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9999HITを踏んでくださった希絵様に捧げます。

黄塵舞う。
乾いた砂を黄色いお天道が嘲笑う。

黄塵舞う。
せせこましい人間を黄色い空が嘲笑う。


黄塵舞う。


風に舞う。




疾く風の如し


1


「よぉ、ナミ」

小走りに駆けてきた男は、やたらと長い鼻の下を人差し指でくっと擦ると「今回もお疲れさん」と、女の肩を軽く叩いた。
両手で持った木箱をゆっくり下ろして、ナミと呼ばれた女はにこりと微笑むと、おもむろに着物の袖をたくし上げて握った拳にはぁっと息を吹きかけると、情け容赦ない力で彼の頭を思いっきり小突いた。

「イデッ!!」

「馬鹿!あんたは声が大きすぎるんだって、何回言わせたらわかるのよっ!?」

「別に周りに誰がいるわけでもねェし・・・」

「あーもう!あんたみたいな仲間から足がついて、この可愛い私がお縄ちょうだいなんてことになったらどうすんの?世の民の涙を誘うだけじゃない。美人薄命ってね。それより、チョッパーは?あんた、あの子を呼びに行ったんじゃなかったの?」

「自分で美人とか言うもんか・・・?」

頭を抱えてぼそっと呟くと、ナミがまた拳に吐息を吹きかけたものだから、また殴られては堪らんと、ウソップは慌てて諸手を振ると「今、診てるぜ」と口早に言った。

「傷の手当も済んだし、見た目ほど深い傷でもねェからすぐに目は覚めるだろうってよ。おい、それより次狙う屋敷だが・・・」

「あんた、また殴られたい?そういう話は帰ってからよ。今日はもう客もいないし、帰るわ」


ナミは飴を売っている。
子らの集まる寂れた神社の境内で、飴を売っては日銭とする。
武家であった親の残した家屋敷は広かったが、戦で散った父と、その後を追うようにして病で亡くなった母なくしては、奉公人たちの食い扶持すらも齢18のナミが稼ぐこと能わず、周囲は散々彼女にどこぞの家に嫁ぐことを勧めたが、頑固な少女はとうとう首を縦に振らなかった。
人気を払って、広い家に一人暮らしている。
その日口にするものは、傍らを歩くウソップの和菓子屋で作られた飴を売る仕事で何とか稼ぐ。

落ちぶれたものだと笑う者も多かったが、だが、ナミはこの生活を嫌っているわけではなかった。
何せ自分の思うままに暮らしていけるというのがいい。

幸い着るものに困るわけでもない、一人で住むには十分過ぎるほど広い家もある。

時折家の傍を歩いていく人の声を夜、耳にしては、暗闇の中唯一人、膳に向かう自分が居て、両親や奉公人で賑わったこの屋敷の思い出に浸ることもあったが、そんな時には必ず彼女は頭を振って「自由が一番よ」と誰に言うでもなく口にした。

砂利を踏んで高い松が立ち並ぶ道を暫し歩けば、ぽつりぽつりと人家が増えていく。
軒先では手ぬぐいを日除けにするため頭に巻いた女が大きな声で「また出たってさ」と噂話に花を咲かせていた。



「また出たってさ」

「あァ、昨夜は呉服の大店だってねェ」

「その前はお武家さんの屋敷にも入ったらしいじゃないか。城は大騒ぎさ。戦場に出た大殿に早速早馬をよこしたらしいよ」

「今朝、道を走ってったのはそれかい。煩くて眠れやしなかったよ」

「そう騒ぎ立てるほどのことじゃあないだろうに。何でも、金品は貧しい家に分け与えてるそうじゃないか」

「貧しいってんならうちもそうだよ。こっちにも来てくれないかねェ」

「無理だよ、無理。貧しくても心が清らかな人じゃないとさ」

一方の冗談に女たちは明るく笑って、また次の話題へと移っていった。


ウソップがにやりと笑って、ナミを小突くと、彼女は僅かばかり眉を顰めた後で微かに口元を緩めた。





女たちが話していたのは、今、この城下町を騒がせている義賊の話だ。

満月の夜、その義賊は現れる。
男であるという噂もあるし、女であるという噂もある。
また、やけに素早い身のこなしを見せることもあれば、あわや捉えられるかと追い込まれたこともあり、だがかろうじて逃げ足早く結局その人物は謎のままに次々と金品を盗み出していた。
民はこの地を治める武士を嫌うて口には出さなかったが、盗みがあった翌日には必ず、どこかしらの貧困に喘ぐ者の軒先に小さな風車と共に金や美術品が吊るされており、人々の噂は瞬く間に広がった。

『義賊が我らのために肥え太った金持ちから金を盗み出してくれている』

『次の満月の晩にはどこに入るか』

『どこの軒先に風車が刺さっているか』




捕まらなければ良い、という期待も込められたのか、いつしかその義賊は疾風などという通り名がついた。






「疾風、ねぇ・・・確かに私はそんな感じね。でもあんたの場合は疾風って言うより『台風』ね。いつでも騒ぎを起こして帰ってくるんだから。この前なんて私が煙幕張らなかったら絶対に捕まってたわよ。侍たち、もう皆殺気だってるんだから。殿サマとやらもかなりご立腹みたいだしね」

「最近は卒兵にも夜の見張りを強化させてるらしいぜ。街中歩いてても物騒でなァ。」

困った具合も隠さず、ウソップは鼻の頭を掻いた。

「それに、どうも用心棒を他国から呼んだらしくてな」

「用心棒・・・?」


自宅の庭先は通りに面していて都合が悪い。
ナミは家に着くなり飴の入った木箱を置いて、ウソップを別室へと案内した。

奥まった部屋ならば客人の来ぬこの屋敷なら尚更、周りを憚る必要もなく話が聞けるというものだ。

「三刀流の凄腕らしいが。」

「名前は?」

「それが、よくわからねェ。どうも海の向こうでは高名らしいが・・・二月ほど前に呼び寄せたってェのにまだ来ねェんで、呼んだ殿サマは怒ったまんま戦に出向いたってよ。城はその噂で持ちきりだったぜ」

「ふぅん・・・でも、ま、いいじゃない。私達はお宝を盗ればすぐに逃げるだけなんだから。いくら凄腕の用心棒がいたって、そいつがいない家を狙えばいいのよ。狙うべきところはいくらだってあるわ。あのバカなお殿サマが戦にかまけて内政を怠る限りはね。それで、次の・・・」


縁側から大きく自分の名を呼ぶ声がして、ナミは声を潜めた。

障子を開けて覗き見れば、身なりの良い明るい髪の少年がまた一つ「ナミ!」と呼んでようやくこちらに気付いたらしい。庭をたたっと横断して窓の下に駆け寄ると笑顔を綻ばせた。

「あいつ、目ェ覚ましたぞ」

「そう。じゃあ見に行ってみましょうか。チョッパー、今回も悪かったわね。本当にあんたってば頼りになるわ」

白い腕伸ばされて、栗色の頭を一撫でするとまだ年の項15ほどの少年は目尻を下げて相好を崩した。




************




昨晩は我ながら良い仕事ができた。
兼ねてより目をつけていた屋敷に忍び込めば、ウソップがどこからか得てきた情報の通り、払うべき税を払わず肥やされた隠し財産が見つかって、家人の起きぬ内に頂いて尚、目ぼしい美術品も持ち出せた。
誰に見つかることもなく、仲間のウソップが待っている境内へと急いだ。
半ば浮かれていた。

最後の人家も過ぎて川沿いに一町も進めば、頼るものは月明かりのみ。
満月は雲の衣を纏うこともなく、蒼い光で道を照らしていた。

息を切らして走れば、一陣の風。


川面に細波が沸いて、岸に打ち寄せた。



(・・・何、あれ・・・───)


ピタッと足を止めてじっと見ていれば、青草茂るその土手に、誰かがうつぶせになっている。

土左衛門だろうか。

いや、岸辺からこの土手まで溺れた者が這ってくるには距離があり過ぎる。

(死人・・・?やだ、気持ち悪い・・・)


足音を忍ばせてそっと生きているかどうかもわからぬ『それ』に近付いた。


うつぶせになっていても脇に差した二本の刀に侍か、いや、煤けた着物を着ているところを見れば浪人かと思いを巡らせて生唾を飲み込んだ。

兎に角持っていた金品財宝の包みを背から下ろして、じりっとにじみ寄ると、それはピクリと微かに動いた。


「生きてるの・・・?」


声を掛けたが返事はない。

傍らに膝を付くと、草葉の上に在った夜露がじわりと衣に冷たくしみこんで、尚一層緊張が増した。




そっと肩に手を置いて、ゆさゆさと揺すってみる。


反応がない。



(やっぱり・・・死んでるのかしら・・・さっきのは見間違い?)


ならば、私がここに長居する必要もない。
誰かに見つかれば何故私がここに居たかと問い詰められてしまう。
闇夜に紛れやすいよう、ウソップが仕立てた黒の衣はまるで忍のようで、こんな格好をした女がこの時刻にこの場所に居ると言えば巷を騒がせる賊だとすぐにも露呈してしまう。
自分がしくじるならばまだしも、もう死んだ人間にかかずらって斬り捨てられるなど真っ平御免だ。




小さく手を合わせて「あんたに罪はないのよ」と呟くと、ナミは立ち上がって何事もなかったかのようにまた荷を背にするとさっさと歩き出した。

数歩も歩けば、また春の風が川面を打つ。

ざぁっと吹いた風に髪を取られて手で払うと声が、聞こえた。




「・・・・?」


振り返れば、その浪人然とした男がむくりと起きている。



(い、生きてたの・・・?)


駆け寄ろうとして、ナミははたっと自分の背にあるそれに気付き、慌てて土手の反対側に隠した。
またその男に目を移したらば、その体は力なく崩れ落ちた。

「ちょ、ちょっと・・・!」


慌てて駆け寄って、もう死人でないとわかっているのだから恐怖心はいつしか失せ、彼を抱きかかえて何度も呼びかけると、男は僅かに眼を開いた。



「生きてんのね?どうしたのよ・・・やだっ!何、この傷・・・よく生きてるわね・・・もう死ぬのかしら。そうよね。死んで当然だわ」

独り言のように言葉をつらつらと並べたナミの瞳には、男の肩からわき腹につけられた刀傷が映っていた。
血は夥しく流れて、致命傷というにふさわしい。


「お前・・・」


「何?辞世の句ぐらいなら聞いてあげるわよ?ここで会ったのも何かの縁だもの。」


「・・・・・・・・」


男の声は掠れて、耳に届かない。
何よ、ともう一度聞きなおしてその口元に耳を寄せれば男は声を振り絞って「阿呆」と言った。







「ごちゃごちゃ言ってねェで・・・・手当てぐれェできねェのか」



言ったっきり、男の体を重みを増した。
ナミの膝の上でまたも気を失ったらしい。




「助けてくださいとか言えないわけ?生意気な死にかけね!ちょっと!聞いてるのっ!?助けませんからね!私だって暇じゃないんだから・・・」


頬をぺちぺち叩いてみても、男の瞳はもう開かない。

重いその体をごろんと草の上に転がして、ナミは「時間食っちゃったわ」と不機嫌な面持ちでまた包みを背負うと、歩き出した。


風が吹く。


夜風は湿気を孕んで、冬の名残を思い出させる。


川辺ならば尚更。




傷を負ったあの体は、血を失って己よりも寒さを感じているだろう。


朝日が昇って体温を取り戻すまでには、彼の瞳はもう開くこともなくなっているのかもしれない。



何せ、あの傷なのだから。





一間も歩まぬ内に、だが、ナミの足は動くことを忘れてその場に立ち尽くしていた。








「・・・・・・・・もう!後味が悪いのよっ!」



くるりと踵を返して男の元へと駆けつけると、衣を割いて傷口を押さえた。



「ここで待ってなさい!死んだりするんじゃないわよっ!」


彼の耳元で叫ぶなり、自分を待っているだろう仲間の下へと暗闇の中、走り出した。


この女手で持ち上げられるほど彼の者は小さくない。
いや、ウソップにも運べないのではないかと、それほどの身の丈の男をさてどうやって我が家まで運べば良いかと思案を巡らせて待ち合わせの場所まで行くと、ウソップが焦れたように手招きをした。

「遅かったじゃねェか。てっきりヘマやらかしたのかと心配しちまっ・・」
「話は後よ、ウソップ!早く来て!」


おや?と首を傾げたウソップは、いつものように「重かった」なんて文句を言いながら自分に盗品を手渡すナミが、それすらもせずに駆け出した背を泡食った顔で追いかけた。

彼女に先導されて川沿いの道を行けば、成る程、道すがら彼女が口にした男が倒れており、胸からは血を流してまさに虫の息という具合だ。


「け、けど・・・どうやってどこに連れてくんだよ」

「私の屋敷に連れていくしかないでしょう?あんたがおぶって。私は先に行って荷物を下ろしたらチョッパーを呼んでくるから!」

「俺が!?待てよ、こんなでかい奴俺一人で・・・」

「四の五の言わないのっ!ウソップ、返事は?」



ナミに睨まれて、ウソップは情けなくも震えた声で「はい」と返した。

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