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「ワイパーの奴、今日は遅いな」

ブラハムが何気なしに呟いた声が、ラキの耳に入った。

「・・・まだ帰ってないの?」
「ん?ああ。いつもならとっくに帰ってきてる時間なんだけどな。
  何かあったかな」
そう言いながら、手を顎にやり、首をひねる。

「・・・もう、一回帰ってきたんじゃない?」
「いや、それはない。帰ってきたら音でわかる。
  俺の家はあいつの家の隣だしな。
  それに、今日はご飯を用意するような音だって全く聞こえなかった。
  まだ帰ってないんだろ」
「へぇ・・・」

気にならない素振りをしたが、あの子との間に何かあったんだという予感がラキの心にあった。

いつも、日の出を見てしばらくしたらワイパーは帰ってくる。
ちょうど皆が起き出す時間に。

昨日、酋長に言われた結婚の話。
それが関係しているのだろう。

「今日はカボチャを収穫するのに人手がいるって言ってあったのになぁ」

ブツブツ言いながら、ブラハムが畑に向かっていった。
その後姿が遠くなったのを確認してから、カマキリが口を開いた。


「気にすんなよ。
  アイツのことだから、どうせいい獲物を見つけたとか言って
  狩りでもしてるんだ」
「・・・気になんかしてないさ」
「・・・そうか?
  ならいいけどな」



さぁ今日もいっちょ働きますかと大仰に背伸びをして、カマキリもブラハムの後を追った。



ラキは、ようやく一人になってふぅとため息を落とす。
カマキリは、事情を知ってるんだから素直に自分の気持ちを吐露しても良かったな。
でも、何て言えば良いんだろう。

自分でだってうまく整理できていない。

私は、ワイパーと結婚したい?

それは、何だか違う気がする。
ワイパーに憧れていたのは事実。
強い意志を持った彼の姿に惹かれていたのも事実。

そして、彼が空の民の娘に惹かれていくのを見て
内心煮えたぎるような嫉妬の炎に身をこがしそうになっていたのも事実。


でも、その嫉妬は、ワイパーが好きだからというよりは
仲間を取られたというとても子供じみた気持ちから来たというほうが近い。

いくら酋長に言われたからと言って、ワイパーと結婚するなんて・・・

違う。それは私が望んでいたものじゃない。


自分がワイパーに自然と惹かれていったように
ワイパーにも私のことを自然に愛してもらえたら・・・
それを望んでいた。
そして、心のどこかで飽くまでも自分を仲間として扱うワイパーに
そんな望みを持てないということも何となくわかっていた。

彼があの空の民の少女の前で普段よりやわらかい表情を見せることにも・・・
本当はずっと前から気付いていた。
気付かないフリをしていただけ。


(そうだ。こんなこと、どうしてもっと早くにわからなかったんだろう。)


「・・・キ。ラキってば!」


はっと顔をあげると、そこにはアイサがいた。


「どうしたの?さっきから呼んでるのに!」
「ごめん。アイサ。
  何か用だった?」
「森を探検しに行こう!」

この島にシャンディアが戻ってきて一年。

大人にとっては慣れてきたこの地も好奇心旺盛なアイサには
まだまだ冒険したりない、大きな運動場だった。
一人でヴァースを取りに行くようなおてんば娘ぶりは以前と変わらず
今は、森の探検が目下のところ、アイサが夢中になっている遊びだった。

けれども、森には大きな猛獣もいるし、毒蛇もいる。
だから、アイサには森へ行く時は必ず大人と一緒にと
口がすっぱくなるほど周囲が言い聞かせた。

それが功を奏したのか最近はようやく一人では行かず、誰かを誘って森へ行くようになった。

「う〜ん。そうだねぇ。
  でも、今日は収穫の日だろ?
  あたしも畑に行って手伝うつもりだしさ。
  今日のところは我慢しな。
  収穫が落ち着いたら、絶対一緒に行くって約束するから」

ねっと言って、アイサに笑顔を向けたが、アイサは納得できないというように
頬をぷぅと膨らませた。

「収穫が終わるのっていつ?」
「2〜3日かなぁ。
  アイサの好きなかぼちゃを収穫する時期なんだ」
そう言って、傍らで拗ねるかわいい少女の黒髪を優しく撫でる。
「・・・ちぇっ。
  しょうがないなぁ・・・」
いかにも不満げに、アイサは足元の石を蹴飛ばした。

「あ・・・」
「・・・?
  どうかした?」
「ワイパーが帰ってくるよ。
  ワイパーに連れてってもらおう!」

マントラでワイパーが近くに来ていることを知ったアイサは
風のように飛んでいった。

「アイサ!ワイパーも収穫・・・」

言いかけても、走って行ったアイサの耳には届かない。

(昔はワイパーを怖がって近づかない子だったのに・・)

アイサは最近ワイパーによくなついている。
アイサに言わせると、前のように怖く感じないと言う。

そして、アイサがワイパーによく話し掛けるのは
朝に多いことをラキは知っている。

そう。
彼女との逢瀬の後。


きっと、彼女との時間が彼の心をほぐしているのだ。
それだってずっとわかってたこと。

でも、嫉妬が邪魔して気付かなかっただけ。

(ワイパーに話そう)

まだうまく話せないかもしれないけど。

でも、きっと伝わる。

私が好きだったヤツだもん。きっとわかってくれる。




そう心の中で呟いて、青空を見上げた。

森の向こうから顔を出した太陽に手をかざし、彼女の決意は固まった。


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