全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル1:過去にとらわれた少女
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14 月光




「ねぇビビ、後から私の部屋に来てくれない?話があるの」
花火が終わって、後片付けをしている時に、ナミがビビの耳元でそっと囁いた。

その言葉通りに、ナミの部屋まで来たものの、一体何の話だろうと訝しんで、ノックをためらう。

(コーザの話かしら・・・?
 コーザが好きだから、協力してくれって言われたらどうしよう・・・)

口を真一文字に結んで、しばらく俯いていたが、意を決したように扉を叩いた。

コン、コン、と2回、軽い音が廊下に響く。

「ナミさん?入ります」

そう言って、返事を待たずに部屋に足を踏み入れた。
部屋の中はダウンライトの暖色が微かに灯されているだけだ。
「ナミさん?」
そう言って、部屋の真ん中まで進むと、ナミがベッドの隣のテーブルに腰掛けているのが目に映った。

「ああ、ごめんねビビ。わざわざ部屋まで呼んじゃって」
そう言って、手元にあった日記をぱたんと閉じた。

(ナミさんって、いつ見ても本当に綺麗・・・)
オレンジの光に照らされたナミは、同性のビビから見ても思わず見とれるほどに美しかった。

「いいえ、あの・・・どうかなさったんですか?
 お話ってなんでしょうか」
「ビビの気持ち、はっきり聞きたいと思って」
ナミはそう言って、微笑んだ。

「気持ち?」
コーザのことだ、やっぱり自分の考えは正しかった・・・と、ビビは得心する。
しかし二人を見ていた自分を隠すために、とぼけたような声で答えた。

「コーザ先生のこと」

(やっぱり、ナミさんは・・・)
ビビが俯いて、黙り込んでしまった。

「ビビ?」
心配そうな表情でナミが少女の顔を覗き込む。

「・・・あの、コーザのことが私に何の関係があるんでしょうか?」
やっとの思いで、出した声は少し上擦っていた。

「そう構えないでちょうだい」
ナミが笑って言ってから、ベッドに腰掛ける。
「私ね、ビビが言ってた意味やっとわかったわ。
 前にコーザ先生がとっつきにくいって私がビビに言ったら
 ビビ、こう言ったわよね。
 『コーザは学校から出ると、優しい』
 『あまり口に出さないけど、他人を思いやる人』
 なんだって」
「・・・ええ、言いました」
「その言葉の意味、今日わかったわ。
 学校とプライベートは完全に分けてるのね。
 そういうのって、大人で格好いい」
「・・・・・」
「コーザ先生のこと好きになっちゃったかもしれない」

もしやと思っていた言葉が、実際にナミの口からこぼれて、ビビは胸に痛みを覚えた。

「そ、それが私に何の関係があるんでしょうか?」
動揺を悟られたくなくて、懸命に明るい声を出す。

「ビビ。私、先生に告白してもいい?」

空色の髪が揺れて、少女が驚いた表情でナミを見つめた。

「先生も私に優しいから脈ありかもしれないのよ。
 ビビ、応援してくれる?」

「・・・そ・・・れは・・・」
さっきまでの声と打って変わって、ビビの声が翳りを帯びる。

「それは?」

「・・・嫌です」
小さな声を搾り出すように、けれどもきっぱりとした声が静かな部屋の中に響く。

その頭には、今日一日のコーザとナミの姿が浮んでいた。
仲良さげに話す彼ら。こそこそ耳打ちされて、苦笑するコーザの顔。
あの時、どれだけ自分が嫉妬したかも彼女は気付いていた。
そしてその感情が何かということも───

コーザは自分を妹だと、子供だと思って接しているから、優しいのだ。
そう思っていても、その優しさが、他の女性に向けられているのをこれ以上見たくない。

「嫌?どうして?ビビはただの幼馴染なんでしょ?」
ナミの驚くような声が、ビビの耳に届いた。

「でも、嫌なんです。
 だって、私も・・・」
「・・・私も・・・何?」

「私も、コーザのことが好きだから」
そう言ったビビの瞳は強い意思が顕れていた。
「ビビ、本当に?」
ナミが真剣な表情で聞く。
「ビビのその気持ちは、お兄さんを取られるっていう気持ちじゃないの?」

「そうかもしれません。
 でも・・・私、コーザと先輩が仲良く話すのを見てたら
 胸が痛くなっちゃうんです。嫉妬しちゃうんです。
 だから、先輩のことを応援なんてできない・・・」

ビビが、たどたどしく自分の気持ちを伝える。
その瞳は、ナミをじっと見据えていた。
ナミも、口を結んでビビの言葉に耳を傾けている。

途端に、ナミが口元がふっと緩んだかと思うとナミが窓際のカーテンをパッと開いた。

月光に照らされて、そこに一人の男が立っていた。

「・・・コーザ!?」
この部屋にいるはずのない、3人目の顔を認めて、ビビが素っ頓狂な声をあげた。
次の瞬間、顔を真っ赤にして俯く。

コーザも、少し頬を赤らめて、頭を掻いた。

「ふふっ!鈍感なお二人さん、これでお互いの気持ちがわかった?」
ナミがいたずらっ子のように笑った。
「せ、先輩・・・これは・・・」
「今回海に連れて来てくれた二人に私からのプレゼントよ。
 まぁ後は二人でゆっくりと話し合ってちょうだい。
 今夜は私、隣で寝るわ」
そう言ってナミはウィンク一つを残し、既に用意してあって着替えなどを持って部屋の扉を開けた。

「あ、そうそう」
呆然とするビビに、ナミが振り返って言った。

「口止め料は、月に一回、私達にご飯おごってくれるだけでいいわよ。
 あいつらよく食べるからうちの家計も火の車なのよね〜」

軽やかな笑い声を残して、部屋の扉が閉められた。

しばらく状況を飲み込めなかったビビが、ようやくはっと我に返って、コーザを見た。
コーザは苦笑している。
「こ、コーザ・・・全部聞いちゃった?」
「まぁな」
「ナミさんってば・・・」
ビビが顔を赤らめて、両手で顔を覆った。

コーザがゆっくりとそのビビに近づく。
「ビビ、さっきの本当か?」

ビビの肩に手を置いて、彼はその顔を覗き込んだ。
「・・・本当・・・」

小さな呟きを合図に、コーザは肩にあった手を背中に回し、優しく彼女を引き寄せた。
彼女は抵抗もせずに、その胸に顔を預ける。

「コーザは・・・?」
おそるおそるビビが聞く。

コーザは、その問いに答えず、彼女の小さな顎に手をかけて、その瞳を自分へと向けさせた。
彼の深い眼差しがビビを包み、二人の唇がゆっくりと重ねられた。


+++++++++++++++++++

「今日は私、ここで寝るわ」

部屋に入るなり、突然そんなことを言い出す少女に、ゾロとルフィは顔を見合わせた。

「ナミ、お化けが怖いのか?」
ルフィが首を傾げて言う。
「そんなわけないでしょ。
 私の部屋が使えなくなっちゃったの。
 いいじゃない、あんた達の内どっちか一人がそのソファで寝れば」
「えーでも、俺は窓際のベッドだぞ!
 さっきせっかく決めたばっかなんだぞ」
「そう。じゃあルフィはそのベッドで寝ればいいじゃない。
 ゾロ、あんたソファね」
「勝手に決めてんじゃねぇ!」
「あんただったらどこででも寝れるじゃない」
「こんな小っせぇソファで寛げるかっ!」
「じゃあルフィと一緒に寝れば?
 ねぇルフィ、ゾロはどうしてもそのベッドで寝たいらしいわよ」
「何だゾロ。さっきはいいって言ったのに
 お前も本当は窓際が良かったのか?」
「違うだろーがっ!」

押し問答を始めた男二人を尻目に、ナミはさっさと入浴の支度を済ませて、ベランダのカーテンを閉めた。
「私、今からお風呂に入るけど、水着着て入るから・・・あんた達も一緒に入る?」
「何だ、ナミ。やっぱりお化けが怖ぇのか?」
「失礼ねっ!お化けなんて信じてないわよっ!!」
そう言って、カーテンの向こうで窓が乱暴に閉められた音が聞こえる。
呆れたような顔で、ゾロはそのカーテンを見ていた。

「お前一緒に入りたそうな顔してんなー」
「俺の顔がいつ、そんな顔してたんだよっ!」
襟元を掴んで、ルフィの顔をガクガク揺する。
「だってお前、ナミのこと好きなんだろ?」
いくら揺すられても動じない様子で、ルフィがあっけらかんと言った。

ゾロの動きが止まって、その手がルフィから離れた。

つまらなそうにソファに寝っ転がる。

何も言わないゾロにルフィがにっと笑って、言葉を続ける。
「ナミもお前を好きだといーな!」

けっと吐き捨てるようにゾロが呟いた。

「俺、お前ならナミを大切にしてやれると思うんだ」
「どこをどう見たら、そう思えるんだよ。
 あのラブコックの方が女に優しいだろうが」
「サンジか?サンジは優しいけど、ナミには逆効果だろ?
 お前は傷つけないようにするじゃねぇか。
 ナミの傷を治せるのはお前だろ?」
「・・・?」

ゾロが、閉じていた瞳を開いて、ルフィに顔を向ける。
(こいつ、知ってんのか・・・?)

以前、ナミが苦しげに語った彼女の過去。
他の仲間は誰も知らないと思っていたが、この少年はそれを知ってるかのような口振りだ。

そんなゾロの疑問に気付いたのか、少年はまた明るい声で言う。
「ナミは俺らを警戒してるだろ?
 何があったかは知らねぇし、興味ないからいーんだ。
 でも、あいつがお前のこと警戒してねぇのはわかる」
「・・・・・」
「ナミって、猫みたいだよなぁ。
猫ってさ、ゴロゴロ言いながら寄ってくるくせに
触ろうとしたら逃げるんだ」

ゾロが眉をあげて、にっと笑った。

「あいつを手懐けるのは、苦労するぜ?」
「おおっ!俺、麦わらクラブのリーダーとして頑張るぞ!」



ルフィとゾロが楽しげに話す声が聞こえる。
ナミは、頭上に広がる星空を見上げた。
この露天風呂を隠すのに打ってつけの木立が、バルコニーの縁から黒くそびえていて、ぽっかりと開いた空間に星が瞬いている。
(まるで、プラネタリウムみたい・・・)
そう思いながら、湯に体を預けて深呼吸する。
「気持ちいい〜」

呟いた瞬間、バルコニーと部屋を隔てる窓が開いた。

「あら、あんた達、やっぱり来たの?」
「おぅ!ナミ月見酒しようぜー」
二人ともタオルを腰に巻いてる。
(良かった・・・)
こいつらのことだから、素っ裸で入ろうとするんじゃないかと想像していたナミは心底ほっとする。
(一応、デリカシーはあるのね)

「いいわね、月見酒。早くちょうだい」
「おら」ゾロがグラスをナミに放り投げた。慌ててキャッチする。
トレイも、とっくりも、お猪口もなかったのだろう。
日本酒の瓶とグラスだけをそのまま持ってきて、湯舟の縁に置くと、二人が同時に湯に浸かった。
ざぁっと風呂の中の湯が溢れた。

「うおーすげぇなっ!」
ルフィが頭上の数え切れない小さな光に気付いて、歓声をあげた。
「ルフィ、こういう時は黙って呑むもんよ。
 あんたって本当にガキねぇ・・・」
ナミがグラスに酒を注ぎながら言った。

「呑燗ねぇ・・・ゾロの好みそのままって感じね。親父くさくて。」
「文句言うなら呑むな。俺の秘蔵の酒をわざわざ出してやってんだ」
「はいはい、まぁたまにはこういうのもオツね」
常温のままの温い酒を入れたグラスを軽く振って、ナミが嬉しそうに笑う。
「俺も飲むぞっ!」
ルフィが片手で重い筈の瓶を軽々と持ち上げる。
だが、濡れた手が滑ったのか、グラスからは酒が溢れ出した。
「もったいねぇ事すんな!」その瓶を横からゾロが奪って、自分のグラスに注いだ。

「じゃ、乾杯ね!」
「おおっ!・・・なんに乾杯するんだ?」
「ルフィ、露天風呂ではな、月の光に乾杯するのが男ってもんだぜ」
「おお〜ゾロ、粋だな、お前!
 じゃ、月に乾杯!!」

3人のグラスが鳴らされた。


しばらく他愛もない話をして、ゾロが不意にナミに尋ねた。
「で、てめぇは何でここにいるんだよ」
「ああ・・・私の部屋は今、ビビとコーザが使ってるのよ」
「あいつらは自分の部屋があるっつってたじゃねぇか」
「あの二人鈍いから、ちょっと恋の仲立ちをしてあげたの」
「何だ?お前の部屋で今いちゃついてんのか?」
そう言って、ルフィが目を輝かせて風呂から出ようとする。
「何見に行こうとしてんのよっ!」
ナミが風呂の中でルフィの足を蹴り飛ばして、こけたルフィは縁に顔面をぶつけてしまった。

「俺、見てみてぇ〜!」
駄々を捏ねるようにルフィが叫ぶ。
「あんたねぇ。お互いの想いが通じて初めての夜なのよ?
 愛に浸る恋人を邪魔しちゃダメ!」
「邪魔しなきゃいいんだろ?」
「そういう問題じゃないのっ!
 そっとしといてあげなさいよ!!」

ルフィは諦めきれない様子で、ずっとブツブツ言っていたが、そのうち瞼がとろんと落ちてきた。

「ルフィ、あんた眠いんじゃない?
 今日一日中遊んでたものね。
 もう寝なさいよ」
ルフィは、いつもの元気はどこへやら、「おぅ」と頷いて素直に部屋へと戻って行った。

「あんたも、そろそろ酔った?私たちもあがりましょうか?」
「いや・・・まだ飲む」
そう言って、ゾロは中身が半分以上減ったその瓶を取って、またグラスに酒を注ぐ。

「あいつがいなくなったら、急に静かね」
「あァ。ま、月見酒には丁度いい」
そう言ってゾロはグラスを傾けて酒を口に含む。
その瞳には蒼白く輝く月が映っていた。

「ね、ゾロ。前から気になってたんだけど、その傷跡・・・何なの?」
ナミが小首を傾げて口を開いた。

ゾロの胸には左肩から右の下腹部近くまで、一体何針縫ったのかと思わされるほどの大きな傷跡がある。
以前、何気なくナミの前で服を脱ぎかけたゾロの体にその傷跡を認めて、気にはなったが何となくそれを問う機会を逃してしまっていたのだ。

「これか?これは・・・忘れたい過去って奴だな」
「へぇ・・・聞かない方がいい?」
ナミの気遣いを聞いて、ゾロの眉が片方あげられる。
「聞いても何の得にもなんねぇぞ?」
「損とか得とかの話じゃないわよ。
 ただ・・・ちょっと気になっただけ。
話したくないなら、言わなくていいわ」
オレンジの髪をかきあげて、彼女は幾分プライドを傷つけられたくないように眉をひそめた。
「誰にだって思い出したくないことがある、でしょ?」
「思い出したくないわけじゃねぇ。
 ・・・まぁ努めて思い出すようなこともねぇがな。
 お前に聞かせるまでもねぇってことだ」
ゾロはそう言って、話を打ち切るように酒を飲む。

あと一押しすれば、ゾロはその話を聞かせてくれるだろう。
しかし、ナミはもうこの話題は口にしまいと心に決めた。
この話題で彼の声音が一瞬低くなった。
踏み込まれたくないのだろう。
他人に踏み込まれたくない過去・・・自分にもそれがある。
彼女は、自身の辛い経験故に、深く追求することをやめた。

不意に、彼女は微笑みを浮かべてゾロをじっと見る。
「・・・何だ?」

言葉言いたげな彼女に気付いて、ゾロはその少女に目を向けた。

「ねぇ、賭けのこと覚えてる?」
「あァ?もう今日は終わるじゃねぇか。
 それに、お前あのコーザって奴にばっか・・・」
「妬かない妬かない。
 コーザ先生と話してたのは、ビビに自覚させるためよ」
「妬いてるんじゃねぇよ」
ふんっと鼻を鳴らして、ゾロがそっぽ向いた。
月明かりの中、その耳が赤く染まっていることを知り、ナミはくすりと笑みを漏らす。

「それに、ゾロにはゾロで特別にやってもらいたいことがあったんだから」
「・・・うし。もう覚悟できてるぜ。何でも言いつけろ」
口を真一文字にして、ナミの言葉を待つ。

「あははっ。何でそんなに構えてるのよ。
 大したことじゃないわよ。
 えっと、あのね・・・」
「おう。何でも言ってみろ」

しかし、彼女からの返事はない。
不思議に思って、彼女の顔を見る。
そこには、頬を桜色に染めて、恥ずかしそうに俯く少女がいた。

膝を曲げて、その両足を細い腕で包み込み、その顎を膝に乗せて、口を開こうとしては考えるように目を泳がせ、また口をつぐむ。

その姿は、とてもいじらしく、いつものナミらしからぬものだった。
ゾロは、少女がまだ高校生の女の子なのだという事実を改めて認識する。
いつも大人びた表情をその端正な顔に湛えて、仲間が馬鹿をすれば率先して抑制する。
一人暮らしのせいか、家のこと、家計のことに口うるさく、特に夏休みの今は、彼女が高校生だということを忘れてしまうこともある。

「あのね・・・」
彼女の声が耳に届いて、ゾロはようやく我に返る。
「お、おう・・・言ってみろよ」
自分の心を悟られまいと、ウソップのように腕組みをして、任せろとでも言うように胸を張った。

「あのね、手をつなぎたいの」

「・・・手?」

思いも寄らない彼女の言葉に、思わず聞き返した。

「うん」
ナミが真っ赤な顔で頷く。

「手って・・・今?」
「うん。嫌?ゾロが嫌なら別にいいわよ」
ゾロが、頭をボリボリ掻いて眉をひそめたのを見て、ナミは拗ねたように口をとがらせた。

「何となく、そう思っただけよ」
ぷいっと顔を背ける。

(やっぱり言うんじゃなかった・・・)
ナミの心は後悔の念でいっぱいになる。
二人きりになって、ゾロの顔を見つめていると、昨日の夕方手をつないだことを思い出した。
彼の暖かい手を思い出して、その手にまた触れたいと思った。
それから、手をつないだ時に見た真っ赤な彼の顔。
少し困らせてみたい気持ちも手伝って、賭けのことを持ち出した。

(でも、変な女だと思われて当然よね・・・)
ふぅとため息をついて、残り少なくなった酒を自分のグラスに注ぐ。

「いいのよ、何となく思い立っただけなんだから」
背中を向けたまま、自嘲するような声で言い訳した。

すると、後ろからチャプンと水音が聞こえたかと思うと、「ほら」と低い声が届いた。

振り返ると、ゾロが照れくさそうに口をへの字にしたまま、手を出している。

「つなぎたいんだろ」
苦虫を噛み潰したかのような顔だが、それはまるで湯気でも出しそうなほど赤く染まっていた。
「別にいいのよ。無理しなくても・・・」
さきほど、躊躇ったゾロを思い出すと、無理強いするわけにもいかなくて、ナミは困ったように微笑んだ。

次の瞬間、ナミの手がゾロの大きな手で包まれていた。

バシャッとその手を湯の中に入れる。

「無理なんかしてねぇよ」
そう言って、ゾロは空いた片腕を頭の後ろに回して枕にすると、浴槽にもたれかかり、目を瞑った。


ナミはしばらくその顔をじっと見て、温かな湯の中で、その指を絡めようと動かした。
すると、自分の手の動きに合わせて応えるかのようにゾロの指も湯の中で動く。


二人は手を固く握ったまま、黙って星空を見上げていた。

月の光が彼らを祝福するように、空の高みから優しく降り注いでいた。

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