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9999HITを踏んでくださった希絵様に捧げます。

疾く風の如し


14




浮いた刀は長刀。

通常よりも幅広な、この世に二つとない形のソレが吹き付ける風にすぐさま地面に叩き付けられた。

低い呻き声に跪いた男の肩から腹に掛けて赤い血が溢れて、砂埃を被った石の上にぱたりぱたりと落ちていった。

おもむろに口に咥えていた刀を外すとそれぞれの刀を振って、刀身についた男の血を払った。
そういえば今更ながらに素足を地に付けていたために足の裏に石の角で多少擦り傷が出来たのか、じんとした痛みに気付いて家の中へと戻ろうとすると、呻き声の最中に「とどめを刺さぬのか」と悔しげな声で男はゾロを引き止めた。

振り返りもせず部屋に置いてあった鞘をに刀身を収めて脇に差すと、今度は草鞋を履いて外へと出る。
再度、坊主頭の男は「とどめを」と請うた。

「───場所が悪ィ。」

それにてめェにゃ、やってもらいてェことがある、と言うて男を立ち上がらせると、ゾロは先ほどまで命の駆け引きをした相手だと言うのにも関わらず、「ミホークの屋敷へ連れて行け」と白い歯を見せて拘泥も何もない、笑顔を見せた。

「さすがに今夜は時間を食うわけにはいかねェからな」

「・・・・何故俺が貴様に・・・・」

「アイツは今も変わらず、自分の弟子しか屋敷に置かねェだろ。いいとこ、あの酒運んできた女も多少の剣術を仕込んである筈だ」

「まさか、俺に手引きをしろとでも言うのか。浅はかな・・・」

「そんなもん必要あるか。俺が言いてェのは」



「兄弟子の言うことぐらい聞けって言ってんだ」


ゴン、と坊主頭を拳で叩くと、男は渋々と立ち上がって震える足取りで無言のままに歩き始めた。




************




───いい?

目で合図すると、チョッパーは大きく唾を飲み込んでから深く頷いた。
城の周囲は濠に囲まれていて、橋は城門の前に一つのみ。
勿論門の前は昼間と同じく門兵が居て、決して力があるわけでない自分とチョッパーがそこを正面突破するなどと無謀にもほどがある。

となれば、残された手段は一つしかない、とナミは民家の軒先に置かれていた梯子を三つ、拝借するとチョッパーに指示してそれらを棒で固定し、紐で縛り上げて一つの大きな梯子を作った。

有難いことに砂塵舞う今宵は見張りの目からも見えぬだろう。
城の中からは祝宴に浮かれる声が聞こえるが、それは飽くまでも私たちを欺くための偽装かもしれないからと、念を入れてナミはしだれた柳の木の陰の、城のどこからも死角となる辺りに目を付けて高い塀に梯子を掛けた。

風が吹くたびにゆらりと揺れるその梯子を渡るには勇気がいる。
濠のこちら側では石や、その辺に在った木箱を置いて土台としているが、それでも心許なくチョッパーに何度も何度も「しっかり固定してるのよ」と言って、ナミは梯子を上り始めた。

振りかぶれば黄塵の空に満月がぽかりと浮かんで、それを見ていると不意に勇気が湧いた。

揺れる梯子を握る手に力がぐっと入って、躊躇うことなく塀の上まで来ると、チョッパーがわぁ、と小さく歓声を上げた。

「次はあんたの番よ。こっちで抑えててあげるから早く来なさい!」


言うなり梯子の端に結わえてあった紐を持ってひらりと塀から城内の庭へと入ると、そこに在った松の木にそれを結んで「早く!」と小さく叫んだ。

塀に耳を当てていればぎしぎしと少しずつだけれども、音が近付いてくる。

周囲に目をやれば、東のこの庭には見張りもない。
きっと罠なのだから、そこら中から自分達を見ているのかもしれないと思ったけれど、今はそれに乗るしかない。

(地下牢まではきっと大丈夫・・・)

自分を『疾風』として捕らえたいのならば、城内に侵入しただけで捕縛するわけがないだろう。
仲間の捕らえられている地下牢までは易々と侵入させておいて、そこでお縄となるに違いない。
そこで、どう逃げるか。

逃げ切れるか。

(わからないけど、やるしかないわよ!)

心中決意を新たにすると、チョッパーがようやく塀の上に顔を覗かせた。

「こ、怖くなんかなかったぞ」

「偉かったわね、チョッパー。さ、早く降りてきて。」

えっえっと笑ったチョッパーは、ひょいと飛び降りると松の木に結わえられたままだった紐を外した。
腰に持った小さな短刀でなるべく長くそれを切ると、濠に梯子が落ちた音が盛大に響いた。

いくら風の音に包まれている今宵とて、さすがに誰かが今の水音に気付いたのだろう。
門の外では幾人かの声が聞こえてくる。

砂塵にまみれた闇夜では、波紋を見ることが出来ても梯子の存在までは気付きはしまい。
ナミの言った通り、塀の向こうでは「誰だ」と喚いて「上がって来い」なんて水に向かって叫ぶ兵もいる。
前を行く少女はやっぱり頼りになるんだと何だか誇らしくも思えて、チョッパーはにこ、と微笑んだ。




************




黄塵荒れるこの土地は、四方を山に囲まれた盆地になっている。
交通の便はいささか悪い。
その上、他国との交流は海を渡らねばならず、ここで生を受けた者はそうそう他所へ流れることはない。
ただ名産品が特殊だからと商人の足は止むことなく、それだけがこの国を潤していると言っても過言ではない。

こんな国を守る城は、例え大名が住まおうとも大して防護に力を入れているわけでもなく、天守閣までは三層に分かたれただけの平城の周りを行けばそこに奉公する者のためだろう、勝手口がぽかんと白い壁の真ん中に在って、ナミは臆することなくそれを開けた。

木戸の軋む音はそこから入り込んだ風音に消された。

素早く中へと入って扉を閉めると、案外自分たちの身に付けた衣の上にも砂が多く、戸口の傍で軽くふるい落とすと、どこからか女たちが忙しく話す声が聞こえてきた。

チョッパーを向いて、口に指を当てると忍び足で光の灯されたその土間続きの部屋へと歩み寄る。
何とも言えない良い香りが鼻をついて、ここは台所だろうと内心で頷いていると一人の女が声を荒げて言った。

───いいよいいよ、そんなの。今日はただでさえ忙しいのに、何で罪人の分なんか。
───ミホーク様が言ってたのよ、死に逝く者でも腹は空くってさ。
───数刻も経てば打ち首になるんだろう。もう夜更けだし必要ないさ。
───でもミホーク様に言われたんだよ。しょうがないじゃないの。

二、三の問答を繰り返して、大音声の女は渋々と膳に飯を盛ると祝宴に出すための肴なんかを皿に置いた。

「ウソップのことだわ、きっと。チョッパーあの女の後を尾けるわよ」

「・・・う、うん」


給仕女の後を追って行くと、廊下の隅で立ち止まった女は食事の盛られた膳を置き、隅の板の隙間に手を掛けて床板を上げた。
現れた階段を降りて行く。

「ナミ・・・行かないの?」

「鉢合わせしちゃうじゃない。彼女が出てくるまで待たないと・・・」


言いながらもナミはその頭の中で女達の会話を半数しては眉を顰めていた。
頃は夜半。

祝宴続く城内で、台所に立つ女たちが居たってそりゃ不思議じゃないけれど、いくら何でもこんな時刻に夕食を持っていくというのはおかしい。
その上、ミホークが指示したというではないか。

(ミホークのおじ様が祝宴に居て、指示したの?それとも、罠かしら・・・)

考える間に女がまた顔を覗かせて、床を丁寧に元通りにすると、台所へと戻って行った。

(考えてても埒が明かないわ)

罠だとしても、ウソップがそこに居ると言うのならば行くしかないのだと自分に言い聞かせてナミはチョッパーをちらりと見やってすぐに女が開いたその床板を手探りで探り当てると、地下へと降りていった。

湿った壁伝いに降りていくと、人の気配どころか物の怪でも出るのでないかというほどに何とも陰鬱な廊下が続いていた。明かり取りのための窓は格子だけで、閉じられてもいないからか、廊下には風に運ばれてきた砂がいたるところに散らばっていた。

本来なら月明かりも入るだろうが、砂塵は月明かりが此処まで届くことを許さず、ただただ闇の中を手に当たる壁を伝って歩いていく。
その内奥の方にようやく人の気配が在ると悟ったのは、食器の触れ合う音が微かに聞こえたからだった。


「ウソップ?」

声を掛けると音がパタリと止んだ。

「ウソップ、そこに居るのか?」
たたっと声のした奥の座敷牢に駆け寄って、チョッパーはわぁ、と嬉しげな声を上げた。

「チョッパー!お前何でこんな所に・・・な、ナミ?!どうしたんだよ、お前ら!」


捉えられて一日以上もこんな薄暗い地下に居たというのに、ウソップは自分の立場がわかっているのかいないのか随分と明るい声で再会を喜ぶと、格子の合間から腕を伸ばしてチョッパーの肩をぽんっと叩いた。

「どうしたもこうしたもないわよ。あんた、自分が明日どうなるかわかってんの?助けに来てあげたんじゃない。」

「そうか、そうか、俺サマを助けにな。いや、そりゃあ当然だ。何せお前らと来たら俺が居なきゃ何にもできねぇひよっこも同然だからな!」

「ナミが決めたんだ。俺達って・・・」

「けど俺だって逃げ道を考えなかったわけじゃねェ。いや、あと半刻もすりゃこっから出てやろうかと思ってたとこだ。飯も頂戴したしな」

いやに明るい声音が地下のこの空間に響いて、時折吹く強い風が明かり取りからざぁと砂塵をばら撒いても、気にするでもなくウソップは自信をそのまま顕にしたような笑顔をナミとチョッパーに見せつけた。

「この地下牢の壁をよ、押すと外に通じる穴があるんだ。前にとっ捕まった奴が作ったんだろうな。城の奴らも頭が悪ィ。それに気付かねェなんてよ。・・・兎に角俺ァこっち側から逃げようと思やいつでも逃げられるんだぜ。だからお前らは騒ぎにならねェうちにとっとと帰るんだな」

「・・・・・・え?」

言い終えて、胸を張ったウソップにチョッパーは瞳を瞬かせていた。

「ほ、本当か?」

「チョッパー・・・・俺が嘘を吐いたことがあるか?」


あるけど。

嘘を吐かないウソップなんてウソップじゃないぐらいいっつも嘘を吐いてるけど。


「バカ!」

一喝したナミに我に返ってチョッパーが、左に顔を向ければナミは呆れたように髪をかきあげては溜息を一つ漏らした。

「嘘を吐く相手を間違えてどうすんのよ」

「う、嘘じゃねェ!本当にここの壁には抜け穴が・・・」

「そう?じゃあ見せてみなさいよ。」

至極冷静に言われて、ウソップはたじろいだ。
心の中で、こんなに機転の利く幼馴染に閉口して、だが、それを表に出せばナミはそれ見たことかとせせら笑うだろうと考えると後に退くことも出来ない。

「か、壁を動かすとでかい音が出るからな。ここの奴らが寝静まったらいくらでもやってみせてやっても・・・」

「何であんたってそう嘘つきなのよ!」

「おっ俺が嘘なんか吐くか!」

「どう考えても嘘じゃない!じゃあどうしてその抜け道とやらからさっさと逃げないのよ!?」

それは、と言葉に詰まってウソップは、目を逸らすと「お前らの力を借りるまでもねェ」とつっけんどんに言い放った。

「・・・もうっ!折角ここまで来てやったってのにその言い草って何?」

「だ、誰も頼んでなんか・・・───」


じっと二人の会話を聞いていたチョッパーが、ふと顔を上げた。
幼馴染たちがいつものように言い争いをしている横で、ちらっと僅かに見える砂塵の空に目をやると、チョッパーはナミの服の裾を引いた。

「ナミ、声が聞こえねェぞ」

「あんたって大体がそうなのよ!どうせ嘘吐くなら申し開きの時にでもすればいいのに、どうしてこうやることなすこと・・・え?な、何?チョッパー・・・」

もう一度強く裾を引かれてようやくナミは荒げた声を抑えた。


「声がしないんだ。さっきまで祝宴の声が聞こえてただろ?」


耳を澄ますと、彼の言う通り、人々が勝ちを祝って笑いさざめく声は止んでいた。

その代わりとばかりに遠くからはわぁと騒々しくざわめく男達の声が風に乗って聞こえてきた。


「も、もしかして俺達のこと・・・」

「・・・それだったらとっくに捕まってると思うんだけど・・でも、何かあったことは間違いないみたいね。チョッパー、ここは退散よ。早く行かないと・・」

「うぉいっ!俺は・・・───」

抜け道があるんでしょ、とくるっと振り返ったナミが冷たく言い放つと、ウソップは青ざめた顔でおうと返す他なかった。

「ウソップ、俺達また来るぞ。今は外で何があったのか見に行くだけだよ。だって、ナミがウソップを助けに行こうって言い出して・・・」

「チョッパー、余計なこと言わないのっ!行くわよ!」


格子の隙間に腕を入れて、チョッパーはウソップの手をぐっと握るとナミの声に導かれるように座敷牢から身を離した。






「───ま、待て!チョッパー!!」

「大丈夫だよ、ウソップ!心配しなくってもちゃんと助けに・・・」

「それ、俺の服じゃねェか!?」



チョッパーが身に付けている裾の長い衣を指差してウソップが尋ねると、少年はパチパチっと丸っこい瞳を瞬かせた後に「あぁ、これは・・・うん。ウソップの借りたよ。べ、別に汚してねぇぞ!ナミが着ていいって言ったんだからな!」と言い訳じみた言葉を続けた。


「バカ!そうじゃねェよ。ありがてェ。おい、ナミ!おいっ!!ちょっと待て!俺も今すぐに出る!」

「えぇ、抜け道とやらからね。私たちはこっちから行くわ」

「そうじゃ・・・」


なくって、と慌てた様子でウソップはナミを懸命に引きとめようと待て、待て、と何度も叫んだ。

しょうがないとばかりに肩を竦めて彼の眼前まで戻ると、ウソップがいやに生き生きした瞳を見せている。


「お前も手伝ってくれ」と言った幼馴染は、さっきの言葉を謝ることも忘れてチョッパーに手招きをした。

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