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3 熱




その日、午後も四六時中好奇の目をひしひしと感じていたナミは、HRの前に頭痛に耐え切れなくなり、保健室へと向った。

「あら、ナミさん。
 まだ掃除の時間じゃない?」
ストレートの黒い髪を肩の下までおろしている目鼻立ちの整った女性が、保健室を掃除する生徒達に指示を与えながら、振り向いた。
「ちょっと頭が痛くって・・・薬が欲しいの」

初めは噂の話が耳に入るから頭痛を感じたのだと思ったが、午後の2つの授業を受けているうちにそのせいではないと気付いた。
頭は次第に重くなり、体が妙にだるく感じる。

「・・・頭痛だけかしら?」
保健医はナミがその手で、自らの体を温めようとしているのか、もう片方の腕を一瞬摩るような仕草を見せたのを見逃さず、棚から体温計を取り出した。

「季節の変わり目だから風邪をひいたのかもしれないわね」

「体温計が鳴ったら呼んでくれる?」そう言って、ナミをベッドに座らせてから、それを覆うためにカーテンを閉めた。

(熱があるようにも思えないけど・・・)
けれども、たまに微かな寒気が背筋を奮わせるのも確かだ。
大人しく言葉に従って、彼女はシャツのボタンを外して腋に体温計を差し込んだ。
ベッドに横になる。
固いベッドだが、それでも横になれば急に体が楽になっていくのがわかる。
目を閉じると、ナミは突然眠気に襲われた。
ふっと意識が遠のいたと思えば、突然ピピッという機械音にその眠りは妨げられた。
その音は、カーテンの向こうにいた保健医の耳にも届いたのだろう。
「何度だったかしら?」
そう言いながら、彼女がカーテンを開ける。
シャツの中から取り出した体温計を見て、ナミはくらっと眩暈を覚えた。

38.4

その数字を見た途端、突然言いようもない寒気や関節の痛みが彼女を襲った。

「あらあら。やっぱり風邪かしらね。
 今、高熱が出る風邪が流行ってるのよ」
保健医はその体温計を見て、風邪薬と水をナミに渡して、困ったわ・・・と呟いた。

本来なら、生徒がここまでの高熱を出せば、保護者に迎えに来てもらう。
だが、ナミはこのイーストブルー高校で唯一、一人暮らしをしている生徒であるということは校医である彼女も知っている。

「いつもなら私が送って行くんだけど・・・」

「いいわ、ロビン先生。
 咳も出てないし、ちょっとここで寝ていればすぐに治るわよ・・・
 それに、用事ってアレでしょう?」
ロビンは困ったように軽く首を振った。
「気にしないで頂戴。
 仕事にプライベートをはさむつもりはないわ」
「駄目。ロビン先生が困ったら、私が嫌なのよ。
 寝てれば治るから・・・」

彼女が高熱のためにぼんやりとした頭の中で考えていたのは、家で彼女を待っているだろう男の姿だった。
ロビンがもし家の中まで上がったら、ゾロの存在がバレてしまう。
彼のことだ。包み隠さず、ロビンに全て話してしまうかもしれない。
それだけは避けなければいけないのだ。


ナミはロビンに優しく布団をかぶせてもらいながら、熱に浮かされているのだろう、上擦った声で言う。

「・・・わかったわ」
端正な顔立ちはふと優しく緩んで、頷いた。
まずはこの少女を休ませることが先決。
ロビンはそう思って、彼女の求める言葉を口にした。

少女はそれを聞くと、安心したように力なく微笑んで、あっという間に深い眠りに落ちた。


(と、言っても・・・あの状態じゃ一人で帰せるわけにはいかないわね・・・)
カーテンを閉めて、ロビンはしばし考えてから、掃除を続ける生徒達に「終わったら教室に戻ってね」と声を掛けて保健室を後にした。


+++++++++


「こりゃあ、熱いな」

秋から冬へと移り変わるこの季節。
6時を過ぎれば、保健室は電気を灯さねばならないほど暗くなっていた。
その部屋の中、ベッドに横たわる女生徒の額に手を当てて、赤い髪の男が眉をひそめた。

(昼間はあんなに元気だったのになぁ・・・)

迂闊だった。
辛いことがあればあるほど、いつも通りに振舞おうと元気になる少女だとわかっていたのに、それに気付かなかった。
俺も修行が足りないな、と呟いて、彼女の体を抱きかかえる。
その腕には、教室から持ってきた彼女の鞄も提げられていた。

放課後、ロビンに頼まれたのだ。
「シャンクス先生、ナミさんとよく話してらっしゃるでしょう?
 彼女、熱があるから車で家まで送ってあげてくれないかしら。
 今、保健室で寝ているわ。私は、今日用事があるから・・・
 これが保健室の鍵。こっちは彼女の鞄と・・・
 靴は、2号館の下駄箱に入れておいたわ。一番右上。
 じゃあ、よろしくね」
矢継ぎ早にそう言って、常に謎のオーラを身に纏う校医はすぐに立ち去った。

応とも否とも言う間もなく、シャンクスは仕方なしにテストの採点を済ませて、ロビンが持ってきた彼女の鞄を持って保健室へと向った。

保健室は二部屋ある。
一つは、診察や応急処置などをする部屋。
昔はここにベッドを置いていたらしいが、イーストブルー高校の生徒数が増え、校舎を増設したおかげで保健室の隣にあった非常勤講師のための小さな部屋が空き部屋となり、二つの部屋の間にドアをつけて、その部屋にベッドを置くことになったのである。
以前の講師室の扉は今は壁によってふさがれているため、元の保健室の奥に付けられた新しいドアから入って行くしかない。
ロビンがいつもいる応急処置の部屋の明りを付け、軽くノックをしたが、曇りガラスの向こうの部屋は暗闇に包まれていて、うんともすんとも返事がない。
寝ているのだろう。
ドアを開けてみれば、案の定電気のついていない部屋は、ロビンがつけておいた暖房だけが効いていて、一つだけカーテンに覆われたベッドがあった。

カーテンを開ければ、眉をひそめて荒い吐息を漏らす少女がいる。


保健室のあるこの2号館は、視聴覚室、図書室、生徒会室が3階に。
化学実験室や化学準備室、受験生のための自習室が2階に。
そして1階に保健室と家庭科実習室、調理実習室がある。
保健室を出て、鍵を閉めてから、隣の家庭科室の扉を開ける。
この時間、手芸部の部員と共に、家庭科教諭のマキノがまだいるはずだ。
彼女なら、面倒くさがることもなく、それを教員室の隅に備えられたキーボックスに保健室の鍵を戻してくれるだろう。

「あ、シャンクス先生」
おそらく部長なのだろうか。
たしか2年生の教室で見た憶えのある顔の女子生徒が駆け寄ってきた。
彼の腕に眠る生徒会長の姿を見て、その足が固まる。

「おぉ、この鍵さ。マキノ先生来たら渡しといてくれねぇか?
 俺ぁこいつを家まで送ってかなきゃなんねぇから」

「は・・・はい」

何故かその生徒はシャンクスと目を合わさずに鍵を受け取ると、部員達の元へ戻り、ひそひそと話し始めた。
シャンクスは、女は噂好きだからな、と気にも留めずに車へと向う。

ロビンが用意してくれた靴を手に取った。
その瞬間、ナミの上履きを保健室のベッドサイドに置きっぱなしにしてしまったことを思い出す。
踵を返して、家庭科室のドアを開けようとしたとき、その声が聴こえた。

『シャンクス先生が、噂の相手だったんだ』
『でも、あの先生にマンションが買えるの?』
『おごりそうもないわよねぇ』

・・・はて。
よくわからないが、自分が貧乏であると言われているのは確かだ。
ガラッと扉を開ければ、女生徒達ははっと息を呑んで黙りこくってしまった。

「悪ぃが、保健室に忘れ物してな」
そう言う赤髪の教師の顔には満面の笑みが浮んでいる。
女生徒達は、自分たちの会話は聞かれなかったのだろうと胸をなでおろして、その中の一人が鍵を持ってくる。

「サンキュー。
 で、噂って何だ?」

一同、驚きで目を丸くする。

「何でも・・・」
「おいおい、そりゃねぇよ。
 人を貧乏人みてぇに言ってたじゃねぇか」
追求しながらも、シャンクスは笑顔を崩さない。

怒ってはいないようだと気を許して、部員達は口々に自分の知る限りの情報をシャンクスに教えた。



(本当に男がいやがったのか・・・)
彼女を送る道すがら、後部座席で苦しそうに吐息を漏らすナミをバックミラーでちらりと覗き見ながら、シャンクスはさっき聞いたばかりの彼女の噂を思い出していた。
このナミが男と同棲していて、しかも不倫。
男はマンションをナミに買ってあげて、夜には家に戻ると言う。
シャンクスとしては、ナミが住むマンションは、家族が買って用意したということを、学校に挨拶に来たノジコの話を聞いた当時の担任から聞いたことがあるので、その噂がデマということはわかる。
だが、火のないところに煙は立たないと言うではないか。
ナミに男がいる。
そこまではかなり信憑性が高いとも思う。
そうでなければ、この品行方正を貫く少女にそんな噂が立つはずもない。

この女を手懐けた男か。早くお目にかかりたいもんだ。

多少の期待感を胸に、シャンクスは車を走らせた。

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