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25 LastSmile

 
体が震える。
走っている筈なのに、足が前に進んでいる感覚がない。
目を開けていられないほどの熱気に包まれているのに、背筋にぞくりと悪寒が走る。
吐き気と眩暈で今にも倒れそうな自分がいる。
(熱い・・・熱い・・・ベルメールさん、守って・・・───!!)
呟いて、ナミは口に手を当てて、その中を進んだ。
爆発があったのは壁際の辺りか。
炎も壁を伝って大きく成長しているが、中央の荷が置かれていない道はかろうじて歩ける。
煙をなるべく吸わないようにしてようやく奥の階段に辿り着いた。
手すりを持つと、あまりの熱さにナミは体に電流でも走ったかのような感覚に襲われる。
「ルフィ!!」
そこにいる筈の少年の名を呼んだ。
煙に捲かれてはいるものの、まだ火はここまで来ていない。
煙が染みてナミの目に涙が浮ぶ。
視界がぼやけて、その少年の姿を確かめることができない。
だが、その奥の部屋・・・ナミが閉じ込められていたその部屋の扉が、ギィと音を立てて、閉じられた音が聞こえた。
(まさか、クロコダイル・・・?)
慌てて階段を駆け上って、駆け出そうとしたとき、ナミは何かを思いっきり踏んづけた。
「・・・むぎっ!!」
情けない声は間違いなくルフィだ。
しゃがみこめば、荒い息で咳き込む黒髪の少年がいた。
「ルフィッ!あんた、大丈夫なのっ?!
  ねぇ、奴はどこ・・・?先生は・・・」
「・・・ハァ・・・ハァ・・・ナミか?
  奴なら倒した・・・ハァ・・・でも、俺力が入んねーんだ・・・」
ナミがはっと息を呑んだ。
ルフィの手が血まみれになっている。
「ルフィ!あんた、刺されたのっ?!」
「・・・それが、俺もよくわかんねぇ・・・
  あのワニ野郎を倒したんだ。そしたら、後ろから・・・」
慌ててルフィの紺色のダッフルコートを脱がせて、傷口を確認する。
服を捲り上げると、細く、筋肉で引き締まった脇腹を背中から貫通した刺し傷があった。
「ナミッ!!」
その時、煙の中からゾロが姿を現す。
「ゾロ、ルフィが・・・!」
ナミが一言言うだけでゾロは状況を掴んだらしい。
ルフィの体を軽々とその肩に背負い、ナミの腕を引いてまた入り口に取って返そうと踵を返した。
もう時間はない。
今通ってきた道もあと数分もすれば炎に捲かれて、完全に脱出口がなくなる。
急がなければ・・・そう思ったゾロが歩みだそうとしたとき、ナミが腕を振り払った。
「・・・・・・」
無言のまま、ゾロが彼女に顔を向けると、ナミは瞳いっぱいに涙を溜めて、首を振った。
諦めろ、と言おうとしたゾロを置いて、ナミは煙の中に姿を隠した。
「おい・・・・っ!」
(馬鹿野郎・・・ッ!!)
呟いて、ゾロが彼女を追おうとして、肩に担いだルフィに目をやる。
傷はそう深くない。
クロコダイルと何があったかは知らないが体力を消耗しているところに、思い切り煙を吸い込んだのだろう。
一酸化炭素中毒だろうか。
ルフィの体がどんどん重くなっていく。
ゾロはチッと舌打ちをして、ポケットをまさぐった。
(あった・・・!)
何とはなしに、出かける前にポケットに突っ込んだ黒いバンダナを取り出し、それをルフィの口に当てて、バンダナの端をルフィの後頭部できつく縛った。
(これでちょっとは凌げるだろ・・・)
「ナミ!30秒だけ待ってやる!!」
そう言ってゾロは手を口で覆ったまま、ナミが消えた方をじっと見ていた。
 
「先生ッ!」
搾り出すような声で叫んで、ナミはそのドアを力任せに叩いた。
「先生、開けてっ!もう逃げなきゃ・・・ッ!!」
そう言って、ドアノブに手を掛けようとすると、あまりの熱さに手を一瞬引っ込めてしまう。
そうしている間にも倉庫内部にはどんどん火が回る。
炎が酸素を食いつくそうとしているのだろう、呼吸すらも苦しい。
「先生・・・っ!!」
「・・・ナミさん、逃げなさい」
火の粉がパチパチとはぜる音の中、その声は確かに聞こえた。
「先生・・・いるのねっ!?」
ナミはまた力強くそのドアを叩いた。
薄っぺらい扉は、ナミに叩かれるたびに、ガンガンと鳴り響くものの、決して動こうとはしない。
その時遠くからゾロが叫んでいる声が聞こえた。
だが、それに返事する暇もない。
もう自分達も早く逃げ出さないと危ないことぐらいわかっている。
「先生、何で・・・」
「ナミさん」
薄い扉の向こうにロビンの気配がする。
けれども、彼女は決してその姿を現そうとしない。
ナミの頭に、ロビンの顔がよぎる。
白衣を着て静かに笑うロビン。
自分が落ち込んだ時に、さりげなく励まし続けてくれた。
どれだけ、感謝をしているかも伝えていない。
「ロビン先生・・・開けて・・・ッ!!!」
「ナミさん・・・あなたは逃げなさい」
「嫌よっ!先生が出てこなかったら私もここにいるわっ!」
「・・・私はもういいの。ありがとうナミさん。
  ルフィくんにも悪いことしちゃったわね・・・
  でもあの子の事だから、力づくで止めようとするでしょう?」
ふふっと扉の向こうでロビンが笑ったような気がした。
それほどロビンの声色が落ち着いている。
「先生、逃げよう・・・!死のうとしないで・・・!!」
「ナミさん、あなたはまだ戻れる。
  辛い過去にもう囚われていないあなたなら・・・
  でも私はもう戻れないわ」

金髪の青年に連れられて倉庫の外に出ると、その新鮮な外気にロビンは不意に気付かされた。
ここは、違う。
私が居るべき場所ではない。
何よりも、あの男に支配され続けた自分が、真っ当な人生に戻れるわけがないのだ。
そこにあるのは愛ではない。
男を愛しているなどと思ったことはない。

けれども・・・───

「先生ッ!ロビン先生・・・ッ!!」
「・・・情・・・かしらね・・・」

自嘲するように口の端をあげて、ナミの声を遠くに聞きながら、ロビンは気を失ってしまっているその男を見た。
この男が死ねば、とどれだけ思ったことだろう。
身も、心も、僅かに残ったプライドすらもこの男に蹂躙された6年間───
だがいつしか彼女も男の作った泥沼にその身を浸しきっていた。
その身にまとわりつく泥が心地良く感じるほどに・・・・・

「あなたの最期は、私が見届けるわ」
届かないその言葉を男に掛けた時に、ドアを叩く音が止んだ。
(そうよ、あなたは早く逃げて。ナミさん・・・───)
すっとロビンが目を伏せた瞬間、ドアの横に据え付けられた窓ガラスが叩かれる。
ガラスとて、倉庫の壁を伝ってきた熱でかなりの高温になっているというのに、ナミはその手を赤くして、そこに手を置き、ロビンの名を叫んだ。
「ロビン先生・・・ッ!!」
埃で曇っていたガラスの一部分。
自分がこの部屋に入れられた時にコートの裾で擦って見えるようになったその一部分から、ナミは懸命に部屋の内部を探ろうとしていた。
「先生・・・」
呼ぶ声が掠れていく。
「・・・何で・・・?」

ロビンはナミの姿を見つけて、ゆっくりと窓の前に立った。
そしてナミの掌をガラス越しに包み込むようにそっと自分の手をそこに置いて、ナミと向かい合い、そして静かに笑った・・・───
 
「ナミ、もう限界だっ!!」

ゾロの声がしたかと思うと、途端にナミの体はゾロの脇腹に担ぎ上げられていた。
「嫌・・・ッ!!ゾロ!下ろして・・・先生が・・・っ!!」

たった数mmの、薄いガラスの向こうにロビンがいる。
あれを割れば・・・割れば、先生をあそこから引き摺り出せる・・・!!
「先生ッ!ゾロ、お願い!!先生を助けて・・・ッ!!」
ナミが溢れる涙を隠すことなく、うめくように自分を抱えるその腕にしがみついてゾロに懇願した。

「・・・時間がねぇ・・・!」
あのドアなら蹴破ることも可能だ。
ガラスだって、容易に割ることができるだろう。
だが。
もしもあの女が抵抗したら・・・?
その時間のロスで、逃げ遅れたら、自分だけではない。
ナミも、ルフィも命を落としてしまう。
ゾロは歯軋りをして、暴れるナミをものともせずに炎の中を駆けて行った。
 
「先生ッ!先生───ッッ!!!」

最後に対峙した瞬間、優しく笑ったロビンの口元が微かに動いた。
あれは確かに、その言葉を言った。
(・・・『さようなら』なんかじゃないっ・・・───!!)

喉が枯れるまで、ナミは叫びつづけた。


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