。

「コーザ・・・」
掠れた声で、その名を呼んで振り返ったビビの頬は涙で濡れていた。

「コーザ、辛い」
「・・・・・・」
「辛いの」
「・・・俺もさ」

ビビは堪らず、コーザの胸に抱きついていた。
「コーザ、忘れないでね」
「忘れねぇよ」
「私、幸せだった。
  コーザに抱かれて幸せだった。
  あなたに女にしてもらえて、こんな幸せがあることを初めて知った。
  だから・・・コーザも忘れないで。
  私を覚えていて。
  コーザに愛された私を忘れないで」
「忘れろって言われても忘れねぇさ」

コーザがビビの背中に腕を回して、力を込めた。

「・・・忘れられるかよ・・・」

掠れた声で、苦しそうに呟いたコーザの囁きに、
ビビの涙は一層溢れた。

「ビビ、お前も忘れるなよ。
  俺は一生お前を愛してる。
  永遠に、お前だけを愛してる」

「私も・・・永遠にコーザを愛し続けるわ」


二人は、誓いを確かめるように、深く口付けを交わした。




既に日が高くなっているのもあり、二人は思いを振り切るかのように
カルーと馬を走らせ続け、アルバーナについたのは既に
月がくっきりと夜空にその姿を現した頃だった。

今からでは国王に謁見できるような時間ではないと言って
コーザは王宮の入り口までビビを送ってから、
アルバーナの街の宿屋に泊まることにした。

本当はこのまま帰ってもいいのだが、
ビビが行く先を告げずに出てきた以上
国王に挨拶をして帰らなければいけないと思うあたりが
コーザの律儀な性格を現している。

ビビも、そんなコーザのことをよくわかっていたので
敢えて無理に王宮に泊まることを勧めず
後ろ髪ひかれる思いで、闇に包まれた街に消えて行くコーザを見送った。



部屋に戻り、洋服を着替えて国王に挨拶しに行こうとすると
ドアをノックする音が聞こえた。

「どなたですか?」
問い掛ける声に応えたのは、国王でもあり
ビビの愛する父親の声だった。

「私だ。入っても良いかね?」

「パ・・お父様!」
慌ててビビは扉を開ける。
そこにはいつものように、慈愛に満ちた目で娘を見つめるコブラが立っていた。
「今、ご挨拶に伺おうと思っていたんです・・・」
部屋の中に入るように、手で示して、着替えを手伝ってくれていた侍女に
人払いを言いつけた。
二人っきりになってから、ビビが突然ぺこんと頭を下げる。
それが王女としてではなく、娘としてのビビの姿だとコブラは知っている。

「ごめんなさいっ!」
「ふむ。今回はどこに行ってたのかね?ペルはユバにはいないと言っておったが」
とは言え、コブラにはおおよその検討はついていた。
ペルは何も言わないが、おそらくユバに・・・トトやコーザに会いに行ったのだろうと。

「・・・ユバ」
照れくさそうに、ビビが答える。

「ははは!やっぱりな」
「わかってたの?」
「そこしか思いつかないからな。
  ペルが迎えに行っただろう」
「隠れてました。
  ペルが来てから、コーザに会ったの。
  だって、コーザはすぐに私をペルに引き渡しちゃうから・・・」
バツが悪そうに、舌をぺろっと出してビビが言う。

コブラは、娘が「リーダー」ではなく「コーザ」と呼んだことに
内心気付いていたが、それを顔に出すことなく
ニコニコと笑いながら「お前のじゃじゃ馬は治らんな」と言った。

「しかし、今日はコーザに送ってはもらわなかったのかね?
  彼の話を聞くことを楽しみにしていたんだが」
「今日はもう遅いから、お父様に失礼だって。
  街で宿を取ると言ってたわ」
「お前が引き止めなかったのか?珍しいこともあるものだ。
  しかし、わざわざ送ってくれた者を街に泊めるわけにもいかんだろう。
  すぐにイガラムに言って、宮殿に呼ぼう」

どきっとした。
昨日のことがあるから、ついコーザの意志を優先してしまったが
そう言えば、今日みたいな日はいつもビビが街に泊まると言うコーザを引き止めて
王宮に招いていたのだ。

いけない。お父様に変に勘ぐられては・・・
そう思って、コブラの申し出に敢えて同意を示した。

「そうね、お父様。
  ユバの街もかなり復興を終えているのよ。
  それでも町によってはまだ支援を必要とする所もあるみたい。
  きっとコーザもお父様の力を必要としているわ。
  話を聞いてあげて」

「そうだな。ところでビビ。まだ夕飯を食べてないのではないか?」
「ええ。今からテラコッタさんに頼もうと思っていたの」
「もし間に合えば、コーザも招待して一緒に食べなさい。
  私はもう食事を摂ってしまったから、
食事を終えたら私の部屋にコーザを連れてきてくれぬか。
  二人で酒でも呑みながら、ゆっくり話をしたいからな」
「あら、晩酌なら私もお相手したいわ」
「頼もしい娘だな。だが、男同士二人で酒を酌み交わすというのがまた格別の味なのだよ。
  コーザは気が知れた相手。息子のようなものだからな」

コブラの最後の言葉に、ビビは昨夜のことを父に相談したい思いに駆られた。

この父なら、コーザを認めてくれるかもしれない。
でも、確証はない。
ましてや、コーザと愛しあったことを伝える言葉が思いつかない。

コブラが退室した後、ビビの顔はその胸に抱えた悩みのためだろう
ひどく焦燥したような翳りの色が見えた。

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