全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル1:過去にとらわれた少女
PAGES→
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33



17 ノジコ




金曜日になった。

朝、目が覚めてナミは自分が思ったよりも落ち着いていることを知った。

昨日、ゾロに抱き締められたまま寝てしまったのだろう。
気付いた時には隣にゾロがいなかった。
けれども、自分の身体にはタオルケットが掛けられていて、ほっとしてまた眠りについた。

ベッドから体を起こす。
カーテンを開けて、写真の中にいるベルメールに「おはよう」と声を掛けて、その隣にある黒い布を手に取った。

あの日、襲われた自分を助けてくれた相手の唯一の手掛かり。
お礼を言う前に、火事に気付いて、ナミはそれを握り締めたままその場を後にしてしまった。
事件の後、その布をじっくり見てみたが、名前も書いてない。
それどころか、どうも既製品を一度縫い直したらしく、メーカーのタグなども一切ついていなかった。
何度か、その公園を怯む心を抑えつつ通ったが、昼間のそこには小さな子供を連れた母親や、日向ぼっこするために老人が集っているぐらいで、彼女の視界に入ったその人物と思えるような人に会うことはなかった。

そして、彼女は毎朝、その布を見ては(助けてくれて、ありがとう)と心の中で感謝する。
あの絶望の地獄へ落とされたような時間の中で、誰かに助けてもらえたという事実が、彼女にとって希望の光のように思えたのだ。

もう会うこともないだろうし、会ったところで自分は相手の顔を知らない。
だから、残されたこの黒い布に、彼女は感謝するのだった。

「おはよう」
ドアを開けると、既に皆が朝食のためにダイニングテーブルの周りに集まっていた。
チョッパーが椅子を降りてナミに駆け寄る。
「ナミ!もう元気になったのか?」
ナミは微笑んだ。
「うん。チョッパー。心配してくれたのね。ありがとう」
お礼の言葉を聞いて、チョッパーの目尻が下がる。

「おぅナミ。早く座れよ」
ウソップは、何事もなかったかのように、いつものように声を掛けた。

ナミは「うん」と頷いて、いつもの席に座る。

初日、鍋を囲んだ時に座った席が、いつしかそのまま彼らの席順として固定されていた。
ゾロの隣が、ナミの席だ。
座る瞬間にゾロと目が合う。
「お仕事、お疲れさま」
コーヒーを飲んでいたゾロが、おぅと答えた。

「ナミさ〜ん♪おはようございます!」
キッチンから両手に料理が乗った皿を持って、サンジが小走りに出てきた。
「さ、今日はサンジ特製スペシャルモーニングセットです♪」
そう言って出された朝食のプレートには、ナミが以前美味しいと言って誉めたサラダが載っている。
ナミの好きな蜜柑をドレッシングに混ぜたらしく、その酸味の効いた味にナミが舌鼓を打ったのだ。
これも、サンジならではの励ましだと知って、ナミは心の底から「ありがとう」と笑顔で言った。

ホットケーキも、我が家のキッチンで作られたとは思えないほど見事な焼き方だ。

「サンジくん、このホットケーキ、ホテルで出て来るのとそっくりじゃない。
 どうやって作ったの?」
「いえいえ、ナミさんへの愛情をスパイスに・・・
 ただ、俺の愛の炎が燃えすぎて、焦げそうになった時には焦りました♪」
ふふっとナミが笑う。

それを見ていたルフィが「ナミ、今日は俺達みんないるからな!」と言った。
「うん、頼りにしてるわよ」
いつになく、ナミが素直に言う。

皆が、大きく頷いた。


朝食が済んで、ウソップは最後の詰めだとか何とか言って、部屋にこもりっきりになった。
居間ではチョッパーとルフィがトランプをして、騒いでいる。
ルフィがいては居間がうるさいだろうということで、ナミは、ゾロに自分の部屋で寝るように言ったのだが、それは正解だったとナミは二人を見て思う。

今日は仕事がないサンジは、簡単に昼と夜の下ごしらえをした後、ナミと共に掃除に勤しんでいた。

「ナミさん、今日は洗濯はしないんですか?」
洗濯機が動いてないことに気付いて、サンジが声を掛ける。
「ん〜どうも雨が降りそうなのよね。
 今日は和室が空いてるし、少しだけして室内で干してもいいんだけど・・・
 ううん、やっぱりやめときましょ」
ナミは、窓の外に広がる青空を見て言った。
「雨?こんなに天気がいいのに?」
サンジが、ベランダに出てその青空を見上げる。

「ああ、何となくそんな感じがするだけ。
 ほら、入道雲が発達してるでしょ。
 夕立が来るわ。この風だと・・・3時ぐらいかしらね」
その時刻まで言い当てるナミに、サンジが驚きの表情を見せる。
「やっぱナミさんさすがですね〜♪
 気象予報士になればいいのに♪」
「誉めたって何にも出ないわよ。外れるかも知れないし。
ほら、早く掃除しちゃいましょ。
そろそろ、サンジくん達見張りに行く時間でしょ?」
そう言って、ナミは掃除機を持って自分の部屋に入っていった。

自分のベッドで幸せそうに寝るゾロがいる。
(あ・・・そうか。掃除機なんかつけたら、起きちゃうかも・・・)
そう気付いて、ナミは掃除機を横に置いた。

とは言え、絨毯の上に埃が溜まっているかもしれない。
しばらく、悩んだ結果、ナミはガムテープで自分がよく通るあたりの埃を取ることにした。
(絨毯傷んじゃいそうだけど、しょうがないわ・・・部屋の隅は、今日は見なかったことにしよう)

ペタペタと地道な作業を繰り返す。
思ったよりも埃が取れるので、つい熱中してしまう。
開かれたドアの向こうから、サンジが「ナミさ〜ん愛の見張りに行ってまいりま〜す♪」と叫んでいるのが聞こえたが、ナミは適当に返事して、ベッドの横に置かれたサイドテーブルの下に手を入れて、ペタペタ続ける。

「何やってんだ?」
四つん這いになっていたナミの頭上から声がした。
顔を上げると、横向きになってナミの頭を覗き込んでいたゾロの顔が、視界に広がる。
「きゃあっ!」
突然アップで現れた男の顔に驚いて、ナミは後ずさりした。

「・・・何だぁ?」
片腕で頭を支えながら、ゾロが首を捻った。
「な、何でもないわよ・・・」
コホン、と咳払いして、ナミは手に持っていたガムテープをくるくると丸めた。

「何してんだよ?」
「掃除よ。あんた起こしちゃ悪いと思って、ガムテームで埃取ってたの」
そっかと納得して、ゾロがまた仰向けになった。
「ねぇ、掃除機かけてもいい?」
「あぁ」
起きている間に、とさっきは掃除しなかったところに手早く掃除機を這わせる。

すぐにその作業を終えて、ナミは「邪魔してごめんね」と言って、部屋を出ようとした。
すると、ゾロの声がその背中を追う。

「おい」
振り返ると、ゾロは目を瞑ったままだ。
近寄って、顔の前で手を振っても、表情が変わらない。
「・・・何よ?」
「昨日のお礼、してもらわねぇとな」

途端に、昨夜彼の腕の中で眠ってしまったことを思い出す。

「あれは、ゾロがいいって言ったからじゃない」
「肉体労働したんだ。それなりの報酬がねぇとやってられっか」
「何が欲しいの?」
「・・・・」
寝てしまったのかと思うほど、ゾロの顔は変わらなかった。
不思議に思って、顔を覗きこんだ瞬間、彼がナミの体を捕まえた。

ナミの体が、ゾロの胸の上に乗ってから、ゾロが耳元で言った。
「抱っこ」

ナミが頬を染めて、その腕から逃げようと、体をずらした。
すると、ゾロは体を反転させて逃げようとするナミを背中から抱きかかえる。
「俺が寝付くまででいいぜ」

そう言う彼の腕は、ナミが動くたびに少しだけ力が入って、決して逃がすまいとする。
ナミが力を抜けば、彼の力もすっと抜けて、その腕は優しくナミを抱く。
ゾロが寝付きのいいことを思い出して、ナミはそれまでの我慢だと観念した。
何よりも、もし本気で抵抗したらきっと離してくれるだろうと思わせる力加減に、抵抗する気力も失ってしまう。
そのうちに、開かれた窓から風が入り込んで、暑い中吹き抜けるその涼しい風に心地良くなって、ナミは段々自分の瞼が重くなったのを感じていた。


「おい、見ろよ。チョッパー」
伸びをしながら部屋から出てきたウソップが、ナミの部屋の前で一瞬固まってから、チョッパーを手招きした。
「ルフィが言ってたこと、当たってたのかもな」
「ナミとゾロ、本当に付き合ってないのかな?」
「そのうち付き合うのは確実だ」

そんな会話をする彼らの視線の先には、幸せそうに眠っている二人の姿があった。
ウソップは、サンジがいなくて良かったと心で流れた冷や汗を拭っていた。


+++++++++++++++++++

昼前になって、ナミが目を覚ました。
慌てて体を起こすと、自分を抱いていたゾロの腕がすとんと落ちた。
起こさないように、そっと部屋を出る時に、その扉が開かれていたことに気付く。

(誰かに見られた?)
急いで部屋を出て、扉をパタンと閉めた。
リビングやダイニングには誰もいない。
サンジとルフィが出て行ったのは記憶に残っている。
(ウソップとチョッパーは・・・?)
そっと彼らの部屋を覗いてみたがやはり、誰もいない。
首を傾げて、しばらく考えた後に、和室を覗いてみた。

そこには、畳の上でタオルケットを被った二人が頭をそろえて寝ていた。
(そっか、ウソップ昨日何か作ってたって言ってたわね。
 チョッパーも隣でごそごそしてたら、熟睡できなかっただろうし・・・)
二人を起こさないように、そっと襖を閉めて、眠気覚ましのコーヒーを入れるためにキッチンへと向った。

時刻は既に11時半。
そろそろ昼ご飯の用意をしてもいい頃だろう。
今日はサンジが戻って昼ご飯を用意すると言っていたから、そろそろ戻ってくる筈・・・
そも思っていると、案の定チャイムが鳴った。
出ると、サンジの笑顔が画面いっぱいに映し出された。

「ナミさん♪コーヒーなんて、僕が入れますから、そちらで寛いでてください♪」
そう言って、帰ってきたサンジはすぐさまキッチンからナミを追い出し、口笛を吹きながらコーヒーを淹れ始める。
料理に関しては、かなりのプライドを持っているらしく、彼はそれがナミであろうと決して手伝わせようとしない。
この家にいる皆の口に入る物を、すべて自分で用意して、皆が美味しいと言えば、口の端をあげて嬉しそうに笑う。
台所にいるサンジは本当に嬉しそうで、いつもよりも、子供っぽい表情を見せることもある。
彼にとって、安らげる場所なのだろう。
ナミも、サンジの言葉に従って、素直にリビングのソファに座り、そこに置いてあった雑誌を広げた。

「あ、そうそう。ナミさん。暑中見舞いが来てましたよ」
そう言って、サンジがポケットから一枚のハガキを取り出した。
受け取って、ちらりと目を通しただけで、ナミは嬉しそうに微笑んだ。
「ナミさんにそんな顔をさせるなんて羨ましい奴もいるもんだなぁ・・・」
さも、その笑顔にうっとりとするかのように、サンジが言う。

「そうね。この世で一番、愛してる人よ」

ショックで項垂れたサンジを置いて、ナミはいそいそと自室へ戻った。

ゾロを起こさないように静かに勉強机に腰掛ける。

『 ナミへ
 暑中見舞い申し上げます。
 今年の誕生日、あんたに会いに行けなくてごめんね。元気でやってる?
 私の仕事は順調です。今年になって、段々難しい仕事も任されるようになったよ。
 忙しくて中々そっちに行けないのが辛いけど、おかげで給料もアップしそう。
 だから、安心して受験勉強続けるんだよ。
 お金の心配なんかしなくてもいいんだからね。
  P.S.ベルメールさんのお墓参りのために、近々帰ります    ノジコ    』


ガタッ───

最後の一文を読んだ瞬間、オレンジの髪を揺らして彼女は立ち上がった。

こけつまろびつ、サイドテーブルの子機を取って、すばやくボタンを押す。

『Trrrr... Trrrr...』
(ヤバイ・・・ヤバイわ・・・!)
いつもなら、ノジコが帰ってくるとなると、ナミの心は浮き足立つ。
と、言うよりも、ナミは寂しくなると「帰ってくればいいのに」と言って、ノジコに帰省を勧めていた。

ノジコが住んでいるココヤシ市は、ナミの住むこのグランドライン市から電車で2時間ほど。
姉は妹が寂しがっているのを察して、ナミのその言葉を聞けば、必ず帰省していた。
ところが、先月誕生日に電話をした後、ナミは彼女に連絡しなかった。
ナミが一人暮らしをしてから、こんなに長くノジコに連絡しなかったことがないからだろう。
ノジコは、ナミが誕生日に、そしてベルメールの命日に帰省できなかったことを怒っていると思ってしまったに違いない。

だが、今の家にノジコが帰ってきたら、男数人がナミの家に寝泊りしているという事実を知られてしまう。
それと共に、その理由がわかれば、ノジコはナミを心配して無理にでもココヤシ市に呼び寄せてしまうかもしれない。

(何とか、ノジコを止めないと・・・!)
ナミは、電話の向こう側で鳴る呼び出し音を聞きながら、深く深呼吸して、ベッドに座った。
そこで寝ているゾロは一瞬揺れたベッドに眉間に皺を寄せたが、起きた様子はない。

『もしもし?ナミ?』
登録された電話番号からの着信。
ノジコは、電話に出るとすぐ自分の名を呼んだ。
久方ぶりのノジコの溌剌した声に、ナミは嬉しくなる。
しかし、今から彼女を説得しなければと思い直し、ふるふると首を振った。

「ノジコ、暑中見舞い来たわ。今、電話いい?」
時計を見やるとまだノジコの昼休憩の時間ではない。
確認してから、電話するべきだったかなと後悔する。
ノジコは勘が良いから、きっと彼女の仕事中に電話するという行動に、いつものナミらしからぬ空気を読み取ってしまうかもしれない。
しかし、子機の向こうからは、嬉しそうなノジコの声が聞こえてきた。
『いいよ。久しぶりだね。元気にしてる?』

ほっとして、だがそんな心の動揺を知られまいといつもの声で話を続けた。
「うん。ごめんね。ずっと連絡しなくて」
『こっちこそ、なかなか帰れなくてさ。ナミ、期末試験はどうだった?』
「もちろん、いつも通りよ」
『よしよし!』
電話を通して、ナミはノジコが頭を撫でてくれたような錯覚に陥る。
「ふふ。当たり前でしょ?」
ナミの声は自然と弾んだ。
「でね、ノジコが帰ってくるってハガキに書いてあったから・・・」
上擦ってしまいそうな声を懸命に押し殺して、さりげなく本題に入った。

『ああ、お盆休みが3日取れるのよ。
 と言っても、お盆の間は、他の人みんな休んじゃうから
 上司からなるべく出てって言われてるんだ。
 だから、その次の週に取ろうかなと思って・・・』
「そ、それがね・・・ノジコ!
 私明日からしばらく旅行に行こうと思ってるのよ」
『旅行・・・?』
「うん・・・えっと、友達と」
『あんたが、友達と・・・?
 ふぅん。珍しいこともあるもんだね。
 どこに行くの?』
「その・・・色々よ。
 色んなところを回ってみたいねってことになって。
 だから、いつ帰ってくるかもわからない・・・っ!?」

ナミの体が凍りついた。

ゾロが、寝返りを打った瞬間に、その腕をナミの腰に回して座っているナミを抱き枕のようにしてしがみついてきたのだ。
慌てて、彼の顔を見ると、未だ幸せそうな顔で寝ている。

懸命に、その腕を引き離そうとするが、ナミの手がゾロの腕に触れるたびに、無意識に離れまいとしてぐっと力を込める。

『どうしたの?ナミ・・・』
「う、ううんっ!何でもないの!!
 とにかく、旅行の約束をもうしちゃったから・・・」
『へぇ〜』
「な、何?何か疑ってない?」
ナミは自分の姿が見えない筈の彼女に対して、引きつった笑顔を見せる。

すると、ゾロの手が、彼女の体をまさぐるようにそっと動いた。

「・・・・っ!!
 ゾ・・・ッ」
その男の名を呼ぼうとして、慌てて、手を口に当てる。

『・・・あんた、今誰かと一緒なの?』
「ううんっ!!一人よ、一人!」
『そう?ま、いいけどね。
 旅行はいつまで?』
「はっきり・・・決まってないの」
平静に言っているつもりなのだが、ゾロの手の動きを止めようと懸命に身を捩じらせるため、声が震えている。

『じゃ、休みは9月に取ろうかな。
 一応お盆の前後1ヶ月に取れる休暇だからさ。
 9月の上旬あたり。どう?』
「うん。その頃なら、大丈夫」
『じゃあ休みが取れたらこっちから連絡するね。
 あ、ナミ・・・』
「なに?」
『ん。勉強しっかりね』
「わかってるわよ。ちゃんとやってます」
『それからね、男ができたら紹介しなさいよ』
「・・・・っ!」
顔が真っ赤になるのを止められない。
「い、いないわよっ!彼氏なんて・・・」
『あははっ!隠さなくていいんだよ。
 あんたにそういう男ができたら、むしろ姉としては喜ばしい限りなんだから。
 一人暮らしのあんたが心配だしね。
 危ないことあったら、そのカレシに守ってもらうんだよ。じゃあね!』
「ちょっ・・・ノジコッ!!」
プツッ───

豪快な笑い声を残して、呆気なく切られた電話の向こう側からツーツーと情けない機械音のみが聞こえてくる。

(違うのよ〜ノジコ・・・)
大きな溜息をついて、ナミは肩を落とした。

その雰囲気が伝わったのか、未だしがみついてくるゾロが「ん〜」と体をまた摺り寄せる。
その呑気な顔に妙に苛立ちを覚えて、ナミは手にしていた子機で思いっきり彼の緑の頭を叩いた。



ゴツッと鈍い音と共に、ゾロがようやくその深緑の瞳を開いた。

<<< BACK+++++NEXT >>>


全作品リスト>麦わらクラブメニュー
PAGES→
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33