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7 看病




「ご馳走さま、ゾロ」
ゾロなら、2〜3口ほどでたいらげてしまうだろう量のお粥を味わうようにゆっくり食べて、ナミはようやく食事を終えた。

「お前、本当にそれで足りるのか?」
どう考えたって少ない。
酒を呷って、丼に目を向けながら彼がそれじゃ足りねぇだろ、と呟いた。

「いいのよ、ゾロが私に初めて作ってくれた料理なんだから。
 それだけでおなかいっぱい!」
ナミは心底嬉しそうな顔をして、ゾロの酒に手を伸ばした。

「お、おい。酒はやめとけ、酒は!」
慌ててそのグラスを奪い返す。
「あら、どうして?お酒で体を温めるだけじゃない」

その口調は、いつものナミだ。

「駄目だ。薬が効いてんだろ。大人しく寝てろ」
「いっぱい寝たし、体中痛くて寝れないんだから。
 第一、ゾロばっかり飲んでずるいわよ」
「俺ぁ風邪ひいてねェからいいんだよ」
「・・・じゃ、ベッドの隣で看病してくれる?」
ナミの声が急に甘くなった。
こういう時のこの女はヤバイ。
既に一緒に暮らし始めて3ヶ月。
彼女の気紛れには段々慣れてきた。

「あ、一緒に寝たいって意味じゃないわよ。
 ゾロに風邪うつしちゃうのも嫌だし」

てっきり、一緒に寝て・・・という意味だと思っていたゾロは、ガクッと頬杖ついていた手から顔を落とす。

「じゃあ、何しろって?」
「だから、ベッドの隣に座って看病。
 昔、よくやってもらったのよ。
 風邪ひいて熱出したら、ベルメールさんがベッドの隣にいるの。
 苦しくて目を覚ましたらベルメールさんがいて、
 すっごく安心したんだから」

ベルメールさん、と言うのはナミの育ての親らしい。
ナミ自身が育ての親、と明言していたので、産みの母親ではないらしいし、またナミの姉のノジコという女性もナミともベルメールとも血が繋がっているわけではないのだと、以前ナミに聞いていた。それでも、彼女らの結び付きは血の繋がった家族のそれよりもずっと強く、9月の初め、ルフィが夏休み中に当てた温泉旅行のペア宿泊券を使って、ノジコと旅行に行って楽しんできたナミは、ことあるごとに至極嬉しそうに思い出しては、ゾロにその話をした。

「寝るまでならな」
彼女の過去を知っているゾロに、願いを無碍に断ることはできない。
渋々ながらも彼女の言う通りにすることにした。




ベッドサイドにナミの勉強机から椅子を持ってきて、どっかりと腰を下ろす。
ナミは、顎の下まで布団をかぶって、そんなゾロを見ていたが、突然ふふっと笑みを漏らした。
彼が不思議そうに眉を一つ上げてナミを見下ろす。

「あんだよ?」
「ゾロ、お母さんみたい・・・あ、違うわね。
 ゾロは男だからお父さん。ゾロパパね。」
くすくす笑って一向に寝ようとしないナミの頭をくしゃっと優しく撫でて、ゾロが口の端をあげて笑った。
「じゃ、父親の言うことはよく聞けよ。
 おら、早く寝ろ。明日は奴らが来る日だろうが」
「ああ・・・朝来てって言っちゃった。
 ゾロ、後で電話して夕方か夜ぐらいに来てって
 言っておいてくれない?
 明日はゆっくり休みたいわ」
「わかった」
「ねぇゾロ、今日ね、学校で噂が広まってて・・・
 それによると、私は男と同棲してて
 その男とは不倫関係。
 このマンションは男に買ってもらったもので
 私はそいつに一流レストランで奢らせてるらしいわよ」

ゾロが困ったような顔をする。

「そうして欲しいのか?」

あまりに真剣な声で聞くので、ナミは噴出してしまった。

「誰もあんたにそれを求めてないわよ。
 そりゃ、そういうデートに憧れないこともないけど・・・
 あんたと一緒にどこか行くとしたら居酒屋ね。
 でもゾロはそれでいいのよ」

彼は、その言葉の真意がわからず、頭を掻く。

「誉め言葉か?」
「誉め言葉よ」

ふと、その時シャンクスの伝言を思い出した。
「おいナミ。シャンクスって奴・・・」
俺に意味深な伝言残していきやがった。一体、お前とどういう関係なんだと聞こうとして、ナミに目を向けると彼女は既に寝息を立てていた。

額に触ると、冷却シートの下からじんわりと熱が手に伝わる。
元気そうに振舞っても疲れてしまったのだろう。
しかし彼女は幸せそうに少し口元を緩ませて、穏やかな寝息を立てていた。
ゾロは、和室で寝ようかと考えたが、この寝顔をもう少し見ていたいと、腕組みしながら彼女の寝顔を見ているうちにいつしか椅子の上で眠ってしまった。


+++++++++


かくっと頭が動いて、ゾロは目を覚ました。

目を擦って今の状況を確認する。

ナミが、自分の隣にいてくれと頼んできた。
ああ、そうだ。それで彼女が話しているうちに寝てしまって、その寝顔を見ていた自分もいつしか眠りに落ちたのだと気付く。

ベッドに目をやると、ナミは少し布団をはだけさせて、子供のように無邪気な寝顔で寝ている。

(しょうがねぇな・・・)
苦笑しながら、布団を直そうと手を伸ばした時、ナミの唇が微かに動いた。



「・・・・ロ」

自分の名を呼んだように思う。
じっとその顔を見据える。
だが、彼女はまだ寝ているようだ。

寝言で俺の名前を呼ぶなんて、かわいいとこもあるもんだ、とゾロは満足そうに笑った。

一度そう思うと、どうも離れがたい。
本当なら今日は和室で寝ようと思っていたのだが、彼はもぞもぞとナミの隣にもぐりこんだ。
いつものように、腕枕しようと彼女の頭を片手で持ち上げて、もう片方の腕をその首の下に潜り込ませる。
優しく、その体を抱き締める。

彼女が楽になった、という言葉は嘘ではなかったのだろう。
随分熱が下がっている。
その細い体をぎゅっと抱き締めて、ゾロは彼女の存在を確かめる。

自分自身、熱を出すということはほとんどない。
風邪をひいたとしても、頭痛を少し感じて、微熱が多少出る程度かケンカで負った傷から熱が出るぐらいもの。
子供の頃から健康が取柄だった。
だから、高熱で苦しむ、という感覚がいまいちわからず、バイト先で熱を出して休むという奴がいたら、熱ぐらいで何をガタガタと・・・と内心バカにしていた。
だが、相当辛いのだろう。
いつも、多少体調が悪くても気丈に振舞うナミすらも足取りが覚束なかったのだ。
自分の考えが間違いだったと気付いて、最初ナミにも優しくできなかった自分を後悔し、共に暮らしていく中でそれを教えてくれるこのナミという少女に感謝したい気持ちになる。
ナミがいなければわからなかったこと。
例えばそれは、女に対して偏見を持っていた自分がいかに間違っていたかと悟るということでもあったし、女だから、守るべき存在であるということの意味を知ったことでもある。そして、自分は男で、男ではない女という存在がこの世にいる意味も、彼はナミと知り合って初めて知った。
相反しているようで単一の存在。
けれども、単一のように感じたところで、飽くまでも相反する存在なのだ。

だからこそ、女に惹かれる男がいて、男に惹かれる女がいる。

ナミに惹かれてしまう自分がいるように───


そこまで考えて、ゾロは胸元で眠る彼女はどうなんだろうと思う。

既に、賭けが始まって2ヶ月。
彼女は一向に態度を変えようとしない。
ゾロに甘えてきたかと思えば、つれない態度を取る。
それこそ猫そのもので、こちらがその体を腕に抱こうとすれば、するりと腕をすり抜けて、少し離れた場所から「今はそういう気分じゃない」とでも言いたげに不機嫌そうな顔をして振り向く。自分にそのつもりが無い時に限って、急に体を摺り寄せてきては、まとわりつくように「ゾロ、ゾロ」と自分の名前を呼んで、くだらない事を言っては一人で笑い、勝手に自分の側で寝てしまうのだ。

けれども・・・今の関係は心地良い。
心地良いから、自分の欲望を抑えてまでも、このままの関係を維持したいと最近では思うようになってきた。

(せめてキスぐれぇ)
そう思って、ゾロはふっと噴出した。
自分はただ欲望を満たすために彼女を抱きたいと思うのかどうか、わからなかったのではないか。
いや、もうその迷いはずっと前から消え去っていた。
好きだから抱きたい。
ゾロの気持ちは決まっていた。
後は、彼女を待つだけなのだ。
キスなんて簡単にできる。
それをしないのは、彼女の心が決まる前に手を出して、彼女に見放されることを怖れているからに他ない。
そんな自分があまりにも滑稽で、彼は笑ってしまったのだ。


「・・・んん・・・」

彼の息が髪にかかったのか、彼女が身を捩らせた。

「・・・ゾロ?うつっちゃうわよ・・・」
まだ夢見心地な様子で、しかしそれでも小さな声で彼を気遣う。

「俺とキスしてうつせば、お前の治りが早くなるぜ?」
そっと耳元で囁くと、彼女は「バカ」と呟いて、また寝てしまった。

今日も素っ気無く、拒まれちまった。
まぁそれもいいか、と彼もまた瞳を閉じた。

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