全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル1:過去にとらわれた少女
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31 邂逅




笑顔を取り戻したと思っていた。
いつでも、その微笑の中に翳りがあったことを知っていた。
けれども、自分や、仲間達と共に過ごしていく中で、その影が消えていった。
彼女は、心底笑っていたと思っていた。

彼女をようやく救えたのだと。

けれども、それは大きな勘違いだった。
何故、気付けなかったのか。
自分の知るどの女よりも、負けん気が強くて、けれども人一倍繊細で、見えないところで他人に気を遣う女なのだと、同じ時間を過ごして少なからず感じていたことだったのに。

「くそっ!間に合えっ!!」
ウソップが、地図を見ながら先頭を行く。
皆走っているのに、彼女の姿は見えない。

「この道で本当に合ってんのか?」
タバコを噛み締めて、サンジが苦々しい顔でウソップに尋ねた。

「合ってるはずだ。
 ジョニーとヨサクが言ってた金曜日の奴の拠点が一番ナミの家に近かった」

そう言うウソップの手に持たれた地図には、赤い丸が3つ付いている。

「他の二つは、明らかに遠い。
 ここなら、同じ町内だからな」

間違いない、とウソップが頷いた瞬間、突然角から飛び出てきた人影にぶつかる。
走っていたウソップがぶつかったのだから、当然お互いが転んだ。

「いってェェェ!誰だぁ?危ないだろっ!」

「「「ルフィ!!」」」
一同が叫んだ。
ウソップに突き飛ばされて転んだ少年は、よく知るその少年だった。

「何だ?お前ら。何やってんだ、こんな所で」
事態をつかめずに、暢気な声で少年が言う。

「おっお前こそ!!
 何やってるんだよっ!」
同じく道に転んでいたウソップが、夏の陽射しで熱くなっているアスファルトに手をついて、這うようにして彼に詰め寄る。

「俺か?俺はナミに言われて肉買いに行ってきたんだ。
 今日は焼肉パーティーなんだぞ!」
嬉しそうに笑って、手に持っていたスーパーの袋を二つ、両手に掲げる。
「そのナミがいなくなっちゃったんだよ、ルフィ!」
チョッパーがウソップの体を起こしながら言った。

「いない?ナミも肉買いに行ったのか?」
「そうじゃねぇっ!
 アーロンの住所書いた紙がなくなってんだ!!
 ナミの奴、一人でアーロンのところに行きやがった!」
ウソップがあまりに呑気なルフィの胸座を掴んで、叫んだ。

少年の顔から笑みが消える。

少年は、すっと立ち上がり、「行こう」と低い声で力強く言った。


+++++++++++++++++++


「来たか」

アーロンの拠点は、ナミの家から歩いて15分ほど。
ナミは真夏の陽射しの中、一度も止まらず、たまに目で電信柱に書かれた住所を確認して、その場に迷うことなく辿り着いた。
一階に空き店舗の張り紙が貼られたその雑居ビルを見て、ここに違いないと、一瞬も躊躇わずにそのガラス戸を押した。

鍵は掛かっていなかった。

レンタルビデオ店か何かだったのだろうか。
取り残されたビデオの棚だけが、店内に無数に置いてある。
埃のたまったその店内を奥に進むと、何も置かれていないレジカウンターと、扉が目に付いた。
元は事務所として使われていたその扉を開けると、その声が耳に届いた。

ざわりと背中に悪寒が走る。
今にも嘔吐せよとばかりに、吐き気が襲う。

あの声だ。
この世で最も、聞きたくない、あの声だ。

でも、もう逃げるわけにはいかない。
ナミは扉を後ろ手で閉めて、暗い部屋の中、その声がした方へと体を向けた。
部屋には、数cm幅の小さな明かり取りのために小窓しかない。
本来そこから入ってくるであろう陽射しは、隣に立てられたビルのせいで、心許ないほど小さく、細い一筋の光に姿を変え、雑然とした床を照らすばかりだった。

その床には、空き缶やコンビニの弁当箱が散らばっている。
元の店主が置いていったであろう応接のためのテーブルとソファが部屋の中央に置かれていた。
そのテーブルの上には、注射器や白い粉の入った袋が無造作に置かれている。
麻薬か、覚せい剤か、どちらにしてもナミはこの男なら有り得る。驚くことでもないと、そのソファに悠然と座る男を見据えた。

「あんたね、ベルメールさんを殺したのは・・・」
ナミは震える足を悟られぬよう、数歩ゆっくりと歩いてその男と向かい合う。
男は舐めまわすような目つきで少女の体を見て、舌なめずりをしてから、嘲るように笑った。
「あの女か!
 あぁ、殺ってやったさ。
 お前みたいに、反抗しやがったからな。
 思いっきり殴ってやったら、頭を壁にぶつけて、死にやがった!
 弱ぇ奴ほど逆らおうとする。
 だが、足がついても困るからな、ちょっと焚き火してやったって訳さ!!」

ナミが唇を噛んで「最低・・・!」と呟いた。
だが、男はそれすらも愉快だとでも言わんばかりに大声で笑う。

「怒った顔もイカすぜ。それでこそ、俺の見込んだ女だ!!」

瞬間、ナミはポケットからカッターを取り出して、男に飛び掛っていた。
鈍く光る刃は、一瞬のうちに男の喉元にピタリと突きつけられていた。

「・・・俺を殺したいようだな」
ナミに襟元を掴まれ、その刃を見ても男は笑顔を崩さない。

「殺すわ!」
少女の腕に力が込められた瞬間、男の尋常でない腕力によってナミは組み敷かれていた。
「テメェに俺が殺れると思うか?ナミ」
ナミの瞳に恐怖の色はない。
彼女は、男の顔に唾を吐いて、笑った。
「あんたに、私を手に入れることはできないわ」
少女の細い腕を掴んでいた男の手に力が込められる。
その激痛に、少女は持っていたカッターナイフを手から放してしまった。

「俺が目を付けた時から、テメェは俺のもんなんだよ」
シャハハハハという下卑た笑い声が、薄暗いの部屋の中響き渡った。

(最低!最低!最低・・・!!)

ナミはあらん限りの力で、男を殴ろうとするが、体が動かない。

身を捩ろうとするナミを眼下に見下ろして男の笑い声が一層高まった。

「クククッ・・・嫌がる顔もいい女だぜ?」

言うが早いか、男はナミの両腕をいとも容易く片手だけで拘束し、彼女が落としたカッターをその体を覆うTシャツの内側から刃を当てた。薄い布は切られると言うよりも、むしろ、乱暴に破かれるようにして、ビリビリと胸元を縦に真っ二つに引き裂かれた。
「いい眺めだ。ナミ」
男の冷たい手がナミの体に触れる。
ナミは、その感触に吐き気を覚えずにはいられなかった。
胸を乱暴に鷲掴みされる。
「殺してやる・・・ッ!!」
ナミは、唯一自由になる瞳だけを彼に向けて、その憎しみを顕にした。
だが、その瞳は大粒の涙で濡れていた。

悔しい───
こんな男に、抵抗できない自分が悔しい。
ベルメールさんを殺して、反省の色一つ見せない、最低な男。
自分に恐怖を与えて、それを悦ぶ、最低な男。
そして、こんな男に踊らされていた自分にも。
今、ここで何もできない自分にも。
想像はしていた。非力な自分がこの男に組み敷かれたら最後、抵抗など許される筈もないということぐらい。
一年前もそうだった。いくら足掻いても、この男の力の前にねじ伏せられた。
わかってはいたことだけど・・・でも、こんなにも力に差があったとは・・・
彼女は、言葉にできない悔しさに、涙を溢れさせた。

アーロンはただいやらしい笑いに顔を歪め、ナミのスカートの下にある太股をゆっくりなぞっていく。

「あの時も、こうしてやったなぁ。
 ん?気持ち良かったんだろ?」

キッとナミが睨むのも、愉しむかのように男が笑う。

だが、その笑顔が一瞬にして消えた。
「何だこりゃ・・・ケッつまらん抵抗しやがって・・・」

少女の下着があるべき所に、それを覆い隠す短パンがあるのを見て、アーロンは気を取られてしまったのか、力を緩めた。

(・・・今しかない・・・ッ!)
ナミは、勢い良く、自分の腕を拘束したアーロンの手を振り払って、思い切り突き飛ばした。
油断したのだろう。アーロンは、その大きな体をソファから落として、テーブルに背中を打ちつけた。

「・・・・この野郎」

あの時と同じだ。
自分の抵抗に、この男が血相を変えた。
そして、自分の頭を石で殴った。

(でも、違うわ───)

今日のナミには覚悟がある。
咄嗟に、落ちていたカッターナイフを拾い上げて、今度は自分の喉元に突きつけた。

「来ないで」

静かに、笑みを湛えて言う。

口は笑っているが、その目元には微笑みの欠片すらもなく、ただ強い光を放っていた。

男がその口の端を歪めて嘲る。
「そういう抵抗も興を添えるってもんじゃねぇか」
下卑た笑い声がナミの耳に届くが、ナミは声を荒げることもなく言った。

「抵抗?笑わせるわね。
 これで終わりにするのよ」

ナミは死を覚悟していた。
この男に自分を捧げるぐらいなら、命を絶つ。
目の前で喉をかき切って、男に悟らせるのだ。
少女は、永遠にお前のものにならないのだと。

ナミの瞳は飽くまでも澄み切って、その強い意志が決して嘘ではないと語る。
男は、自分を見下げたようなナミの笑顔にようやく彼女の覚悟に気付き、初めてその顔から笑顔が消えた。

「・・・あんたなんかのモノにならないっ!!」

彼女が手に力を入れた瞬間、バンッとドアが開け放たれた。


「ナミッ!!!」

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