全作品リスト>麦わらクラブメニュー>麦わらクラブ依頼ファイル2:心を隔てるもの
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8 憂鬱




翌朝、カーテンの隙間から差し込んだ朝の光にゾロは目を覚ました。
いつしか、自分は仰向けになっていて、ナミはその胸に頭を乗せるようにして寝ている。
起こさないように、そっとその頭をどけて、彼は体を起こした。
昨夜、彼女が寝る前に仲間に連絡しておいてくれと言われたのを思い出したのだ。

まだ朝7時。
いくら朝に来ると言っても皆、家にいる頃だろう。
とりあえず、一番家が遠いチョッパーから順に、サンジ、ウソップ、ルフィと電話を掛ける。
仲間達は皆、ナミの体調を心配してすぐにでも駆けつけそうな気配だったが、ナミがゆっくりしたいと言っているからと言うと、渋々ながらも「じゃ、夕方に行く」と言った。
そういう奴らだ。

昔から、誰かとつるむのは嫌いだった自分でも、彼らといることに居心地の良さを感じる。
一人一人の信念が強い、ということもあるのだろう。
そして、仲間内で誰一人として誰を蔑むということもなければ、特別一人を立てるということもない。
彼らの中にいる自分は、ただ一人の人間として受け入れられて、特別視されることもなければ、軽んじられることもない。
皆が皆、お互いの意見に耳を傾け、お互いのために頭を悩ませる。
そういう彼らだからこそ、こんな自分でも同じ時間を共有しようと思えるのだ。


「ゾロ、皆どうだって?」
いつの間にか起きてきたナミが、ソファに座るゾロの隣にすとんと腰を下ろした。

「夕方来るってさ。
 お前は?治ったか?」

額に手を当てる。
寝てる間にはがれてしまったのだろう。
そう言えば、さっき見た時も彼女の額にあった筈の冷却シートは、そこになかった。

「熱はマシになったか?」
「うん。もう平気よ。
 ちょっとダルさが残ってるけど・・・」
「まだ辛そうじゃねぇか。寝とけ、バカ」
「寝すぎたからだと思うわ。本当にもう大丈夫よ。
 ゾロに任せておいたらキッチンが恐ろしいことになるし
 簡単にご飯作っちゃうから・・・」

それを言われると弱い。
昨日、湯で温めればいいだけのレトルト粥を作っただけで、あれだけキッチンを汚してしまったのだ。
今更ながらに凝った料理を作るサンジや、サンジまでは凝ってはいないが、それでもそれなりの料理を作るナミを尊敬してしまう。


少女は昨日よりもずっとしっかりした足取りで、居間を出て行った。

ふぁと一つ欠伸をして、ゾロはソファの上で腕組みしたまま、また瞳を閉じた。


+++++++++


(あぁ・・やっぱり・・・)
水を流す音と共に、ナミの心がずっしりと重くなっていく。

隣にいた男が、そっと自分の体をどかそうとするその力が、あまりに優しくてそのまま睡眠を貪ろうかと思った。
でも、その感触。毎月来る、この違和感に頭が冴えてしまって、彼が部屋を出た後に、むっくりと起き上がった。

トイレに来てみれば、案の定、生理になっていた。

しかも今日明日と仲間達がこの家に来る。
ゾロ一人なら、居間と廊下を隔てるドアを閉めれば、玄関の脇の収納スペースにこっそり隠しておいた生理用品をトイレの棚に補充したり、そのゴミの袋をしばって、洗面所のゴミの袋の中に入れてから、ベランダのゴミ箱にすぐ捨てればいいだけの話。
無頓着な居候は、全く気付かない。
けれども、仲間達がこの家に泊まれば、いつそのゴミを運んでいるところを見られるかわかったもんじゃない。

夏の間、彼らが滞在し始めた時は、もう生理は終わりかけていたから、ゴミも少なかったし、彼らが何時にどこにいて、何時頃家に帰るか完全に生活ペースを掴んでいたからやりやすかった。でも今回は違う。
今朝、それが来て、きっと昼頃には鈍い痛みや貧血も自分を襲うだろう。
二日目の明日なんて、考えるだけで気が重くなる。

たしか、先月の生理の時は、月曜日に来たんだった。
だから、やっぱりゴミが少ないのと、トイレに行く回数がほとんどいつもと変わらないのとで、冷や冷やしながらもその2日を無事にやり過ごした。

(それでも、今日はあの依頼の相談も皆にしたいし・・・来るなとは言えないわね・・・)
こういう時、麦わらクラブの仲間内に女が自分一人という事実が、何とも恨めしく思える。

大体にして、生理の前は体調を崩し易いのだ。
何故かは知らないが、風邪も引き易いし、お酒にも弱くなる。
昨日の熱も、生理前で体調を崩した結果、流行の風邪にやられてしまったものだったのだろう。
これは、風邪よりも生理のせいだ、と自分に言い聞かせて、その体に残る倦怠感を忘れることにした。

ゾロには怪しまれないように、収納スペースから予備の生理用品を、今日、明日で十分足りると思われるだけ出す。
と言っても、寒くなってきた今、ナミはもっぱらローライズジーンズを履く。
股上がかなり浅いので、それ用のショーツなどを身につけることができず、生理用品は主にタンポンとライナーを併用している。
ナプキン派じゃなくて良かったとそのゴミの量を思い描いてから心底安堵し、彼女はまたトイレに入り、棚にそれらを置いた。

次いで、バスルームにも誰の目にも止まらない所に隠すように置く。

昨夜、ゾロが脱ぎ捨てた衣類を洗濯機に放り込んで、スイッチを押そうとして手が止まった。

昨日の夜は寝込んでしまって、お風呂に入ってない。
今のうちにシャワーだけでも浴びようか・・・ゾロが怒るかな?
私の体のこと心配してくれたものね。

バスルームから頭だけ出して、ガラス戸の向こうにある部屋の気配を探る。
ソファに座ったままのゾロの緑の髪が見えた。
そこから、全く動かない。
寝ているのだ、そう判断して、ナミは一気に着ていた服を脱いでバスルームに入った。


「気持ちいい〜」
体を心地良く打ちつける温かなお湯は、体調が悪い自分を忘れさせてくれる。
ふと足元を見ると、お湯ににじんだ血が、すっと排水溝に流れて行くのが目に止まった。
体を動かし始めたから、出血の量が多くなったのかと思い、慌てて体を洗う。
出血量が増えたということは、痛みも増すということ。
早めに朝食を食べて、薬を飲まなければと思ったのだ。

5分ほどで体を洗い、出血を気にしてタオルを取ってから脱衣所ではなく、またバスルームに戻ってそこで体を拭いた。
正解だ。拭いている間に、1滴、2滴と足を伝って赤い物がバスルームの床に滴り落ちる。
ゾロにはわからないように、急いで服を着て、バスルームの扉を閉めてからドライヤーで軽く髪を乾かす。
多少乾かしてから、髪を後ろで一つに結ってしまえば、ゾロは気付かない筈・・・と思っていたら、バスルームの扉が開けられた。

「風呂、入ってたのかよ?」

いかにも文句を言いたそうな不機嫌な顔が、洗面所の鏡ごしにナミを睨みつけた。

「そうよ。・・・っていうか、ノックしてから入ってよ!
 私がもしまだ服着てなかったらどうするの?」
バレちゃったら仕方ない。
開き直って、逆にゾロを責めた。

「どうするって・・・嬉しい限りだがな」
顎に手を当てて、にやにやと笑うゾロ。

なんて、親父的発言なんだろう。
でも、彼がいくら口でそんなことを言っても、実際にはいくらでも自分の裸を覗き見るチャンスがあっても、それを活かしたことがない真面目さを兼ね揃えているということをナミは知っている。本当に、彼は自分を抱きたいと思っているのだろうかと疑問に思うぐらいだ。

「あんたね、顔いやらしくなってるわよ・・・」

「俺ぁ元々こういう顔だ」

左の眉だけを上げて、にやにやしている男に溜息をついて、ナミは使ったバスタオルを洗濯機に入れようとした。

「・・・怪我してんのか?」
ゾロが突然、怪訝な表情で聞く。
はっとして、手に持ったバスタオルを見ると、そこには先刻身体を拭いた時についてしまったのだろう、白いバスタオルに、赤く、水に滲んだ血痕が一つついていた。

「別に、怪我なんてしてないわ」
「じゃあそりゃ何だ」
つかつかと歩み寄って、それを確認しようとする無頓着なゾロを無視して、彼女はそれを洗濯機に放り込んでスイッチを入れた。
そんなナミをゾロは眉をひそめてじっと見据える。

「・・・何よ」
「何で、隠すんだ?」
「隠してなんかないわよ。洗濯しようとしてるだけじゃない」
「それが隠してるって言ってるんだろうが。
 お前、俺に隠し事してんのか?」
顎に手を当てて、じっとナミを見る。

本気で疑い始めてしまったらしい。
ナミの身体を上から下まで見て、どこに怪我があるのかと考えているようだ。

「・・・隠し事なんかないわよ。しつこいわね」
そう言って、ナミはゾロを置いてバスルームを出た。

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