全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル2:心を隔てるもの
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11 逡巡




そ、そうだったのか・・・

しばらく、ナミの部屋の前で立ち尽くしていたゾロの頭の中には、その言葉しか出てこなかった。
それと共に、あのバスタオルについた染みを思い出して、それが彼女の「あの日」による出血だと知り、ゾロは心底あれに触らなくて良かったと思った。
汚いと言うより、それは男が触れてはならないもののように思えたのだ。
深呼吸して、ソファのお決まりの場所に腰を下ろした。
座れば左側からは南のベランダから陽が注ぎ、正面の窓からは西日が当たるそのソファがゾロの定位置だ。
夏の間は、西日が当たると暑いだけだと言って、和紙製のブラインドがずっと下げられたままだったが、この季節になって、それは夜以外、上げられて、9階のこの部屋からは遠くの景色を望むことができる。
いつもそこに座って、空を見ながらぼんやり考え事をしている内に、彼はいつしか惰眠を貪る。

しかし、今日は眠れない。

それは、聞いてはいけないことを聞いてしまったこと。
そして、言わせてはいけないことを言わせてしまったこと。
それに対する激しい後悔の念が彼の心にあるからだ。

その言葉を強要したのは他ならぬ自分であるし、彼女は一緒に暮らし始めてからそんな様子を微塵も感じさせたことがない。
と言う事は、それを自分に知られたくなかったのだ。
それなのに、詰らぬ嫉妬心から遂に彼女の口からその言葉を言わせてしまった。
女なんだから、それがあって当然の筈なのに、自分の頭の中からその知識だけがすっかり抜け落ちてしまっていた。

その上、目の前の女が「それ」である、という状況が初めてで、つい彼女から体を離してしまった。
嫌だからではない。
触れてはいけないのだ。
それは、自分にないものだから?
よくわからないが、そこに触れてはいけない。
いや、触れてもいいものなのか?
むしろ、彼女にとっては毎月ごく当たり前に「その日」が来るものであって、当然のことなのだ。
だから事前に「驚くな」と言っていたではないか。

自分の不甲斐なさに肩を落とす。

笑って言えば良かったのだ。
「何だ、そうだったのか」「早くそう言え」と。

しかしもう取り返しはつかない。
彼女は自分の態度に傷ついたか、怒ったか───
いや、俯いて、寂しげな声で「出て行ってくれ」と言った。
傷ついているのだろう。

今ごろ、布団の中で丸まっている。
落ち込めば、必ずそうするからな、あの女は。



ゾロはそのままじっと空を見つめていたが、ようやく体を起こして、ナミの部屋のドアを少し躊躇ってからノックした。


「・・・寝てるわ」という声が聞こえる。
(起きてるじゃねぇか・・・)
つっこみたいところだが、今はそれよりもまず彼女に謝らなければならない。

ドアを静かに開けると、思った通り、布団を被って猫のように丸まっている。

「・・・悪かったな」

丸まっている彼女に手を置いて、ぽんぽんと布団の上から叩きながら謝ってみたが、返事はない。

「いや、てっきり怪我か何かと思い込んでて・・・」

これは言い訳だ。男らしくない。

「・・・悪い」

もう一度、謝るが、彼女はピクリとも動かない。
布団をそっと剥いでみる。

「寝てるのよ」
そう言いながらも、女の瞳はしっかりと開かれていた。

「起きてるだろ?」

ゾロは、困惑した様子で、声が優しくなった。

「今から寝るのよ」
そう言って、彼女はゾロの手に持たれた布団を奪い取ろうとする。
させるわけにはいかない。
これを渡したら最後、彼女はまた丸まって、今度はさっきよりも固く自分を拒むに違いないのだ。
「謝ってるじゃねぇか」
「いいわよ、もう。
 あんたは今日は和室で寝て」
「お前がそれで俺を許すって言うならな」
「・・・それが謝ってる人の態度?」
ナミが呆れたように言う。
「すんませんでした」ゾロは、ベッドに両手をついて、ぺこりと頭を下げた。

「・・・もう、本当にいいのよ。
 私だって初めから言えば良かったんだし・・・
 目の前で隠し事されて、気になったんでしょ?
 まぁ和室では寝てもらうけど・・・」
幾分、ナミの声が和らいでいく。
「・・・マジかよ」
「マジよ。大マジ。
 あのね、生理中の女の子はすごくイライラするのよ?
 あんただって、そんな私の部屋で寝て
 どうだっていいことで文句言われるの嫌でしょ?」
「そうしたら、抱っこ、だろ?テメェには。」

ゾロは、わかっているんだと言うように笑った。

「もう!すぐそうやって・・・」
「お、早速イラついてんのか?ほらよ!」
そう言って、彼が腕を広げた。

「・・・・・あんたねぇ」ナミは額に手を当ててがっくりと項垂れる。
「ん?」

それでも、ふてぶてしくも彼は腕を少し動かして、ナミを誘った。

苦笑しながら、ナミもその胸に擦り寄る。

「もう、わかったからには、我慢しないわ」
「あぁ?何を?」
「生理中に、いくらイライラしても、隠さなきゃって思って
 必死に耐えてきたのよ?
 だから、これからはイライラを隠さない!」
顔を上げて、ナミは嬉しそうに笑った。

「それはそれで怖ぇな・・・」そう言いながらも、ゾロはにやりと笑った。
「でもまぁ、こうする口実が増える、貴重な期間でもある、と・・・」
「エロいわ、ゾロ」
「あぁ。早くお前とヤリてぇからな」
「・・・本当?」

ナミがゾロの瞳をじっと見た。

「本当も何も、そうじゃなかったらここにいねぇだろ?」
「でももう、そんなつもりないんだと思ってた」
「じゃどういうつもりだと思ってたんだよ?」
「家がないから・・・かしら」
顎に一本その細い指を当てて考え込む様を見ると、本気でそう思ってたらしい。

「テメェ、本当にバカか?」

呆れた声に、ナミが頬を膨らませる。

「バカとは何よ。バカとは。
 だって、何も手出してこないのはそっちじゃない」
「そういう賭けだろうが?」

いよいよもって、ゾロの声が呆れ返る。

「あんたはそういう我慢ができるタイプじゃないと思うんだけどなぁ・・・」
「そんなに手ぇ出して欲しいなら、いくらでも要望に応えてやるぜ」
「それは駄目。まだ怖いわ」
「お前なぁ・・・そりゃ自分が怖ぇんじゃなくて
 ヤルことが怖ぇんじゃねぇか?」

ナミが目を見開く。

自分の気持ちがわからない・・・ゾロが好きなのか。
それとも、ゾロが好きでもないのに、ただ誰かと触れていたいだけで、それに近い感情を持ってしまっているのか。
その問題だと思っていたのだ。
けれども、今彼が口にした言葉に、もっと深い核心を突かれた気がした。

(それが・・・私の求めていた答えだとしたら?)

ゾロが、ナミの様子が変わったことに気付く。

「・・・何だ?」

「ゾロ・・・もしも・・・」

「あん?」

「もしも、そうだとしたら・・・どうする?」


そうだとしたら?
実はナミが自分を好きかどうかで踏ん切りがつかないのではなく、ただ初めての経験に怯んでいるだけだとしたら?

「そりゃ、押し倒す」

笑って、軽々と言ってのけた。

ナミは、その胸にまたぎゅっと自分の頬を寄せて、そのまま黙り込んで何か考えている様子だった。

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