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17 思わぬ忘れ物




「・・・何だと?」

「殺られる前に殺りゃいい」
静かにルフィの血を滴らせたナイフを握りなおして、その刃先をクロコダイルに向けて、ゾロがにっと口の端をあげた。

「ちょ、ちょっと!あんた私のことはどうでもいいっての!?」
まるで自分を見ていない男に向かって、ナミが言った。

「テメェは自分で何とかしろ」
一瞥もくれずにゾロが言う。

(な、何とかって・・・あんた、それでも男!?)

出す言葉もなくして、ナミが茫然と立ち尽くしていると、ゾロはゆっくりと歩いてサンジの横にあったナイフを足で蹴飛ばした。

「止まりなさい!」
ロビンの威圧するような声がゾロの動きを止める。
だが、ゾロはその声の主に目を向けようともせず、あくまでも鋭い眼光でクロコダイルを見据えていた。

「・・・ガキが。俺を殺るだと?
 テメェみてぇなガキに人を殺すことができるか?」

フン、と笑うクロコダイルにゾロが眉を一つあげて笑みを返した。

「あァ・・・できたけどな?」

「・・・・!?」

(何・・・?ゾロ、今何て・・・?)

その言葉を出そうとした時、突然ロビンの銃が床に落ちていた。

咄嗟に何が起きたのかとナミがロビンを見ると、銃を握られていた手から赤い血が滴り落ちている。
部屋の入り口には、いくらかこの部屋を守る者に殴られたのだろう。
口の端を切って、荒い息を肩でして、ナミとロビンを見ているウソップがいた。

足元を見ると、先ほどゾロが蹴り飛ばしたナイフが落ちている。

ゾロがウソップが来ることを知って、入り口へと蹴ったのだ。

(あ、あ、当たったぁ〜〜〜〜!!)

パチンコを使うことはあっても、ナイフを投げた経験などない。
震える手を懸命に抑えて、投げたその一本のナイフは、見事にロビンの手を傷つけて、銃を落とさせることに成功したのだ。

「ナミ!今の内に・・・!」
「う、うん!」
ナミがようやくロビンから離れて、ルフィとサンジに駆け寄った。

「ルフィ!サンジくん!!ノジコッ!」
声を掛けると、三人とも笑顔を見せる。
傷は浅いのか。いや、それでも早く治療した方がいい。
「ゾロ・・・!」

「・・・あぁ。チョッパー、アレ貸せ」
扉の後ろに隠れていたチョッパーがポケットからCD-ROMを取り出して、ゾロに向かって投げた。
ゾロは振り向きもしないでそれを受け取ると、ポンッとナイフを突きつけている相手の足元に放り投げる。
カシャン、と軽い音がして、それはクロコダイルの靴に当たって止まった。

「これで取引は完了だ。金輪際、俺らに手を出すな。
 それさえ手に入ればいいんだろ?」

言った途端、くるっと踵を返して、ゾロは既に部屋を出た仲間を追った。

「・・・ガキがっ!!!!」
今にも追ってきそうなクロコダイルの声の後に、女の声が微かに聞こえた。

(ロビン先生・・・ごめん!ごめんなさい!!)
ノジコに肩を貸して、ナミは心の中で何度も呟きながら、仲間たちによって倒された無数のクロコダイルの手下の体を乗り越えて、ようやく地上に出た。


真冬の寒い空気が否応なく肌に突き刺さるが、それに構っている余裕はない。
ひとまず、家に戻るしかないのだ。
「ノジコ、走れる?大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇだろ」
後ろからゾロが白い息を吐きながら声を掛けて、ノジコの前で背を向けたまま跪いた。

「ん。乗れ」

ノジコも素直にその背におぶさる。

(・・・な、何よそれ・・・?!)
自分だって、捕まっていたのに。
薬品を嗅がされて、一人、敵の中で窮地に立たされていたというのに。

(何で、ノジコにばっか優しくするの?)
ナミは姉を背負うゾロの背をぎろりと睨んで、頬を膨らませた。

一体どうしてゾロがここまでノジコに優しくするのか。
ノジコがナミの姉だから?
いや、家族だからと言ってご機嫌取りをするような男ではないと思う。
では何故?

(私に愛想を尽かした・・・とか・・・)

好きだと言わせたいがために、今まで彼を拒んできた。
それが裏目に出てしまったのだろうか。
もう、ナミへの気持ちが薄れてしまったのだろうか。

そういう賭けだった。
ナミが体を許したくなるか、ゾロがその欲求を忘れてしまうか。
だが、本当に欲を消したとしてもまさかその気持ちまで薄れてしまうだなんて、露ほども思わなかった。
そういう男だから、ナミはゾロを好きなのだと思えたのだ。

それだけに、今目の前で姉を背負って小走りに駆けていくゾロに裏切られたと感じてしまう。

(ゾロの・・・馬鹿馬鹿馬鹿っ!!!)
何度も繰り返して、ナミは零れ落ちそうな涙をぐっと堪えた。


++++++++++++++


「家の周りには誰もいねえみたいだな」
ウソップが一足先にマンションの入り口辺りを見渡して、木陰から見ていた仲間たちを手招きした。

ようやくナミの家に戻った時は既に短い針が2の数字を指していた。

「で、今日はどこで誰が寝るんだ?」
「どこで誰がって・・・」
ウソップとチョッパーはいつも通り、玄関脇のあの部屋だろう。
ルフィとサンジとゾロが和室で、ナミとノジコはナミの寝室で寝る。
それ以外に何があると言うのか?
不思議そうな瞳でナミがゾロを覗き込もうとしたとき、突然後ろにいたルフィが手を勢い良く挙げて、返事をした。
「俺!俺はこたつで寝るぞっ!!」
「こっ・・・?」
「俺もこたつで寝てみたいなー!」
ナミが聞き返そうとした瞬間、チョッパーも瞳をキラキラと輝かせる。
こたつで食べた鍋がルフィの言う通り、美味しかった。
何よりも皆で顔を寄せ合って暖かいこたつに座る楽しさに、チョッパーはすっかりやられてしまったらしい。
二人は玄関先で茫然としているナミを気にも留めずに走って居間の扉を開けるとすぐに右に曲がって和室に上がっていった。

「ちょ、ちょっと・・・こたつ・・・?」
「おい待て!俺もこたつに入れろー!!」

二人に追いていかれまじとウソップもナミを無視してこたつへと走って行く。
「テメェら!先着順じゃねぇだろっ!!」
サンジもそれに続く。

「・・・こたつって、何よ」
のんびりと仲間たちの背を見て頭を掻いていたゾロの服の裾を引っ張ってナミがようやく聞いた。
「あァ?・・・あ、テメェ知らねぇのか。
 買ってもらったんだとよ。テメェの姉貴に」
「ノジコが・・・?」

慌ててナミが和室へと行くと、6畳間のそこに、でんと大きなこたつが据えられて、仲間たちがそれぞれそこに入って暖を取っている。

「・・・な・・・」
何よ、と言おうとしてもあまりの光景にナミの口はパクパク開閉するばかりで言葉が出ない。
「ナミさんもどうぞ〜♪♪♪」
サンジがそう言って自分の隣の布団をめくっても、ナミはその場に立ち尽くして、ゆっくりと背後のソファに座る姉の顔を見た。
ノジコはそんなナミを見て、にっと笑う。
「あたしからのプレゼントだよ!
 有難く受け取ってよね」
「プ・・・プレゼントって・・・」

ようやく気を取り直して、ナミは、少年をきっと睨んだ。

「ルフィ!あんたねっ?」

「・・・ぐ───」
「ナミ、無駄だ。ルフィはこたつに入ったら
 食べ物を前に置かねぇ限りは起きてるこたねぇ・・・
 ・・・っていうか・・・俺も・・・」

そう言いながら、ウソップもコタツの卓上に頭を預けてうとうとと眠りに入ろうとした。

「ちょっと!何寝てんのよっ!!
 サンジくん、チョッパーまでっ!」

それぞれ既に瞼を閉ざしたまま、あやふやな返事をするばかりで瞳を開けようとしない。

「まぁまぁナミ、もうこんな時間だし、眠いのもしょうがないよ」
そう言って、ノジコも一つ欠伸をした。

「あたしはあっちの部屋で寝るから」
「え・・・っ?ちょ・・・ノジコ・・・!」
ノジコはナミの声も聞かずに、玄関脇の部屋へと入って行った。

「俺も眠ィ」
ゾロもナミに構わず、ナミの部屋へと入って行こうとする。

「ま、待ちなさいよっ!」
すかさずナミがドアの前に立って、彼を入らせまいと手を広げた。
「ノジコがいるのよ?今日はこんなとこで寝ないでよっ!」
「・・・昨日だって一緒に寝たじゃねーか」
呆れたようにゾロが言う。何を今更、とでも言いたげだ。

「昨日は、話してて遅くなったから・・・何となく・・・
 あんたも一時休戦だって言ってたじゃない!
 もう休戦する必要もないんだから。
 あんたは皆と寝ればいいでしょ?」
「あんな狭いとこで寝れるかよ」
ゾロは、つっけんどんに言い放って、ナミを力任せに押しのけ、寝室のドアを開けてすたすたとその中へと入って行った。

「ま、待ちなさいよ!
 私はまだ怒ってるのよ?」
ナミが今度はゾロが手にした掛け布団を引っ張って、彼の動きを止める。
「あァ?怒ってんのは俺の方だろうが」
「違うわよっ!私の方が怒ってるのっ!!
 大体ね、何よ?ノジコには優しくできて、私を無視して!」
「そりゃテメェが俺を怒らせたのが悪ィ」

ぐいっと布団を引っ張られて、ナミの体がよろめく。

「それだけじゃないわよ。
 さっきだって、私達のことなんか見もしないで・・・」

そこまで言ったナミがはたと言葉を止めた。

「・・・なんだよ?」
口を真一文字にして、ゾロが怪訝な表情を浮かべる。






「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!!!!」




深夜のGMパレス901号室にこれほどないまでの絶叫が響き渡った。

こたつで寝ていた仲間たちが目を擦りながら起き出してきて、皆がナミの部屋に入ってきた。

「どうしたんですか?ナミさん・・・」
「ナミ、何かあったのかぁ?」
一様に気の抜けた顔をして、彼らがその少女を見れば、彼女は顔を真っ青にして固まっていた。

「・・・ど、どうしよう・・・忘れてきちゃった・・・」

「「「「忘れてきた???」」」」


「・・・ジョニーと・・・ヨサク・・・」

一同が顔を見合わせた。

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