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9999HITを踏んでくださった希絵様に捧げます。

疾く風の如し


11




いつもならチョッパーに追いつくなどわけがないはずなのに。

内心で呟いて、ナミは次第に苦しくなっていく呼吸のために無意識に、襟元をぐっと掴んでいた。

そう言えば昨日のこと、ウソップの話を聞いて駆け出した私にも彼は追いついたのだと思い出して、妙な気分に駆られてしまった。

まだまだ自分よりも幼いと思っていた幼馴染が、大人しくていつも自分に頼ってばかりだった弟のような幼馴染が、自分を追い越していくことの喜びと、けれどもどうしたって男の力には勝てない悔しさとか入り混じって、その気持ちを言葉に表すことなど出来ないのだ。

その内風は黄塵の壁を作っていつもは町のどこからでも見える大名の居城の、その天守閣が黄色い空に溶け込んでいた。

「チョッパー待ちなさいよ!どこへ行くのっ?!」

この季節は店すらも扉を閉め切ったままで、物売りなどもそうそう外に出ていることはない。
昼を過ぎて夕方近くなれば町は活気を失って、だが、それも梅雨になるまでの恒例行事の一環と化しているのだから民の中に不平不満を漏らすような者もいない。
今日にしたって、通りを掛けていくチョッパーが、砂塵の中、何ら立ち止まることなく真っ直ぐに城に向かって走っているのは邪魔になる通行人がないからだ。

(嫌な季節・・・───!)

ゾロにはああ言ったけど、この時季を歓迎する人間などいるだろうかと思う。

春の日はすぐに黄塵の日々と化してしまうのだから、喜ばしく思うわけがない。

余所者のゾロにしてみれば尚更、この風と砂に疑問を覚えて当然だろう。

前からたたきつける砂から目を庇おうと袂で顔を覆って、細めた瞳で幼馴染の背を懸命に追っていると、一足早く城の門前に辿り着いたチョッパーは、早速門兵と何やら揉めていた。


「チョッパー!!」

叫んだ瞬間に、突き飛ばされた少年の体がふわりと宙に舞って、砂塵の中、門前の濠にかかった橋にどさりと落ちる。大名居城のこの城は作りも立派だし、見張りも大勢いるのだろう。門の上にいた見張りも何事かと顔を覗かせて、地に倒れていた少年を指差しては笑っていた。

「チョッパー、大丈夫?」

駆け寄ると、チョッパーはただ突き飛ばされただけのようで、地に伏せた時に擦りむいたのだろう、手の平だけが赤い血が滲んで他に目立った外傷はない。

「あんた達、何すんのよ!チョッパーが何かしたの?」

「い、いえ・・・」

立っていた門番は二人、突き飛ばした男はへらっと笑って「そいつが入れろなんてフザけたことを言うからだ」と嘲る横で、吃驚した顔も隠せないとばかりにうろたえていた兵がナミに気圧されて「そういう規則なんです」と付け足した。

「だからって・・・───」


言いかけてナミはチョッパーの体を起こしながら、はっと後ろを振り返った。

通りを大声で、彼の名を呼びながら駆けてきた所為だろう。
家の中に閉じこもりきりで暇を持て余していた町民たちが何事かと家から出てきて、自分たちの後を追ってきていたのだ。その上、この城の回りには座も在って、旅の者も往来する。
がやがやと集まってきた人々の前で騒ぎを起こすわけにもいかないと、ナミはチョッパーに「行くわよ」と声を掛けた。


「だって、ナミ。あの中にウソップがいるんだ!ウソップに会わせろ!勝手に連れて行くなんて卑怯だぞ!」

「ウソップ?」

「ヘルメッポさん、あの・・昨日の『疾風』のことではないでしょうか」

こそこそと声を潜めて話していた門兵は、あァ、と得心したように頷いて途端に大声上げて笑い出した。

「アイツなら、明日の朝には河原で会えるぜ。但し声は出せないかも知れないけどな!」

「・・・なんですって?」

「今夜には打ち首だ。何だ。まだ知らないって顔だな。教えてやろうか?今朝戦場から帰ってきた殿直々にあの泥棒野郎に面と向かって申し開きをさせたってのに、あの野郎うんともすんとも言わないから心優しい殿もさすがに堪忍袋の尾が切れ・・・」
「へ、ヘルメッポさん!喋り過ぎですよっ!」
「お・・・ついうっかり・・・とにかく、世を騒がせた大罪人の肩は持たない方がいいぜ。あー何て親切な俺!」

言って、兜をぐいっと上げながら笑っていた男をじっと睨んでナミはす、と立ち上がった。

「本当に、心優しいお殿様ね。」



「あんたみたいな輩に大切な門番をさせているぐらいだもの」

衆人からくすくすと笑い声が漏れて、ヘルメッポと呼ばれた門兵は途端に顔を赤くすると、手にしていた槍をナミの額に突きつけた。

小さな悲鳴がしたっきり、周りを囲む人々は息を呑んで、成り行きを見守っている。

「・・・もう一回言ってみろ。」

「何回でも言ってやるわよ、この能無し!人の命を何だと思ってるの?笑っていい命なんてどこにもないんだから!ましてやあんたみたいな下衆に・・・───」

槍を振りかぶった男の動きは、ナミの瞳にはいやに緩慢に映って見えた。
瞬きすらもしてやるもんかと男を睨んだままに振り下ろされていく槍の先端の、矛先が鈍く光った。

喉に触れた、と思った瞬間にキンッと甲高い音がして弾かれたその槍すらも、ゆらりと揺れて見える。

見れば白い切っ先が砂塵の合間から射した日の光にきらりと輝いて、自分の眼前には見慣れた男の背が在った。

「そこまでだ!」

空を切って鋭い声がこだました。

狼狽してしまったチョッパーは、あたあたとナミと、その前に立った男の顔を交互に見た後にようやっと事態を呑み込んで声のした方に顔を向けた。

黒い髭を蓄えた、その男を知らぬ者はこの町にいない。

この城を治める大名に家老として使えるその男の名はあまりにも知れ渡っている。
時折市井にもふらりと現れて酒を呑むこともある男に、町の民は遠い存在の大名よりも信頼を置いているのだ。

「ミホークの・・・おじ様」

馬上から降りると馬は軽くなった背に喜ぶように小さく嘶いた。

「門番は、門をも守ることが使命。それ以上の殺生は無用。」

「せ、殺生なんてそんな・・・俺はただちょっと驚かしてやろうと」

「ふむ・・・」

ちらりと目をナミの喉元にやって、ミホークはただ黙って門を開けるようにと顎で示す。
軋む音大きく開かれていく城門を見やりながらミホークはぽつりとナミの耳元で囁いた。

───借りていくぞ

その言葉の意味を捉えきれずに数度の瞬きを返していると城内から数人の男たちが出てきて「今日は城には上がらないかと」「何か急用が?」と口々に囃し立てる。

父の話ではミホークというのは変わった男で、戦に出れば強いのに、かと言ってどうも気分屋な部分があって、戦に出ることを辞退することもあるということだった。
殿からの評定に出ろと達しがあっても、出ない時は出ない。
それでいて、何故か人望厚く、殿も諌めることが出来ぬという。
その男がわざわざ自分から城に出向いてきたのだから、留守を預かっていた侍たちが慌てふためいたのも当然の話だろう。

「天下の大泥棒とやらの顔を拝もうかと思うたまで。殿はお戻りか」

「・・・は、はァ・・・」

「では前々から言うていた件の男も連れてきたと伝えてくれ」

「あ、あの・・・でももう疾風は・・・?」

「とにかく伝えれば良い。それから酒を用意しろ」

風に乗って、会話は途切れることなく聞こえてきた。




(件の・・・男・・・・疾風・・・・じゃあ、やっぱり・・・)


罠だ。

直感的に感じ取った。


ウソップから聞いた、用心棒だかのために呼び寄せた男を連れてきたという話で、ミホークは今こうして戦に出ていた殿の帰還を知らなかったのだから、ずっと留守役としてその男を待つ役目を仰せつかっていたのだろう。そしてその男をこの国を治める大名に面通しさせようとしているのだから、ミホークは事が終わったとは思っていない。
大名のいない間疾風を捕らえろと指示したのがミホークなのだとしたら、全て考えがあっての事なのだろうと、この男の性格を踏まえると全てが一直線に結びついた。

何のことはない。

あれだけ仕事に差が出ては、疾風が一人でなく数人いると考えて当然だろう。

満月の直前にウソップを捕らえたというのも全て計画通りだったのだ。

全て今宵、また別の『疾風』が行動を起こすとわかっていて、罠を仕掛けたのだ。

『疾風』を無罪放免にしようと、仲間を助けようとしている自分たちの気持ちなど見透かされているのだ。

そして、その件の男というのが・・・───


「ナミ・・・・」

同じく彼らの会話が聞こえたのだろう。
チョッパーは不安げな声で名を呼んだ。
しっかりしなければ、と言い聞かせても、暗くなっていく目の前の世界にどうすることも出来なくて、悔しくて、悔しくて、ナミは唇を強く噛んだっきり、その場に立ち尽くしていた。



途端に背後で散開しかけていた人ごみがどよめいた。

「あ、あいつ・・・三刀流のロロノア・ゾロだ!」

旅人だろう、大きな荷を背にして、傘を被った男がナミの前に居て刀を鞘に収めていた男を指差して大声で喚く。

「今のを見たか」

「いや、早すぎて訳が分からなかった」

「凄い奴もいるもんだな」

「海の向こうじゃ赤子も泣き止むほどに高名な剣豪らしいが」

どよめきは次第にざわめきに変わって、ゾロは、だが、飄々として聞こえぬとばかりに振り返ってナミの喉元を見下ろした。


「跳ねっ返りもここまでくりゃ大したもんだ」


指をそっと喉元に当てて、僅かに流れていた赤い血を掬い取った男の腰には三本の刀が差してある。


「・・・二本じゃなかったの?」

「あァ、これが最後の一本だ。ミホークの野郎、嵌めやがって・・・こんな国にまで取り返しに来る羽目に・・・」

「あんたの女房ってのは?」

「そんなこと言ったか?・・・・あー・・・言ったか。まァ、そりゃ気の利いた冗談ってェやつだ。」


血は掬ってもまだ出てくる。
袂を取ってごしごし擦るとナミの白い項に赤い染みが出来た。

何となく、気に障って唾でも付けてやろうとしたら、俯いたままに手を払ってナミが何かを呟いた。

「・・・・・・ったのね」

「・・・・あァ?」

「ウソップを、売ったのね」

一瞬、予想外の言葉に呆気に取られてゾロは何とも間抜けな顔で動きを止めたまま彼女を見つめることしか出来なかった。

「───最低。どこからが罠だったのよ」

「罠って、てめェ、何を・・・」

有難いことに衆人ざわめいて二人の声は真横にいたチョッパーの耳にしか届かない。
門番の二人はミホークの出現にすっかり萎縮して、門の横で直立しているだけで風の音も手伝って声を抑える必要すらもない。

「全部、嘘なのね。全部、全部・・・」

「ちょっと待て。てめェ勘違いしてるだろ。俺が奴に会ったのは昨日で・・・大体、俺ァずっとてめェの屋敷に居たじゃねェか。外に出てねェってのに何か謂われる覚えはねェ」

「こんな時ばっかり口が回ってるのも怪しいわ」

「阿呆。俺が嘘つくか。おい、ナミ。こっち向いて・・・」

顔を上げたナミの瞳に、大粒の涙が浮かんでいてゾロは言葉を紡ぐことが出来なくなった。


観衆未だ口々にこのゾロという男の武勇伝を大声で語り合う。
自分の知っている噂を自慢するが如く、やれどこぞの剣豪と渡り合った仕合は凄まじいものだったとか、どこぞの大名がどうしても配下にと望んだが、剣の道を捨てきれずにどれだけ金を積まれても首を縦に振らなかっただとか、名だたる武士が試合を挑んだが、勝った者は一人もいないだとか、あれやこれやと喚きたてていた。

「───何よ!」

ついに堪り兼ねて、ナミは黄塵の中突然大声上げて彼らを黙らせた。

「な、ナミ・・・」

チョッパーが袖を引いて彼女の気を逸らそうとしても、ナミは激情に肩を震わせてその手すらも払った。


「あんたなんか、弱いくせに・・・!!」


馬鹿、と大きく叫んだっきりナミは身を翻して走り去った。

チョッパーは追いかけようとしてから、はたと気付いてゾロの元に駆け寄ると少し躊躇ってから「カヤは?」と尋ねた。


「・・・カヤ?」

「ウソップの許婚だよ。ナミの屋敷に二人で行ったことがあるって言ってたろ。今朝、城に連れて行かれたって・・・───」

その話を聞いて、ゾロは暫く、深く考えていたが「ナミを」と彼女の去った方を指差してチョッパーの頭にぽんっと手を置いた。

「あいつに今日は家出るなって言っとけよ」

「・・・なァゾロ、俺はゾロじゃないと思ってるぞ。俺がいつ行っても家に居たもんな。ナミはそりゃ飴売りに出てたけど、ナミには俺からも言っておくぞ。だから、ウソップとカヤを・・・」

「いいから、ナミを追いかけろ。俺も直、帰る。それまでナミが変なことしねェように見張ってろ」

「え?あ、あそこに帰るのか?」

「他にどこに帰るんだよ?」


逆に聞き返されて、チョッパーは言葉に詰まったが、すぐにわかったと小さく頷いて、人ごみに消えたナミを追い掛けた。


指を見ればナミの血がこびりついている。
舌で舐め取って城門から中に入ると、待ちくたびれたようにミホークが「随分と嫌われているようだな」と言った。

「俺ァ弱いらしいからな」

「・・・・成る程」


頷いたミホークが僅かに肩を揺らした気がして、舌を鳴らした。

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