5 容態
体が熱い。
そうだ、熱があるんだった。
そう思って、目を開けた。
(・・・私の部屋・・・?)
ゆっくりと体を起こす。玄関で声がしたみたいだ。でも、それもよくわからない。何故私はここにいるのだろうか。確か、保健室で寝ていた筈なのに。ロビン先生が送ってくれた?じゃあ、ゾロのことがバレたのかしら。
体は、鉛のように重い。
歩けるかな、と思ってそっとベッドから降りて立ち上がると、ナミの目に映っていた部屋がぐにゃりと歪む。
(これは本当にヤバイわ・・・)
呼吸をするたびに、衣服が触れている肌がピリピリと針で刺されたように痛い。
体を動かせば、体を繋ぐ関節がだるい。
それでも、もしゾロが余計なこと喋っていたら・・・と思い、彼女はドアを開けた。
「・・・・ゾロ?」
発した声は、自分でもびっくりするほど掠れている。
彼は、私が寝ていると思ったのだろう。驚いた顔で振り返って、私の名を呼んだ。
「ナミ」
ゾロは、寝ている筈の彼女の声を聞いて、慌てて振り向いた。
見れば、彼女はさも辛そうに電話台に手を置いて苦しげな吐息を漏らしている。
「何で起きてくんだ、バカ」
「だって、さっき誰かと喋ってなかった?
ロビン先生が送ってくれたの?」
そう言いながら、ナミはどうしても体に力を入れることができなくなって、その場にぺたんとしゃがみこんでしまう。
「お、おい」ゾロがあわてて彼女に駆け寄った。
背中と膝に腕を回して、軽々と抱き上げる。
「・・・お前を送ってきた奴、シャンクスとか言ってたぜ」
それを聞いた瞬間、ナミの顔色が変わった。
「シャンクス先生・・・!?
ああ、もう・・・ねぇゾロ、何も言ってないでしょうね?」
「何もって・・・何が」
何となく面白い気分で、ゾロはナミを部屋まで運んで、その力の抜けてしまっている体を優しくベッドの上に横たえた。
「だから・・・あんたがここに住んでるとか。
私と・・・どういう関係とか・・・」
「言ったら何か悪いことでもあんのかよ」
彼は、片眉をあげて、腕組みしたままナミを見下ろした。
「言ったの・・・?・・・本当に・・・?
しかも、シャンクス先生に・・・」
あの先生にバレたら・・・
利子なしでお金貸せって言われるに違いない。
(数少ない収入源だったのに・・・)
ゾロが聞いたら、呆れ返るだろう理由でも、彼女にとっては重要なことに違いは無い。
ナミにとって、シャンクスは最も自分の弱みを見せたくない人間なのだ。
「・・・別に、付き合ってるわけじゃないって言っただけだ。
アイツは勝手に勘違いしてやがったみてぇだけどな」
フン、と鼻を鳴らして、ゾロがぶっきらぼうに答える。
何で、アイツだったら言っちゃ駄目なのかと思う。
「先生に」だったら、まだわかる。
それをわざわざその男の固有名詞を出してきたナミにゾロは少なからず苛立ちを覚えた。
「あんた・・・何で出たの?
チャイムが鳴っても、出ないでって・・・」
「・・・お前だと思ったんだよ」
彼はあらぬ妄想や最悪の状況を心配していた。
そこへ、チャイムが鳴ったのでつい通話ボタンを押してしまったのだ。
「私だったら、鍵使って開けるじゃない・・・」
そう言いながら、ナミはやはり辛いのだろう、腕で目を隠して、大きく息を吐いた。
「おい、辛いのか?」
腕組みを外して、ゾロはベッドに腰をおろした。
ナミはその間も辛そうに胸で荒い呼吸をしている。
上下に揺れる胸を見て、そう言えば着替えさせた方が良いのだったと、ようやく彼は思い出した。
そっと彼女の腕を外す。
彼女は目を伏せたまま、辛いに決まってるでしょ、と小さく呟いた。
その姿を見ると、ぶっきらぼうだった自分に酷く罪悪感を憶える。
(相手は病人じゃねーか)
そう思い直すと、彼は再びリビングに行って、冷却シートを手に戻ってきた。
そっと額にかかる前髪を払い、シートを当てるとナミの睫がピクリと動いた。
「・・・気持ちいいか?」
返事を出さず、代わりにナミはこくんと頷く。
ゾロはしばらくそんな彼女を見て頭をボリボリ掻いては腕組みをして、何かを考えていたように俯いていたが、意を決して口を開いた。
「着替えさせてやろうか」
ナミの瞳が半分だけ開けられる。
「いやらしいこと考えてるんじゃないでしょうね・・・」
そうでもないとも言い切れない。
ともすれば、裸で抱き合うのがいいらしいぞ、と言い出しそうな自分がいるのだ。
けれども、どこからどう見ても、辛そうな彼女に手を出すこともできない。
「テメェな、人の親切心は有難く受け取れよ」
「だって、ゾロだもん」
微かに唇の端をあげて、ナミは笑った。
「大丈夫よ。着替えるくらいならできるから・・・
パジャマ、そこの2段目に入ってるの。
取ってくれる?」
そう言って、ナミはベッドの足元に置かれたチェストを指差した。
ゾロは言われた通り、パジャマを取り出す。
それをナミに渡して、キッチンへ行く。
風邪と言えば、お粥だろうかと思って、鍋を取り出してみたものの、ご飯がない。
悲しい哉、ゾロはお米がどこに置いてあるのかすらわからないのだ。
しばらく物色しても、それらしい物が見当たらず、結局グラスに水を入れてそれを持ってまたナミの部屋に戻った。
ノックをしても、返事がない。
寝てしまったのだろうか、とドアを開けると、ナミは布団も掛けずにぐったりとベッドの上に横たわっていた。
「ナミ、水飲むか?」
ゾロが声を掛けると、ナミは頷いて体を起こし、その水を口に含んでまた横になった。
布団を被せてリビングに出る。
さて、どうしたものか。
時計を見ると、19時半。
自分の空腹にようやく気付いた。
この時間なら、スモーカーがそろそろ店を出る頃だろう。
ゾロは上着を掴んで、慌てて家を出た。
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