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9999HITを踏んでくださった希絵様に捧げます。

疾く風の如し


9




風音は止まぬ。
そういう時季なのよ、とナミはいちいち風が鳴るたびにちらりと外を見ていたゾロに諭した。

「変わった国もあるもんだ」

「海の向こうじゃこんなに砂は舞わないって言うわね。」

「そもそも黄色い土なんかじゃねェ。この土地が乾いてんだろ」

「・・・だから、躍起になって戦を仕掛けてんのよ」


声を少しばかり低くして、ナミは憎々しげに呟くと次の瞬間にはもういつもの顔になっていて、畳の上で横になって腹を擦っていたゾロにどきなさいと命じた。

布団を敷きだした女に逆らうことも出来ずに柱にもたれて腕組みしたまんま甲斐甲斐しく働く少女の姿をじっと見て、ゾロは何か思い立ったように「おい」と一声、ナミに掛けると途端に意地悪な笑みを浮かべた。

「一緒に寝るか?」

「・・・・・・え?」

「お前の床もここに用意すりゃいいじゃねェか。俺が来るまでここで寝てたんだろ」

「な・・・何言ってるの?」

決まりだ、と笑うとゾロはさっさと奥の部屋からナミの布団一式を持ってくる。
口をぽかんと開けたまま彼を見ていると、相好崩して「同じ床で寝てェか」なんて言われて、ナミは途端に耳まで朱に染まった。

「馬鹿!同じ部屋でも一緒に寝るわけがないでしょ!?早く戻してきなさいよ!」

ハハッと笑ってばかりの男に業を煮やしてナミは、私は向こうで寝るからと言うなり布団も何もない部屋へと足音高く向かった。暗い部屋の中で、月光は明日の満月を報せるように強い光で影を深めている。乱暴に襖を閉めると、柱が悲痛であると言わんばかりの軋みを響かせた。

苛立ち紛れに外と中を隔てた障子を開けようとして、今宵そんな事をしてしまったらたちまちまだ止まぬ風は砂を部屋の中へと運んでしまうと寸前に気付いて慌てて手を引っ込めた。

家中を揺らすばかりの強風が時折吹いて、妙に心寂しくなる。

先刻まで、確かにゾロのあの態度に憤っていたはずなのに、そんなものはどこかへ消えてしまっていて、ナミは体を温めてくれるべき物が何もない室内を見渡すと、暫し闇の中じっと考えこんでいたのだが、諦めたような溜息を落とした後に項垂れながら彼がいる部屋へと戻ることにした。

廊下すらも雨戸を閉めてしまえば薄暗い。

ゾロのいるあの部屋に明かりが灯されていなければ、勝手知ったる家と言えども歩くこともままならないだろう。

襖の隙間から僅かに漏れ出した光を頼りに部屋へと戻ると、ゾロはもう寝転がって瞳を閉じている。

(よく寝る奴で助かったわ・・・)


この部屋に戻ったら、それ見たことかと笑われるだろうと覚悟していただけに拍子抜けしないでもないが、それでも有難い。部屋の隅に置かれた行燈の小さな炎を吹き消すと、暗闇がじんと目に沁みた。

手探りにようやく床を探し当てて体を横たえたその時、不意に隣で寝ていた筈の男が口を開いたものだから、ナミは驚いて彼のいるべき場所に目を見やったが、何せ視界には何も映らないのも当然で、低い声ばかりが耳に届く。



───てめェは後悔するか。


「・・・後悔?いきなり何なの?」



声に出して聞き返してみると、案外自分の声が大きいものだから胸がどきりと高鳴った。
彼につられるように小声にもなってもう一度「何を後悔するって言うのよ」と尋ねると、低い声が再度届く。



───何かを決めて後悔するか。



(いきなり・・・何なのよ?)

彼の問いに返答しかねて眉を顰めたままに言葉の意味を探る。

ゾロがいきなり何故こんな事を問うてくるのか、さっぱりわからない。

何かを決めて後悔するか。
それは、決めた後にわかることだろう。


後悔するような事柄が最近にあっただろうかなんて疑問に至って、ふっと幼馴染の顔が頭を過ぎった。

町の先に悠然と構える城の地下に、大罪人として捉えられているウソップ。
不安をどうしても拭いきれずに上目遣いのまま自分を見ていたチョッパー。


明日の夜、満月の下、全ての決着が着くだろう。


だって、お城に捉まってる筈の『疾風』が騒ぎを起こすんだもの。
これできっとウソップは無罪放免になる。カヤはどうしてるだろう。許婚が罪人なんて言われたら、きっと心苦しいだろう。泣いているかもしれない。ウソップの父、ヤソップも。傷は大丈夫だろうか。

手伝うと言い張ったチョッパーをとにかくも諦めさせたのは、彼には彼を想う祖母がいるのだし、何より医師としての道だって在るのだから。巻き込むわけにはいかない。


明日、私が一人で行動を起こせば、ウソップへの疑いは晴れるだろう。


(私ならいいのよ)

悲しむべき肉親はもうこの世にいない。
もしも捕まったとしても、誰に迷惑をかけることもない。

かかるものがあるとすれば、亡き父の名。

(でもそんなもの・・・───)

もういないんだから。

父も母も、繋がる人々ももういない。

ウソップにはウソップの道がある。
チョッパーにもそれがあって、ここに留まっているのは私だけなのだから。

決して自棄になっているわけでもない。
でも大切な仲間を助けるにはその方法が最善だとしか思えないから、だから私は明日『疾風』となって姿を現す。彼らとの時間を守るために、彼らの時間を守るために私は『疾風』になる。

寂しさを紛らわせるために、友人を巻き込んでしまった私にできる贖罪はこれしかないのだから。


『後悔するか、しないか』




「・・・そんなの、その時になってみなきゃわからないわよ」



しんと静まり返った部屋の中で、ゾロはもう寝てしまったのかとも思ったが、ぽつりとそう呟くと不意に彼の息遣いが聞こえた。




************




「ゾロ・・・?」

彼の気配を確かに感じて名を呼ぶと、ゾロはいやに静かな声を出す。

「その時ってのは。」

あまりに低く、抑揚なく問われては居心地悪く、ナミは彼に見られているわけもないのにすっと顔を逸らした。見透かされている気がして落ち着かない。

そんなわけはない。
彼が私の正体を知っているわけも、ましてや明日のことを知る由もない。

「あんたに聞かれたから答えたまでよ。だってわかんないじゃない。そんなの」

ナミ、と言うてゾロの手は、闇から抜きん出て私の頬を抓った。
どうしてその場所に迷うことなく手を伸ばせたのかと不思議に思って彼の居るべき場所に目を向けるとそれも見えたようで「俺ァ夜目が利くんだ」と尋ねる前から微かに明るみを帯びた声でゾロが答えた。

「そうみたいね。でも、手は離してよ。」

「こうしてたらてめェにも俺が見えるじゃねェか。親切心だ、親切心」

「わかったから、離してよ。」


落ち着かないのは、彼の声の響きの所為だけでもなくなって、自分には彼の姿を視認できぬというのに、その彼は自分を見ているのだという事実に、自分の顔の繕い方すらも忘れてしまっているからで、全て曝け出しているような恥ずかしさにナミは闇の中で頬を染めていた。

さすがに色までは判別できぬだろうと顔だけは平然取り繕おうと意識を集中していると、今度は眉の間を突然指で弾かれた。


「・・・何?」

「すげェ顔」

ハッと笑ったその声が、暗闇をなぜか心地良く感じさせる。

すぐに離れた指を追って手を出すと、ゾロの肌蹴ているのだろう胸板に触れた。

何も言わないゾロに、白く細い指はつっとその輪郭をなぞって刀傷に手の平が当てられると、男にその熱はじわりと伝わって、「何だ」なんて少しだけ怒ったような、そんな声が返ってくる。

「あんたばっかりじゃないのよ。」

「何が」

「私ばっかりやられるなんて不公平じゃない」

押し当てた手を彼の肌に添ってゆっくりと這わせる。
鎖骨から首を辿って、顎に到達した指をゾロの唇に乗せた。

暗闇は自分を包んで、彼の姿を隠して、それでいて指先から伝わる彼の姿があまりにもいつものように憮然としているような気がするから、ナミは唇を尖らせた。

「わかんないの?」

「・・・さっきから何なんだ、てめェは。誘ってんのか」

「───もう。違うわよ。ねェ、ゾロはわからないの?」

「わかるか。」

「鈍感ね。」


でもそう言う自分にしたって、どんな言葉でこの気持ちを彼に伝えればいいんだろうと悩んでしまう。
この部屋の中にゾロと私が居て、家の外からは夜空を走り去る風の音。
巻き上げられた砂が木戸を叩いて、ざわめきを残す。
どこからか入ってきたすきま風が、私とゾロの間でゆらりと揺れて消えていく。



「愛しいのよ」と言って、ナミはその華奢な腕を彼の肩から手へと這わせると、骨ばった男の手をきゅっと握った。


「何だか、愛しいのよ。全てが。」

「音も、風も、熱も、全て。」

「私ですらも、愛しいんだわ。」


言って、ナミは惜しむようにゆっくりと彼から指を離して瞳を閉じた。


「あんたには、わかんないの?」


暫し、沈黙を聞いているとゾロが「わかりたくもねェ」と言う。


「馬鹿馬鹿しい」

「あら、どうして?いいじゃない。あんたにはわかんないのね、可哀想」

「・・・てめェに哀れまれる覚えはねェ」

「だって、世界が違うんだから。前は夜風なんて吹くだけで憂鬱になったのよ───後悔、しないかもしれないわね。今なら。」

不意にゾロの手が暗闇から現れて、私の髪を乱暴にかき混ぜた。
何するの、と小さく抗うと、ゾロは呆れた声音で「阿呆」と言って大きな溜息をついた。

「人がせっかく気分良いのに、あんたってそれを壊すのが得意よね。あんたに阿呆って言われる筋合いなんかないんだから。」

「阿呆だろ、阿呆。」

「な・・・───」


ぐっと、息を呑んでしまったのは、彼の顔が気付けば眼前にあってさすがに暗闇と言ったって自分の目が慣れたこともあるし、鼻も付くほどの近さなのだから否が応にもその瞳が自分を見据えていることぐらいわかる。


「達観してんじゃねェ、ガキが」

「ま、また子供あ・・・」


重なった唇は言葉を紡ぐことも許さずに、ただ私を求めては強く吸う。
閉じていた唇を彼の舌が強引に割って入って、首を振ろうにもいつしか顔の両側を彼の手は押さえつけていて、ただ身を固くすることしか出来なかった。

(・・・何・・・?)

これは。

何だろう、とやけに頭が冷静に彼の行動を傍観視して疑問が胸にふつふつと湧き上がった。

そりゃ短い付き合いだけど、こんなのゾロらしくない。
まるで、お仕置きとばかりに強引に私を吸う。

その舌が這って、項を舐め上げる。


「・・・ン・・・っ!」


小さく喘ぐと、ゾロは襟元から手を入れて私の肌に触れた。

抵抗ができないのは、彼が私の上にいるからじゃなく、その掌から伝わった熱があまりにも嬉しいからだ。
私はこれを、求めていないわけじゃなかった。
でも、未練を残すことが嫌で、嫌で、だから彼のこの熱を受け容れずにいたと言うのに。


「・・・ぁ・・・」


指先が双丘の頂に触れて、ようやく我に返った。

着物は肌蹴て、彼の手に体を預けて、でも今夜それをすることは罪悪感すらも覚えてしまう。


「───あんたは後悔するの?」


胸の下から舐められて、体は意識の外に与えられた快感に震えた。
掠れた声でようやっとそれだけ聞くと、ゾロはようやくそれを止めて顔を上げると、じっと私の瞳を見る。


「───あんたは、後悔しないの?」


暫くして、小さく舌を打ち鳴らした男は体を離すなりごろんと寝転がって「わかるか、そんなもん」なんてぶっきらぼうに答えた。

「私と同じこと言ってるじゃない」

「てめェと俺を一緒にすんな」

「そうね、少なくとも私はいきなりあんたを襲ったりしないもの。」

返答が聞こえない。
何か言ったような気もするのだけれど、聞き返しても、ゾロは口を開こうとしない。
体を起こして覗き込むように顔を近づけると、ゾロは不機嫌極まりなくしかめッ面を浮かべている。

「あんたと私は似てるのかしら」

「・・・───似ててたまるか」

「そりゃ私はあんたみたいに寝てばっかりじゃないし、あんたと違って気が利くし、あんたほど無愛想じゃないわよ。でも似てるのよ、私達は」


ようやく瞳をナミに向けて、不思議そうに彼女を見つめているとナミはふふっと笑って鼻を摘んだ。


「だからわかるのよ。ゾロ、何か知ってしまったんでしょう?どうしてかは知らないけど。」


だって、ゾロ、あんたってば随分と思いつめているように見える。
暗闇の中で私に表情を悟られないと知って、安心したのはあんたの方ね。
私に何かを聞きたくて堪らないんでしょう。
けれども、言葉にしないのがあんたの優しさなのね。

そこまであんたが思うところの中心に私が居るとすれば、それは私の正体のことしかない。

直感でしかないのに、何故か確信できる。

だって、私達って何だか似てるもの。

お互いがお互いを観察するように見て、お互いの存在に安堵を覚えて、その熱を覚えているじゃない。
私の思うことはあんたは何故か手に取るようにわかってくれるし、私もあんたが何を求めているのか瞳を見ればわかるのよ。

今のあんたの瞳に迷いが浮かんでいることすらもわかってしまう。

───難儀な、でも何てくすぐったいこの感情はどうすればいいんだろう?



「・・・明日は大人しくしてるんだな」


言うが早いか、ゾロはナミを片腕に抱き寄せてその背に両の手を回した。



「続きは、明日が終わってからだ」









ふと、ウソップから伝え聞いたあの用心棒の話が頭に過ぎっていく。





(───でも三刀流だって・・・)



暫し、彼の腕の中で考えてナミは唇をきゅうっと噛むと、静かに瞳を閉じた。


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