5 乾杯!
「それにしても、ルフィ遅いなぁ」
キッチンから、鍋の下準備が終わるのを知らせる匂いが部屋中に漂っているにも関わらず、肝心のルフィは未だ姿を現さなかった。
「新しく入る仲間ってどんな奴かな?」
チョッパーがキラキラした目でウソップに聞いた。
「ケンカが強いらしいけどなぁ。それ以外は聞いてない。
あそこのコンビニの店員のはずなんだけどな」
そう言って、ウソップがベランダの下に見えるコンビニの看板を指差す。
「あそこのコンビニ?」
サンジが、食事前にと淹れてくれた紅茶を飲んでいたナミが突然、リビングとベランダを隔てる窓際から、ウッドデッキのベランダで涼みながら話す二人の会話に入ってきた。
もちろん、ウソップが指差したのは、あのコンビニだ。
「ああ、ナミの家から近くて良かったぜ。
ルフィは迷いやすいからなぁ」
「・・・名前はわかるの?」
「さすがのキャプテン・ウソップ様もそこまでは知らねぇな!」
自慢にもならない自慢に、ウソップは胸を張った。
「強い人・・・ねぇ。いたかしら?」
「年上って言ってたな」
「・・・まさか、スモーカーさんのわけないわよね」
「誰だ?そのスモーカーって」
「店長さんよ。年はそうねぇ・・・30過ぎぐらいかしら?ん〜20代には見えないわね」
「じゃあ違うな。サンジと同じぐらいじゃないかってルフィが言ってたぞ」
「そうなの?サンジくんいくつ?」
3月2日生まれ、19才でーす♪という声がキッチンから聞こえた。
「それぐらいのアルバイトなんていっぱいいるわよね。
・・・あいつのわけないか」
「あいつ?」
「ああ、ちょっと・・・よく話す店員がいるから。
でも、いつも居眠りしてぼ〜っとしてるからケンカ強いとは思えないわ」
(あ、でも・・・)
以前から、気になっていたのだが、ゾロは逞しい体付きだった。
何かスポーツでもしているのだろうか。
実際、ナミはゾロと話すようになったと言っても、店長がどうだとか、この酒が美味いとか、今来た客がどうだとか・・他愛ない話しかしていないので、彼が昼間何をしているのかわからなかったし、それを今更聞くのも憚られてしまう。
(目付きが悪いから、確かに強そうだけど。あんな万年寝太郎の事のわけないわよね)
でも、やっぱりゾロしか思い浮かばないと思い始めた時、ようやく待ちに待ったチャイムが鳴った。
ウソップが「ルフィだ!」とナミに断りなく、先程興味を惹かれたインターフォンに向かう。
その手が通話ボタンを押した瞬間、ルフィの大声が部屋中に響き渡った。
『腹減ったーーーーー!』
「おうルフィ。もうメシできるぞ。早く上がって来い!」
そう言ってウソップが扉を開けた。
しばらくして、玄関がガチャリと開いた。
出迎えたチョッパーの嬉しそうな声が聞こえてくる。
すぐにチョッパーがぱたぱたと戻ってきた。
その後ろにルフィがいかにも空腹で倒れそうな顔をしながら、フラフラと部屋に足を踏み入れる。
次の瞬間、ナミの瞳が大きく見開かれた。
まさか、本当にこいつのことだったとは・・・───
ルフィの後ろから入ってきた男は、先程ナミの頭にいたその彼であった。
短い緑の髪。左耳につけられた三連ピアス。眠たそうだけどどこか鋭い光を帯びた三白眼。
Tシャツにジーンズという、コンビニの制服ではないという格好をのぞいては、ナミがよく知る男、ゾロだった。
当のゾロは、自分に集められた視線を受けて、面倒くさそうに頭をボリボリと掻いてから、ようやくナミに気付いたようだった。
「・・・あン?何でお前ここにいるんだ?」
「何でって、ここは私の家よ!
あんたこそ、何で・・・って言うか、こいつらの仲間になるわけ?」
「何だ、ナミ。ゾロと知り合いか?」
「あのコンビニ、いつも行くのよ」
「そっかー。お前もゾロに目ぇつけてたんだな。やっぱナミは頭いいなー」
「誰が、誰に目ぇつけてんのよっ!」
「なぁ、その仲間って何だ?」
ゾロが一人、状況を飲み込めないという顔で聞いた。
「はぁ?あんた、仲間に勧誘されてここに来たんじゃないの?」
「いや、俺はうまいメシと酒があるって聞いて・・・」
「初対面の人にそう言われてよくついてこれるわね・・・」
「ナミ、馬鹿だなぁ。俺とゾロは昨日会ったんだぞ。初対面じゃねぇぞ」
「昨日も今日も変わらないわよっ!」
「怒ったナミさんも素敵だなぁゥ
さ、食事が用意できましたから、話は食べながらにしましょう」
そう言って、サンジがナミの肩に手を回してナミをダイニングテーブルへとエスコートしようとする。
ナミはその手をパシッと払いのけて、サンジの涙を誘った。
見れば、4人掛けのテーブルにいつの間に持ってきたのか、ナミの勉強机の椅子と、観葉植物の台として使われていた折り畳みチェアーが用意されていた。
「ちょ、ちょっと!この椅子私の部屋にあったやつじゃないのっ?!」
ルフィがにししと笑った。
「この椅子、回るぞー」と、その回転椅子の上でぐるぐる回る。
(怒らない・・怒らない・・・これぐらい、予想してたことよ・・)
ナミは、懸命に心の中で呪文のように何度も呟いて、席についた。
「よしっ!じゃあみんな揃ったことだし・・・」
ウソップがえへんと咳払いをして立つと、突然ナミが叫ぶ。
「ちょっと!このお酒、どこから持ってきたのっ!?
私の寝酒のウィスキーじゃないのっ?」
テーブルの上には、鍋に入れる肉野菜の隣に、誰が持ってきたのであろう置ききれないほどのビール缶や、ナミが少しずつ飲むのを楽しみにしていたウィスキーや今日、スモーカーにもらったばかりのサワー、それにノジコが置いていった日本酒が所狭しと並べられていた。
ごくごくごく・・・
ナミの隣で、喉を鳴らしてその酒に既に手をつけている男がいる。
「ゾロッ!何勝手に飲んでんのよっ!!」
「そうだ、ナミ言ってやれ!」
ルフィも立ち上がった。
「乾杯してからじゃねぇと飲んじゃ駄目なんだぞ!」
「そういうこと言ってんじゃないわよっ!」
「まーまーとにもかくにも、新しいメンバーが増えたんだ!
これからの麦わらクラブの前途を祝してー」
ウソップが音頭を取って、グラスを高々とあげて「乾杯!」と叫んだ。
「「「「かんぱーい!!」」」」
呆気に取られているナミと既に酒を呷るゾロ以外のメンバーが嬉しそうにグラスを打ち鳴らした。
「おいっルフィ!肉ばっか食ってんじゃねぇ!!」
「・・・んん゛っ! 辛〜!! でもうめぇな〜っ!」
「み、水。水・・・」
「おい、お前ら人がせっかく作ってやったんだからもうちょっと味わって食え!」
(す・・・すごい・・・)
同年代の男と食事をする機会が少なかったナミは、ある意味戦場のようなその食卓にただ目を見張ることしかできなかった。見る見るうちに、用意された食材は減っていき、テーブルの上には空き缶が増えていく。
自分だけ蚊帳の外という状態。
でも、その食べっぷりは見ているだけで気持ちが楽しくなる。
ふと、隣にいるゾロの視線に気付いた。
「・・・何よ」
「お前、変わった友達いるなぁ」
「と、友達じゃないわよっ!私だって今日話したばっかで・・・」
「へぇ。その割には楽しそうじゃねぇか」
「・・・楽しくなんてないわよっ!」
「そうか?男にちやほやされて、喜んでるように見えるぜ?」
「…ゾロ、あんた妬いてんの?」
「・・・ぶっ・・・」
ゾロが口にした酒を噴出した。
「あーあーもう、汚いわね。はい、ちゃんと布巾で拭いて。
いくら図星指されたからって・・・」
ナミの顔が小悪魔のようにいたずらっぽく笑う。
その時、辛い物を食べて熱くなった舌を出しながら二人のやり取りを聞いていたルフィが、にっと笑った。
「お前ら、付き合ってんのか?」
今度は、ナミが慌てふためく番だった。
「ななっ!何、言ってんのよ?!付き合ってなんかないわよっ!」
「そうだぜ、ルフィ。ナミさんには俺がいるんだ」
「誰がいつ、サンジくんと付き合うって言ったのよっ!」
サンジ撃沈。
ルフィは「そうか〜?」なんて言いながら、また鍋から肉を取った。
「ちょっとゾロ、あんたも言ってやりなさいよ!」
「俺は別にどうでもいい」
(駄目だ。こいつら、全然私の言葉が通じない・・・)
ナミは気を取り直して話題を変えることにした。
「・・・そんなことより。
食べてばっかりいるけどここにみんなに集まってもらった当初の目的を忘れてないかしら?ねぇ、ルフィ?」
「目的?メシじゃねぇのか?」
もごもご口を動かしながら、ルフィが心底不思議そうに聞く。
「違うでしょーがっ!」
「あ、そうだった。ゾロが仲間になったんだ、みんな」
「ちょっと待ちなさいよっ!
ゾロは仲間になる話なんて聞いてないって言ってたでしょっ!」
「あれ?ゾロ、俺言ってなかったか?」
「ああ、聞いてねぇな」
「じゃあ仲間になれ!」
「嫌だ」
ゾロは間も置かずに即答した。
「何で嫌なんだよー。楽しいぞ!」
「一体何の仲間だよ?大体俺は大勢とつるむのは性分じゃねぇ」
「俺たちは何でも屋だよ」
ルフィに自分の取り皿から肉を取られまいと死守しながら、チョッパーが答えた。
「困ってる人を助けるんだ」
「そう!リーダーはこの俺、キャプテーン・ウソップ様だ!」
「違うぞ!リーダーは俺だぁ!」
「おいおいお前ら。どう考えても、この年長者サンジ様がリーダーだろ?」
サンジがタバコに火をつけて、ふぅと煙を吐き出す。
言い争いになった3人を尻目に、チョッパーがナミとゾロに説明した。
初めはルフィとウソップがルフィの兄であるエースの何でも屋を手伝っていた。
けれども、二人の一学期半ばの実力テストの結果があまりに酷かったため、エースから会社に来るなと言われた。そこで、校内で部活を作ろうと生徒会の女の子(おそらくビビのことだろう)に相談したが、全く人が集まらなかった。校内限定だから集まらないんじゃないかと考えた二人が、最初に仲間に勧誘したのが未だ中学生のチョッパーだった。
チョッパーはよくごたごたに巻き込まれてケンカをする二人のかかりつけ医の息子だ。
将来医者になりたいからと、医師である祖母に今から応急処置の手当などを教わり、その知識を買われてメンバーに誘われた。友達がいなかったチョッパーは彼らの仲間に入れてもらえたことが嬉しくて仕方がなかったらしい。
「俺、俺、別に入りたかったわけじゃねぇぞ」なんて言いながら、チョッパーは目尻を垂らした。
目下、受験勉強を頑張るという約束で、祖母の許可の下、彼らとよく遊んでいるようだ。
チョッパーが仲間になってすぐに、ルフィがいつものように空腹で野垂れ死にしそうなところに通りかかって、メシを食わせてくれたのがサンジ。
ルフィはその腕にほれ込んで、なかば無理やり、彼を仲間にしてしまった。
サンジは、草分け的な一流レストラン『バラティエ』の跡取息子で、料理の専門学校に通いながらそのレストランでバイトしている。
幼い頃からカポエラを習っていることもあってケンカも強く、頼りになるお兄さんのような存在らしい。女好きが玉に傷なのだが・・・
ウソップは機械関係には滅法強いし、ルフィも見た目によらず、ケンカでは負けなしだ。
だが、如何せん依頼が舞い込むことがなく、みんな力を持て余していた。
そこでルフィの考えで、まずは仲間を補強しようと言うことになった。
今まで何人かルフィが見つけてきたが、他のメンバーが眉をひそめるような人選だった。
こうして一緒に飲んだのは、ナミとゾロだけだよ、とチョッパーが嬉しそうに手に持ったオレンジジュースのグラスを握り締めて言う。
「私は、仲間になるなんて言ってないわ」
「でも、ナミの依頼がうまく解決したら、仲間になってくれるんだろ?」
「・・・たしかにそういう約束だけどね。あんた達に解決できるかしら?」
ナミの顔が少し翳ったことを覚ったチョッパーは取り成すように言った。
「あ、安心しろよ!本当にルフィもサンジも強いんだぞ!
ウソップだって、すごいんだ。頼りになるんだぞ!」
「・・・ふふ、わかったわ。チョッパーは本当にみんなが好きなのね」
「おう!俺、あいつら大好きだ!」
ふと見れば、話は聞いているのだろうがゾロは、黙って酒を飲んでいる。
「あんたはどうするの?きっぱり断らないとルフィ、しつこいわよ」
ナミに訊かれて、男はようやく酒を飲む手を止めた。
「俺ァ忙しいんだ。お前らに付き合ってるヒマはねぇな」
「仲間になってくれよ、ゾロ!」
横から、ルフィが首を突っ込む。
よほどゾロを仲間にしたいらしい。
「ルフィ、ゾロが嫌がってるんだから、諦めなさいよ!」
「俺たちの仲間になったら、いつもうまいメシが食えるぞっ!」
「やる」
ゾロの即答に、ナミがテーブルに突っ伏した。
(こいつらもこいつらなら、ゾロもゾロね・・・)
ゾロの返事に沸きあがって、またウソップが立ち上がった。
「よっしゃ!じゃあ改めて乾杯だっ!!かんぱーい!」
「「「「おおー!」」」」
今度は、ゾロもグラスを掲げる。
ナミが呆れ返っていると、その腕が強い力で引っ張られた。
白い手に持たれたままのグラスにゾロのグラスが当てられて、カチン、と小気味良い音が鳴った。
「おら、お前も乾杯しとけ」
ゾロが片眉をあげて笑った。
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