全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル1:過去にとらわれた少女
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19 前進




しばらくゾロの腕に抱かれていたナミが、不意にその体を離した。
その余韻が、ゾロの体に残っていて、彼はそんな自分が少し照れくさくなり、頭を掻く。

「みんなは?」
「買い物に行った」
「みんな・・・?」
「あぁ」そう言って、ゾロがごろりとベッドに横になる。
「そう・・・みんなに心配かけちゃったわね」
「後で謝っとくんだな」
ふぁとゾロが一つ欠伸をした。

いつもの微笑みを取り戻したナミが、そんなゾロを見下ろして嬉しそうに言う。
「ゾロも?心配してくれたの?」
ゾロは、片目を開けてナミを見た後で「別に」と呟いてまた目を閉じた。

「ふふっありがと!」
そう言って、ナミはじゃれるようにゾロの胸に飛びついた。

呆れたような声でゾロが言う。
「お前な、俺が男だって忘れてるだろ?」
無邪気に顔を摺り寄せるナミに、さっき泣いてたくせに・・・と胸中で呟いて苦笑する。

ゾロだって男だ。
女に体を摺り寄せられて、何も感じないわけがない。
いや、むしろそのしなやかな腕を掴んで、彼女を組み敷いて、そして、その体を味わうことを考えないわけがないのだ。
その上、こうやって甘えてくる彼女は、いつもの意地っ張りな彼女とは正反対で、妙に素直だ。
それだけに彼はかわいい、と思ってしまう。

「忘れてないわよ?あんたが女だったら、ある意味恐怖だわ」
くすくすと彼女が自分の胸元で笑う。

襲われてぇのか、と言いたいが、彼女の持つ闇を知っているゾロにはその言葉を口にすることができない。

(当たってんだけどな)
口を真一文字に結んで、その感触に気付かない振りをする。
自分のわき腹あたりに当たったその豊満な胸に意識を集中してしまえば、自分が耐えられなくなることを彼は知っているのだ。

瞳を固く閉じて、一切何も感じまいとでも言いたげに、彼は眉間に皺を寄せた。

ナミがそんなゾロに気付いて、嬉しそうに笑う。

「ゾーロ!」
声をかけても、彼は決して目を開けようとしない。

「ゾロ?ねぇってば」
彼女が顔を近づけると、彼は腕を彼女の肩に回して、自分の上から引っぺがした。

自然とナミはゾロに腕枕をしてもらうような体勢になる。

ナミが微笑むような気配を感じる。
瞳を開いて、横にいる彼女を見た。

彼女はやっぱり笑っていた。
しかし、その笑顔にゾロの胸が高鳴った。
その顔は、飽くまでも美しく、微かに緩んだ口元は水気を含んで潤い、その瞳は艶かしいほどの色気を湛えていた。
沈黙してしまう。口を開けば、何を言ってしまうかわからない自分がいることを自覚する。
彼は、彼女に見蕩れた数秒の後、苦虫を噛み潰したような顔をした。

(何考えてんだ、俺は・・・───)
この唇がどんな感触なのかと、つい思い描いてしまった自分を叱咤する。

すると、その柔らかそうな唇がすっと開いて凛とした声が響いた。

「ゾロで、本当に良かった」

何が?と聞きなおそうとした時には、彼女はその細い体を起こして、ベッドから降りていた。

「ゾロ。何か飲む?」
振り返って、いつもの笑顔で問い掛ける。

彼はしばし考えてから「酒」と答えた。


+++++++++++++++++++


昼から飲むわけにも行かない、と結局ナミは紅茶を淹れた。
ゾロはいかにも嫌そうに一瞬眉間に皺を寄せたが、文句を言うでもなく、それを口にした。

その顔を見て、ナミはさっきの自分の言葉を心の中で繰り返す。

(ゾロで、本当に良かった・・・)

異性を拒む自分の体が、唯一受け入れたその存在。
それが、ゾロだということが、ナミは嬉しかった。
コーザの言葉を思い出す。
ゾロは自分に似たニオイをナミに感じ取ったのだろうという言葉。
その言葉に間違いはない、と思う。
ゾロは口数が多いわけではないけれど、その一言一言はナミの心がその時求める言葉だった。
ゾロにもきっと辛い過去があったということなのだろう。
それ故に、彼はナミを癒すことができる存在なのだと思う。
けれども決して押し付けがましくないその男が、ナミの一番近くにいるということがナミは嬉しかった。

甘やかさない。けれども、優しくないわけではない。

自分と近いからこそ、自分の体は彼に対して警戒心を持たないのだ。

ゾロと知り合って、ゾロが今この時に私の側にいてくれて、本当に良かった───

そんなことを思いながら、ゾロを見ていると、彼が突然目を上げた。
「何だよ?」
見られていたことが恥ずかしいのか、少し頬が赤くなっている。
ナミはそんな年齢相応の彼の姿を見て、ふふっと笑った。
「あんた、オヤジくさいのにたま〜に初心な顔するのね」
つい本音が出てしまった。
「誰がオヤジくせぇんだよ」
「あんたよ、あんた。
 昼から酒飲むし、休みならごろごろしてるだけだし
 休日のお父さんとしか思えないじゃない」
「うっせぇ」
言われたことが事実だから言い返すこともできない。
ゾロはバツが悪そうに、カップに入った紅茶をぐいっと飲んだ。

その時、玄関の扉が開いて、騒がしい声に部屋中の空気が変わる。

「いやな、チョッパー俺が本気を出せば・・・」
「強かったなーアイツ。仲間になってくんねぇかなー」
「これ以上野郎が増えるのはごめんだぜ」
「ウソップすげぇなー」

そんなことを口々に話しながら、居間へと入ってきた彼らにナミは「おかえり」と微笑んだ。

「な、な、ナミすわ〜ん♪
 お元気になったんですね!
その美しい笑顔、今しかと俺の胸に焼き付けました♪」
さっとナミの前にサンジが跪いて、すっと頭を下げる。
「ナミー良かったなぁ!」
チョッパーが駆け寄ってくる。
「おお、ナミ復活か!」
そう言って、ウソップも駆け寄る。

ルフィだけは、何も言わずににししっと笑ってゾロを見た。
その視線にゾロは眉一つ上げて、当然という顔を返した。

「ああ、ナミさん。紅茶なんか俺が淹れたのに・・・」
「そうねぇ。やっぱりサンジくんの味には敵わないわ。
 ね、口直しに、サンジくん淹れてくれない?
蒸し暑いから、今度はアイスティーが飲みたいわ」

ただいま〜と、サンジがキッチンに篭る。

「みんなも心配かけてごめんね。もう大丈夫よ」
ナミの明るい声と笑顔に、皆が笑顔を取り戻した。


朝のうちに用意してあったのだろう。
サンジが出してくれたかぼちゃプリンはよく冷えていて、夕立で湿度が高まり、むしろ晴れていた時よりも蒸し暑さを感じて、汗ばんで帰った彼らの喉に涼しさを取り戻させる。
サンジも席に座って、皆揃ったところでナミが口を開いた。

「ねぇ、ちょっと聞いてくれる?」
サンジが作ってくれたアイスティーのグラスをトンッと置く。
「犯人は、ウソップの言った通りだったわ」

ナミは、言葉を選んで説明した。

一年前に自分がレイプされかけたこと。
その後、家が火事になって、大切な人の命が奪われたこと。
5つのプレゼントの必ず添えられていたメッセージを考えると、全て同一犯による仕業ではないかということ。

時折、どう説明して良いか言葉に詰まるたびに、ゾロに目を向けた。
彼は、他の者にはわからないように小さく頷く。
ナミの心は、その彼に励まされ、たどたどしくはあったが、最後まで話を続けた。


「・・・でも、犯人が誰かっていうのがわかったわけじゃないんだけど・・・」

その言葉を最後に、ナミは俯いて黙り込んでしまった。

「許せねぇな!」
ウソップが吐くような声で言う。
「おいナミ!安心しろよっ!!
 絶対に俺達が奴をとっ捕まえてやるからなっ!
 このキャプテーン・ウソップ様に任せておけば・・・」
「ナミ、俺も頑張るぞっ!」
「男の風上にもおけねぇクソ野郎だぜ・・・
 ナミさん♪このサンジがいるからには、奴にはあなたに指一本触れさせません!」
「そんな奴俺がぶっ飛ばしてやる!」
口々に言って、皆が拳をあげた。

ナミはその言葉の一つ一つに、泣きそうになってしまって、慌てて首を振った。

「ありがとう、みんな」
とびっきりの笑顔で、彼らに感謝をする。

皆、嬉しそうに笑顔で応えた。

その雰囲気に、照れくささを感じて、ナミは思いだしたように話題を変えた。
「ね、そう言えば・・・さっき帰ってきた時に何の話してたの?」
「おおっ!アイツ、すっげぇ強いんだ!!」
ルフィの瞳が突然輝く。
「まぁ俺ほどじゃありませんけどね?」
サンジがタバコの灰を灰皿に落としながら言った。
「あのコンビニの店長のことだよ、ナミ」
チョッパーが付け加えるように言った。

「スモーカーさん?」
「スモーカーって言うのか?
 仲間になってくれねぇかなぁ。アイツ・・・」
「そりゃ、強いかもしれないわね」

スモーカーが以前、警察という組織に身を置いていたということを知っているナミは、素直に頷いた。
その事実を知らずとも、あの屈強な体つきの彼は一目見ただけでその強さを想像することができる。

だが、そこにゾロが珍しく自分から口をはさんできた。

「一応刑事だったからな」

ゾロは彼が店長を勤めるコンビニでバイトしている。
どうもゾロがそこで働き始める前から彼らは知り合いだったらしく、スモーカーは「こいつのヤンチャには手を焼かされた」と、ことあるごとに言っていた。ふと一学期の最後の日、その店長がゾロと彼の妻が昔馴染みなのだという言葉を思い出す。ゾロが彼の過去を知っていても当然だろう。

「やめとけよ。アイツが入ったら、俺ぁ抜けるぜ」

ふっと笑みをこぼしてしまった。スモーカーに頭の上がらないゾロの姿を思い出したのだ。

「おい、何笑ってやがる」
「別に?」

ちぇっとゾロがその口を尖らせて、拗ねてしまった。

「で、何があったの?」
ナミは内心、そんなゾロを微笑ましく思いながら、ルフィでは話にならないというように、ウソップの方を向いて尋ねた。

「ああ、俺達がちょうどあそこの前を通り掛かった時にな、
 万引きにバレて逃げ出した奴が飛び出てきたんだよ。
 そこへあのおっさんが後ろから飛び蹴りくらわしてな」
ナミは思わず声を上げて笑っていた。
容易にその場面を想像してしまったからだ。

「あのコンビニ、高校生の客が多いからよくいるらしいわね。そういう子。
 でもスモーカーさんに掛かって無事に済んだ人はいないんだって。
 ねぇ、ゾロ?」

未だ拗ねているゾロに話を振る。

「あぁ」
ぶっきらぼうに呟いてから、思い出したようにゾロが言葉を足した。
「俺も逃がしたことねぇぞ」

「そう言えば、ゾロもあん時強かったなー」
ルフィがゾロを初めて目にした時を思い出したのだろう、天井を見上げてあははと笑った。
「・・・あァ・・・あん時は、万引きじゃねぇけど。
 うるせぇから黙らせて来いってスモーカーに言われたんだったかな・・・」
ゾロも顎に手を当てて思い出している様子だ。
「ゾロだったら・・・万引き追いかけて、そのまま迷子になっちゃうんじゃない?」
オレンジ色の髪を揺らして笑っていたナミが、自分が口にした言葉にまた噴出す。
どっと笑い声があがった。

ゾロはまた拗ねたように、口をとがらせた。





その夜、夕食の後に作戦会議が開かれた。

ウソップが写真を数枚取り出して、皆を驚愕させる。
彼が高い鼻をさらに高くして自信満々の態で置いたその数枚の写真には、昼間のあの男が映っていた。
決して鮮明な画像ではないが、以前入手したマンションの監視カメラの映像と異なり、顔がはっきりと映っている。
ゾロの後ろから小型カメラでこっそり撮ったのだと、彼は自慢した。
その映像を引き伸ばして、自宅でプリントアウトしてきたのだと経緯を説明して、皆の反応を待つ。

一同がへぇ〜と感嘆の息を漏らしたのを確認して、満足そうに笑顔をこぼした。

「ナミ、こいつがそうか?」
ウソップはその一枚をナミに手渡した。
彼女は少し震える手で、それを受け取るとその写真を食い入るように見た。

「間違いないわ。こいつよ・・・」
その瞳に怒りの色が顕になる。
写真を持つ手に、自然と力が込められ、その手元で紙は歪められていった。

「で、テメェは何でこいつを知ってたんだ?」
サンジの言葉に、ナミが驚いて顔を上げた。
金髪からのぞいている蒼い瞳は、真っ直ぐゾロに向けられている。

ゾロは酒の入ったグラスをじっと見て、しばらく考えていたようだが、「昔会ったことがある」と説明にもならない言葉を口にした。

「おいおい、それだけじゃねぇだろうが。
 何で、昔会ったことがあるんだって聞いてんだよ!」
「向こうが勝手に俺の通る道にいたんだよ」
「会っただけで、お互い顔を覚えられるかよ?」
「・・・あァ。ちっとしばいてやったかな」

その会話を聞いたウソップは、ゾロの言葉を思い出した。
「そう言えばゾロ、前に『これはナミだけの問題じゃない』とか言ってたな・・・」
口に出してから、しまった!と後悔した。
あの時、そのまま口を噤んでしまったゾロの姿を思い出したのだ。
もしかして、言ってはいけないことだったかもしれない、とおそるおそるゾロを見ると、意外にも彼は酒を呷りながら左の眉を上げて不思議そうな顔をしている。
「そんなこと言ったか?」
「言ってたじゃねーかよっ!!」
覚えてねぇなという暢気な声に、ウソップは安堵の溜息を漏らした。

「おい、テメェ何を隠してやがる?」
サンジは、未だゾロを疑うように低い声で問い詰めた。

ゾロは、その声が耳に入らない様子で、酒をぐびぐびと喉を鳴らして飲んでいる。

「ゾロ・・・こいつ、知ってるの?」
黙ってやり取りを見ていたナミが、その男に聞いた。

その言葉と共に、皆の目がゾロに集まる。

「・・・アーロン」
ぽつりとゾロが呟いた。

「ゾロ、知り合いなのか・・・?」
チョッパーが、その重い沈黙を静かに破る。

「知り合いってもんじゃねぇ。
 まぁ・・・ちょっとした因縁みてぇなもんだ」
そう言って、それ以上聞くなとでも言いたげにゾロは皆の視線も気にも留めずに酒を呷る。

「ゾロ、こいつ何やってる奴かわかるか?」
沈黙を打ち破って、不機嫌そうな男を気に掛けるでもなく、ルフィが聞いた。
ゾロは一瞬躊躇ってから、ルフィの顔に笑みが浮んでいないことを知り、グラスを置いた。
「何やってるってわけでもねぇ。
 金がなくなったら、その辺のガキ締め上げて金を巻き上げる。
 美人局みてぇなことして、おっさん脅して金巻き上げる。
 ヤクの売買が本業みてぇなもんらしいがな。
8年前だかにこの町に住み着いてから、やりたい放題してたらしい。
今は・・・どうだか知らんが」
「随分、詳しいじゃない」
何故、そこまで知っていて今まで言わなかったのか不思議だ。
聞かなければ、今言ったことも知らないままだっただろう。

「そりゃ前に・・・」
そこまで言って、ゾロは口をつぐんだ。
そして「もう終わったことだ」と吐き捨てるように言った。

「まぁ、そういう奴だから、拠点はころころ変えてやがる。
 サツからも追われる身だからな」

「こっちから乗り込むのはできねぇってことか」
サンジがその上向きになった特徴のある眉を顰めた。
既に短くなったタバコを消して、すぐに新しいタバコに火をつける。

「でも、一歩前進だなっ!」
ルフィだけが、場違いなほどに明るく笑った。

それだけ有名な奴だから、明日からはこの写真を持って、聞き込みしようとウソップが言う。
男たちは力強く頷いた。

ただ、ナミだけがその写真を手に、何か考え込んでいるようだった。

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