全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル1:過去にとらわれた少女
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24 夏祭りの夜




「うわぁ!結構屋台が出てる!」

住宅街の真ん中とは言え、マンションや団地が多いこの地区の夏祭りといえば、商売のチャンスなのだろう。
公園だけでなく、その沿道にも多くの屋台が出ていた。
公園の真ん中に設置された盆踊りの櫓の周りで、浴衣を着た子供たちがまだ始まってもいない盆踊りの真似事をして嬌声をあげている。

「もう結構人が集まってんなぁ」
ウソップがきょろきょろと周りを見渡して、感嘆する。

浴衣を着て、少しのんびりしてから家を出たので、会場についたのは5時半を過ぎていた。
公園内は、浴衣を着た人、部活帰りだろうか制服を着た中高生、小さい子供を連れた家族連れなどで既に賑わっていた。

「この公園の向こう側に、団地があるからじゃない?」
ナミもいつになく嬉しさを隠し切れない様子で、声が弾んでいる。
「メシ食おうぜ!夏祭りと言えば焼きそばだぞー!」
そう言って、ルフィが焼きそばの屋台へと突進しようと、駆け出した。
「ルフィ!駄目っ!!」
ナミがその襟を後ろから掴んだので、ルフィはぐぇっと情けない声を出して前につんのめってしまう。

「おお、ナミ。お前ならわかっていると思っていたぞ、俺様は・・・」
ウソップがうんうんと、大きく頷いた。
「やっぱり、チョコバナナ・・・」
バキッという音と共に、彼の体が崩れ落ちた。
「おおおおおお〜〜っ!う、う、ウソップー!!」
チョッパーが慌てて駆け寄る。

「あんた達ねー、本当にやってらんないわ・・・」
あきれ返った顔で、ナミが額に手をやり、首を振った。
「夏祭りと言えば、綿菓子に決まってるでしょ!?」
ビビとコーザが目を合わせて苦笑する。

いつも冷淡であろうと心がける大人びた少女の子供じみた発言に彼らは笑みを漏らしてしまったのだ。

「ナミすわ〜ん、綿菓子の屋台はここですよ〜♪」
ナミの願望を叶えてあげようと、一瞬で屋台を見つけ既にそこに待機していたサンジが手を振って、ナミを呼び寄せた。
「ありがとう、サンジくん」
極上の笑みにサンジの体が溶けていく。

ナミが振り返って、コーザににこりと微笑むと、コーザはちっと舌打ちして渋々財布を出した。

「あれ?コーザ先生がお金出すのか?」
ウソップがその光景に驚いた声を出す。
「あーまぁ、そういうことだ。
 俺とビビとのことを校内で言いふらされないためにな。
 口止め料だよ」
苦々しげにコーザが笑った。
その肩にウソップがぽんっと手を置いて、涙を流しながらうんうんと頷いた。

「何よ、ウソップ。その手は」
背後から、ナミが怒りが深く浸透した声でウソップを驚愕させる。
「いいいいいやっ!頑張れよの意を含めてだな・・・」
「ま、いいわ」
あっさりと引き下がるナミに、ウソップの構えた両手が空を切る。
今日のナミは、やけにご機嫌だ。
そんなにも夏祭りが好きだったのか・・・
ウソップは、一人勝手に納得した。

「そういうわけで、今日はコーザ先生が支払ってくれるのよ。
 みんな、わかった?」
雑踏の中、一同に聞こえるようにナミが声を張り上げた。
その声すらも、コーザにとっては宣戦布告としか思えない。
肩を竦めると、ビビがにっこりと笑って「私の分も?」と小首を傾げた。
彼らが皆、綿菓子を買おうとしているのを横目で確認して、「勿論」と耳元で呟いて頬に唇を軽く落とすと、彼女がぽっと頬を染める。
(二人っきりになりてぇんだがな───)
隣にいる彼女の肩を抱いてしばらくタイミングを計ってみたものの、妙に仲の良い6人は、ビビともかなり打ち解けていて、なかなか二人になれない。と、言うよりも、これも財布を握るコーザを離すまいとするナミの策略に思えてならない。この生徒会長様には、一生頭が上がらねぇかな、と苦笑まじりにそのオレンジ色の髪の少女を見つめた。

その内に茜色だった空に月化粧が施されて、公園の中もライトアップされていた。

色々と食べ物とビールを買い込んだ彼らはそれを食べるための場所を探して、ようやく雑踏から少し離れた場所にゲートボール場に使われているのだろうか、砂地になった広場と天蓋付きの木のテーブルを見つけた。
誰かが使った後らしい。
焼きそばのパックや缶ゴミが無造作に一つの袋に入れられて、そこに置かれていた。
ナミが「もう・・・」とブツブツ言いながら、近くのゴミ箱にそれを捨てに行って戻ると、皆が食べ物よりもビールをせっせと出している。

コーザがビビは酔うから駄目だと言うので、チョッパーとビビだけジュースだ。
それぞれ手にした缶を開けた時に、毎度のことながらウソップが立ち上がった。

「えーでは、今日は俺様が5歳の時の話など・・・」
「早くしろよー」
始めたばかりの話を一瞬でルフィに遮られて、ウソップがクッと涙を流した。
この光景も、既に慣れ親しんだものである。

「じゃあ、とにかくこの夏の夜に!かんぱーい!!!」
「「「「「かんぱーい」」」」」


彼らの手が一斉に上げられて、誰一人漏らさず、缶を鳴らし合う。


ビビは本当に嬉しそうににこにこと笑って、酔いに任せて騒ぎ出す彼らを見ていた。
彼女の瞳は、特に、対面に座る二人の男女に注がれている。
懐かれてしまったのか、ルフィに掴まっていたコーザがようやくビビの隣に座った。
「コーザ。見て、見て。」
彼の服の裾を引っ張って、その二人を見るように促す。
「ねぇ、あの二人・・・付き合わないのかしら?」
「あぁ・・・どうだかなぁ」
見ると、彼ら二人は酒に酔うこともなく、静かに話してはたまにナミが頬を染め、ゾロが笑う。
かと思えば、ナミがゾロの髪をくしゃくしゃっと犬を愛でるように撫で上げている。
端から見れば、正に恋人の図だ。
「あんなに仲が良いんだから、付き合えばいいのに・・・」
「男と女はそう簡単にいかねぇだろ?」
「でも、あんなに嬉しそうなナミさん初めて。
 ねぇコーザも二人が付き合えばいいと思わない?」
「さぁ、俺は関係ねぇからな」
そう言ってコーザはビビの腰に腕を回して、体を引き寄せた。
「お前がどうしてもってんなら、協力するけどな」
にっと口の端を上げる。
ビビはそんな恋人を見て、真似するようににっと可愛い唇の端をあげた。


「ねぇゾロ。さっきの言葉もう一回言ってよ」
ナミが、ビール缶を両手に持って、小首を傾げた。
コーザとビビを見て、彼が自分に耳打ちしたその言葉。
もう一度、彼の口から確かめたいのだ。

「言うか、馬鹿」
「じゃあ、どうしてさっきは言ったの?」
「さっきはそう思ったんだよ」
ゾロは、俯いてナミと目を合わせようとしない。

「さっき言ったなら今言ったっていいじゃない」
ナミが頬を膨らませて、そっぽ向く。

別に言ってやってもいいんだがな、とゾロは内心苦笑する。
もう少し、出し惜しみってもんをしてもいいだろう。
おねだりするナミは、その潤んだ瞳にかかる長い睫をパチパチと動かして、その子供のような愛らしさが、今夜のナミの容姿と相反しすぎていて、それがたまらなくかわいいのだ。
この顔をもっと見たくて、その言葉を口にはしない。
もう少し、困らせてやろうという悪戯心がむくむくと湧きあがる。

「じゃあ、交換条件よ」
何か思いついたのだろう。
ナミの瞳が輝く。

もういつものナミに戻ってしまったと少し残念に思いながら、ゾロは缶の底に残ったビールを飲み干して、まだ開けられていない缶にまた手を伸ばす。
「ゾロがさっきの言葉を言ってくれたら、今夜、私のベッドで寝てもいいわ」

ゾロの体にふかふかのベッドの感触が思い出される。
和室で寝るのが嫌いなわけじゃない。
むしろ、畳の上に敷かれた布団の上で寝るのは自分にとって極上の至福を味わえる瞬間だ。
だが、今日はバイトがない。
つまり、同じ部屋にサンジとルフィという厄介者がいる。
サンジはまだいい。
問題はルフィだ。
あまりの寝相の悪さに、何度夜中に起こされたか、既に数えることすら諦めてしまった。
腕をフルスイングして、裏拳を鼻っ面に叩き込まれた時は、流石に奴の首を締めかけた。
思いっきり良く飛んできた足が自分の股間を蹴り飛ばした時には、流石に男の人生がこれで終わったかと思うほどの激痛に、動くことすらままならなかった。

ナミの部屋で、ゆっくり一晩寝る。
今の生活において、これは垂涎ものの条件だ。

ゾロはビールをごくごく飲み干しながらそんなことを考えた。

一気に半分ほども飲んでから、ナミの方へ体を向ける。
その耳に顔を近づけて、さっきの文句を一つ一つ、思い出すように囁いた。

(今のお前になら、言ってやってもいいぜ)

酒の香りを漂わせて、ゾロはむしろ冗談半分で彼女の頬を支えて、耳打ちした。


「これで、今夜一晩お前のベッドは俺のもんだぜ?」
そう言って、彼が顔を上げる。

瞬間、心臓がドキッと大きく、強く鳴った。

ナミは、頬を少し桜色に染めて、ゾロと目が合った途端恥ずかしげに睫を伏せた。

その反応にゾロは驚いたのである。


「な、なにマジになって・・・」
今度は彼が慌てふためく。
「別にマジになってなんか・・・」
そう言って、頬を赤く染めて俯いたまま首を振るナミの顔に、耳にかけられていた筈の一束の髪がぱらりと落ちる。
少し離れた盆踊り会場から微かに届く光が、彼女の輪郭を浮き立たせていた。
ゾロは、この沈黙に耐えられなくなって前を向きなおし、缶に残っていたビールをまた一気に飲み干した。

深く、息を吐いてからビビとコーザ以外の連中がいなくなったと気付く。
「おい、あいつらどこに行ったんだよ?」
楽しげに体を寄せ合って会話している恋人達に声を掛けた。

「あぁ、奴らなら盆踊りが始まる頃だからってさっき戻ってったよ」
「・・・エロコックもか?」
「奴はナンパだとよ。ビビ、俺らも行くか?」
「ええ」
そう言って、二人が手を取り合って立ち上がり、盆踊り会場とは別の道へと歩き出す。
「お前ら、どこに行くんだよ?」
コーザが「野暮なこと聞くなよ」と振り返りもせずに手を振った。

「・・・行っちゃったわね。ゾロ、私達はどうする?」
「どうもこうも・・・俺ぁここで酒飲んでる」
まだ、買った酒は半分ほど未開封のまま残っている。
だが、ゾロにとっては別に大したこともない量だ。
もちろんそれはナミにとっても同じで、いつしか空になっていた缶を置いて、ナミが二つビールを取り出して、その細い指でタブを引っ張る。

「じゃ、改めて乾杯ね」
「おぅ」ゾロはナミが掲げた缶に、こつんと自分の缶を合わせてそれをまたあっという間に飲んでいく。

「夏祭りの夜って、懐かしいな。
 大きくなってからは全然来なかったから」
光を放つ盆踊り会場を遠目に眺めてナミがしんみりと呟く。
「ね、ゾロも昔は好きだった?夏祭り」
「まぁ、嫌いじゃなかったな」
ゾロが思い出すように、ビールを呷りながら、上を見上げた。
「幼馴染と一緒に毎年行ってたからな・・・」
不意に、ゾロの声が柔らかくなる。

いつもぶっきらぼうな彼でも、こんなに優しい声を出せるのだとナミは驚いてその顔を見上げた。

何かを懐かしむように、澄み切った瞳で彼はじっと何もない上を見つめていた。

このまま、どこかへ行ってしまいそうな目・・・
けれども、話し掛けてはいけないような気がして、ナミは黙って彼が隣にいる自分を見てくれる、その瞬間を待つ。

「・・・何だよ?人の顔じろじろ見やがって」
ナミが思ったよりもずっと早くゾロは隣の少女にその深緑の瞳を向けた。
二人の視線がぶつかる。

気恥ずかしくて、視線を逸らしたいのに、何故かその深緑の瞳に吸い込まれるように、彼女はそっと彼に顔を寄せた。

ゾロは、手にしていたビールを落としそうになって、慌ててそれを握り直した。
少女がそっと顔を・・・その見るからに柔らかそうな唇を、自分に近づけてくる。
その手が自分の腕に優しく置かれた。
胸の鼓動は早まるばかりで、決してその動きを止めようとしない。
けれども、ゾロの体は彼女の手を振り払おうとせず、それどころか、気付けば、彼女の腰に腕を回していた。

(キス・・・しても、いいんだよなぁ?)
自分に問い掛ける。
眼前に、潤んだ瞳をとろんとさせた少女がいる。
これは良い、ということだろう。きっとそうに違いない。

一瞬の間に、色んな思いが逡巡する。
どうも腹の中で何かが騒いでいる。
冷や汗が流れる。

「お前、いいのかよ?」
掠れた声で、ゾロが聞いた。

いいに決まってるじゃない。
じゃなかったら、私からこうやってチャンスを作ってあげるわけがない。
何故かわからないけど、今は彼の唇を欲している自分がいる。
酔ったのかしら?ううん、いつもの半分もまだ飲んでない。
では、何故・・・?

少し躊躇った後、ナミはすっと顔を伏せた。
「・・・わからないわ」
ゾロがしまったと後悔した時にはもう遅い。彼女は拒むように顔を伏せてしまっていて、その体はゾロから離れていこうとする。
彼は、彼女の腰に回した自分の腕に渾身の力を込めた。
「な、何よ・・・?ゾロ、離して・・・ッ」
戸惑う声が聞こえる。
だが、自分でも自分が今何をしているのかなどと考える余裕もない。
あらん限りの力で、彼女をしかと抱き締める。
冗談めいた力でもなく、彼女を励まそうとか、そんな意味ではない。
ただ自分の欲望に突き動かされただけの行動だ。

自分の胸に頭をつけている彼女は、きっとその鼓動の早さに気付いてしまうだろう。
情けないと思われるだろうか・・・けれども、いいのだ。

こうして抱き締める彼女の体温を、自分はこんなにも欲していたのだから。

しばらくして、彼女の体から力が抜けていくのを感じた。
合わせるように、自分の腕の力も緩める。
けれども、決して離さないとでも言うように、ゾロは彼女の頭に顎を軽く乗せた。

彼女が迷っているなら、これ以上のことはできない。

だから、それができない分だけ、抱き締めるのだ。
彼女が、離れていかないように。


遠くで夏祭りに興じる人々の笑い声が聞こえた。

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