全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル1:過去にとらわれた少女
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7 サンジ




翌日から、彼らの共同生活が始まった。
ウソップはある機械を作りたいからと、玄関脇の使われていない部屋を陣取り、チョッパーも同じ部屋で本を読んだり、中学校の夏休みの宿題に勤しんだ。ゴミの日は、早朝からゴミの回収が済むまで見張っていたが、特にこれと言って怪しい人物は見当たらなかった。

ルフィは、真面目に補習を受けるために学校に通っていた。(ナミがたたき出していたのだが)
それが終わると、兄の事務所などに寄ったり、友達の家に言ったりで散々寄り道して夕飯の頃に帰ってくる。
帰ってからは、ナミがその日の宿題を見てやる。(もちろん有料制だが)

サンジは朝の仕込みは免れたと言って、朝食の後、家に残るメンバーのための昼食と、夕食を周到に準備してから出かけて、レストランで働き、翌日の仕込みを終えて帰宅するのは22〜23時頃だ。客の入りが少ない日はそれよりも早く帰ることもあるらしい。
ゾロは深夜23時から6時までコンビニで働き、みんなと一緒に朝食を摂ったあと昼過ぎまで寝る。午後にはウソップかチョッパーと共にナミの買い物に付き合う。
そして、夕方ルフィが帰ってきて食事を摂ると、深夜の仕事のためにまた1時間ほど仮眠を取る、という生活だった。

部屋割りは、各自の希望を聞き入れるわけにも行かず(特にサンジの希望は却下せざるを得なかったので)ナミが独断で決めた。

初日から使われていない部屋を使っていたチョッパーとウソップは、そのままその部屋を割り当てた。
サンジとルフィは和室。

そして、ゾロが問題だった。
みんなは夜寝るけど、ゾロはルフィが勉強を終えて、ウソップやチョッパーと騒いでいる時間に仮眠を取るのだ。
午前中は、ウソップ・チョッパー・ナミしかいないので、まだ居間の隣の和室でもいいのだが、夜の騒ぎの中、襖一枚で居間と区切られただけの和室ではゆっくり寝ることができないだろう、ということで、ゾロは別にどこでもいいとは言うものの、やはり騒いでる自分たちも気が引けるとみんなが言うこともあって、ナミの部屋のベッドで寝ることを許した。
ゾロが仕事に出てから、ナミが眠りにつこうとベッドに入ると、ゾロの匂いが微かに枕に残っていた。
けれどもそれは決してナミに嫌悪感を抱かせず、むしろ眠れなかった自分が嘘のように、ナミは深い眠りを久しぶりに味わうことができた。

そんな中、4度目の金曜日を迎えた。



「ナミ、今日は俺たち二人一日中、外で見張ってるから」

ウソップが、全員そろう貴重な食事時間でもある朝食の時間にそれを口にした。

「今日?今日はゴミの日じゃないけど・・・」
「でも、金曜日だろ?一応不審人物が出入りしないか見張れば何かわかるんじゃねぇかと思ってさ」
「そうね。あんた達に気付いて、ゴミを漁るのは諦めてるのかもしれないわ」
「それにしたって、どうやってあのセキュリティを掻い潜ってくるんだろうなー」
チョッパーが首を傾げた。

「出入り業者かもな」
サンジがタバコを吹かしながら、言った。
「それは俺も思った。ナミ、金曜日しか来ない業者ってわかるか?」
ウソップが頷く。
「さぁ・・・そういうことは、管理人さんに聞かないとわからないわね」
「聞けば教えてくれるかな?」
「う〜ん、チョッパーが聞けば、教えてくれるかも。
 管理人さん、メリーさんって人なんだけど、すごく優しい人よ。
 ・・・例えば、チョッパーが夏休みの自由研究とか言えば・・・
 チョッパーなら、小学生に見えないこともないし」
「それだっ!チョッパー、全てはお前に掛かっている!頼んだぞ!」
「う、うん!俺頑張るよ、ウソップ!!」

二人が、妄想の世界に入ってしまったところで、ゾロが口を開いた。

「じゃ、今日は俺が一人で荷物持ちか・・・」
「なぁに?文句あるの?」
「ありません」
「ああナミさん・・・俺が仕事さえなければ・・・」
サンジがハンカチを噛んで涙を流した。

「いいのよ、サンジくんは美味しい料理を作ってくれてるんだから。
 それに引き換え、ゾロもルフィも食べて寝るだけなんだから
 荷物持ちぐらいさせないとね」
「俺は勉強してるぞっ!」
「俺だって、労働してるじゃねぇか」
「うっさいわねっ!あんたら二人で、この家のお皿いくつ割ったのよっ!!」

ナミは、初日、料理はサンジに任せてそれ以外の家事はみんなで分担しようとして、色々とやってもらった。
その結果、ルフィとゾロは家事に全く才能がないことがわかった。

「その上、あんた達が一番食費かさんでんのよ!
 サンジくんとゾロは働いてる分、大目に家賃入れてくれてるけど
 ルフィ!あんたに関しては、いくら家賃入れても食費だけで赤字なのよ!」
「・・・ナミ、俺もあんまり渡せなくて・・・」
チョッパーがナミのあまりの剣幕に怖れをなして、瞳を潤ませた。

「いいのよ、チョッパー。あんたは中学生で、いるだけで癒し系なんだから。
 それに、チョッパーはウソップよりもずっとたくさん出してくれてるのよ」

チョッパーの瞳が輝き、ウソップがうっと腹を抑えて倒れこんだ。

「俺も癒し系だぞ?」
「・・・ルフィ、朝から私を怒らせたいのね?」
「お前怒ると怖ぇから嫌だ」
「そう。じゃあ、早く学校に行きなさい」

ルフィはナミの目が笑ってないことにも気付かず、わかったと明るい声で返事して家を出た。
ウソップとチョッパーも、計画通り、マンションの前で張るため、外に出る。
ゾロは、大きく欠伸をして和室に篭ってしまった。
サンジはキッチンに、ナミは洗濯するためバスルームへと向かう。

一段落すると、サンジが「お茶入ってますよ」と声を掛けてきた。
「んん〜美味しい!」

以前から自分の家にあった茶葉なのに、サンジが淹れると何故か極上の味になってしまう。
「本当に不思議ね。サンジくん、どうやって淹れてるの?」
「特別なことはしてませんよ。強いて言えば、ナミさんへの愛情をスパイスに
「それにしても、美味しいわ。今度教えてちょうだいね」
「ナミさんがそう言うなら、勿論手取り足取り
「ふふっサンジくんて面白いわね」
「付き合ってくれますか?!」
「・・・さぁ、どうかしら?まだわからないわね」
さらりと交わして、ナミはカップを持ったままベランダに出た。

今日も夏の陽射しが高くなってきた。
朝の涼しい空気に変わって、蒸し暑い空気が肌の周りをねっとりとまとわりつく。

ここ数日で、ナミは自分の心が軽くなっていくのを感じた。
それは、一人でなくなったということ。
自分の悩みに、みんなが真剣に話し合ってくれてたり、夜は毎晩お酒を飲んで騒いで、家にはいつも誰かしらがいて話し相手に事欠かなかったり。テレビのチャンネル争いをすること、サンジが作ってくれたケーキを取り合うこと。
そんな些細なことなのに、まるで昔からずっと彼らといたように、その生活を愛おしく感じる。

「ナミさん今日のデザートのパンナコッタは冷蔵庫にありますから、ティータイムに召し上がってくださいね」

サンジが、ナミに声を掛ける。
振り返ったナミは、まるで天使のように柔らかく微笑んでいた。

「・・・かわいいなぁやっぱり・・・」
「・・・・え?」
サンジの顔が真っ赤になった。
「いや、あの・・・やっぱりナミさんの笑顔は最高ですね」
慌てるように言うので、ナミは小さく噴出してしまった。
「変なサンジくん。いつももっと歯の浮くようなこと言ってるのに・・・」
ころころと笑い転げるナミに、サンジが優しく微笑んだ。
「そうですね。俺らしくない・・・」

突然サンジが真剣な眼差しで、ナミにゆっくりと近づいた。
「どうしたの?サンジく・・・」

言い掛けた言葉が不意に遮られた。
サンジがそっと腫れ物を扱うように、その両腕で優しくナミを抱き締めていた。
タバコの匂いがナミの鼻をくすぐる。

「俺、本気になっちゃったみたいだ」
そうナミの耳元で囁いて、サンジがぱっと腕を離した。
「サ、サンジく・・・」
顔を真っ赤にしてナミが振り返ると、その視界にサンジの顔が大きく映った。

次の瞬間、サンジは頬にチュッと軽く唇を落として言った。
「じゃあ俺もそろそろ出かけます」

そう言って、ナミの頬を親指で軽くなぞる。
ナミの表情は強張り、体は石のように固まってしまっていた。

サンジは何事もなかったかのように、口笛を吹きながら「行ってきます」とナミに告げて、家を出た。


しばらくの間、ナミは思考すらもできずにその場で立ち尽くしていた。

いつもと違うサンジだった。
いつも大仰に歯の浮くような台詞を言うサンジに、初めて見るような真剣な目で見つめられて───

ナミは頬に手を当てる。

(キス・・・された)

優しくナミを抱き締め、そして、耳元で静かな声で囁かれ・・・
頬に唇が触れた。

その時、ナミの頭の中に声が響く。
『今、気持ち良くしてやるよ』

あの男の声だ。
あのいやらしい笑いが頭にこだまする。

瞬間、この数日忘れていた吐き気がナミの背筋に冷や汗が滴る感触を味わわせた。
トイレへと駆け込む。

『今、気持ち良くしてやるよ』

『この野郎・・!』

『ナミ!!』

『ベルメールさん・・・!』


あの時の、あの日の声が止まない。
頭から消えない。

「・・・ベルメールさん・・・っ!」
洗面台にしがみついて、ナミは吐き気と闘う。
それは後から後から、彼女の体を動かすが、嘔吐できない。
吐けば楽になるのに・・・全て吐き出せば楽になるのに・・・

自分の悩みを吐き出せないナミの気持ちそのままに、それはナミの体から出て行こうとしない。

「・・・うっ・・うぅ・・」
そのうち、吐き気が収まっても、彼女の口からは嗚咽が止まることはなかった。
その両の眼からは大粒の涙がポロポロと溢れ落ちる。

逃れられないのだ。
一年も経つのに。
まだ、ナミはあの日起こった出来事に縛られたまま。

それは、ナミの心に呪いをかけてしまっていた。

悪しき思い出を忘れられない呪い。
それまで感じたことのない恐怖。
愛しい人の命が目の前で絶たれる絶望。

そして、他人を拒絶する体。

悔しい───
一年前の出来事に捕らわれつづけている自分が、あまりに弱くて、あまりに不甲斐なくて、だから涙が止まらないのだ。




「おい、どうしたんだ?」



不意に、ナミの背後から声がした。


「・・・・ゾロ」

擦れた声がシンと冷えるバスルームに響いた。


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