全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル1:過去にとらわれた少女
PAGES→
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33



20 ルフィのお願い





次の日から、彼らは頭を寄せ合ってはゾロ曰くアーロンという名の男が、何故金曜日に固執しているのかについて話し合った。
しかし、これだという結論に至ることもなく、あっという間に次の金曜日を迎えた。彼らは、それまで以上に警戒し、また神経を研ぎ澄ましてその男を待った。
しかし、アーロンは現れなかった。
拍子抜けせざるを得ない中、ウソップだけが「もし来てたら俺様の必殺鉛星で・・・」などと妙に元気が良く、サンジに蹴り飛ばされていた。

そんな空気の中、彼らは共に暮らしてから3度目の週末を迎えた。

「夏祭り?」
ルフィが手にした回覧版にナミが顔をしかめた。
(見つかっちゃったのね・・・)
8月1日の今日、歩いて5分もない公園でこの地区の夏祭りが開催されるという事実は、既に彼女は7月上旬にはわかっていたのだ。
だが、一人の自分に関係あることでもなし、仲間が家に来てからはそれが頭に掠めないわけでもなかったが、何せ6人分の出費を考えると、それを知らせない方が良いだろうと思った結果、彼女はそれを口に出さなかったのである。
その告知はこの1ヶ月、常に回覧版に貼られたままであったが、毎朝新聞を取りに行くサンジがそれにドアに掛けられた回覧版に気付くか、見張りをしたり、買い物に行くことが多いチョッパーかウソップがそれに気付いて、中身を見ることなくナミに渡していた。
だから、この事実は誰にも知られることなく、当日を迎えたのである。

しかし、今朝、回覧版をいつも置いていくだけの階下の住人が、お中元のおすそ分けも手渡すために、チャイムを鳴らした。
ナミが止めるのも聞かずに、玄関へ走り、そのままドアを開けてしまったルフィを見て、その50代であろうか、品の良さげな婦人は少しびっくりした後で、「ああ、弟さんかしら?」と言って一人納得し、初対面でも臆すことなく明るい笑顔を向けるルフィを気に入ったのか、しばらく世間話をしていた。
そして、思い出したように、手にしていた回覧版をわざわざ開いて、「ほら、今日夏祭りをするのよ。お姉さんに連れていってもらいなさい」と言った。

(ああ、もう・・・余計なことしてくれちゃって・・・)
ルフィは、その回覧版を開いて、大きく貼られた告知を指差し、先ほどからナミの周りで「行こうぜー」と繰り返している。

「あんたね、お金はどうするつもり?」
「麦わらクラブの活動費から出そうぜ!」
活動費、というのは、そういう名目でナミが預かっている食費である。
サンジは学校に行きながら、実家のレストランでバイトをしている。
他のバイトと同じだけの時給しかもらっていないと言うが、それでもほぼ毎日働いていますから、と言って彼は5万ベリーをナミに渡していた。
ゾロは、深夜というコンビニでは一番時給が高くつくバイトを週に4〜5日入れているのと、酒代と家賃ということで、ナミはサンジと同じでいいと言ったが、律儀な彼はおそらく自分とサンジが家にいる時間の差なども考えたのだろう。いいから受け取れと、10万ベリーを、無理やりナミの手に乗せた。何故10万かと聞いたら、以前自分が払っていた下宿代と食費・酒代で大体それぐらいだったと答えた。
チョッパーは、貯金してたんだ・・・と言って、小さな財布からくしゃくしゃになったお札と小銭を出し、しっかり数えて1万5千ベリーを嬉しそうな顔でナミに渡した。彼にとって「家賃を支払う」という行為が、大人の証のように思えたらしい。
ウソップは、「親父の仕事を徹夜で手伝ったんだぜ・・・」と、ナミの家に来た初日、眠そうな顔で1万ベリーを渡した。

そして、今こうして目の前でそうやって皆から預かったお金を使って夏祭りに行こうと騒ぐ少年。
──彼から預かったお金は2千ベリーだ。

突然のことだったので、お金がなかったというのはわかる。
しかし、一月に全て食べ物に使ったのだと聞いた時、ナミはこれからの大所帯でうまくお金をやりくりするには、彼と戦わねばなるまいと予感を覚えた。

今、まさにその時が来たのである。

「あのね、ルフィ」
ナミはコホンと咳払いしてルフィを見る。
彼は、今にもナミがOKを出すと思っているらしく、キラキラした目でその言葉を待ち受けているようだ。
「あんたが一番お金を出さなかったわよね?
 だから、もし行くとしたら、あんたが一番何も食べられないし、何も遊べないわよ?」
ルフィの顎がかぱっと開き、彼はナミの衝撃の言葉に涙を流した。
「ね?だから諦めてね」
ナミは、優しい笑顔で冷たく言い切った。

ルフィはそれでも諦めきれなかったらしい。
和室で寝ているゾロを起こして、金策に計ったが、ゾロはそんなルフィを殴り飛ばして撃退する。
ウソップやチョッパーは、ナミに渡したお金以上に財布に何か入っているわけがなく、そのすっからかんの財布を振ってみせた。
サンジは、多少財布に入っているようだが、「こりゃ俺のタバコ代だ」とまとわりつくルフィを足蹴にした。

全員から冷たくあしらわれたルフィは、ソファに座って肩を落とした。

「ルフィ、諦めなさいよ」
ナミは新聞を広げて、サンジの淹れたコーヒーを飲みながら苦笑した。

だが、すぐに新聞から目を上げて、肩を落とすルフィに目を向ける。

「・・・・ルフィ。そんなに行きたい?」
「!?
 行くのかっ?ナミ!」
ガバッと顔をあげて、彼はテーブルに手をついて、ナミに詰め寄った。

「場合によっては行ってもいいわよ?」
ナミが微笑む。
しかし、その様子を見ていたウソップとチョッパーは、それが魔女のように思えて、ビクビクしながら手を取り合っていた。

「条件はね・・・」
そう言ってナミは自室へ入ってしばらくしてから財布を手にまたソファに座る。
「これよ、これ」

そこには、駅前の大型スーパーの福引抽選券が握られていた。

「福引で、1等か特等を当てたら、連れていってあげる。
 はい、ガンバってね」
そう言って、ナミはにこりと笑うとルフィにそのクーポン券を渡した。
「たしか、5枚で1回引けるんだったかな。
 ここに20枚あるから、全部で4回分ね。
 どう?やってみる?」

ルフィは、その券を握り締めて、にやっと笑った。

「俺、くじ運強ぇんだぞ!」
「あんたはそういうタイプよね。
信じてるわよ、ルフィ」
ナミも嬉しそうに言う。

微笑みあう二人に、ウソップは(ナミの奴、絶対なんか企んでやがる・・・)と、内心、訝しんでいた。


ルフィがウソップとチョッパーを連れて、駅前に颯爽と出かけた後、ナミは自分の部屋に入って誰かに電話を掛けていた。
出てきたナミにサンジが声を掛ける。
「ナミさん、どこに電話なさってたんですか?」
「ビビよ。今日、夏祭りに行かないかって誘ったの」
「え?でも、夏祭りはルフィが抽選を当てたらって・・・」
「もちろんよ。
 でも、前にウソップがルフィはびっくりするほど
 クジ運がいいって聞いたことがあるから・・・
 本当に当てると信じてはいるわよ。
 ただ、あいつら連れて行くとなると我が家の家計に大きく響くじゃない。
 あんないかにも祭り好きな大喰らいを夏祭りなんかに連れてったら。
 だから、コーザ先生に奢ってもらおうと思って」
「あぁ、あのビビちゃんの幼馴染の・・・」
「今は、ビビの恋人よ」
そう言ってナミはまた新聞を広げる。
テレビを好まない彼女は、新聞を読むのが日課だ。
集中する彼女にこれ以上声を掛けるのも躊躇われたが、それよりも何故コーザが奢ってくれるのか?あの無愛想な男が、自分たちにまで何故お金を払うとナミが断定しているのか?胸の中の疑問に負けて、ナミに尋ねた。
するとナミはくすくすと笑って「ある取引をしたのよ。まぁその内、電話が掛かってくるわ」と言った。

果たして、30分もしないうちに、家の電話が鳴った。
ナミがほらね、と目で合図して電話に出る。

「はい・・・あ、コーザ先生?どうしたの?」
『今、ビビから連絡もらったんだが・・・』
「ああ、コーザ先生、お金たくさん持ってきてね」
『・・・やっぱりそういうつもりか』
はぁ、とコーザの溜息が受話器の向こうから聞こえてきた。
おそらく、電話の向こうでは彼が大きく肩を落としているのだろう。
「だって、そういう約束じゃない。
 一流レストランに連れてってって言ってるわけじゃないのよ。
 安いもんだと思わない?」
『今日いきなり言われてもなぁ。俺の財布も考えろよ』
「自分の彼氏が、自分の友達の分を奢るってのに女は弱いのよ。
 ビビの中で先生の株が上がるチャンスを与えてあげたんじゃない。」
『そんなこたぁしなくても、俺の株は上がりっ放しだ』
「そう?ビビは喜んでたわよ?」
『・・・お前な、ビビに何て言った?』
「先生が奢ってくれるって言うから、ビビも夏祭りに行かない?って」
『それじゃ、ビビは俺がお前らを誘ったと思っても当然じゃねぇか!
 そういうのを詐欺って言うんだ!』
きゃはははとナミが楽しげに笑った。
「ま、そういう訳よ。
 もうビビとは待ち合わせの時間も決めたし、
 先生は今から銀行に行ってちょうだいね!」
『おっ・・・おいっ!コラッ!!ナ・・・』

ナミは、コーザを無視して受話器を置いた。

ナミの言葉だけを聞いていたサンジは、キッチンで苦笑する。
この女性には敵わない。
一見しただけでは、彼女はどちらかというとその大きな瞳が愛くるしいイメージを与える。
けれども、その表情は冷静さを欠かさず、その微妙なアンバランスさに目を奪われる。
そして口を開けば、その小悪魔のような性分が端々に現れ、彼女の見た目とのギャップに皆少なからず衝撃を受ける。
それがまた、彼女の魅力なのだ。
気が強い、けれどもその本質は自分の弱さをひた隠しにしようとする意地だ。
彼女は自身の美しさを知って、男を惑わせるような表情を顔に湛える。
けれども、彼女に手を触れようとすれば、彼女はすっと身を引く。
それが彼女の過去のためだろうということはわかるのだが、逆にそれだからこそ自分はどんどん彼女に惹かれてしまうのだ。

ナミは満足げな表情で、またソファに座って新聞を読み始めた。
こうしていると、至極知的な淑女だ。

ルフィ達が馬鹿なことを言って怒っている彼女は、姉御肌の気質が見え隠れする。

自分の前では、魔性の女そのもの。
微笑んでも決して心を開いていない。
だからこそサンジは彼女を美しいと思う。
彼の理想がそのまま具現化したような彼女に、彼はついキスしてしまった。
早く手に入れたいという衝動に駆られてしまった。
けれども、それ以来、彼女はいつもと変わりないように振舞ってはくれるものの、どこか彼に対して警戒心を抱いている。
それにすぐさま気付いた彼は、そんな彼女に応えるように自らもいつも通りに接していた。

ただ、一つ悔しい、と心底思うことがある。
サンジが手に入れたいと願う、彼女の微笑みが、違う男に向けられているという事実。
それを彼女が自覚しているかどうかはわからない。
変なところで初心な彼女は、きっと気付いていない気がする。
いいとこ、話しやすい男だという認識しかないだろう。

男がどう思っているかもわからない。
けれども、彼女に接している時に彼が身に纏った剣呑な雰囲気はすっと消えるのだ。
(気付いてない・・・かねぇ)
サンジはキッチンで一人、タバコをふかして、二人のことを考えていた。

気付けば、そろそろ昼食の時間である。

長い間、そのことで頭がいっぱいになっていた自分を嘲るように苦笑した。
「俺らしくねぇな・・・」
ぼそりと呟いて、彼はキッチンシンクの下の扉を開けて、フライパンを取り出した。


+++++++++++++++++++


「ルフィ!頼んだぞっ!!」

いつも駅前に来れば、ゲーセンに行こう、カラオケに行こうと遊ぶことで頭がいっぱいになる3人組が、わき目も振らずに抽選会場の前に来ていた。

「おぅ・・・!!」
ルフィの顔は真剣そのもの。
その背中から発せられるオーラに、チョッパーが息を呑む。

「よし、ルフィ。お前には俺秘蔵のお守りを貸してやる」
そう言って、ウソップは鞄からがま口を取り出した。
中に入っている金色の招き猫をルフィに渡す。
「これはな、我が家に伝わる大秘宝だ。
 おいそれと他人に渡せるもんじゃねぇ。
 だが、今回だけはお前に特別に渡してやろう。
 さぁこれを握り締めて、クジを引け!!」
ルフィの手の平にそれを持たせて、両手でぐっと握らせる。

ルフィは握った拳を顔の前に持ってきて、大きく頷いた。

くるっと踵を返して、ずんずんと大股でクジの受け付けカウンターへと近寄っていく。
その後ろから、ウソップとチョッパーが「ル・フィ!ル・フィ!!」と声援を送る。

カウンターでその様子を見ていた3人の店員が、困ったように顔を見合わせて笑った。

「おっちゃん、クジ引くぞ!」
ルフィの威勢の良い声に苦笑しながら店員がその券を受け取って、確認する。
「はい、4回分ですね。じゃあこちらの箱からどうぞ」
差し出された箱にルフィが躊躇なくガシッと手を入れた。

だが、その手が一向に上げられない。

「・・・一枚ずつ引いてください」
ルフィが何十枚も握り締めていたため、その手が出口に支えて出すことができないのだと悟ったその店員は、コホンと咳払いしてから彼に諭した。

「えっ!そうなのか?」
「はい。一回一枚ずつ。それで4回ですよ」
丁寧な説明に、ルフィが口を尖らせて、一枚・・・一枚・・・と呪文のように呟いてようやくその腕を箱から出した。

握られた紙を店員が開く。

「6等ですね。入浴剤が当たりました。良かったね、僕」
温和そうな店員が嬉しそうにルフィに笑顔を向けたが、ルフィは「んんん〜」と唸って、首を振る。
「俺はもっと高いところを目指すんだ!」
声高に宣言して、彼はまた腕を入れた。

(1等か特等・・・1等か特等・・・)
心の中で呟く。

チョッパーとウソップも、ブツブツと何かを願うように、両手を合わせて目を瞑って祈りを捧げた。

「うしっ!これだ!」
そう言って出された2枚目を開いて、店員は苦笑した。
「どうだ、おっちゃん!」
ルフィがカウンター越しに覗き込む。
そこには「6等」と書かれた紙があった。
「また6等ですね。あと2回、頑張ってください」
「おぅ!やるぞっ!!」
めげずにルフィがズボッと箱に手を入れた。
ガサガサと中を引っ掻き回す音がして、彼は腕を抜いた。

「おぉ!2等ですよ、僕!
 当店の商品券1万ベリー分です!」
目を細めて、店員が嬉しそうに言うと、ルフィがまた頭を振った。

「・・・また、駄目ですか?」
「駄目だ。
 それじゃ、夏祭りに行けねぇ」
ルフィは腕をぶんぶんと振り回した。
勢い良く、箱に腕を突っ込む。
丹念に中をかき回す。
後ろから、チョッパーとウソップが「ルフィ!頑張れー!」「お前ならやれるっ!俺様の招き猫を信じろ、ルフィ!!」と声援を送る。

最後の一回───ルフィは、長時間箱の中で腕を動かして、ようやく「これだー!」とその一枚を引いた。

「・・・おっちゃん・・・」
「こ、これですね・・・」
それを渡された店員も、ごくりと息を呑んで、その紙をおそるおそる開いた。

沈黙が辺りを包む。
終始見守っていた若い店員や、何事かと足を止めてみていた買い物客も、皆が彼の一言を待った。

「・・・・・どうだ?」

ルフィが静かな声で聞いた。


「おめでとうございます!特等っ温泉旅行ペア宿泊券大当たり〜!!」
カランカランと鳴らされた鐘の音に、ルフィが「うおおおおぉ〜〜〜!」と叫んだ。
チョッパーとウソップが手に手を取って、涙を流した。
見守っていた人々から、歓声があがった。

かくして、彼らはナミのつきつけた条件を克服し、入浴剤二つと商品券、温泉旅行ペアチケットを携えて意気揚揚と帰途へついたのである。

<<< BACK+++++NEXT >>>


全作品リスト>麦わらクラブメニュー
PAGES→
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33