UNTITLED Fate/ランバゼ

「ランサー」

商店街を歩いていると、聞き覚えのある声が背後から掛けられた。
少し前まではこうして話しかけられることもなかったその女の声はあの戦い以降、妙にやわらかくなった。いや、そもそもが自分に話しかけてくる、ということ自体がなかった。

どうしたか、と呼ばれた男が振り向くと、そこには初夏の風に淡く紫の長髪を揺らし佇むライダーの姿があった。

「珍しいですね。いつもならこの時間は釣りをしているのではないですか。」
「まあな」と相槌を打つと、ライダーはじっと説明を求めるような瞳で俺を見上げた。

さすが女神様ともなれば当然、容姿は綺麗なもんだ。
あわせて、俺たちが呼び出されているこの時代には珍しい、足まで伸びた髪がさらりさらりと風になびきゃ、通り過ぎる男どもがちらちらと視線を浴びせてくるのも仕方ない話だろう。

「別に、たいした理由じゃねぇけどな。散歩でもしようかってブラついてたってぇとこか──あんたは?」
「本を・・・買いに来たのですが」
「ですが?」
「・・・──貴方にそれを言う必要はありません。」
「へぇ。」

少し困った顔で言いたくない、と言うのだから、それ以上訊くまでもない。とっとと別れを告げてマスターんとこにでも行こうか、と踵を返すと、ライダーが戸惑ったように「ランサー」と、また呼び止めた。

「貴方は」と言って、躊躇いがちに言葉を噤む。

眼鏡の奥で、ライダーは、そっと目を伏せた。
言葉を選んでいるらしい。

どうせ今日は何の予定もないし、急いでここを離れなきゃいけない、というわけでもないから、話に付き合ってもいいのだが、いまいちはっきりとした意思が伝わってこない会話は少々苦手だ。

苦手な理由は、だからと言って問いただせば女ってもんはすぐにへそを曲げる、とわかっているからでもある。

内心で、どうも時間が掛かりそうな会話に付き合うか、それとも、話の結論を急がせるためにこっちから根掘り葉掘り訊くか、さあどうするかな、と考えていると、案外あっさりとライダーがその一言を口にした。

「貴方は今、幸せですか。」

*

一度この道の草刈でもしようか、と足元を見ながら、夏に向け生い茂る雑草が伸び放題の洋館への道を進む。
まあ、道などはあって無いようなものなので、この雑草を刈り取ればそれが洋館への道になるのだろうが。
俺が草刈りでもおっ始めたらあのマスターは何て言うかな、と想像しようとすると自然と頬が緩む。

仮にもランサー、あなたは・・・と説教を始めるのか、慌ててあのスーツのまんま、俺より先に草刈りをしようとして私だってそろそろしないということはわかってた、とでも言うのだろうか、何にしても彼女の反応は実に楽しい、そこまで考えて、ふと、ついさっきライダーが話していたことを思い出した。

ライダーがつい最近、読んだ小説にあったという「今自分が幸せかどうか」というくだり。彼女はそれを読んだ瞬間に、あ、と思ったらしい。

言葉少なに説明した彼女の話をつなげると、とにかく、その文章を読んだ瞬間、ライダーは「あ」と思ったということだった。

だが、ライダー自身も何故、己の中で嘆息をついたかの理由が見当たらなかったようで、その疑問を解消するために、違う本を買いに来たのだが、どれだけ探してもなかなかそれを解決してくれるような本が見つからない。
似たものはあれども、中を少し読んでみると、自分が求めている本ではない、と棚に戻してしまう。

結局、二時間も本屋にいて見つかりませんでした、とライダーは淡々と話し、今から橋を越えて大きな本屋に行くつもりなのだと言った。

「そりゃな」と、ライダーの去っていく姿を思い返すと呟きがこぼれた。

がさり、と最後の茂みをかきわけるように進むと、立派な洋館が目の前に森厳な佇まいを見せ、緑色に包まれていた視界の中に華やかな風采を施す。

ゆっくりと歩を進め、玄関の重い扉を開ける。

造りがしっかりしているのもあるのだろう、以前は多少軋みを聞かせたその扉は、僅かに錆止めを噴きかけただけで、今は随分と静かになった。

耳を澄ます。

屋敷内はしんとしている。
背に聞こえる木の葉擦れの方が大きいぐらいだ。

扉を閉めると、殊更静寂が増した。

「マスター」

声を掛けると、すぐに二階のドアが開く音が聞こえる。

ぱたぱたと慌てたような足音、けれども廊下を曲がって階段の上に姿を見せた途端それは静まって、一度咳払い、すぐにきりっと背を正し、俺のマスターは降りてくる。

決まって「何ですか」と言うのだ。

「何ですか、ランサー。」

ほら、と笑うと、マスターは不機嫌そうに眉を潜めた。

「人の顔を見るなり笑い出すとは失礼な行為です、ランサー、どういうつもりか知りませんが、私を怒らせに来たというなら、帰ってもら・・・」

二階の窓から射す陽射しに、彼女の紅い髪はきらきらと輝いていた。

短い髪は不機嫌に喋る彼女の口の動きに合わせて毛先を小さく小さく跳ねる。

「な・・・」

瞼を閉じた自分には見えないが、止めた言葉に頬を少し赤らめているだろうことが伺える。

差し伸べた手で抱きしめようとした。

この指先で頬をなぞろうと、したのだ。

怒る顔すら可愛いなんて、まったく、この感情を伝えるには抱きしめるしかないんじゃないか。

「な、な、ん・・・? だ、大体、ランサー!今日も私の言いつけを守らず、ただいま帰りましたと言ってな・・・」

「言葉なんて」と言いながら額を寄せた。

言葉なんか求めるから悩むんだろ、と、ライダーの顔を思い浮かべる。

吐息が近い。
彼女は声を潜め、たどたどしく「なんですか」と、言った。

俺の手を払おうとしたのか、腕の内側には彼女の皮手袋の冷たい感触がある。
それが、微かに一度だけ、ぴく、と震えた。

目を閉じている方が近く感じるな、とぼんやりと考えた。

か細い声で俺の名を呼ぶ。

抱き寄せようとしないから、何のために、こうして俺が抱きしめる直前で動きを止めたのか、わからないんだろう。

ただ、抱こうとした寸前、こうしたいと思っただけだ、と説明するのもどうも変だからそのままじっとしていると、マスターがもう一度、今度は問いかけるように俺の名を呼んだ。

 

幸せだ、幸せだ、と男は二度呟いた。






FIN.

日記でアップしたSSです^^

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