全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル1:過去にとらわれた少女
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27 鎖




「・・・お前、俺のこと本当に男と思って見てねぇな」

ゾロが耳元で、囁くように呟いた。

「抵抗・・・して欲しいの?」
自然と、ナミもゾロに耳打ちするように言った。

「わかんねぇ」
「そう・・・」

ゾロが体を動かして、ナミの隣に寝転んだ。
ナミは、体を横向きにして彼の顔を覗きこむ。
その顔は、凛とした輝きを帯びており、月の光に照らされて妙に寂しげな様子を醸しだしていた。
ゾロは、ナミに目を向けないままに絡めていた指を離し、ナミの頭の下に敷こうとする。
彼女はそれを察して少し首を持ち上げた。
その腕を枕に頭を乗せると、彼は優しくその肩に腕を回してそっとナミを抱き寄せる。

「我慢、できないんじゃなかったの?」
「できねぇよ。けど、無理にするのは我慢するより性に合わねぇな」
「あんたって、そういうとこ律儀ね」

ふん、とゾロが拗ねたように鼻を鳴らす。

「ねぇゾロ」
「あんだよ」
「私ね、あんたのこと好きかもしれない」
ゾロが眉を一つ上げる。
「・・・何だ、その『かもしれない』ってェのは・・・」
「わからないの」

ナミは、少し躊躇ってから、囁くように、けれどもしっかりと。
今の自分の素直な気持ちを彼に知ってもらいたくて言葉を紡いでいった。

「ゾロと、こうしてるのは・・・すごく好き。
 手をつないだり、ゾロに抱っこしてもらったり・・・──
 あったかいなって思うの」

彼女の言葉が詰まるたびに、ゾロはその肩に置いた手で、彼女の肌をなぞる。
それが、頑張れと励まされているようで、ナミはここで話をやめちゃいけないのだと、また一言一言を唇からこぼしていく。

「でも、それが──本当に恋愛としての『好き』かどうかがわからないの。
 だって、こんなこと初めてだもの。
 誰かとこうしてて、それも、あんなに苦手だった『男』のゾロとよ?
 だから、もしかしたら、これが許されているのがゾロだけだから
 ゾロを好きと思い込もうとしているのかもしれないの」

ゾロは、何も言わずにじっと天井を見つめる。

「だから、ゾロを好きなのかもしれないし・・・
 好きじゃないかもしれない。
 それなのに、キスしたいなって思ったり
 こうやってゾロに優しくされたりするのが怖いの」

「何で怖いんだよ?」

「境界線を見失いそうだから」

ゾロは、黙り込んでしまった。

「だから、俺と目を合わせたくなかったってか?」
「・・・ゾロを見ると、甘えたくなっちゃうんだもの」

じゃあ、とゾロが言いかけて、口を閉じる。
ナミにはその後に続く言葉がわかる。
それは、きっとこうやって触れ合うことは終わりにしたいのかという疑問。
そして、自分の答えはイエスしかないのだ。
けれども自分からは言わない。
この数日。
彼から離れれば離れるほど、ナミはあの体温をもう一度感じたいと強く願うようになった。
この何とも言えぬ心地良さ。何故か、このときだけ自分は自分の全てをさらけ出して、心が軽くなるのだ。
自分がこんなにも、他人を求めていたと知ってしまった。
そして、今、その体温に包まれてしまっているのだ。
言えるわけがない。この一度諦めかけた幸せの刹那を、再び手離すと自分の口から言えるわけがないのだ。

(だから・・・ゾロ)

あんたが、私を切り離して───

ナミは目を伏せて、その言葉を待った。



「でも」
彼の口から、先ほどと全く異なる言葉が飛び出る。

「それじゃ、俺はどうなる」
「・・・ゾロが?」

ナミは諦めるために伏せた目をゾロに向けた。

ゾロは、いつしかナミに顔を向けていつもの笑みを取り戻していた。
片方の口の端だけをあげて、眉を上げる。

「おぅ。俺を無視してんじゃねぇ」

ナミは、何を言ってるのだろう、とばかりにじっとその顔を見つめる。

「お前は俺を好きかどうか、はっきりさせてぇんだろ?」
「・・・まぁ、そういうことね」
「で、俺ァお前とヤリたいだけかどうかわからねぇ」
「・・・そういうことなの?」
「そう言ったじゃねぇか。」
(言われた憶えがないんだけど・・・)
言葉少ななこの男が言ったことの真意を自分がわからなかっただけだろうか?

「俺とお前は対角線上にいる」
「そうね」
「お前は確かめるために俺と距離を置きてぇ。
 俺は、確かめるためにお前とヤリてぇ。
 で、ここは折衷案だ」
「折衷案・・・?」

「おぅ。つまり、今まで通りでいいってことだ」

彼は、いいアイディアだろ?と、無邪気に笑った。

「ふぅん。それって我慢比べみたいね。
 ・・・賭けってこと?」
「それでもいいぜ。負ける気はしねぇ」

ナミがころんと転がって、うつ伏せの体勢で肘を立てた。
にやにや笑うゾロを、これまたにやりと笑って見下ろす。
「じゃあね、ゾロは、私に今まで以上のことしたら負けよ?
 私は、気持ちに決着をつけるまで、今までと同じようにゾロと接するわ。
 負けたら、勝った方の希望通りのことをすること。
 私は自分に賭ける。ゾロも、自分に賭けて
 私が勝ったら、私はゾロとしばらく距離を置くかどうするかを
 自分で決められるってことね。
 期限は・・・そうねぇ。どうしようかしら」
「お前の気持ちが決まったらでいいじゃねぇか」
「いつになるかわかんないわよ?」
首を傾げたナミの、軽やかに揺れるそのオレンジ色の髪にゾロの大きな手がすっと差し込まれる。
「すぐに決めさせてやるさ」

「・・・言うわね。何か、俄然燃えてきたわ・・・」

そう言って、ナミはゾロの首に抱きついた。

「ふふっ・・・ちょっとこうしたい気もあったのよね」
甘えるような声で耳元で囁かれて、早くもゾロは自分が持ち出した賭けが自分の首を締めるものだということに気付く。

「こうしたかったって・・・そりゃお前先に言え」

仔猫のように頬を摺り寄せて、じゃれつくナミを優しく両腕で抱き締めながら、ゾロは天井を見上げて呆れたように言った。
これでは、生殺し状態のゾロにとってだけ、辛い日々を送ることになってしまう。

「あら?もう賭けは成立してるのよ?
 今から降りるなんて言わないでね?
 それに、あんたが勝ったら・・・」
「俺が勝ったら?そういやさっき言わなかったじゃねぇか。
 はっきり決めとけ」
「バカ!」
ナミはその男の鼻をつまんで、少し頬を赤らめた。
「言ったでしょ?勝った方が希望していたことを実行するのよ。
 ・・・だから、あんたが勝ったら私と・・・その・・・」
「・・・そりゃ俺にとっては有難ぇけどな。いいのかよ」
「だから、絶対に負けないようにするのよ!」
「へぃへぃ」
ゾロの胸に、それなら負けてもいいかと思ってしまう自分がいる。
自然と甘い妄想が胸に広がって、彼の笑みに余裕の色が濃くなった。

「・・・ゾロ、一つだけ約束。
 負けてもいいから、今以上の関係を望む。
 これはご法度よ。いいわね?」

自分の心を読まれたのか・・・?
ゾロの笑顔が固まった。

「・・・やっぱり、考えてたのね。ほら、約束して」
「う・・・わかった」
「約束する?」
「・・・あ゛〜〜〜約束すりゃいいんだろ!」

舌打ちして、彼は思いっきり彼女を抱き締めた。

「い、痛いわよ、ゾロ・・・ッ!」
その彼女を抱いたまま、ゾロは寝返った。

ついさっきと同じだ。
彼が、彼女を組み敷いている。

しかし、今は二人とも笑っていた。

視線が絡み合う。

ゾロはそっと彼女の髪に顔を埋めて「これで我慢してやる」と呟いた。

少女は妖艶な笑みを浮かべて、ふふっとその柔らかな唇から微かな笑みを漏らした。

「ゾロ、ずっとこうしてても我慢できる?」
「するしかねぇんだろ」
「・・・じゃあもし、私が一生わからないって迷ってたら?」

ゾロが顔を上げた。
そんなこと思いも寄らなかったという顔。
ナミが妖しい笑みで、またその言葉を言う。

「一生、ゾロが好きかどうかわからないって言ってたら?」

ゾロは、また一つの眉だけを上げて「我慢するしかねぇんだろ?」と言った。

「一生?」
「さっき言っただろ。お前の気持ちが決まるまで。男に二言はねぇ」
「でも・・・ゾロの一生も台無しになっちゃうわよ?」
「おぅ。いいじゃねぇか。約束破るよりははるかにマシだな」
「一生待つって・・・プロポーズみたい」
「・・・そうかもな」

彼が、納得した顔で頷く。

「けどもう、そう決めちまったしな」

そう言って笑うゾロの顔は、いつもの眉を一つ上げた意地悪な笑顔。
逃がしてやらない、という信念がその顔に書かれているようにも見える。
その約束は、ゾロもナミも束縛する。
でも、何て心地良い束縛なんだろう。
緩やかに、ナミの心に掛けられていく鎖。

ナミは微笑んで、ゾロの首に手を回して、顔を寄せる。

その閉じられた瞼の奥で彼女の瞳が、何かを決心したような強い光を湛えたことを、彼が知る由もなかった。


+++++++++++++++++++


「あいつら、またケンカしてねぇだろうなぁ・・・」
顔が青痣や赤痣で彩られたウソップが、窓の外を見ながらしんみりと溜息を漏らした。

プ──────ッ!!!!!

隣にいたチョッパーが小さな体を震わせて、噴出した。

「ウソップー面白いぞっ!!」
「おぅ、じゃあもう一回・・・あいつら、また───」


これで3度目だ。

いくら真摯なオーラを纏っても、残してきた二人を窓の外に思い浮かべたところで、腫れあがった上に青や赤の色で彩られた彼の顔では、チョッパーの笑いを誘うだけだった。

ここはルフィの家である。
平屋の日本家屋で、部屋数は多いのだが、両親が仕事の都合で家にいないことが多いため、使える部屋と言えば、ルフィの部屋とエースの部屋。後は食事をするために一応片付けられている居間や台所だけが、生活スペースとして残るのみで、他の部屋は全て畳が埃を被っていて、足を踏み入れてはいけないというこの家での暗黙のルールが確立されていた。

ルフィの家に着いた頃は、既に時刻は9時前になっていて、エースが帰ってきているのであろう。
外灯に明りが灯され、家の中から光が漏れていた。

「ただいまー」と、元気良くドアを開けたルフィがまず吹っ飛んだ。

「おぉルフィか。お前友達の家に泊まるって言ってなかったか?
 泥棒かと思って殴っちまったな。すまんすまん」
そう言いながら、エースが笑いながら出てきた。

「いってぇ〜やっぱエースのパンチは効くな〜」
ルフィが頭を摩りながら立ち上がる。
「前触れもなく、急に帰ってくる奴が悪ぃんだ」
そう言って、またエースが笑いながらルフィをどつく。
しかも急所の鼻っ面を思いっきり殴った。
「あん?何だ、全員集合か?」
いきなりの惨劇に、顔を青くしたウソップとチョッパー、そして笑顔のサンジに気付いて、エースは「あがれあがれ!」と嬉しそうに言った。

家に入ると、何とも言えない匂いが漂ってくる。
「サンジ、いい所に来てくれたよ。
 今、ご飯を作ってたんだが・・・」
その匂いで全てを察知したサンジが「料理なら任せとけ」と勝手知ったる家をすたすたを歩いて、台所で口笛を吹きながらその悪臭を放つ鍋に手を加え始めた。
エースとサンジは初めて会った時からまだ間もない。
だが、同い年の彼らは、妙に気が合ってしまったらしく、エースはちょくちょくサンジが働くバラティエの休憩時間に顔を出すらしい。
最も、目的は賄いを無料で食べるということにあるのだが。

「で、ルフィ。何で急に帰ってきやがった?」
またエースが笑いながら軽く右ストレートを繰り出したが、ルフィもさっと身をかわした。
ルフィは、明るいけれども口は固い。だが、エースに対しては、隠し事をしないという条件で、保護者でもある兄から合宿を許可してもらったという関係上、自分の身の周りで起こった事の仔細に渡るまで、包み隠さず話していた。
そして今も、躊躇い無く今夜のチョッパーのことや、今までのゾロとナミのことを説明した。
話の最中、何度かエースのパンチが繰り出されて、ルフィはその半分以上をかわしたが、ルフィと口を揃えて説明していたウソップは全ての鉄拳を顔で受け止めてしまった。

チョッパーは一番遠くに座っていたので、被害を受けない。
サンジは、料理を運んでは足りないというエースのためにまた作ったり、その片付けをしたりで、もちろん被害を受けなかった。

結果的に、ルフィは少し口を切っただけで、ウソップの顔だけが蜂の巣のように膨れ上がってしまったのである。

「おぅ、サンジお疲れ!」
ようやく全ての仕事を終えて、最後に風呂に入ったサンジが、髪を拭きながら足で襖を開けて入ってきた。

タバコに火をつけて、ふーっと吐き出す。
「あのクソマリモ、ナミさんに手ェ出してねぇだろうな」
眉を顰めて、その煙の行方を目で追いながら、サンジがぼそりと呟いた。
「あいつらなら大丈夫だ」
ルフィが根拠のない自信を持って笑った。
「いや、ルフィ。俺もやっぱり心配だぜ。なぁ、チョッパー」
「う〜ん・・・でも、俺あの二人が仲良くなればそれでいいよ」
「おい、チョッパー。お前今、すげぇこと言ったぞ」
「そうか?何か言ったか?」
純粋無垢なチョッパーの瞳が、ウソップの心に突き刺さる。
「うぅっ!チョッパーお前って奴は・・・っ!」
「ど、どーしたんだ!?ウソップ!!」
チョッパーは慌てて駆け寄って、脈拍を測っている。

そんな二人を尻目に、サンジがルフィに言った。
「ルフィ、どういう意味で大丈夫って言ってんだ。テメェは。
 俺が言ってるのは、ナミさんの貞操の危機がだなぁ・・・」
「そんなもん、いつかゾロがヤッちまったら終わりだろ?
別に今日でもいいじゃねぇか」
「だから、何でそれがゾロなんだよっ!?」
「だって、ナミが大丈夫な男はゾロだけじゃねぇか。
俺らにも殴る時一瞬触るだけだし、
ナミは男に触れねぇんだろ?」
「「「?」」」

「うん?何だお前ら。知らなかったのか?」
「・・・初耳だ。ルフィ、お前それどこで聞いたんだよ?」
「学校で皆言ってるじゃねぇか。
 ナミは、男嫌いで有名だって。
 それに、見てたらわかるじゃねーか」
そういえば・・・3人の頭の中で、それぞれナミの会話した時の光景が浮ぶ。

「俺はねぇな・・・」
「俺は、自分からしか・・・」
「俺、覚えてない。」
チョッパーだけが女性と触れ合う、ということの意識がまだ乏しいのだろう。
首を傾げて、あったかな、なかったかな、とブツブツ呟いていた。

「何でテメェそういう大事なことを言わねぇんだよっ!」
サンジが額に青筋を浮かべて、ルフィの胸座を掴んだ。
慌てて、ウソップが、後ろから彼を取押さえる。
「見ててわかんねーか?」

だから、ナミにはゾロなんだ、とルフィが言った。

サンジは、その声を遠くに聞いて、憤りよりも激しい後悔の念に襲われた。
そのことさえ知ってれば、彼女を抱き締めたり、キスしたり、自分の本能の思うままには動かなかった筈だ───
いや、果たしてそうだろうか?
俺なら強硬手段に出るんじゃないか?
もしそれを知っていたら、自分は彼女の心を何とか解きほぐそうとして、逆に彼女に自分を慣れさせようとしてしまったのではないか?

ルフィはそんな自分をわかっていたのだろうか?

体の力を抜いて、彼を見つめた。

「サンジには、サンジだけしか駄目って奴が絶対にいるさ!
 もちろん、俺もウソップもチョッパーもどっかに絶対いるんだ。
 でも、ナミじゃないのは確かなんだよなー」
ルフィが笑った。

俺だって、もう少しでナミさんしか駄目ってとこまで堕ちかけてたんだぜ。

「・・・クソ生意気なこと言ってんじゃねぇ。
 女も知らねぇくせに」

サンジはそう言って、布団にもぐりこんだ。
ウソップが、ルフィに「おい、サンジ落ち込んでんじゃねぇか?」と耳打ちしたが、ルフィは「そんな奴じゃねぇ」とまた笑う。

ウソップは、同じ部屋にいるこの金髪の青年と、あのマンションで一夜を過ごす意地っ張りな二人のことを思って、大きな溜息を何度も布団の中で漏らした。

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