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18




職場でコニスはデザイン部に属している。
ナミが企画に携わっていたときに衣装の打ち合わせなんかでよく話すことがあって、次第に仲良くなっていったのだが、一言で言えば真面目な女性だった。
少しでも恋愛の話でもしようものなら真っ赤な顔になって恥ずかしい、恥ずかしいと言うし、仕事の面でもゆっくりと、しかし着実にナミの望むデザインを仕上げて、彼女の手がけたドレスはどれも縫製がしっかりしていて一切の落ち度なく顧客に渡せるものだ。社内での評判も良く、むしろ彼女の欠点は何かと探すことが至極難しい。

そんな女性だ。

その彼女に降って沸いたワイパーの浮気疑惑なんて、あの晩彼らの姿を見ていない者なら口を揃えて「そんな筈はない」と言うだろう。
目の当たりにした自分にしたって信じられないのだから。

彼女にそれを問い質してみたいのに、なかなかチャンスが巡って来ず、いや、もしかしたら聞くことに対して臆しているのかもしれないのだが、とにかくもう1週間が過ぎた。世間で五月病も激しくなっているのかどうかもわからない。
来月のジューンブライドのシーズン到来に向けて、メリーブライダルコンサルティングはまさに目も回る忙しさに社員全員が顔を合わせれば頑張ろうと口癖のように励まし合う。一年の内で最も忙しい季節になったのだ。
もちろん、この前準備の季節が終われば今度は挙式ラッシュで休みだって一体何日貰えるかわからない日々がやってくる。

忙しいのだから仕方ないと一日が終わるたびに自分に言い聞かせては溜息をつきながら帰っていくナミに、部下のビビはついにそれが続いて1週間が経った時、「何か心配事があるんですか?」と躊躇いがちに訊いた。

「心配事?何もないわよ。」
確かにそうやって答えるナミの声も顔もいつもの通りなのだが。
どうも様子が変なのだ。
そもそも、仕事中には無駄な動きなんて一切しないナミが時折席を立って他の部署に行く。
だが毎朝恒例となっている業務報告ではその必要があるとも思えないし、何よりナミはこのところ毎日残業を繰り返しているのに愚痴一つこぼさない。
以前なら仕事を進めながらも「早く帰りたいわ」なんて言葉の一つもぽろりと零していたのだが、ただ黙々と仕事を片付けている。
差し入れだと言って、ロビンがシュークリームを持ってきてもそれを喜んでからそのシュークリームを見つめて「これがきっかけになるかしら・・・」とぶつぶつ呟いていた日もあった。

「心配事じゃなくても、何かあるんでしょう?ナミさん、最近何だか変・・・」

「変って・・・んん、そうね。ま、あんたは一緒に仕事してるし・・・私だってわかってるのよ。でもすぐに解決する予定だから気にしないで」

「あのっ・・・私・・・私で良ければ、お手伝いさせてください。もうそろそろ一ヶ月ですし、ナミさんばかりに負担してもらったら申し訳ないんです!」

てっきり自分には言えないような仕事にナミが頭を悩ませているのだと思い込んで、ビビはそういってデスクの上にその小さな手をついてナミに詰め寄った。

「いやね、ビビ。仕事のことじゃないわよ」

苦笑しながら答えて首を振ると、可愛い部下は拍子抜けしたようにきょとんとした瞳を瞬かせた。

「でもあんたにそこまで言わせちゃったのは悪かったわ。ダメね。もう少ししゃきっとしないと」

うん、と一人得心したように頷いてナミは手元のファイルをぱらっと開く。
そんな上司に首を傾げながらビビが自分のブースへと戻ろうとした時、外線からの着信を知らせる電話が鳴った。

「あ、わ、わたしが・・・」

少しでも上司の役に立とうなんてさっきまで息巻いていたものだから、その気持ちが先立ってビビは慌てて自分のデスクにある電話機へと駆け寄ってその電話を受けている。

(ホント、ダメね・・・)

プライベートなことは仕事に持ち込まない主義だったというのに。
それもこれも、今、自分の頭を占めている彼女が同じオフィスにいるというのが最大のネック。
デザイン部の彼女のことならば尚更、自分よりもずっと今の時期は忙しいだろうし、そのうち衣装部から手伝ってくれなんて声が掛かればその時にでもコニスと仕事帰りに食事でも一緒にして、あの事訊けばいいか知らんなんて思ってしまってはもう体はじっとしていられなくて、仕事を手伝ってくれないかと衣装部が自分に声を掛けやすいようにその部署の前でうろうろとしてはみたのだが、彼らの忙しさはどうも自分の想像を絶するようで誰一人として自分の姿に気付く者はいない。
たまに開くドアから出てきた同僚に挨拶をしながらその部屋の中をちらっと見れば、コニスの薄い金髪が忙しなく働いている社員の間にあって、あぁあそこに彼女がいるのに、と思うのだが、声を掛けたくてもどうも勇気が出ない。
そんな自分もバカバカしい。

振り返ってみれば何とも情けない自分の所業に一つ、溜息を落としてナミは大きく伸びをした。

「な、ナミさん・・・」

見れば間仕切りの向こうに顔を出したビビが眉を顰めている。

「アルビダさんからです。会う日を決めてくれって・・・」

「休日を確認して。バギーさんにも連絡して二人がお休みの日にセッティングするから。折り返し連絡するって伝えて一応ケータイの番号を確認してね」

データベースが表示されているパソコンのディスプレイを指差しながらナミが口早にそう言うと、コクコク頷いてビビは保留中の音楽流れる受話器を片手にアルビダのデータを呼び出してまた電話口に戻った。

(アルビダ、と・・・バギー)

心の内で呟いて、さぁどうなるかと頭を悩ませる。

一度別れたはずの彼らを引き合わせることは果たして良い策とも思えないのだが、当人達が会いたいと言っているのだから仕方がない。
そもそも彼女の名前を出したところがビビの大失態で、本来ならば年齢と職業ぐらいの当たり障りのない情報だけを伝えて、その相手と会う意思があるかどうかを確認するのだし、まずは女にその選択権を与えるというのがこの業界のセオリーだと言うのに。
しかし、これもしっかりと教えていなかった自分の責任なのだと戒めて、ナミは物憂げな面持ちでパソコンに向かっていた。

大体にして、プライベートでも仕事でも他人のことにばかり頭を悩ませている自分が情けない。
一度そう思ってしまったらどうしたことか仕事は手につかないし、一体自分がどっちの悩みに心を向ければ良いかもわからない。

夜にもなって、ビビがそろそろ仕事を上がろうとした時、隣のブースから「あーもう!」と苛立ち紛れの声で突然叫んだナミに、ビビは首を傾げて「どうしたんですか?」と声を掛けた。


「ビビ、飲みに行くわよ!こういう時は飲むのが一番だわ!!」

言うなりパタパタと手元のファイルを閉じたナミは、パソコンの電源も手早く落として席を立った。

「あんた、今夜予定ある?」

付け加えるように訊くとビビはナミに気圧されたのか躊躇いがちに「いいえ」と答える。
スタスタと歩き出した上司を追って、慌ててブースを出れば「あの店で待ってるわ」と告げてナミは一人足早にその場を去った。




***************************************




杯をいくら進めてもナミは一体何にそう気を揉んでいるのか口にしようとしない。
結局はビビがナミのペースについていけなくなって、ほんのり赤い顔で「そろそろ帰りませんか?」と言い出した。

「お前弱ェな!そんなんじゃいい嫁になれねェぞ」
「ルフィ・・・どうして結婚するのにアルコールが関係してんのよ」
「んん・・・何となくだっ!」

あっきれた、と店長代理の彼に溜息をついてナミはカバンを手に立ち上がった。

「今日もタダでいいのよね?」
「おぅ!ナミはいつでもタダでいいぞ!また来いよなっ!!」

ししっと笑った彼に手を振ると、騒々しい店長の声を聞きつけたのか黒い布から顔を出したサンジが彼女らとの別れを涙声で惜しんだ。

「ビビが酔っちゃったら私は車で来てないし、送れないんだもの。今夜はこれで帰るわ」

「俺が送りますよ」

ささっとカウンターから出て彼女らの道を塞いで、サンジは至極真剣に言った。

「サンジくんは仕事中でしょ?まだ10時じゃない。あと3時間もこの子に待てって言うの?」
「仕事なんて・・・」
「サンジがいねェなら今日は店閉めるしかねェなぁ」

呑気な音に真摯な色の混ざったルフィの声にビビは困ったように眉をひそめてナミにそっと耳打ちをする。

「・・・あの、私皆さんにご迷惑かけるわけにもいきませんし」

ナミが小さく頷いたそのときだ。
店のドアが荒々しく開けられて、一人の男がずかずかと入って来た。


「おいっ!ルフィ!!酒だ、酒出せ!」




ルフィとサンジが友達で、そしてその男はサンジの紹介でナミの元を訪れたのだからこういった邂逅の可能性はゼロだったわけではない。
だがそれにしたってまさか一同に会するかことなど想像もしていなかっただけに、ナミとビビはサンジの背にドン、とぶつかって馴れた口調で諍いを始めた彼らに目を丸くしていた。

「あなた・・・確かウソップさん、だったかしら」

名前を間違えないように一つ一つ区切ったのは、彼の存在がすっかり抜け落ちてしまって一瞬の内に何とか搾り出した記憶の片隅に残っていたそれに未だ自信を持っていなかったからだ。ナミが珍しく躊躇うように言ってみれば、その男はサンジの向こうから頭を出して小さく「あっ」と驚嘆の声を上げた。


「た、たしかあの結婚相談所の・・・」
「メリーブライドコンサルティングです」

在籍している会社は結婚相談が本業ではない。
飽くまでも結婚のトータルコーディネートが目的であって、それをまるで見合い仲介が主流のように覚えられているとわかれば、それは違うとばかりにナミの口は社名をはっきりと言ってウソップの間違いを正そうとしていた。

だが彼にとってはそう思われていても仕方のないこと。

不意に語尾がきつすぎたような感に陥って、ナミは「今日は荒れてらっしゃるんですね」と話題を切り替える。
もしかしたらまた客としてくるかもしれない男に、悪印象を与えたくないという打算も働いたのだ。

「・・・あ。あぁ、いや・・・その・・・」

「おいおい。レディの質問にはさっさと答えねェか」

手をポケットに突っ込んだまま、足でウソップの脛を軽く蹴って答えを促したサンジはふと思い立ったように「積もる話もあるようでしたら、どうぞお座りください♪」とナミとビビを引き止める口実を見つけた喜びに満面に笑みを浮かべてカウンターを指差した。

「そんな・・・積もる話も何もないわ。ウソップさん、話したくなかったら別に話さなくたっていいのよ」

「いや、その・・・まぁあんたの言う通りでな・・・」

ウソップが呻くように呟いて、視線を落とした。

「やっぱアイツが嫁に行くのを黙って見てるだけってのァ辛ぇがよ。それが俺の区切りにもなるんだろうな」


少しずつ、少しずつ、彼が話してくれた身の上話を思い出す。
自分としては付き合っていると思っていた女性が突然出現した男に──ウソップにしてみればそう思えて仕方ないのだろうけど、実際は彼女とその男は以前から知り合いだったのだから突然という言葉は適当でないとナミは思うのだが──横からさらわれて、その事実を知った時には彼女はもう彼との結婚まで決めていたのだと言う。

4月の終わり頃、サンジに紹介されてナミの元を訪れたウソップは、この話をした時ばかりはどこか切なさを隠しきれない苦渋を浮かべた眼差しを見せた。まだその女への未練があるのだと悟ったナミは「彼女が結婚して、気持ちの区切りがつくまでは誰も紹介できない」と半ば強制的に客を追い返したのだ。

そして今、目の前で肩を落としているウソップの眼差しはその時と何ら変わりなく、物憂げで悲しみ深く見ている者がどう声を掛けて良いかわからぬほどの消沈ぶりが手に取るようにわかる。

「・・・そんなに落ち込まなくても・・・あなたは悪くないわ。そりゃちょっと手を出すのが遅かったのかもしれないけど。そもそも二股かけてるような女の方がどう考えたって・・・」

「カヤはそんな女じゃねェッ!!」

悲鳴のような叫び声でナミを気圧してウソップはキッとナミを睨んだ後で、ハッと我に返って「い、いや・・・」と言葉を濁した。
ナミが眉間に皺を寄せて明らかに機嫌を損ねたのだと言わんばかりに腕組みして睨みなど物ともせずに、自分を見据えていたのだ。
以前相談に訪れた際にもどうもこの手の女は苦手だと思わなくもなかった。
だが、この丁寧に対応する一般的なOLにしか見えない女に対して何故自分がそう感じてしまうのかがわからなかった。

今この瞬間、プライベートの時間に自分の意見を覆そうとする男を前に、怒りを露にしたナミを見てウソップはようやくあの時覚えた違和感の意味を納得した。


「男って・・・本当に単純だわ」

「・・・な、何?!」

きろりと瞳を動かしてウソップをちらと見やったナミは、もう眉間の皺もなく口元は緩められているようにも思えるのだが、瞳の色がどこか冷たい。
ぷるぷるっと首を振って、「いや、な、何でもねぇ」と取り成せば、ナミはにっこりと微笑んだ。

「自分が単純だってことを意識することから始めないと、いつまで経っても変な女を捕まえて肩透かしくらう目に会うだけよ。」
「・・・か、カヤはそんな女じゃ・・・少なくともお前みてェなのよりずっと大人しくて、かわい・・・」
「何か言った?」

アルコールも入っているのだから、今夜のナミは相手に反論すらも許したくないと一度思えば激昂に近い感情で言葉尻が荒げられる。
何も言ってません、と項垂れてから、ウソップは「けど、本当に・・・」とまた口籠ってから助けを求めるようにルフィとサンジを交互に見た。
年中女の尻を追っかけまわしているサンジはナミの気をこれ以上逆立てたくはないと思っているのだろう。
肩を竦めて早々にカウンターへと入ってシェイカーを手に、自分のためだろうカクテルを用意し始めた。

その隣で黙って話を聞いていたルフィがウソップの視線にようやく気付いて「そうだな!」と陽気に頷いた。

「俺もカヤはそんな女じゃねェと思うぞ」

さらりと言ってのけた彼を往なすような視線を送って、ナミが「あんたも?」と軽く笑った。

「あんた達って本当にバカね!ビビだって思うでしょ?」
腰に手を当てて、ナミは僅かに振り返ってビビに同意を促した。
ビビが頷く気配を見せただけで、もう顔を元に戻して「ほらね」とウソップに指を突きつける。

「そうかなぁ。それはナミが間違ってるぞ」
「あんたは黙ってて」
「カヤはいい奴だ」

つまりね、とナミはルフィの言葉をあっさりと無視してビクビク震える眼前の男を説き伏せようと一気に言葉を続けていった。

「あんた達男ってのは一見しとやかそうな女の子に甘すぎるのよ。妄想抱きすぎなの。どんな女だって打算するときもあればウソップ・・・さんみたいな男に見切りつけることだってあるわよ。捨てられたのよ?どうしてその相手にまだ未練があるの?おかしいでしょう?」

「カヤはそんな奴じゃ・・・な、なぁルフィ」
「おぅ!カヤは絶対ェいい奴だっ!!」

(ホンットに男ってバカ・・・───)

自分を捨てた女を正当化させて何の得があると言うのだろう。
盲目にもホドがある。
この男はいない恋人を美化してその恋にしがみつく。

そしてもう一人、ラキの彼氏であるはずのワイパーは恋人の居ない隙に浮気なんてしている。


(どっちも大バカね)


「・・・そこまで言うなら」

頭から離れなかった浮気疑惑は殊更今夜のナミを負けん気強い女に仕立て上げた。


「私が、証明してやろうじゃない。そのカヤって女がどんな女か。あんた達みたいなバカな男に現実を教えてあげるわ」

啖呵を切って、ナミはその自信と、『男』に対する八つ当たりに気付いてはいるもののそうと気取られぬわけにはいかないという虚勢に胸を反らした。

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