全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル2:心を隔てるもの
PAGES→
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22



17 ナミの決心




「ウソップ、カヤちゃんは何時に来るって?」

正門から玄関へ続くアプローチの並ぶ露店の一つで、たこ焼きを焼きながらサンジは目をハートにしてその少女を今か今かと待ちわびていた。

「聞いてねぇけど、そろそろ来るだろ。
 それよりサンジ、アイツらどこ行ったんだ?」

サンジによって縛り上げられたルフィ以外のメンバーがそこにいないことに気付いて、ウソップは食材の入った箱を足元に置いてから、辺りを見渡した。
サンジの笑顔を見たいがために並ぶ女のせいで、人垣が作られたその露店からは、彼らの姿を認めることができない。

「ナミさんはチョッパーと一緒に校内見てくるとさ。
 マリモは眠いから裏庭で寝るんだと」
「おいおい、またかよ・・・」

ウソップは溜息をついた。
いつもなら、こんな時、ナミとゾロはお互い文句を言いながらも一緒に行動すると言うのに。
最近のナミは恐ろしいほど怒っている。
怒っていれば、大抵ゾロと口を聞かないと言うのに、今回は何故か普通に会話しているのだ。
だが、それだけにいつもの喧嘩と違う、と思わされてしまう。

皆で話している時、他の男達と話すように、ゾロにも話し掛けたり怒ったりはする。
そこがまずおかしい。
いつもなら、何だかんだとゾロに目を向けてるくせに、他の男と同列に扱っているのだ。

「今日の計画、どうなっちまうんだかなぁ・・・」
「俺は失敗すればいいと思ってるぜ。そんなクソ計画。
 はい、たこ焼き二つ、お待たせしましたねお嬢さん♪」
営業用スマイルを浮かべながら、サンジがそんなことを言う。
「そんなこと言って、お前だってあの二人心配なくせに・・・」
ブツブツと呟いて、ウソップはソースの補充を始めた。


+++++++++


くすくすと、女生徒達がその男を遠くから見て笑っていた。
今日は11月と言うのに気温が20度近くあって、陽射しも暖かい。
その中で気持ち良さそうに芝生の上で寝っ転がる青年は、今イーストブルー高校で影ながら人気急上昇中の彼だ。
麦わらクラブのメンバーらしく、ルフィ達とよく一緒にいる。
「校内にあんな人いたっけ?」という声から始まって、無愛想でもさりげなく重い荷物を持ってくれたりする彼は、一部の女子の心を掴んでしまっていた。

今も、二人の少女がカメラを構えて彼の寝顔を遠くから撮ろうとしているのだ。


(これだから、女は嫌なんだ)

青年は、目を瞑ってはいるものの、何となく自分の高校時代を思い出させるその笑い声が耳に付いて、イライラを募らせていた。
何か話したいことがあるなら、面と向って話せばいい。
それを数人でつるんで、遠巻きに人を見て笑ってやがる。
こっちが怒ればすぐ泣くし、寄ってたかって自分を悪者呼ばわりする。
鬱陶しいとしか思えない。
経験上、寝たフリが一番とわかって、彼は微動だにせずに目を瞑っていた。

この2週間───
彼は、少なからず苛立っている自分に気付いていた。
忙しいせいもある。
深夜のバイトを終えて、午前中寝たら昼のバイト。
昼は、一番忙しい12時から14時までしか働いてないものの、それでも一時間も寝ればすぐにイーストブルー高校まで足を運んで、肉体労働。
しかも、この労働に報酬はない。7時ぐらいまで作業をして、家に帰って風呂と食事。また少し寝たら、すぐにバイト。
こんな毎日が続いてきたのだ。
その上、この数ヶ月、一番近くにいた筈の少女は自分から離れていった。
ゾロは賭けに負けたのだ。
そしてその賭けの勝者は、当初の希望通り、ゾロを拒む権利を得た。
彼が触れることを許さないばかりか、態度も違う。
どこが違うとは言えない。
だが、今までのように心の内を曝け出していないのは確かだ。

覚悟していたことがやってきただけのこと。
自分から賭けという約束を破ったのだから、仕方ない。
だが、いくら自分にそう言い聞かせても、苛立ちばかりが募って、気持ちが安穏とすることはなかった。

気付けば、遠巻きに自分を見て笑っていた女の声がない。
ようやく彼女らが去ったことに気付いて、ゾロは目を開ける。

深緑の瞳に、青空が映った。


"───またこんなとこで寝てるの?"
腰に両手を置いて、自分を覗き込むナミの姿を思い浮かべる。

いつも、自分がこうやって寝ていると、大抵不満気な顔をして起こす。
それから、すぐに笑う。
体を摺り寄せる。

でも、そこまで。

それ以上の関係を望んではいけない関係だったから。

そしてその一線を越えようとしたゾロに対して、ナミは見切りをつけたのだろう。

何故、あの時唇を奪おうと思ってしまったのか。
自分を抑えられなくなったのか。
我慢できなかった。
彼女の心の闇が取り払われて、彼女の男性恐怖症はもう治っているとルフィに聞かされ、他の男に奪われる前に彼女を手に入れなければという思いが唐突に湧きあがったのだ。本当に彼女が大切なら、素直にそれを喜べた筈なのに。
ナミを好きなのだと思っていた。
だから、大切にしようと思っていたはずなのに、少なからず拠り所としていたものが消えて、急に不安に襲われた。
それは、間違いなく自分のエゴだ。
ナミを大切にしなければ、という思いはあの瞬間全くなかった。
最低だ、いつからこんな自分になってしまったのか・・・数え切れないほど呟いたその言葉が、また彼の胸の中で繰り返された。


「おいクソマリモ」

突然、頭上から不機嫌そうな声が降ってきた。
自分をその名で呼ぶのはたった一人しかいない。
見上げてみれば、案の定その特徴ある眉を顰めて、たばこの煙をゆらしながらその男が立っていた。

「食え」
そう言って、たこ焼きが入ったパックをゾロに投げる。

「テメェは店にいなくていいのかよ」
手でキャッチしたその熱いパックを揺らさないように片腕だけを支えにして、ゾロはゆっくりと体を起こした。
「交替の時間だ。クソ野郎」
黙って渡された物を食べ始めたゾロの隣から、少し距離を置いてサンジがその青い芝の上に腰を下ろした。

「・・・何だ?」
いつもは自分を見れば舌打ちするか、剣呑な目を向けるだけの男が、何故自分の横に座るのかがわからない。
口をもぐもぐ動かしながら、ゾロは怪訝そうな表情で彼を見た。

「・・・ナミさん次第か?」
ふぅっと煙を吐き出しながら、突然サンジが言う。
その言葉を聞いて、ゾロはまた手に持ったパックに目を向け、最後の一つを口に入れてから「そういうこった」と呟いた。

しばらくの沈黙の後、サンジが口を開く。

「こういう事ぁ本来なら俺の役目なんだぜ?」
「・・・・?何が言いたい」
「テメェがクソ馬鹿野郎だから
この恋愛経験豊富なサンジさんが教えてやるって言ってんだ」
「テメェ、喧嘩売りに来たのか?」
「あぁ?お前みたいなマリモ、殴るのも惜しい」
ゾロがぐっとサンジの襟元を掴んだ。
「イラついて八つ当たりか?」
サンジは、至極冷静にその怒りを隠そうとしない男を見る。
チッと舌打ちして、ゾロは手を離してまた芝の上に寝転んだ。


「さっきチョッパーが一人で帰ってきてな。
 ナミさん、男とどっか行ったらしいぜ」

ゾロは口を真一文字に結んだまま、ただじっと空を見上げている。

「今はこの学校もラブラブムード一色だからなぁ・・・」

それだけだ、と言い残してサンジが立ち去った後、しばらくして、頭をボリボリ掻いて立ち上がる男の姿があった。


+++++++++


「ナミとゾロはもう付き合ってないのか?」
隣で歩くチョッパーが突然そんなことを言い出して、びっくりしてしまった。
「初めから、付き合ってなんかないわよ」
それは、本当。
好きだなんて、わからないから。
だから今のような曖昧な関係を続けてきた。
ゾロだって、待つって言ってたのに・・・
それなのに、あの日のゾロは違った。
あの時ウソップが部屋に入って来なかったら・・・

ナミは、思い出してふるふると首を振った。

「でもナミはゾロが好きなんだろ?」
「またルフィがそう言ったのね?」

うん、とチョッパーが頷く。
ナミは額に手を置いて、はぁと大きく息を吐いた。
(何度言ったらわかるのよ。あのバカ!)

「だって、ナミはゾロと一緒に住んでるし・・・」
もじもじとしながら頬を染めるチョッパーは、何かいらぬ誤解をしているらしい。
「あのね、一緒に住んでても何もないのよ。
 付き合ってもないからそういう関係じゃないの。
 ゾロがそのルールを破ろうとしたから、
 今は距離を置いてるだけ。」
「じゃあ喧嘩してるんじゃないのか?」
「そうね。喧嘩とは違うわ。
 確かにきっかけは喧嘩だけど・・・
 ありがと、チョッパー。心配してくれたのね。
 でも、もう決めたから・・・」

少女はにっこり微笑んで、チョッパーの頭を撫でた。

「何・・・」
何を決めたのか、そう聞こうとしたとき、不意に後ろからナミの名を呼ぶ声が聞こえた。

<<< BACK +++++ NEXT >>>


全作品リスト>麦わらクラブメニュー
PAGES→
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22