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24




すぐにそうと気付いたのは、まじる雑音の中にゾロのノックが聞こえたからだった。
あれだけすぐに切れ、と言ったのに、この調子では胸元に入ったあの録音機だって電源も入れないままに部屋へと入っただろう。そりゃいつもの仕事だったらそれは決しておかしいことではない。花嫁に式場の準備が整ったからと告げに行くのだから、インカムを切る人なんてそうそういない。強いてはその声が会場内のインカムを付けたスタッフへの合図にもなる。だから、私がその役目ではダメだった。全くこの仕事を知らないゾロを手伝わせられるとなって、実現可能になる筈の計画だった。
だと言うのに、イライラさせられるほどの長い時間の後にゾロのノックの音が聞こえたのだ。
『ノック』という作業が必要なスタッフは今この式場にゾロ一人しかいない。

案の定、インカムの中から彼が部屋に入って「ちょっと聞きてェことが」なんてすぐに話し出した声が聞こえた時には、ナミは、顔面蒼白になっていて、それでも周囲に悟られまいと目が合った客には笑顔と、会釈をしてみせながら式場を出た。
静かにドアを閉めて、周りに招待客が一人もいないことを一瞬で確認すると、廊下の先の新婦控え室へと走り出す。
赤い絨毯に足を取られて、けれどもそんなことを構っている暇はない。
足だって、ゾロの前では冗談めいて言ったけれど、包丁でつけられた傷が歩く度にじんじん痛むのは本当で、走れば尚更にその痛みは増した。
ゾロは暫し躊躇いに言葉を選んでいたのだろう、その部屋の扉の前にナミが立った時、ようやく彼が「ウソップって奴・・・」と話を切り出した。

(バカッ!皆に聞かれたらおしまいじゃない!)

あの時、ゾロのミスに瞬時に自分の会社での立場とか、どうしてこんな計画思いついたんだろうとか、でも計画を捨て切ることは出来なくて、頭の中には後悔や怒りや焦りが湧いて、泣きたいような気持ちになってドアを開けようとすると、部屋の中からはガラスの割れる音が鳴った。
廊下にも響いたその音に、ロビーで待機していたスタッフも皆何事かとこっちを見ている。

部屋の中にいるのはゾロと、新婦のカヤ。

ゾロが何かしたのか、それともカヤが逆上したのかと慌てて扉を開けると、不意に部屋の中から強い風が吹いた。


割れた窓。
カーテンがはためいている。

晴れた青空に浮かんだ太陽がその部屋に飛び散ったガラスの欠片に光を浴びせていた。

閉じた部屋に流れ込んだ風が花嫁のウェディングドレスを揺らす。
金色の髪に付けられたヴェールを揺らす。

その隣に、まるで彼女に寄り添って守ろうとしているように立っている男。



「──何してるの、ゾロ!」

途端にゾロが耳を抑えて振り返った。
そういえば、自分だってインカムは繋ぎっぱなしだった。
慌ててそのスイッチを切って、彼につかつか歩み寄ると、ゾロのズボンのポケットにも手を突っ込んで、その電源を切った。

「何なの、こ・・・・」

誰かが、窓の外で、カヤ、と叫んでナミの言葉が打ち消された。

花嫁が足元に散らばるガラスも構わず窓に駆け寄ると、その窓枠を押し開けて身を乗り出した。
男の声が、聞こえてくる。

「カヤ、飛び降りろ!」

「おーい、カヤ!迎えに来たぞ!」
「カヤすゎ〜ん!あぁ、今日は一段とお美しいvvさ、俺の胸に飛び込んでくださ〜い」

「アホかっ!お前の胸に飛び込んでどうするんだっ!カヤ、俺が受け止めてやるからなっ!任せろ俺は過去3000回も二階の窓から飛び降りる女をキャッチしたという過去があって・・・・いや、お前には絶対に怪我させねェ!俺が!」

(・・・この声・・・)

聞き覚えがある。
あるというより、今日どうして自分がここに居るのか、その元凶を作った彼らの声であることは間違いない。

頭が痛くなって額に手をついて項垂れていると、その声に状況を把握したのかゾロが傍らでハハッと笑った。

「何笑ってんのよ、バカ!!」
一喝して、ナミは砕けた破片を踏み鳴らしながら新婦の元へ駆け寄った。

「警備の手抜きだわ。ごめんなさい。お怪我は?」

その肩に触れようとした手は、勢い良く振り返った彼女の体に触れることもできなくて、すとんと落ちた。

「私・・・あなたは、どうしてウソップさんを?」
ナミの姿と、その後ろに立っていたゾロを見てカヤが震える声で尋ねると、ゾロは頭を掻いてから「手伝うって約束して」と答えた。
「あんたが手伝うのは私でしょう!?そんな誤解を招くようなこと言わないで、ゾロ。」
「嘘は吐いてねェぞ」
「いいから黙ってなさい。あんた達ッ!いい加減に黙らないと怒るわよ」

窓の下で騒いでいた3人が、突然顔を見せたナミに唖然としたその隙に、ナミは今度こそとばかりにカヤの肩に両手を置いた。

「いいのよ、私は全部知ってるんだから。あいつらはすぐに───」

「知ってる?」

「全部聞いたの。だから後の事は心配しないで。それより、私あなたに一つ聞きたいことがあるのよ。正直に答えて」

カヤはぱちぱちと瞬きを繰り返した後に、コクンと小さく頷いた。
風に揺れていたヴェールは花嫁の白い肌に掛かって、より一層、可愛らしさを際立たせていた。

「あなた、初めっからアイツは振るつもりだったのよね?あんな奴との結婚なんて考えてなかったんでしょう?」

「・・・やっぱり、ウソップさんはそれを気にしてるのね」

「そうじゃ・・・あ、うん。そう。そうなのよ。アイツもあなたの気持ちはとっくに気付いてたって。だから正直に言っていいのよ。あ、今日アイツが来たのはね」

カヤがまた窓の外を見た。

廊下の向こうから、部屋に入ったナミから何の連絡も入らないことを不審に思ったスタッフが数人、持ち場を離れて近付いてきたのか、足音が聞こえてくる。客を不安にさせるわけにはいかないから、皆揃って走ることはないだろう。人数もごく少数に違いない。

「アイツらは───」

全く。

何でこんなタイミングで来たのかしら。
ゾロのミスがないにしても、あいつらさえ来なければ、窓ガラスさえ割れなければ、いくらでも話を聞き出せたかもしれないのに。
言い訳が思いつかずに考えあぐねていると、カヤがすっと顔を上げた。

「決心がつきました。ありがとう」

そう言って、窓枠に手を掛けた花嫁の、衣擦れの音をぽかんと口を開けて見ることしかナミには出来なかった。
よいしょ、なんて小さな掛け声をかけている彼女のその声に我に返って「待って!」と引きとめると、花嫁は「大丈夫です」と笑った。

「ずっと待ってたんです。彼を。でも待ってるだけじゃだめって、わかったから。」



ふふっと笑った彼女は窓枠に腰掛けて、履いていたパンプスを脱いだ。


サンジが合図して、そのパンプスを彼に投げると、カヤは「受け止めてくださいね!」と言った。




きっと、ウェディングドレスじゃなければ『落ちた』と思って、目を塞いでいただろう。





でも、その軽い衣はあまりにも優しく、柔らかく、風に乗ってふわりと浮かぶ。


ナミはただその緩やかな光景を見ていることしか出来なかった。



わぁ、と叫んだルフィの声にはっとして窓に寄ればウソップが花嫁の下敷きになっている。

待って、と言おうとしたナミの傍らからゾロもまた窓の外に顔を出した。

「俺の言った通りじゃねェか」

「あんたが何を言ったのよ」

「言わなかったか」

「言ってないわね」

「───来るって言っただろ」




言ってない、と呟いてナミは駆けていく花嫁の姿をじっと見ていた。

ウェディングドレスの彼女。

やっぱり純白のドレスは、いいだなんて関係ないことを考えてしまう。

(だって、さっき───)

少しだけ、びっくりした。
ゾロの隣にウェディングドレスを着た女性のが居て、ゾロだっていつもと違う礼服を着ているし、その上彼女を庇うようにしていて、不意に胸がずきんって痛くなった。

だって彼の隣にウェディングドレスの女なんて光景に少しだけ、びっくりしたから。






違う。


私、わかっちゃったんだわ。




5月の風が額にかかった髪を揺らしていた。




『違う』───その言葉の続きは?

窓から同じくして顔を覗かせている彼の腕が、自分の腕に当たっていることを知って、ナミは腕を引いた。

「バカみたいだわ」

「お。やっぱひがんで───」

「その話じゃないの。ちょっと!あんた達すぐにこっちに来なさい!ルフィ、サンジくん、すぐよっ!」

窓の下では無邪気な顔で笑うルフィと、はぁ〜いと手を振ってみせるサンジ。


「ゾロ、あんたはとりあえずこのガラス片付けて。」


ドアが開く音が聞こえて、振り返ればそこには、ロビンが立っていた。

ナミを見て、ゾロを見て、散らばったガラスの欠片を見て、ゆっくりと顎に指をかけて考えた態を装っているけれど、その瞳はじっとナミの唇を見ていた。

「オーケイ。話すわよ。全部」

「・・・そうしてくれると助かるわ」

肩を竦めてからナミはゆっくりと歩いて、部屋を後にした。




***************************************




ルフィの店の前まで来ると、ビビが携帯電話で誰かと話していた。
ナミたちの姿に気づいて慌てて電話を切る。
そういえば、ビビが自分の前で私用電話を掛けているのを見たことがないと思い出して、「別にいいのに」と言ったら、ビビは「恥ずかしいんです。聞かれるのって」とはにかんだ笑顔を見せて、それでようやくナミはどこか安心した自分を知った。

今日は朝からずっと気持ちが張り詰めていたんだと気付いたのだ。

ふっと笑みが零れて、ビビに「今日は飲むわよ」と笑いかけると、「じゃあそちらもうまくいったんですね?」とビビが念を押すように言う。

「・・・『も』?じゃ、アルビダさんとバギーさんは?」

「はい!やり直すつもりみたいなんです。初めはバギーさんが遅れてどうなるかと思ったけど・・・───」

話し込みそうになったビビを苦笑しながら止めると、店のドアを開けたルフィがおーいと彼女たちを呼んだ。

「今日はあいつらの奢りだから好きなだけ飲んでいいわよ」

「え?ルフィさんとサンジさん・・・・・と、ミスター・ブシドー!?」


素っ頓狂な声を上げたビビに、驚いたのはナミの方で、その名前は初めて耳にしたけれどこの場に居るもう一人と言えばゾロしかいない。
見ればゾロもビビに覚えがあるようで「・・・よぉ」なんて挨拶している。

「何?あんた達知り合いだったの?」

「まァ・・・知り合いっちゃ知り合いだが。あァ、道理で聞き覚えがあると思ったぜ。ナミ、テメェが前に言ってただろうが。コイツの名前」

「言った・・・かどうかは覚えてないけど」

「お久しぶりです。ずっと連絡がないから心配してたんですよ。まさかこんな所で会えるなんて思ってなかったわ」

「麗しいレディ二人の特等席が準備できましたよ、ビビちゃん、ナミさんv」

ドアを開けたサンジが大仰なまでに深く頭を下げたから、そこで会話を打ち切って彼らは店の中へと入っていった。
重い鉄の扉にはclosedの札は掛けられたままで、背中で閉じられたその音が何故かナミの耳に痛かった。

店内に入ると、いつもは流れていないジャズが掛かっている。
ブラックライトはついてない。
変わりにダウンライトのオレンジ色の光がカウンター近くの席を照らしていた。

「随分と雰囲気が変わるんですね」

黒いテーブルもオレンジ色の光を反射して、どこか暖かい。

ビビは腰を下ろしてサンジを見上げると、金髪の男は整った顔を崩して「せっかくめでたいことがありましたしv」と言った。

「どこがおめでたいのよ、サンジくん。」

棘を含んだ声音に自分ですらも首を傾げたい気分になって、皆の視線を咳払い一つで振り払うと、ナミは酒と料理をとにかく持ってきて、とサンジに告げた。一瞬、ナミの顔をじっと見入ったサンジはその言葉にまた相好を崩して「はいv」と返事すると、いそいそと調理場へと姿を消した。
カウンターでは酒を選ぶルフィが、「どれでもいいか」と叫ぶなりそのあたりの酒瓶を手当たり次第掴んで、持ってくる。

黒いテーブルは円形で、5つの席にビビの隣にゾロが座って、その隣の席の方が入り口から近くて、座りやすかったのだけど、ナミは何故かその席を嫌ってビビの隣に座った。
ルフィはカウンターから出て、一番に辿り着いたゾロの隣に腰を下ろす。

酒の蓋を開けた音にナミが「グラスは?」と訊いて、店長は今更になって「あ!」と気付く。

溜息をついてグラスを取りに行くと、調理場ではサンジが腕まくりをして冷蔵庫の中を見ていた。

「サンジくん、グラスちょうだい」

「・・・あ、はいvただいま」


黒塗りの壁に黒の調度品、黒いテーブルなんて真っ黒な店内は、その分ぽつんと置かれた白色をブラックライトで浮き立たせて、そんな店内も嫌いではないのだけれど、この調理場で蛍光灯に明るく輝く真っ白な壁を見ていると布で仕切られた別世界に溜息すらも出てしまう。

「あっちに行くと真っ暗で何も見えないでしょう」

「あァ・・・そうでもないですよ。アイツの白い歯が目印になりますからv」

ルフィはいつだって笑っている。
それこそ、ニッと白い歯を見せるように笑っている。
ブラックライトは白を浮き立たせるから、つまりルフィの歯は店内の目印になるのだとサンジは言うのだ。

プッと噴出したら、サンジは満足げに咥えていタバコを浮かせて口の端を上げた。

「結構綺麗にしてんのね。狭いけど」

「そりゃ調理場ですからね。狭いけど」

「一流コックでも腕を振るいやすいってわけね。狭いけど」

「そうでもなきゃこんな店手伝ってませんよ。狭いですから」

いよいよ笑ったナミに、サンジはグラスを5つ出して「俺がお持ちしますv」と言った。

それぐらい私が、と言おうとしたけれどサンジは返事も聞く前に調理場を出た。
間仕切りの布を手で払って店内に戻ると、3人が楽しげに話している。

「連絡してくれれば良かったのに。ナミさんの家に居たなんて知らなかったわ」
「あァ、悪ィ」
「前に一度うちに来るって言ってたでしょう?ずっと待ってたんですよ」
「今度な」
「もう!いつもそればっかり!」

頬を膨らませたビビは、久々に会えた知人との話に浮き足立っている、ようにも見える。
でも、そうでないようにも見える。

胸が痛くなった。

胸が、どうしようもなく痛くなった。


世界が暗転して見えた気がした。



明るい調理場に居たせいだと言い聞かせたのに、足がいやに重くて、ナミはサンジがテーブルに置いたグラスを一つ、立ったまま持つとそこに酒をなみなみと注いで、一気に飲み干した。

驚いて見上げる面々の前で唇に残った酒を拭う。

体の中に急に入ってきたアルコールが熱く体内から沁みていた。

「サンジくん、手伝うわ。5人分じゃ大変でしょう。」

大丈夫、これでも料理はそこそこ作れるんだからと言ったナミの言葉に、ビビが「じゃあ私も」と立ち上がりかけると、ナミは「いいの」とそれを止めた。

「いいわ。だって調理場狭いもの。3人なんて無理よ。ね、サンジくん」


咥えたタバコをすっと取って、サンジは暫しナミの顔を前髪に隠れていない右目でじっと見てから「はいv」と頷いた。


「ビビは、このバカ達の相手してやって」


ルフィの頭をぽんと叩いて、ナミはゾロを一瞥もせずに背を向けた。

一瞥も、出来なかったのはきっと気紛れなのだと心の中で呟いた。

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