全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル2:心を隔てるもの
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2 彼女の秘密




「とにかくね」

二人の少年の顔がおよそ原型を留めずに腫れ上がった頃、そうさせた少女はようやく気が済んだらしい。
話をまとめようと切り出した。

「私とゾロは恋人でも何でもないの。
 シェアメイトよ。ただの同居人。居候。
 あんた達が、私が男と暮らしてるだの、
 あいつらは付き合ってるだの、変な事言うから
 コーザ先生に奢ってもらったことまで
 うまくその話に溶け込んじゃうんじゃない。
 これから、私のことで何か聞かれたら
 絶対に口を開けないこと。
 ・・・わかったわね・・・?」

ナミの瞳が怪しく輝いたことに気付いた二人は、コクコクコクと何度も首を縦に振った。

「予鈴が鳴ったわね。そろそろ教室に戻りましょう。
 はぁ・・・あんた達と話してると頭痛がしてくるわ・・・
 ビビ、コーザ先生、邪魔しちゃって悪かったわね」
「まったくだ」
コーザはそんなことを言いながらも、笑顔を崩さない。
ビビも嬉しそうに微笑んだ。

二人の時間が失われたことに違いないが、この恋人達は、誰よりもナミの身近にいて彼女を心配してきた二人だった。
冷静に振舞っても、いくら元気に笑っても、その笑顔には常に翳りがあった。
けれどもナミはその胸の内を語ることは決してしない。
それだけに、見ているこちら側が辛くなるほど自分を追い詰めるナミに、何もできない自分を歯痒く思わされていた。
口に出したことはないが、彼らは昨年の夏から殻に閉じこもってしまったかのようなナミが元気になって欲しいと願っていた。
それ故、彼女が麦わらクラブの仲間達とこの夏、事件解決のために同居し始めた時、彼らは驚きを隠せなかった。
他人と暮らす───それが、校内でも親しい友人を作ろうとしないナミにとってどれだけの前進かと言うことを知っていたからだ。
そして彼女はその日から、目に見えて変わっていった。
ナミが抱えていた問題がどのような経緯で解決したか、それを麦わらクラブのメンバーは決して語ろうとはしなかったが、それが終わったのだと報告してきたナミは、年相応の笑顔になっていた。
そして、今も。
この少年達の前で素直にその感情を表現している少女を見て、恋人達は心底嬉しいと思ったのだ。

騒がしい3人が出て行ってから、二人を見詰め合って笑った。



「ナミ、明日は何時に集合だ?」
ウソップが腫れ上がった顔を摩りながら言う。
「そうね。
ちょっと気がかりな依頼があって受けようかどうしようか迷ってるの。
だから、明日は早めに来てくれる?」
「ゾロが今日バイトなら、昼過ぎの方が良くねぇか?」
「いいわよ。別に。
 後から説明すればいいだけなんだから」

ゾロというのは、ナミの家に暮らす19才の青年だ。
彼も麦わらクラブのメンバーで、フリーター。
以前は知り合いのコンビニ店長の店で深夜のみ、バイトをしていたのだが、最近は昼の忙しい時間もそこで働くようになった。
バイト代を全額ナミに預けても、酒豪のゾロの酒代はナミいわくそんなんじゃ足りないと言っては、借金としてナミにその返済を迫られた。そこで店長に頼んで昼のシフトも入れてもらった。今は平日に週5日、つまりナミが寝ている時間と学校に行っている間の数時間、仕事に出ているというわけである。
そんな二人の同居生活を、他の仲間達はお互い好きなくせにとか、もう付き合ってるんじゃないかと訝しむのだが、二人は口を揃えて、そんなことはないと言う。
彼らは、我慢比べとも言える賭けをしているのだ。
ナミがゾロをどんな気持ちで見ているのか、自分で心の整理がついたと思う時まで。
ナミがその迷う心に負けて、ゾロから逃げ出してしまったら、彼女の負け。
ゾロがその欲望に負けて、ナミに手を出してしまったら、彼の負け。
けれども二人でただ抱き合う時の充足感は他の何物にも替え難く、彼らは一緒のベッドで眠ることもあれば、ナミが甘えたいと言ってはゾロの膝枕で眠ることもある。
それ以上、先に進まない奇妙な関係に結ばれた二人。
それが、ナミとゾロだった。

もちろん、これは二人だけの秘密であって、一ヶ月共に過ごしていた麦わらクラブの他のメンバーも誰一人として知らない。
合宿と称したナミの家での仲間達の同居生活は、依頼達成と共に終わった。
しかし、その後、週末には全員がナミの家にまた集まって泊まって新しい依頼について相談したり、ただ飲んで騒いだりして、彼らは絆を深めていた。
一週間毎にゾロに会う度に、男達は「どうなった?」と聞くのだが、「いつも通り」という答えしか返ってこない。
それは、うまくやっているという意味でもあり、以前より進んだ関係にはなっていないという意味でもある。
彼らはそんな二人をもどかしく感じながらも、余計な世話を焼いてはいけないのだと、ナミには深く追求しなかった。
意地っ張りな彼女に、あれこれ口出しすることは逆効果だと誰もが知っていたからである。

今も、ウソップはゾロが寝ていることよりも、二人の時間を邪魔してはいけないのではないかという気遣いから、集合は遅い時間が良いのではと提案したのだが、ナミはあっさりと早く来いと言う。

(本当にお前ら、それでいいのかよ・・・)
ウソップは心の中のもどかしさを隠し切れず、ルフィと話しながら時折拳骨を喰らわせる少女の背中に、眉をひそめた。


三年生の教室は、受験生ということから一、二年生の教室とは別になっている。ナミが渡り廊下で彼らと別れてから、教室に向おうとしたとき、不意に後ろから「ナミ!」と声が掛けられた。
振り返るとそこには午後一番の授業の教師が歩いてくる。
「シャンクス先生、こんにちは」
ナミがにっこりと笑って挨拶した。
だが、彼は困ったような顔をして、片手を顔の前に置き「なぁ、頼みがあるんだけど・・・」と頭を少し低めにして甘えるような声を出した。

「・・・またなの?」
突然、ナミの愛想笑いが消えた。

「頼むよ〜。お前しかいないんだ!」
赤い髪を揺らしながら、その教師は、生徒に頭を下げた。

「シャンクス先生、給料日前ぐらい
ちょっとは自制しようとは思わないの?」

シャンクスと呼ばれた古文の教師は面目なさげに笑顔を向ける。

「来週の水曜が新型機導入なんだよなぁ。
 わざわざ給料日前にすることないよなぁ?」

この憎めない笑顔を顔に浮かべる教師は無類のパチンコ好きだ。
給料日前に客寄せのため出玉を増やすパチンコ店の策略に毎月体を疼かせ、生徒でもあるナミに金を借りるのだ。
もっとも、それを知ったナミが利子で儲けることを目当てに自分から持ち出した話ではある。
ナミは今月もまた金を借りたいと言うシャンクスに内心ほくそ笑んだが、表面ではいかにも嫌そうに振舞った。

「それがお店の策なのよ。
 私も今月は出費が嵩んでるのよね・・・」
わざとらしく顎に指を一本当てて、困ったように溜息を漏らしたナミを見て、シャンクスは慌てた。

「頼むっ!その代わり、儲けたら何か奢るから・・・」
「・・・そうね。私の友達にも奢ってくれるなら」
「任せろ。俺は絶対儲けるからな!」

その言葉に偽りはない。
事実、シャンクスはプロ並みの腕で、荒稼ぎをしているのだ。
だが、何に使っているかは知らないが、月が変わる頃には既に生活に最低限必要な金しか手元に残らない。
ナミにも約束の金利10%も含めて返済しているし、それがギリギリではあっても、返済が滞ったことがない。
彼女は一変して、花が開いたかと見まごうほどの笑顔を見せた。

シャンクスはほっとした表情になって、「じゃあ明日お前の家の近く行くから、そん時寄るかな」と明るい声で笑った。

「別にいいんだけど。私は儲かるしね。
 でも先生、そろそろ賭け事よりも
 夢中にならなきゃいけないことがあるんじゃない?」

「うん?何の話だ?」

教室への道を歩き出したナミを追いかけて、シャンクスが不思議そうに首を傾げる。

「恋人よ、恋人。もしくは奥さん。
 その年で一人身。しかも休日はパチンコ。
 寂しい・・・寂しすぎるわ・・・」
「はっきり言うなぁ。
 俺だって必死に頑張ってるんだぜ?」
「紹介料払ってくれるなら、いい人探してあげてもいいわよ」
「お前これ以上俺から金取る気か・・・?」

シャンクスは苦笑する。
そもそも、この学校ではバイトを禁止している。
生徒がお金を稼いではいけない、というものだ。
このナミという女生徒は以前から教師の間でも評判が高かった。
勉強は常にトップクラスを維持しているし、高校生にありがちな自分を見失ったバカはしない。
その上、去年家族を亡くしたと言うのに、健気なことに涙も見せない。
一人暮らしをすることになったと聞いて、大丈夫だろうか、と疑念を抱く教師は一人もいなかった。
彼女なら、大丈夫だろうと口々に言った。
教師達の予想通り、彼女は一人暮らしになったからと言って遅刻、欠席が増えることもなかったし、勉強が疎かになったこともない。
それどころか、生徒会長として生徒達をまとめあげ、生徒の鑑としか言い様がなかったのだ。
それ故、その彼女の唇から、利子をつけても良いならお金を貸してあげましょうか、という言葉を聞いた時は、一瞬自分の耳を疑った。
結局、金の誘惑に負けて、彼女と取引することになったが、それは彼女のバイト代を自分が払っていると言えなくもない。
その上、自分からまだ金を巻き上げようとする少女に、シャンクスは苦笑せざるを得ないのだ。

「それに、紹介とかじゃなくってだな。
 俺はこう・・・運命の出会いって奴の方が・・・」
「へぇ。先生って年の割にロマンチストなのね」
くすくすオレンジの髪を揺らして、小悪魔のように少女が微笑んだ。

「いいや、この年だからこそ
 そういうのを信じてるんだ。
 お前みたいな年だったらまだわかんねぇだろうなあ」
白い歯を見せて笑うと、彼女は存外だとでも言うようにその大きな瞳を彼に向けた。

「私もあると思ってるわよ?」

超現実主義の少女の口から出た言葉に、シャンクスは驚きの表情を隠せなかった。

「おいおい、ナミらしくねぇな。
 まさか、彼氏ができたとか言うなよ?」

「ふふっ!ご想像にお任せするわ」

彼女は意味深な笑みを浮かべて、教室へと入って行った。


(ナミをモノにした男か・・・)
顎に手を当てて、それを想像するが、イメージが湧かない。
首を捻って色んな想像を逡巡させていると、ナミがまたその顔をぴょこっと覗かせて笑った。

「だから、他人の事より自分の事が先でしょ?」

きゃははっと一層楽しげに笑って、ナミが教室に消えた。

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