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一年後の彼ら



9




「ねぇコーザ。今日は一緒に寝ていい?」

本音を語り合った二人が気分良く飲んでいるとビビが突然そう言った。

飲みかけた酒を噴出してしまう。


「お前、まだ言ってんのか?」
「ええ、諦めてないわよ」
「どういう意味かわかってねぇだろ」
「・・・失礼ね。乙女が一世一代の決心をしてるのに・・」

「いーや、わかってねぇ」

そう言うと、コーザは噴出した酒を袖で軽く拭いてから
またグラスに酒を注いだ。


「私がまだ子供っぽいから?」
そんなコーザにおそるおそるというように、ビビが尋ねる。

そんなわけないだろっ
心の中でつっこむけど、そんなことを言ったら、ビビのことだ。
じゃあ・・・なんて言い出すに決まっている。

本当は怖いのだ。
昔からずっと好きだった女だから。
子供っぽいどころか、最近のビビは会う度にどんどん綺麗になっていく。

その胸の膨らみも、くびれた腰も、しなやかな手足も
指先ですらも。
つとめて見ないようにしてきた。

彼女を壊したくなる自分がいるから。


彼女を手に入れてしまった自分は、独占欲で自分を止められなくなるかもしれない。
それほどまで、彼女は美しい女性だった。

王女ということを隠して、庶民の服を身に纏っていても
一緒に歩けば必ず若い男が振り向く。

それを彼女の横で歩きながら見てきたコーザだからこそ
自分がどうなってしまうかぐらい、簡単に予想できた。

でも、自由奔放な彼女を縛り付けることは絶対にしたくない。

それは彼女を殺してしまうことに価する。

今はまだ、その時ではないと思う。
そう、例えば夫婦となってからならば
俺の女なのだと大手を振って彼女と連れ立って歩ける。
そうしたら、振り返った若い男に堂々と文句を言える。

でも、王女の隣に歩く、ただの男が文句をつけたら
若い王女にあらぬ噂が付き纏ってしまう。
そうしないためにと、自分はきっと彼女を縛ってしまう。

その上、自分とビビが結ばれることは有り得ない。
だから、特別な関係を望んではいけないのだ。


(俺だって抱きてぇよ・・・)
心で涙を流しながら自分の気持ちを押し殺す。
それを知ってか知らずか、ビビの挑発はやまなかった。

「ね・・・コーザ」

もうリーダーとは呼ばず、名前を呼ぶ。
それも甘い甘い声で。

(反則だろ、そりゃ・・・)
彼の知らない女の部分を見せ付けてくる。

酔いも手伝っているのか、ビビはコーザの腕にそのしなやかな腕を絡みつけてきた。


「・・・ダメ?」

コーザはなるべくビビの顔を見ないように目を伏せる。
だがそれは失敗だった。
腕に意識が集中してしまう。

「コーザってば」
そう言って、ビビが体を寄せると、自然にそのふっくらとした胸が
コーザの腕にあたる。

わかってやってるのか・・・と思いつつ、心中穏やかでないコーザは懸命にこらえる。

「コーザ。今夜しかないの・・・」

ビビが寂しそうに言った。

「だって、アルバーナに戻ったらまた離れ離れになっちゃうわ・・・
  今度いつ来れるかわからないのよ。
  来たって、トトおじさんがいない日なんてそう滅多にないでしょ?」

「・・・わかった」
「本当?!」
「ああ。お前が寝るまで横にいてやるよ」


「・・・わかってないわ」

ビビは、はぁとため息をついた。

「あのね、コーザ。私が言ってるのはね・・・」

もちろん、コーザだって男だ。
彼女の言う「抱く」という意味がわからないわけはない。

「あー・・・待て待て。その先は言うな!」
片手をかざして、彼女がその先言わんとする言葉を遮る。

「コーザ、わかってるんじゃない」
ぷぅとビビが頬を膨らます。


「あのなぁ。わかってないのはお前だろ?」
コーザが大きなため息をつきながら言った。
「よく考えてもみろよ。
  お前は王女。おーじょ。
  結婚前に既成事実なんかあっちゃダメなんだよ」

「じゃ、結婚しましょ!」
「・・・・・・・・待て。何故そうなる」
「何故って・・・コーザは私を愛してる。私もコーザを愛してる。
  今度は、神の前で愛を再確認するだけじゃない。
そうよ、そうだわ。結婚すればいいのよ!」
「違うだろ!」

あまりに単純なビビの思考に、コーザは一気に脱力してしまう。

「どうして?コーザは私と結婚したいと思わないの?」
「結婚したい、したくないの問題じゃねぇ
  結婚できないだろ?
  お前は王女サマ。俺は一国民。」
「そんなの、関係ないわ。
  要は二人が愛し合っているかどうかよ。
  コーザは私のことを愛してないの?」
「・・・だから・・・そういうことじゃなくてだなぁ・・・」
「ね、愛してないの?!」

アルコールが入っているからだろう、今夜のビビはやけに絡んでくる。
飲ませすぎたか・・・とようやく気付いたが、時既に遅し。
ビビは続けた。

「コーザが言う『永遠の愛』は妹に対するそれと同じなのね。
  私のことを女として見てくれてないのね。
  だから、私を抱けないし、結婚も考えられないっていうことでしょう?
  私相手だとセックスしたいって思わないってことなのね」
「お、おま・・・っ」
王女の口から出た言葉に、未だ酔っていないコーザ一人が赤面する。
「何よ?私だって、一人の女だって言ってるじゃない。
  コーザに抱かれたいわ。愛されている証が欲しい。
  でも、コーザはそうじゃないのね」
「いい加減にしろよ!」
コーザの厳しい口調に、ビビははっとした。
彼も、ビビの表情をして、少々荒い声だったことに気付き、顔をそむける。

「・・・愛してるよ。でも、それだけじゃダメなことだってある。
  いくら俺がお前を愛してたって、結婚はできない」
「それは、私が王女だから?」
「そうだ」
「私が王女でなかったら、今夜抱いてくれていた?」
「・・・まぁ、そうかもな」

ビビが黙り込んだ。
しばらくして、微かな嗚咽がコーザの耳に届く。
彼女を見ると、その頬には涙が伝っていた。
後から後から、その黒耀の瞳から溢れる水。
はっと気付く。

自分は今、ビビが一番傷つく言葉を言ってしまったのだということ。

王女であるからこそ、王女であることを悩み
自分の前ではただの女と何度も強調した彼女。

俺の前では、ただの女になれるから・・・
だからこそ、自分と話す時の彼女の笑顔が輝いていたのだ。
その輝きを奪ってしまった自分の言葉に内心舌打ちせずにはいられなかった。

「・・・ビビ、悪かった」
なぐさめたいのに、そんな言葉しか出てこない。
彼女の肩に手を置いて、さらに言葉をかけようとすると
顔を上げないまま、ビビは立ち上がった。

「・・・いいの。気にしないで。
  当然のことなんだから・・・
  ワガママ言ってごめんなさい。
  酔っちゃってるんだわ・・・もう寝ます」

静かにそう言って、涙を拭うと、彼女は寂しげな笑顔を残して
客室に入ってしまった。


後に取り残されたコーザは、せっかく解きほぐしたビビの心を再び
自らの手で閉ざしてしまったことに、苛立ちを覚えるばかりだった。

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