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翌朝───

ワイパーは、いつものように海岸で朝日を昇っていく様を眺めていた。
荘厳な日の出の景色は、いつも自分を奮い立たせるだけの十分な輝きを放つ。

スカイピアには雨が降らない。
雨というのも、話でしか聞いたことがないのだが青海では今自分の足元にある白い雲が時として太陽と島の間を遮り、日を目にすることがない時もあるという。

祖先が青海の島で暮らしていたことを知っても自分が青海に降りようという気になれないのはそういう理由もあるのだと思う。

そんなことを考えていると、いつしか太陽は白い雲の海の上にその姿を現していた。

「帰るか」
一人、そう呟いて、遺跡へと戻ることにした。
遺跡と海岸は、獣道と言って良いほどではあるが道ができている。
いつものワイパーなら、30分も歩けば帰り着くことができるのだが、やはり怪我のせいか体が重く1時間ほどかけてようやく遺跡に辿り着いた。

遺跡の上層部エネルに破壊された雲を整備してそこに空の民の家が多く作られていた。
朝の光の中では、家々の白い壁は思わず目を細めてしまうほど眩しく輝いて見える。
そしてそれよりも外側に、シャンディアの部落がある。
酋長の大地の上に家を建てて、そこに住みたいという気持ちはシャンディアの誰もが感じていることだった。
空の民が、雲の上でこそ安心ができるようにシャンディアの民は土の上で暮らすことを望んだ。
ヴァースで生活したことがないワイパーですらも、土に足をつけると、何とも言えない充足感を感じることができた。

早く診療所を出て、この地での生活を始めたい。

しかし、ワイパーの足は診療所へと向かう。
ゲンボウが、先日、ワイパーが住まう家も何とか用意できたと言っていたから、本当なら別に診療所に帰らなくてもいいのだ。

ただ、コニスがどうせ連れ戻しに来るかと思うと、そうするのも気が引けて結局毎朝シャンディアの住む地域に差し掛かった時にこのまま自分の家に引っ込んでしまおうかという気持ちとは裏腹に足を止めることなく、その先の遺跡へと向かってしまうのだった。

ただ、今朝は違った。
ブラハムやゲンボウが、既にワイパーの荷物を家に運んでおいてくれていたと言うので探索のために必要な物を用意するためワイパーは以前から聞いていた『自分の家』に(というよりは、ワイパーのために用意された建物という感覚しか覚えないが)足を踏み入れた。

真新しい雲で作られた壁はひどく自分に不似合いな白い空間を作り出しており、どうもしっくり来ない。
まるで異空間に足を踏み入れたかのように一歩一歩を確かめながら、部屋の中を見てまわった。
据え付けられた戸棚を開けると、そこにはほんの僅かなワイパーの所持品が置かれていた。
バズーカを手に取って、その馴染みの触感にようやく気分が落ち着く。

しばらくその重い銃器を磨いてダイアルを確認する。
それを背負って、落ち着かない家から出た。
この家で朝食を取ってもいいのだが食糧もなければ、喉の渇きを潤すものもないのだ。
とりあえず、空腹を満たすために診療所へ帰るしかない。

家を出ると、隣家から、幼馴染が顔を出した。
「よぉ、ワイパー。帰ってたのか?」
ブラハムは、いつものように帽子を目深に被り
口の端をあげて、ワイパーに挨拶をする。
「いや、今寄っただけだ」
「ああ、そうか」
ちらりと、彼の手にある大きなバズーカに目を移して得心したように、頷く。
「なんか食べれるもん、用意しとけば良かったな。
 ラキがお前の荷物とか、家具を用意してくれたんだぜ。
 一応寝る環境は整ってただろ?」
そういえば、部屋の隅に真新しいベッドが置かれていたことを思い出す。
部屋の真ん中には、2〜3人は掛けることができるだろう丸いテーブルも備えられていた。
「感謝しとけよ。
 お前のことだから、いつ戻るかわからねぇって
 かなり前から色々と揃えてくれてたんだぜ」
「別に俺から頼んだわけじゃねぇ」
「冷たいこと言うなよ。
 ラキの気持ちに気付いてねェお前じゃないだろ?
 たまには、感謝ぐらいして喜ばせてやっても・・・
 ああ、野暮ってもんか」
ふん、と鼻を鳴らして、ワイパーは踵を返した。
ブラハムがその背に「朝飯俺の家で食ってくか?」と声を掛けたが「いい」とぶっきらぼうな返事だけをしてワイパーは、診療所への道をおもむろに歩きだした。


その手に大きな銃を抱えて戻ったワイパーの姿を見て気弱な医師は、目に見えて冷や汗をかいていた。
ワイパーは、必要なことだけを伝えて食事を摂ると、すぐにまた出て行こうとする。
医師は「まだ安静が必要なのに・・・」と口篭もっていたがワイパーはどこ吹く風で、背を向けた。

「ワ、ワイパーさん。じゃあこれだけでも持って行ってください。」と
手渡されたのは、鎮痛剤入ってあるであろう薬包。
ワイパーはしばらく考えてから、それを受け取った。
別に飲むつもりもないのだが、それを持って行ったというだけでもコニスの心配がやわらぐだろうと考えたのだ。
「痛みを感じたら、飲むんですよ。
 一日1包として、1週間分、渡しておきますから。
 もしもそれより早く、薬がなくなったら必ず戻ってきてください。
 今、体の調子がいいのはお薬が効いているだけではないんですから・・・」
気弱でもやはり医師という職業に就く者である。
この時とばかりは、ワイパーの目に臆さず、注意事項を説明していく。

ワイパーは、面倒そうにその言を聞いていたが医師の話の腰を折るでもなく、ただ黙っていた。

去っていくその背中を見ながら、不安な表情を浮かべながらその医師は、ため息をついた。




「皆が自分も行くって言ってたよ」
集合場所に行くと、ラキやゲンボウ以外の多くのワイパーを慕う仲間たちが集まっていた。
「今回は、敵がいるわけじゃねぇ。
 それに、やることはいくらでもあるんだ。
 お前らは半数ずつわかれて家や畑を作れ。
 残った奴らは、都市の警護をしろ。
 まだ、この辺りにはでかい猛獣がうろついてやがる」
咥えタバコのまま、ワイパーに指示されると皆は、渋々言われた通りのことをするために戻っていった。

「ワイパー」
「何だラキ」
「実は、この子もいるんだけど」
「?」
ラキに目を向けると、その後ろからひょこっと幼い少女が顔をのぞかせた。

冒険や、探検と聞いてじっとしていられないのだろう。
そのくるくるとした大きな瞳は、はちきれんばかりの期待の光をそのくるくると大きな眼に湛えて、ワイパーをじっと見ていた。

ワイパーは大きなため息をつく。
「・・・・アイサ」
「あい!」少女が、元気良く挙手して返事をした。

「俺を怒らせたくなかったら、家に帰って遊んでろ」

その鋭い眼光に射抜かれたようにアイサの身が固まる。

ワイパーは、何事もなかったかのように他のメンバーとの打ち合わせをし始めた。

「ラキとカマキリはこのあたりだ。あのくだらねぇ『試練』の道があったところだから油断すんな。ヤバくなったら、すぐに退け。後日、みんなで行くことにする。ゲンボウとブラハムは、ここらを重点的に見てくれ」
地図を指差しながら、ワイパーが口早に指示を出す。
「祭壇がある。
 あの辺りは、川の中にも色々ひそんでやがる。
 猛獣の生息区域も確認してくれ」
「お前はどうすんだ?」
「俺は、この森だ」

ワイパーが指差したのは、鬱蒼と樹林生い茂る森だった。
「・・・お前一人で回れるか?」
カマキリが顎に手を当てて眉をひそめる。
たしかに未開の森は、鬱蒼と生い茂っていてどんな危険があるかはわからない。
けれども、危険だからこそ、ワイパーは自分が行くのだと思っていた。
咥えたタバコを歯で噛み締めて、それを上下させる。
その様子を見たカマキリがわかったよと、頷いた。


「出発するぞ。
 今回は調査が目的だ。
 無茶はするな」

「お前もな、ワイパー」
ブラハムはワイパーの肩をポンと叩いた。




彼らがそんな話をしている頃、コニスはウェイバーで川伝いに森の奥深くへと入ってきていた。

手元の地図を確認する。

チョッパーが教えてくれた場所までは川沿いに進んだところから、しばらく歩かなくてはいけないようだ。

ちょうどウェイバーを止められそうな川岸に接岸して地に足をつけた。

ウェイバーから、念のためと思って持ってきた銃器を取り出しそれを背負う。

森からは、奇妙な鳥の鳴き声しか聞こえない。

手を広げるように葉を伸ばした木々に森の奥は嫌に暗く見えた。

人の声がしない原生林を見ると、まるで自分が重い空気に取り巻かれている気がする。

(ラッパを持ってくれば良かった。せめて、ハープがあれば・・・)と、思ったが、今から戻るわけにもいかない。

仕方なく、その手に持った地図を頼りに森へと足を踏み入れた。



森に入ると、外から見るよりは木立の間から降り注ぐ日光が眩しい。
一時間ほどは、神経を使って歩いていたのだが猛獣に出くわすどころか、森の中の動物たちは人間が珍しいのか、不思議そうな眼でコニスをじっと見詰める。
その様子が愛らしくて、コニスは次第に緊張を解いていた。

チョッパーの話だと、たしか1時間も歩かないうちにその薬草が自生するあたりに辿り付けるはずだったが、あまりに大きく成長した木の根やそこに生えた苔はコニスの歩みを遅くさせた。
歩くというよりは、木の根をのぼると言った方が正しいかもしれない。
自分の背ほどもある露出した木の根にのぼってそこから飛び降りる。
それを繰り返しているうちに、既に日は頭の真上まで来ている。
荒くなった呼吸を抑えるために、深呼吸をしてまた木の根によじ登る。

ようやく景色が変わったことに気付いた時には既に2時間が経過していた。

そこには、小さな雲の池があり、森の中だと言うのに緑の草地がその池の周りを囲っていた。

(ここだわ)
呟いて、チョッパーの言葉を思い出す。
たしか、池の近くに大きな岩があってその麓にあると言っていた。
見渡すまでもなく、池の向こうの大きな岩がコニスの目に飛び込んできた。
先ほどまで行く手を阻み続けた木の根が嘘だったかのように、池の周りは平らで歩き易い草地だった。
小走りにその岩まで駆けて行くと、あのかわいいトナカイの言葉通り大きなアロエが生えていた。

こんな植物があるとは知らなかったが、これが火傷に効くらしい。
事実、雷に全身焦がされたかのように火傷を負っていたワイパーの皮膚も、いや、ワイパーだけではない、ラキやカマキリもこの薬草を浸した布でその体を包んでいただけなのに、従来の空島の薬より早く、きれいな肌を取り戻していた。

ワイパーの傷も、もう少しの間、この薬草を使っていれば元通りになるだろうと、そっとその固い葉に触れてコニスは一人微笑んだ。

持ってきたナイフを取り出し、その葉を切り落とそうとする。
けれども、自分の腰ほどまでにも成長しているその葉は思ったよりも固くて、なかなか切り落とすことができない。

その時、コニスは背後の気配にようやく気付いた。

それは次第に近づいてくる。
ごくりと生唾を飲み込んでから、ナイフを置いて背中の銃器に手をかけて、ばっと振り返った。


そこにいたのは、雲ウルフであった。
凶暴な獣である。

コニスはたじろいだ。
一匹ではない。
少なくとも10頭はいる。
その牙の間から、威嚇のような唸り声が漏れている。

銃器を持つ手に力が篭る。
10頭、一度に退散させるために・・・
この群れのリーダー格であろう、一際大きな狼に照準を合わせる。

その瞬間、それが合図だったかのように狼が彼女に襲いかかってきた。

「ごめんなさいっ!」
そう叫んで、ドンッと弾を放った。

───キャインッ

───キャンッ

数頭の狼たちが、もんどりうっている。
だが、コニスの狙いは外れていた。

狼たちの頭は、その弾をひらりと身をかわして避け、体勢を整えてから再度彼女に飛び掛った。

次の瞬間、肩の熱い痛みにコニスは顔を歪めた。
彼女の喉元を狙ったのであろう。
狼が、肩にその大きな牙をつきたてていた。
彼女の持つ銃が邪魔して、喉笛をかき切ることができなかったことを知った狼は再度、彼女の喉元にくらいつこうとする。

大きな獣に組み敷かれたまま、コニスが銃でその鼻面を殴る。
しかし、狼はさも非力と言わんばかりにそれにもめげず、その銃に噛み付いて、それを横へと放り投げてしまった。
コニスは、丸腰になった自分を悟り、目を瞑った。

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