33 それから
その日、彼らは焼肉パーティーで夜更けるまで飲んでいた。
ウソップはナミの仲間を祝してと言っては、何度も乾杯の音頭を取り、チョッパーはそのたびに箸でグラスを打ち鳴らした。
サンジはナミの仲間入りに終始浮かれて、ずっと小躍りしては目を回して倒れこんだ。
ルフィは肉をたいらげて大きくなった腹を摩りながら、そんなサンジと一緒に踊ったり、ベランダに出て叫んではナミの拳骨をくらった。
ゾロはいつものようにただ酒を呷っては、時折そんな仲間達を見て大きな口を開けて笑い、それでも時間になるとバイトだと出て行った。
彼らがようやく寝静まった後、皿やグラスを片付けながらナミは、自分の心にあった闇が取り除かれていくのを感じていた。
アーロンがいなくなったからと言って過去が消し去れるわけではない。
あの時の恐怖は今もまだ残っている。
だが、自分の危機に駆けつけてくれる心強い仲間達。
ここ数週間を思い返す。
自分が悩む時、彼らは皆、一様に彼女を励まそうと陰ながら気を遣ってくれた。
共に笑い、そして共に怒ってくれた。
自分が得た安心感はそこにあった。
そして、彼らはこれからもナミの側にいるのだと言う。
ナミを仲間として歓迎してくれる。
そこには、ゾロとの繋がりの糸もある。
彼女にとっては、それが一番嬉しい。
この事件が解決したということは、彼らとの同居生活も終わりを迎えるということ。
今までのように、悩んだ時にゾロが隣にいるわけでもない。
けれども、仲間として、彼と繋がっていられる。
そのことにナミは喜びを隠せない。
「ナミさん」
ソファで寝ていた筈の男の声に、ナミが振り返った。
「サンジくん、起きてたの?」
その男は、いつしかその体を起こしてタバコを吸っていた。
「片付けなんて、俺がしますから・・・ナミさんも休んでください」
男はタバコをきゅっと灰皿に押し付けて、袖をまくりあげながらナミに微笑みかけた。
「いいのよ、サンジくんも結構な量飲んでたでしょ。
今日だけ特別!私が片付けるわ」
特別、という部分を強調して、ナミがウィンクする。
「いえいえ、最後まで俺にやらせてください」
彼は、そう言って、ナミの手にある皿を取り上げる。
「やっぱり、明日にはもう帰っちゃうのね」
はっきりそう決まったわけではない。
けれども、皆の騒ぎ方は今までと違うことに、ナミは彼らは明日、この家を去るつもりなのだと予感していた。
「ここにいる必要もなくなりましたからね。
ナミさんのお側にいれないのは、心苦しい限りですけど」
「そうねぇ。私もサンジくんの料理が食べられなくなるのは嫌だわ」
料理人冥利に尽きます、とサンジが深々と頭を下げた。
「でも、アイツは残るんじゃないんですか?」
キッチンでグラスを洗いながら、サンジが言う。
「アイツ、家がないんでしょ?」
「・・・どうかしらね。考えたことなかったけど・・・」
そう言えば、ゾロに帰る家はない。
この同居生活が終われば、その後は一体どうするつもりか、というのは聞いたことがなかった。
「ナミさんみたいな美しい女性から頼まれれば、ここに残るって言いますよ」
「・・・どういうこと?サンジくんはゾロにここにいて欲しいと思ってるの?」
サンジの口から出た言葉にナミは少なからず驚いた。
それを最も嫌う男が、ゾロにここに残るように言えと言うのだ。
「そりゃ、俺は嫌ですけど・・・
ナミさんの笑顔のためなら我慢します♪」
「べっ・・・別に、ゾロがいてもいなくても・・・」
「ナミさん」
サンジの声が真剣味を帯びる。
「逃げてちゃ、駄目なんですよ」
いつかルフィが言ってた言葉だ。
ナミは押し黙って、俯いた。
そんな彼女を見て、サンジは優しい笑みをその口元に湛えながらまた皿を洗い始めた。
+++++++++++++++++++
翌朝、ゾロがいつもより遅く家に戻ると、そこにはもう誰もいなかった。
ナミに聞けば皆、7時前には家に戻って行ったのだと言う。
「・・・いくら何でも、早過ぎねぇか?」
サンジが用意した朝食を食べながら、眼前にいる少女に尋ねた。
「私だって、引きとめたわよ。
でも帰るものは帰るって言うんだもん」
ナミはその朝、居間の足音に目を覚ました。
時計を見れば6時半。
こんな時間に何だろうと思って、部屋から出てみれば、既に服を着替えた彼らが帰る用意をするために行ったり来たりしていたのだ。
「ウソップ、何してんの?」
ナミはまさかもう帰るまいと思い、キッチンテーブルに置いてあった私物をかき集めている彼に声を掛けた。
「おぅ。もう帰るって言うんでな」
「こんな朝早く?」
「ルフィがそう言ってんだ」
そう言って、親指で和室を指す。
その和室に行くと、ルフィが鞄の中に服を詰めていた。
「おぅ!ナミ。おはよっ!」
ナミに気付いて、彼女に笑顔を向ける。
「おはよ・・・って、あんたこんな時間から何してるのよ?」
「帰るんだ」
「こんな早くに?」
「ああ!ご飯は家に帰ってから食う」
「そんな・・・ご飯ぐらい食べて行けばいいじゃない。
ゾロだって、まだ帰ってないみたいだし」
「んーん!もう決めたんだ」
少年は、その決意を表すように口をぎゅっと真一文字に結んで、頭を振った。
こうなってしまっては、彼の考えを曲げることはできない。
ナミは不思議そうな顔をしたまま、彼らを見送ることしかできなかった。
「コンビニに寄って、あんたにも挨拶しとけばって言ったのに。
その様子じゃ寄らなかったみたいね」
「あぁ寄ったかもしれねぇな。
俺が裏でスモーカーと話してたから
諦めて帰ったのか・・・」
そう言えば、いつも6時に仕事を終えて、すぐに帰宅すると言うのに今日はそれより一時間も遅かった。
「何してたのよ?」
「スモーカーに昨日の話してたんだよ。
お前の家の火事もアイツがやったんだろうが」
スモーカーは今でも警察と繋がってやがるんだ、と説明してまたゾロは食事を進める。
「あと、あいつがお節介で・・・」
そこまで言って、ゾロはしばらく考えてから何でもねぇと、ぶっきらぼうに言った。
「何よ、途中まで言われたら気になるじゃない」
ナミが、不機嫌そうに眉をひそめたが、それを説明できるわけもない。
昨日の話はナミの家の放火のことだけを言って、それ以外の時間は延々と性教育の話を強引に聞かされたのだと、口にできるわけもないのだ。
「まぁ、ルフィとウソップならお前は学校で会えるからいいだろ?」
話題を変えようとして、パンを頬張りながら仲間の話に戻す。
「そりゃそうだけど・・・1ヶ月も一緒にいたのに」
「奴らのことだ。またすぐ来るだろ?」
ナミは、それでも納得がいかない。
何故あんなに早く家を出たのか、その謎を突き止めようと、千切ったパンを手にしたまま動きを止めて首を傾げていた。
「じゃ、俺ぁ寝るぜ」
大きな欠伸をしながらゾロが席を立とうとした。
「・・・ゾロはどうするの?」
「だから、寝る」
「そうじゃなくって・・・」
ナミが言葉を詰まらせる。
どう言えばいいのだろう。
出て行け?それとも出て行くな?
出て行かないでなんて、縋るみたいで嫌だ。
けれども、ゾロが出て行けば、また自分はこの家で一人になる。
何を。
もう一年、一人で暮らしてきたじゃないか。
以前の生活に戻るだけ。
でも・・・───
彼と離れたくない。
そんな言葉が、ナミの頭によぎる。
「・・・俺は帰る家がねぇからなぁ」
ナミの言いたかった言葉をようやく理解したのだろう。
彼は、頭をポリポリと掻きながら言った。
「まぁお前がいてもらっちゃ困るってんなら出てくつもりだが」
その言い方は卑怯よ、と言おうとしてナミは口を尖らせた。
そんな少女を見てゾロがにっと笑う。
「俺に出てって欲しいか?」
「・・・・・」
ナミは返す言葉が見つからない。
「あんたはここに居たいの?」
「お前がいいって言うなら」
この男はどこまでも、ナミにその言葉を言わせたいらしい。
腕組みをして、にやにや笑いながら彼女の言葉を待つ。
彼女は諦めたように大きく溜息をついた。
「・・・じゃあ、いいわ。賭けの勝敗が決まるまで。
あんたをここに置いてあげるわよ」
ははっと勝ち誇ったような声が彼女の耳に届く。
「ちょっと!何で人の部屋に入るのよ!」
ナミが顔を上げると、そこにはナミの部屋のドアを開けるゾロの姿があった。
焦った声が、彼を振り向かせた。
「ん?お前も寝るか?」
「寝ないわよっ、だから何で私の部屋で・・・」
「お前の夢を見るためにな」
笑って背中を向けてから片手を振って彼はドアを閉めた。
何て図々しい男だろう。
本当はそんなこと思ってないくせに。
そうやって、私の心を掻き乱そうとするのだ。
心の中でそう呟いて、ナミはようやく千切ったまま手にしていたパンを口に入れた。
ベランダの向こうに青空が広がっている。
まだ夏休みは長い。
これから何をしよう。
折角だから、ゾロの休みの日に遊園地にでも行こうかな。
少し頬を桜色に染めながら、彼女はそんなことを考えて、その唇を緩ませていた。
---FIN.
26th/May/2007 revise, reprint /KMG
<<< BACK+++++go to NEXT file. >>>