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22




これをつけて、と渡された黒いインカムは生まれて初めて使ってみたのだが、片耳の中でしか鳴らない音は思ったよりもずっと聞こえ辛い。その上コードは邪魔くさいし、口元まで伸びたマイクがこれまた鬱陶しい。

「喋ってみなさい」

ナミがその操作方法を一通り説明した後に、促したから思いっきり「あー」と言ってみたら、会場のそこここで叫び声が聞こえた。
何事かと見渡していれば、頭に鈍い痛みが走る。
右耳のマイクを抑えて、空いた左手に作った拳をふるふると振るわせたナミを怒鳴ってやろうとすれば、彼女が先に口を開いた。


「バカッ!何考えてんのよ!?うるさいじゃない!」


───成る程。

女のキンキン声が鼓膜に直接響いて、ようやく殴られた意味を知った。
二度目にマイクから漏れた怒声にさすがに皆、聞きなれた声と悟ったのだろう。
幾人かがしかめっ面でナミを見て、その視線にナミは我に返るとマイクの電源を切った。

「式の間はこれでやり取りするのよ。絶対に大声を出さないで。マイクに向かって小声で話すだけでちゃんと皆に聞こえてるんだから。」

「聞こえていいのかよ」

「・・・電源切って」

面倒そうにズボンの後ろポケットに入れてあった受信機に手を伸ばして、ゾロはそれを取り出した。
点灯していた赤いランプはスイッチを切るとプツッと耳の中で嫌な音を残した。
テレビや何かで見たことはあるが、どうも自分には合わない機械らしいと思いながらそれをしげしげ眺めているゾロに、呆れた顔でナミは「本当に大丈夫かしら」と溜息をついた。

「こんなモン必要か?」
「当たり前じゃない。コレがなかったらどうやってあんたに指示すんのよ。」
「面と向かって言やァいいだろ。面と向かって」
「・・・原始人ね。」
「誰が───」
「いい?私だって、式をぶ・・・」

傍らを、ナミと同じ会社の社員が通って軽くナミに会釈すると、ナミは作り笑顔に手を振ってそれに応えた。
彼女が遠くに行ったことを確認して、この式場のロビーで小さくコホンと咳払いして、声を抑えたまま話を続ける。

「私だって、式をぶち壊そうとしてるんじゃないのよ。それじゃうちの会社の信用にも関わっちゃうじゃない。もしそうじゃなければいくらだってしたけど」
「テメェに何の権利があるんだか。」
「権利?関係ないわ。あんた男として許せないと思わないの?一人の男が気持ちを踏みにじられたのよ。健気にもまだ彼女を想ってんのよ。二股かけられてたっていうのに。要は夢見てんのよ。ね?彼を元気付けたいと思わない?そんな最低な女、早く忘れなさいって言ってあげたくなるでしょう?」

冷たい目で自分を見ているゾロの気を何とか引き込もうと情に訴えかける言葉を並べ連ねると、ゾロの眉間に寄っていた皺が少し、緩められた。

「お。お前、ひがんでん───」

「誰が誰をひがんでるって言うのよ。言ってみなさい。だれが?だれを?」

「お前が、そのおん・・・ッテェッ!!」

足を思いっきり蹴られた。
叫べば、開かれた扉の向こう、式場となるチャペルの中で作業をしていた数人が顔を上げて何事かとこっちを見ている。
そもそもこの緑髪の男が誰なのか、彼らはそれが気になるのだ。
ナミが連れてきたヘルプというのは責任者のロビンから聞かされてはいるのだが、ナミの手伝いをするから自分たちと言葉を交わすこともない。背も高く、姿だけは視界の端にちらちら入る彼を気にしながら作業していれば、時折ナミの怒声が飛んでくるのだから、つい耳を欹てている。
それはナミ自身もよくわかっていて、キッと遠くにいる彼らを睨んでその視線を散らした。

「とにかく、あんたに一度だけ新婦と話す時間を作るわ。あんたはウソップの友人ってことにしなさい。これで、会話を全部録音するのよ」
「何で俺が。テメェがやりゃいいじゃねェか」
「私がやったら、会社の責任になっちゃうじゃない。馬鹿ね」
「俺だって同じだろ」
「大丈夫よ。あんたは今日飛び込みでヘルプに来てるんだから。いくらでも言い訳できるわ」
「言い訳ってのは性分じゃねェ」
「私が言い訳するのよ。」

はい、と手渡された録音機を、ついさっきと同じようにズボンの後ろポケットに突っ込もうとして、そこには既にインカムの受信機があるのだと気付いた。暫し躊躇ってから、胸ポケットに入れる。上着をめくると、クリーニングに出されたのか独特の匂いがナミの鼻にも届いた。

「何を話しゃいいんだよ」

「あんた弁護士でしょ?ちょっとは自分で考えなさいよ」

「関係あるか。」

「ウソップのことはどうするんだ、って訊けばいいだけよ。それから、彼が悲しんでるって言えば・・・本性出すわよ。式の直前なんてそんなものだもん」

「・・・・・そのイソップってのは・・・・」

「ウソップ。」

頭を掻いて、ゾロは「ウソップってのは」とすぐに言い直した。

「来てねェのか。今日は」
「いるわけないじゃない。一応招待客のリストも目を通したけど、居なかったわよ」
「そんなに好き好き言ってんなら、本人が来りゃいいじゃねェか」
「今はそういう話をしてるんじゃないわ。いい?私が新婦を迎えに行くように言うから、そうしたら控え室に行くのよ。インカムは切って、録音機の電源を入れるの」

ヘェヘェ、と小さく返事をして、ゾロは慣れないスーツのネクタイの結び目を弄っていた。

「別にこんな大層な格好しなくてもいいんじゃねェか」

慣れないスーツはいつも自分が着ている物とはやはり違うのだろう。
違和感に眉を顰めて、ゾロはちらっとロビーで打ち合わせをしている社員を見た。
彼らは普通のスーツを身に付けている。

「あの人たちはビデオを撮る人よ。うちの会社の人じゃないの。新郎が知り合いの会社に頼みたいって言ったらしいわ。」
「じゃ、俺ァあっちの手伝いを──」
「あ・・・」

突然ナミが足を押さえてかがんだ。

「───もうその手には乗らねェぞ」

「アラ、ばれた?」

かがんだまま顔だけを上げてナミは悪びれもせずに笑った。

「でも痛いのは本当よ」


よいしょ、と立ち上がって、ポンポンッと肩を叩くと「忘れないでね」と念を押す。
この女の計画に加担することを嫌う自分をナミはよくよくわかっていて、それでいて自分にそんな役割をさせようなんて思っているのは間違いない。

怪我をさせたということは抗いようもない事実だ。
それなら腹を括ろうと、溜息をついた後にネクタイをいじっていた手を下ろした。




***************************************




「・・・・来ないわ・・・・」

アルビダの名前を聞いて、会社まで出向いてきたバギーは、彼女に大きな未練を抱いているように見えた。
今日のことも真摯な声で「わかった」と電話では言っていたし、何か決意を秘めているような気すらして、もしかしたらアルビダの方が迷って来ないかもしれないというのは想定していたのだけれど、まさかバギーが来ないなんて思ってもいなかった。

(ナミさんの方は、どうなったのかしら・・・)

時計を見れば、もう挙式の予定時間は過ぎている。
けれどもあの会社に入ってから聞いた話によれば、式なんて予定通り進むわけがないのが通常で、一時間押しは当たり前、花嫁や親族の都合で三時間押しなんてこともあるらしい。ナミは昨夜遅くに電話を掛けてきて、自分が思いついた計画と、それから協力してくれる人が見つかったのだと言っていて、じゃあその計画なら、ウソップやルフィに新婦が彼らの理想を満たす女性ではないと教える材料は式が始まる頃には手に入ってる頃になる。ビビも10時に待ち合わせる二人の尾行なのだし、お昼過ぎには待ち合わせしましょうかと言うと、ナミは「大きな式だから、かなり時間が押すはずだわ」と言って、結局午後5時、例のルフィが店長代理を務める店で落ち合うことにした。

その話を思い出して、じゃあ10時に予定していた挙式も少し遅れているのだろうと時計を見た。
10時半にほど近い時刻を示す時計に、ナミの計画は今まさに実行されているんじゃないかと、その上司の顔を頭に過ぎらせて、それに比べて目に映る風景に何の進展も見られない自分に焦れた。

もう、30分以上もアルビダは噴水の前で腕組みして、そこに在る大きな時計にもたれかかって俯いたまま、彼を待っている。
その姿がいやに切ない。

決して顔を上げて彼を探そうとしていない。
時折大きく湧き出す噴水を見ようともしない。
だから、それだけ彼をただひたすらに待っているのだろうと思えてならず、ビビは心中でバギーを叱りたいような気持ちさえ覚えた。

きょろきょろ辺りを見渡して、彼の姿を捜せばいいのに──アルビダは、そんな自分を遅れてきたバギーに見せたくないんじゃないだろうか、とふと思って、自分が代わりにとばかりにビビはバスターミナルを見渡した。

いよいよ照りつける陽射しは眩しく、人の波も増えてきた。時間に合わせてバスの本数も増えて、ひっきりなしにバスターミナルに入ってくるバスのエンジン音がこだましていた。

その中で、一人佇むアルビダは風にウェーブがかった黒髪を時折揺らして、何て寂しい。

つい立ち上がって、彼女の傍に行きたいという衝動に駆られては、懸命にそれをしてはいけないと自分に言い聞かせて、ビビはただ見ているだけの自分に唇を小さく噛み締めた。


不意に鳩が数羽、羽音を大きく鳴らして飛び立った。
つられて数え切れないほどのその群れが我も我もと飛びあがって、バスターミナルの噴水広場に小さな羽が無数に舞った。
見れば子供が数人、手を叩いて喜んでいる。
その歓声に鳩が驚いたのだろう。

(・・・何?)

アルビダも、自分と同じように鳩の居なくなった風景に、その視線を歓声を上げた子供らに向けていた。



「・・・・・あ・・・・」

開きかけた唇に慌てて手をやって、ふさいだ。
この距離なら聞かれるということもないのに、雑踏の中にいれば尚更遠くに彼女を望む自分の声など、届くはずもないのだけど何故か憚られてしまって、一点をじっと見ているアルビダにまた目を向けた。

わぁ、と喜ぶ子供たちの前に道化師。
赤い鼻を付けて、手からぽんっと花束を出した。

(バギーさんだわ)

会社に来た時の彼は、おおよそ誉めることも出来ない風体で、どこかひねくれた態度だった。
それが、バギーという男なのだと思っていた。


(違ったんだわ)

過去を引きずって、自分を大きく言って、でも、それは彼の全てじゃなかった。
だって何て楽しそう。
アルビダは───アルビダも、同じことを思っているのだろうと何となくそんな気がした。

風に揺れた彼女の髪が邪魔をしてその表情を窺い知ることは出来ない。
でも、顔を上げたまま微動だにせずバギーをじっと見ているその姿は自分が懸念していた事態に結びつくとも思えなかった。

いつしか立ち上がってしまったビビは姿を隠すことも忘れて、自分の前に在る植え込みの影から出ようとすると、アルビダが突然高いヒールをアスファルトに鳴らしてつかつかと道化師まで歩み寄っていった。

予想もしてなくて、慌ててもう一度植え込みの影に隠れる。
心臓は、突然動いた彼女の姿に早鐘のように鳴っていた。

(・・・や、やっぱり怒ってるのかしら・・・)

過去、彼の前から姿を消したのはアルビダ。
怒るのだとしたら、バギーだと思う。
でも、アルビダは過ぎざまにぶつかった人も厭わずその波の中を闊歩して、あっという間に道化師の前で座り込んでその簡素な手品を楽しんでいた子供たちの後ろに立った。

こう遠くては、彼らの会話なんて耳に届くわけもない。
二人に近付こうとして、でも自分だとわかってしまったら二人が気を悪くしてしまうかもしれないからと、ビビはその流れる髪を手櫛で整えてサングラスを両手で掛けなおすと、駅からバス停へと歩く人ごみを少し身を縮めながら、それでもぶつからないように彼らの目に自分の姿が留まらぬようにと円形のバスターミナルをその形に添って遠回りして、ようやく道化師の背面にあった植え込みの影に身を潜めることに成功した。

それでも子供の歓声と、次第に広場に戻ってくる鳩の羽音、バスのモーター音でアルビダの声もバギーの声も聞こえない。

そっと刈り取られて真四角の植え込みの影から顔だけを出すと、バギーはやっぱり手元から何かを取り出して子供たちを驚かせてはふふん、と鼻の下を擦って得意げにするばかり。アルビダが目の前に立っていることも知っているはずなのに、何ら変わりない。さて次は、と鞄の中を覗いては、実際にマジックショーで使えばきっと興ざめするだろう簡単な手品の道具を取り出して、子供たちの歓声に悦に入っているように見える。

そうしている内に次第に人が集まってきた。

中にはお粗末な手品だとばかりにちらっと見ただけで去っていく人もいる。
親に手を引かれて子供が、でもまだ見たいのだろう。顔だけはずっとバギーの手元を見て名残惜しそうに駅へと向かっていった。

それでも多くの人が、こののどかな春の日の、何てことないマジックに心が解れているのか笑顔を浮かべてそれに見入っている。

「・・・・!」

声を出しそうになってビビはでもそれを飲み込んだ。
観客の中で腕組みしてじっとそれを見ていたアルビダが、いきなり前へと出たのだ。
何かあったのかと固唾を呑んだ観衆の前でアルビダはバギーの鞄を手に取った。
黒くてボロボロの鞄。皮だったろうに、長らく使ったせいか、彼女の手の中でその形をあっという間に変える。
白く細い腕をその鞄に入れて、アルビダはステッキのような細長い棒を取り出した。

「未練たらしくまだこんなの持ってたのかい?」

「俺様が未練なんか」とヘッと笑ったバギーにその棒を向けて、アルビダが笑った。

「あたし達はやり直せないよ」

「お、俺様はただ・・・」

「やり直せない」

棒の先を鞄に向けて、アルビダが手にしたそれをトントン、と棒で突くと白い鳩が突然飛び出した。

わぁ、とあがった歓声に、バギーが呆然と青空に飛び去っていく鳩を見ていた。


「あたしはアルビダ。手品なら任せておきな。あんたを一流のマジシャンにしてあげる・・・か」

「───俺は一人でもなれるって言ったんだったか」

「なれたかい?」

「俺様がなれねェとでも?」


アルビダは、暫し黙りこんでいたが、ふと顔を上げて「ほら、マジックはタイミングが重要だろ」とバギーに鞄を渡した。






歓声は時折笑い声を混じらせて、青空に響いていた。

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