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一年後の彼ら



12




「コーザ、今回も済まなかったな」

宿屋から出てどこかで食事をしようとしているところに
王宮からの使いが来て、結局宮殿に泊まることになった。
ビビと食事している時には、周りに人が多くて
余計なことを口にしまいと二人ともいつもより無口だった。

食べたかどうかもわからない料理を胃に流し込んで
ビビより先に食堂を後にして、コブラの私室を訪れた。

アラバスタ広しと言えども、この私室に足を踏み入れることができるのは
ごく少数の限られた人間しかおらず、
幼い頃はビビとよく遊びに来た馴染みの部屋とは言え
最近は、国王に呼ばれても、固辞するようにしていた。
今夜も、一度断ったが、国王が落ち着いた場所で話したいと申していると
侍従長イガラムの口から伝えられてあまり気が進まなかったが、ここへ足を運んだ。

「いえ、父も喜んでましたから。
  父は、ビビ・・・王女に会えることが一番の楽しみですから」
「コーザもそう思ってくれているのかね?」

心臓が跳び上がる。
この国王は、いつも人の気持ちを見透かしている気がする。
しかし、昨夜のことだけは悟られてはいけない。

「勿論です」
少々、声が上擦ってしまったが、コブラは気付かなかったようだ。
笑顔で「まぁ座れ」と、自分の前にある椅子に座るよう、手招きした。

出された酒をいくら飲んでも、酔える気がしない。
元々酒には強いが、今日はまるで酒も水のように感じる。
後ろめたいからだ。
それはわかっている。
だが先ほどからコブラは、何かとビビの話を持ちかけてきて
そのたびに冷や汗が背中に流れるのを感じた。

待てよ、と思う。
コブラは賢君である。
国のことを第一に考え、復興の話をすれば
一国民のコーザの話でも、真剣に耳を傾ける。
それが今夜は、その話をしても、すぐにビビの話に持っていこうとする。
いつものコブラらしからぬ言動だ。

「・・・・」
コーザが考え込んだのがわかったのか、コブラが愉快そうに笑った。

「どうしたコーザ?」
「いえ・・・」
「遠慮はいらんよ。何か思うことあれば言ってくれ」
「・・・・はぁ。では・・・今日の国王は何かおかしいような・・・」

コブラは内心苦笑した。
成長してからのコーザは、特にあの戦い以降、
彼なりに慇懃な態度でもって自分に接していたが
今のコーザはそんな態度は微塵も感じさせない。
国王を訝しがるあまりだろうか、
幼い頃から自分が知っているコーザのありのままの姿に戻っている。

「おかしいとは?」
「・・・何でビビの話ばっかり・・・」
言ってから、しまったとばかりに言い直す。
「あ、王女の話ばかりするんですか」
「ビビでいいよ。君達は幼馴染なんだからな。
  今は私とお前、二人きりだ。昔のように呼べば良い
  私に敬語を使う必要もない」
「・・・はぁ」

コーザは少々面食らう。
立志式を経た王女に対して、国王に対して
礼儀をもたずとも良いという国王。
一体何を考えているのだろうと頭が混乱する。

しかし、国王自らそう言っているのだ。
むしろここで昔のように話さなければ、失礼というものかもしれないと思い直して
彼は、いつものように話し出した。

「じゃあお言葉に甘えて。
  何でビビの話ばかりするんだ?」
「嫌かね?」
「いや、嫌とかそういうんじゃなくて・・・」
ボリボリと頭を掻く。
「国王こそ、何か俺に言いたいことがあるように見える」

外堀から徐々に埋めていくようなまだるっこしいことは性に合わない。
率直に尋ねた。

「お前に隠し事はできんな」
国王は笑みを浮かべて、嬉しそうに杯に入った酒を飲み干した。
コーザは、その空いた杯に酒を注ぎ、自分の杯にも溢れんばかりの酒を注いで
それを軽く飲み干した。

「言うことがあるなら、はっきり言ってくれ。
  俺はそこまで頭が回らないから、言ってもらわないとわからねぇ」

イガラムが聞いたら「国王になんて口のきき方をする!」と怒鳴られそうなことも
この男の口から聞くと、なかなかどうして、何故か苛立ちを感じない。
得てして、コーザはこういう男だ。
心を隠さないから、その口調がいくら無礼でも
国王は素直にその言の言わんとするところを
受け止めることができる。

「では言おう。
  ビビは、お前を好いているのではないか?」

思わず飲んだ酒を噴出しそうになる。
昨夜のことを知ってるのか?ビビが言ったのか?
いや、そんなはずがない。

「・・・それは、ビビに聞いてくれ」
やっとの思いで、それだけ言う。
さっきまでの勢いがなくなっていることに
コーザ自身は気付いていなかった。

「それもそうか。ではもう一つ。
  お前はビビを好いているのではないか?」
「・・・・・・・」
コーザは一瞬ためらったが、寸断なく答えた。

「いや」
「・・・ふむ、違ったか」
「好きとかじゃない。愛してる」

今度はコブラが目を丸くした。
まさか、そこまではっきりと断言するとは思わなかった。

「それはどういう意味なのか、わかって口にした言葉か?」
「当然だ」
「では、ビビを手に入れたいと、願うか」
「・・・・・・・・いいや」
「ほう?愛していれば、手に入れたいと願うのは自然の道理と思うが?」
「・・・俺だってわかってるさ。
  俺がビビを愛することがどれだけ罪深いってことぐらい。
  だから、手に入れるんじゃない。
  ビビを一生かけて守る。
  側にいて、見守ってやりたいんだ」

コブラの目を見据えながら、そう言い切った。
不思議と怖れを感じなかった。
目の前にいるコブラの顔からも笑みが消えていた。
それでも、懸命に自分の話に耳を傾けている真摯な態度に
嘘をつきたくはなかった。

「・・・他の男に取られても良いと言うか」
「わからない。でも、それがビビの幸せなら・・」
「ビビの意に染まぬ相手であっても?」
「ビビの幸せは、国が・・・国民が平和に暮らすことだろう。
  意に染まぬ結婚だとしても、それが国のためなら
  ビビは苦しみの中に、喜びも見出せる筈だ。
  そんなビビを愛してしまったのは俺の責任だ。
いいとか悪いとかの言葉では括れねぇ」

コブラは、じっとコーザの目を見つめていたが、おもむろに口を開いた。

「実は、ビビの縁談の話がある」
「・・・ビビに聞いた」
「いや、それではない。ビビには内緒で、既に今朝、相手方の親の了承を得た」

その言葉が、結納を済ませたという意味を持つことはコーザもよくわかっていた。
つまり、それは結婚に向かっていく第一歩ということも。

「・・・おめでとうございます」
「うむ。だが、相手も一筋縄で行くような相手ではないからな」
「何か問題でも?」
「大有りだ」

コブラが大仰にため息をつく。


「何せ、婿殿が同意しておらぬ」
「・・・ビビを見たら、気が変わるさ」
「いや、そうでもないようでな」
「・・・・?」
「ビビも見知った相手なのだよ」
「俺も?」
「ああ、よく知ってる筈だ」

知りたい。
だが、知ってどうすることもできない。
嫉妬の炎のかられるぐらいなら、知らない方がまだマシだ。
コーザは興味のないような顔をして、酒を口に含んだ。

「お前からも説得して欲しいのだが・・・」

「俺が?できることなんかないと思うけどな」

内心、気持ちの良い話題ではない。
コブラにたった今、自分の気持ちを伝えた。
それなのに、何故自分が橋渡し役などできると思うのか。
コブラがコーザの気持ちを諦めさせようとしているに決まっている。
そこまで、自分のプライドをずたずたにされたくない。

杯を置いて、立ち上がった。

「悪いが、手伝えることは何もない。
  話がそれだけなら、今夜は失礼させてくれ」

「待ちなさい、コーザ」
国王の凛とした声が、コーザを引きとめた。

「話は最後まで聞くもんだぞ」
そう言って、コブラはコーザの杯に酒を注いだ。
「とりあえず、この一杯だけでも飲んでいかんか」

渋々とまた席に座り、酒の杯を手にする。
バカバカしい話はもう聞きたくない、早くこれを呑んでこの場を離れようと杯を手にした。

「・・・一気に飲んでしまおうという顔だな」
コブラが仕方のない奴だとでも言いたげに苦笑した。

「・・・聞くよ。で、何をすればいいって?」
なかばヤケになって、コブラに問う。

「その男はな、自分の地位を気にしているんだ。まずはそれを取り除きたい」
「ビビはそんなの気にする女じゃねぇって言えばいい」
「それに、自分の過去を責めておる」
「ビビは赦すさ」
「その上、ビビを愛するが故に、見守り続けたいなどと殊勝なことを言う」

コーザの片眉がぴくりとあがった。

「良い男でな。
  色んな町を回って、その復興に尽力しておる。
  ビビを幼い頃から見守り、同様にアラバスタを愛する心を持つ。
  左目の上には、小さいながらもビビを守ろうとした勲章が刻まれておる。
  反乱軍を率いたのも、国を愛する故。
  己に強い意志を持ち、そのための犠牲を厭わぬ。
  わしにとっては、まこと息子のような男だ」

「国王・・・?」

「その上な、その男とビビは、小さい頃に永遠の愛を誓った仲だ」
コブラが片目を瞑って、苦笑まじりに言った。

コーザの顔が一瞬で赤に染まった。

見られてた!?
・・・いや、今驚くのはそのことじゃない。
当然と言えば当然だ。
毎日毎日ビビをつけてきてたこの男が、あの日だけ偶然来てなかったわけがない。
問題はそこじゃない。
今、目の前にいる国王が言っている男とは自分のこと。
では、結納が済んだというのは・・・?

親父だ、あのやろう・・・何がナノハナだ。
俺に黙ってアルバーナに来てたのか・・・

昨夜の決意はただの徒労だったってわけか。

瞬時にすべてのことが一つの線の上で結びついた。

「・・・・はっ」

コーザの口がゆるやかな曲線を描いて、その両端が上げられていくのを
コブラもまた同じく緩い笑みで以って嬉しそうに眺めていた。

「・・ははっ・・・はははははは!」
自嘲、歓喜、入り乱れた感情。
でも、この突然でそれでいて、自分を包む幸せがくすぐったくて
コーザは心の底から笑った。

こんなに大声を出して、笑ったのは久しぶりだった。


「・・・・・・負けたよ、国王」
「私も捨てたもんではなかろう?」
「まったくだ。俺の親父とタッグ組んでまで・・・」
「ビビがユバへと行く度にこちらはいらぬ心配をし
  トトには世話をかける。
  手っ取り早く二人にくっついてもらわねば
  周囲が巻き込まれるばかりなのだぞ。
  かと言って、お前はその責任感の強さから、
ビビとの結婚に好色を示さんとは思っておった。
  そこで、一晩二人きりにしてお前たちの気持ちを
  確認してみたのだ。・・・成功だろう?」

それが国王のすることかよ、と呟いたが、
その声は限りなく澄み切った響きを持っており
コーザの晴れやかな気持ちが手に取るように伝わるものだった。

青年は、先ほどは全く違った気持ちで席を立ち
部屋を出る前に振り返って、コブラに無言のまま頭を下げた。

こんな男に、かけがえのない娘を嫁がせる決心をした父親を思って。
そして、こんな男を赦してくれた国王を思って。
意気地のない自分を見越して、きっかけを作ってくれた男を思って。
長くその頭を深々と下げていた青年は、
顔を上げて、コブラの顔を見つめた。
そこにある真剣な眼差しがコブラを見据えた。

「幸せにする」

そう言って、男は部屋を出て行った。


その揺ぎ無い自信を得た足音が遠ざかった頃、
コブラの部屋をノックする者がいた。

「コブラ様、よろしいでしょうか」
「イガラムか。入れ」

扉の外で、話を聞いていたのであろう。
イガラムが神妙な面持ちで部屋に足を踏み入れた。

「・・・本当にあれで、よろしかったので?」
「よろしいも何も、既にトトとの話も済んでおる。
  後は彼の心次第と思うていたが・・・なかなかどうして・・・
  イガラムよ」
「はい」
「私がビビを愛するほど、ビビを愛する男など現れる筈もないと思っていたが
  それは私の間違いだったようだな」
「コブラ様の愛情には敵いますまい」
「本当にそう思うか?」
イガラムは少し頭を傾けて、しばし考えてから答えた。
「・・・いえ、実は私、扉の外で聞いていて
  その・・・うれしい気持ち抑えられませんで・・・
  今にもうれしさのあまり叫びたくなる口を抑えるのに、四苦八苦いたしました」
面目なさそうにイガラムが照れたような笑いを浮かべた。

「まだ子供、まだ年若しと思っていたコーザが
  あのようなことを言うようになって・・・
コブラ様の愛情とはまた別物でございましょう。
しかし、父親の愛情に相当する愛情をもって
ビビ様を愛しているように思われてなりませんでした」

ふむ、とコブラは頷いた。
その顔から笑みが消えることはない。

「あの時は、おぬしと二人、彼らを止めようかどうしようか
  木陰で悩んだものよのう」
「しかしまた、愛らしいものでした」
「・・・思えば、あの時から、わしの胸の内では
  ビビの花婿が決まっていたのかもしれん」
「僭越ながら、私もそのような希望を抱いておりました。
  しかしコーザが反乱軍に入り、その後、その頭領の座についたと聞いた時は
  長年の私の夢も打ち砕かれてしまったかと
  残念に思ったことを記憶しております」
「では、夢が叶うことになったというわけか。
  どうだ?今の気分は」
「音楽でも鳴らして騒ぎたい気分でございます」

「うむ、私も今同じ気分だ。
  チャカやペルも呼ぼう。トトはまだアルバーナにおるかな?
  今夜は、飲もう。久しぶりに楽しい夜だ」
「はっではすぐに呼びましょう。
・ ・・当の二人はお呼びなさらないので?」

コブラはにっと口の端をあげた。

「無粋な真似はできまい」







コーザは、既に人気のなくなった石畳の廊下を
軽快な、けれども決して焦らずにゆっくりとした足取りで歩いていた。

彼女に言おう。

俺達の関係は永遠だと。

二人に付けられた枷は既になかったのだと。

言ったら彼女はどんな顔をするだろう。


びっくりして、それから満面の笑顔になって
父親に踊らされていた恥ずかしさとくすぐったい怒りに
少し頬を染めて───
・・・それから、きっと泣く。
泣き虫だって、俺によく言う割には
あいつも結構泣くんだ。

今は、その涙を早く見たい。

そして、抱き締めよう。
唇を重ねよう。
永遠の愛を誓って。



ビビの部屋の前に立って、躊躇せずにドアを叩く。
中から聞こえてきたのは、少し元気のないビビの返事。
「・・・誰ですか?」
「俺だ」

カチャッとドアが開いた。

「コーザ?お父様とのお話が終わったの?
  こんな時間に何か・・・」
ビビの言葉を最後まで聞かずに、俺はビビを思いっきり抱き締めていた。


あわてふためくビビの声が聞こえる。

もっと驚く言葉を聞かせてやるさ。





小さな声が廊下の中を通ってから
ビビの部屋の扉が閉じられた。



数分の後、ビビの嬌声が静かな王宮に響き渡った。










〜Fin〜


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