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2 校医の謎




「ロビン先生、生理痛がひどいんだけど・・・」
そう言って、保健室のドアを開けると、そこには鼻筋の通った端正な顔立ちの女性がいた。
「今日は特別寒いから冷やしちゃったのかしら?」
言いながらも、ロビンと呼ばれた校医は薬棚から錠剤を取り出して、グラスに入った水とそれをナミに手渡した。

ニコ・ロビン。
このイーストブルー高校で校医を勤めている28才の女性だ。
口数が少なく、けれどもスレンダーなスタイルを引き立たせるようなストレートの黒髪は、彼女にエキゾチックな雰囲気を与え、見る者に近づき難い印象を持たせる。
けれどもナミはこの校医が好きだった。

以前、家族を失い、姉と離れて一人暮らしを決めた頃、ストレスを溜め込んで頭痛や腹痛が多くなり、この保健室に度々訪れてはロビンがさりげなく励ましてくれた。
その頃のナミにとって、弱音を吐くことは罪であり現実逃避に他ならなかったが、何故かこの校医の前では素直に悩みを吐露してしまう。

ある時、いつまでも過去から抜け出せないナミをじっと見ながらロビンは「私とナミさんは同じね」と寂しげに笑った。

「同じ・・・?ロビン先生も、どうしても忘れられないことがあるの?」
「そうね。あるわ。今もそこから抜け出せない・・・
 いいえ、抜け出さない、が正しいかしら」

ふと思い出した噂は、ロビンは何があっても残業しないというもの。
5時になればすぐに学校を出る。
その後何をしているかは誰も知らないし、他の教諭ともほとんど喋らないため、以前よく保健室でロビンと話すと言ったナミに、シャンクスがひどく驚いていたのを覚えている。
この校医のプライベートに一体何があるのだろう?とナミが怪訝な表情を見せると、ロビンはそれを悟ったように、ナミにこっそり耳打ちした。

「ある男に捕らわれてるのよ」

「・・・?」

ナミが今度は目を開いて、一体何の話を・・?とばかりにロビンの顔を見ると、ロビンはにっこりと微笑んだ。

その後も、保健室へ行くたびに、少しずつロビンは励ましのつもりだろうか、ナミに少しずつ自分のプライベートについて話してくれた。

それによると、ロビンは数年来ある男の愛人という立場にいた。
親の借金の肩代わりとして売られたのだ。だが、金の返済はもう全て終わっているのだと言う。
ナミがでは何故その男と縁を切らないのかと尋ねると、ロビンはいつも決まって「何故かしらね」と寂しげに呟くだけだった。


その日、ナミは下腹部の痛みに耐えかねて保健室を訪れた。
いつものように薬をもらって、薬が効くまでベッドで寝てもいいとロビンが言うので、その言葉に甘えて上履きを抜いてベッドに上がったその時、ロビンが思い出したように言った。

「最近は人助けをしているらしいわね」
「うん、まあ・・・本当にお金が出てばっかりで何もいいことないんだけどね」
その問題は常にナミの頭にある。
人助けということと、メンバーの半数以上が高校生でバイトが禁止されているということ。
その上何かあるたびに集まっては、メンバーから集めた活動費からお金を出して飲み食いし、当面は財布との戦いなのだとナミは頭を抱えていた。

「じゃあ、私が依頼したら助けてもらえるのかしら・・・?」

いつになくロビンが頼りない声で呟くので、びっくりして「えっ?」と聞き返した。

ロビンははっとしたように顔を上げて、「何でもないわ」と言った。
「先生、もしかしてあの男と手を切りたくなったとか・・・?」
「・・・そういうのじゃないのよ。ごめんなさいね」
それ以上何も語らず、ロビンはベッドから離れた。


その翌日。
先日のロビンの寂しげな表情が気になって、依頼を受けると言って励まそうとナミは保健室へと向かった。

だが、そこにロビンの姿はなく、通り掛かった家庭科教諭のマキノに聞けば、突然学校を辞めたのだと言う。

ナミはロビンに預かった物があるから返したいという詭弁で彼女の連絡先を事務員に教えてもらったのだが、その電話番号から聞こえてくるのは『お客様のおかけになった電話番号は・・・』というアナウンスだけだった。




これは依頼とは言えないかもしれない。
けれども、ロビンが何かを抱えていたのは明白だ。
それをルフィ達、他の麦わらメンバーに相談するかどうかでナミは頭を悩ませていたのだった。


全て聞いた一同を沈黙が包んだ。

「そりゃ・・・依頼じゃねぇな。助けようにもどうにもできねぇ」
ウソップがう〜んと唸った。
「ロビンちゃんかぁ・・・謎の美人校医・・・あぁぜひお目にかかりたかったなぁ♪」
サンジは一人、エキゾチックな黒髪の女性を思い浮かべて、にやにや笑っている。
「なぁナミ。その男ってのがどこの誰かは聞いてないのか?」
チョッパーが聞くとナミは眉間に皺を寄せた。
「知ってるには知ってるけど・・・」

そこまで言って、またナミは黙り込んでしまった。

そんなナミにルフィが明るい笑顔を向けた。
「ナミ、受けようぜ。その依頼!
 だってロビンが困ってるんだろ?」

「・・・そりゃ私だって、ロビン先生には世話になったからなるべくならそうしたいわよ?
 でもそういうわけにもいかないの。
 多分、ロビン先生はその男って奴と何かあったのよ。
 でもいくらそれを突き止めたくても、ロビン先生の男っていうのがね・・・
 マフィアなのよ。ドン・クロコダイル。有名でしょ?」

「マフィア!?そりゃ駄目だ。無理だ。不可能だ!
 いくら何でも俺達みたいな高校生が首をつっこんじゃいけない世界だ!!」
その言葉に、ウソップが真っ青になって首を振った。

「俺ァ高校生じゃねぇが」
「俺もだぜ」
ゾロとサンジが言うと、ウソップがテーブルをばんばん叩いて目を吊り上げた。
「お前らだって、2年前は高校生だっただろうがっ!!
 いいか、マフィアって言ったらな、銃とか持ってやがんだぞ!?
 いつもの喧嘩じゃねぇんだっ!
 お前ら命が惜しくねぇのかっ!!!」
「何だ?ウソップ、怖ぇのか?情けねぇなー」
ルフィが笑うと、ウソップはその胸座を掴んで彼の頭を激しく揺さぶった。
「お・ま・え・は・なー!!!
 クロコダイルっつったら世界中に幅利かせてるマフィアの頭じゃねぇかっ!
 怖くないわけねーだろうがっ!?」

「俺たちは麦わらクラブだぞ。
 困ってる奴がいたら、助けるんだ!」

「ウソップ、諦めろ」
ゾロが溜息をついて、未だ蒼ざめるウソップに言った。
ルフィがこうなってしまっては止まらない。
そのことは、幼馴染として生まれた時からルフィの近くにいたウソップが一番良くわかっている。
白い歯を見せて嬉しそうに笑う幼馴染と対照的に、ウソップは部屋の片隅でいじけてしまった。


「でもね。ルフィ。
 今回は本当に危ないと思うのよ。
 だから、絶対に一人で無茶しちゃ駄目よ。
 それだけは約束して」
ナミがそう言うと、ルフィがおぅ!と元気良く答えた。

そんなルフィを見て、ようやくナミの口元が少し緩んだ。

「じゃあ・・・まずは、クロコダイルの情報が必要ね。
 ねぇゾロ。ジョニーとヨサクに頼んでくれない?
 あんたから頼んだら、無料で調べてくれるんじゃないかしら」
「あァ」
「情報が手に入るまでは、待機ね。
 とりあえず、今日と明日は他の依頼を片付けてもらうわ。
 一つはクリスマスケーキの作り方を教えてもらいたいって子が多いの。
 明日、この家に集まってもらうようになってるからサンジくんお願いね」
そう言って、住所を書いた紙をナミがサンジに渡した。
「まっかせてください♪」

「もう一つ。これも明日ね。
 教会のクリスマス会の準備に人手が足りないんですって。
 大体2〜3人いればっていう話だから・・・
 あんた達言ってくれる?」
年少組3人が大きく頷いた。
「クリスマスかー。俺はな、チョッパー。実はキリストに会ったことがあって・・・」
「すげぇなーウソップは!!」
「クッキーの試食とかやってもいいのか?ナミ」
ゴツンッ
「そんなことするわけないでしょっ!?
 いい?あんたが明日少しでも何か食べようとしたら
 麦わらクラブの存亡に関わると思いなさいよっ!」
ナミの剣幕に、ルフィは深刻そうな顔でコクコクと頷いた。

「俺は何すればいいんだ?」
「・・・あんたって、筋肉以外に使えないのよね。
 私は明日、依頼されてるセーターを仕上げたいし・・・
 とりあえず、ジョニーとヨサクと連絡取ってくれればそれでいいわ」

ゾロはボリボリ頭を掻いてつまらん、と呟くと、リビングのソファに行って寝てしまった。


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