CRAVE FOR YOU 5 「それで、カヤさんはウソップさんと・・・?」 「や、やだ!そうじゃなくって・・・彼ってすごく優しくって・・・結局朝送ってもらってそれだけだし・・・でも、毎日メールしてくれるの」 きゃあ、と恥ずかしそうな声が春の風に乗って、屋上に響き渡った。 合コンからもう1週間も経ったうららかな春の午後。 いつものようにナミはビビやカヤと一緒に、屋上でお弁当を広げていた。 そこで、ビビが思い出したように「昨日もルフィとデートした」なんて話をしだして、またもあの晩の事が話題になったのだ。カヤの話では、ウソップがカヤが目を覚ました後もずっと飲んでいる時と同じようにホラ話を聞かせて、すっかりカヤの心を掴んだらしい。毎日メールをしていると言ったカヤは本当に幸せそうに微笑んでいた。 そしてナミはと言えば。 「ナミさんは、本当にゾロさんと何もなかったの・・・?」 躊躇いがちにビビがナミの顔を覗き込んだ。 彼女があの日以来、明らかに元気がないのは、ビビもカヤも知っていた。 だが、何かあったのかと訊けば、何もないと答えるし、その後で必ず大きな溜息をつく。 ナミらしくない、とビビとカヤは首を捻っていた。 明らかに、月曜日、学校に出てきた時からナミは青空を見上げては溜息をつき、ビビやカヤが恋愛話で盛り上がれば一歩引いたところでただ聞いているだけ。時折、思い出したように顔を赤くして、一人で首をブンブン振っているし。これで『何もない』わけがないのだ。 「ないわよ・・・別に。何も。」 「そうかしら・・・ねぇ、カヤさん。ナミさん、おかしいと思わない?」 「え?・・・えぇ、そうね。何となく・・・」 友人二人の言葉に、ナミが口を尖らせた。 「何よ、二人して。私はいつも通りでしょ?どこがおかしいの?」 「だってぼんやりしてるし・・・誰かに恋してるみたい。」 「あら。そういうビビさんこそ、口を開けばルフィさんの事ばっかり・・・」 「そ、そんなことないわよ。そういうカヤさんこそ・・・」 うふふふ、なんて軽く笑って、二人がまた惚気始める。 (羨ましい・・・───) あれだけ『負けた』ことにこだわっていたというのに。 今の自分は、素直に彼氏とラブラブのビビを羨ましいと思うし、もう付き合う直前で彼のメールを心待ちにしているカヤを可愛いと思ってしまう。 それもこれも、あの晩のせい。 あの日、出会ってしまった男のせい。 自分だって、本当はわかっている。 自分が自分らしくないということ。 それでも、青空を見ては彼は今何してるんだろうとか、彼も今この青空の下、どこかで笑ってるんだろうかとセンチメンタルな気分になったり、あの晩の彼のキスを思い出しては胸をときめかせたり、やっぱり自分を拒んだのは彼には彼女か、好きな女がいるからかと思って泣きそうになったり。そんな自分を止められないのだ。 たった一晩、数時間見ていただけの男の事ばかりがナミの頭に浮んできて、ナミは日増しに彼に会いたいという思いを募らせていた。 けれども、会えないのだ。 あんな自分を見られてしまったことが恥ずかしくて。 あんなバカな事をした自分を知る彼に顔向けができなくて。 どうしても、会えない。 あの晩の事を思い出すと、その恥ずかしさでまさに穴があったら入りたい気分になってしまう。 彼はきっと、自分の事をバカにしてるだろう。 そうとわかっているのに、みすみす彼に会いに行くなんて、人並み以上にプライドの高いナミにとっては尚更、できないことだった。 「でも、ナミさん。ルフィさんに聞いたんだけど・・・」 な、何・・・───? まさかゾロが、あの晩のこと、ビビの彼氏に話したんじゃ・・・ ナミは息を呑んで、ビビの言葉を待った。 「ゾロさんって、飲み会に女の人がいたらすぐに帰っちゃうんですって。飲む相手がいないからとかで・・・」 あ、ああ・・・そういう話ね。 まあ確かに、アイツのペースについていける女なんてそうそういないでしょ。 私だって、思いっきり飲める相手じゃないと、お酒も美味しくないわ。 「だから、ナミさんの事気に入ったんじゃないかって。ルフィさん言ってたの。ゾロさん、帰らずにナミさんと飲んでたでしょ?」 「そう言えば、ウソップさんも言ってたわ。ゾロさんが最後までいたなんて珍しいって。そもそも、合コンって聞いた時、初めは行かないの一点張りだったのに、急に行くって言い出して・・・皆びっくりしてたって」 ・・・多分ね、それはお酒が飲めるからよ。 そんな奴よ、アイツって。 「行くって言い出したのは、私達の写真を見せてもらってからだって・・・」 「そうよね。二次会でもゾロさん、すぐにナミさんの近くに座ってたし・・・あの後、ゾロさんに会えたんでしょ?ルフィさんが、ゾロさんは一回女を送るってなったら、死んでも送る奴だから、今頃ナミさんを必死で探してるって」 「まぁ・・・会えたには会えたわよ」 お嬢さま二人は、顔をパッと笑顔に変えて、やっぱりと頷いた。 「じゃあやっぱり、ゾロさんと何かあったんでしょ?」 「あの時間だったら、終電終わってたし・・・」 「あっ・・・もしかしてナミさん・・・きゃあ!」 既に経験済みのくせに、ビビってば顔が赤いわよ・・・ 「ちょっと、ビビ!何を想像してるのよっ!?あのね、何もなかったわよ?ゾロはすぐに帰っちゃったし・・・」 「『ゾロ』!ナミさんってば、もう呼び捨てにして・・・」 今度はカヤが顔を赤くしてる。 ちょっとちょっと!何でそうなるのよ? 「カヤまで・・・違うわよっ!本当に何もなかったの!私一人ホテルに残されて・・・」 あ・・・しまった・・・─── 『ホテル』という言葉に、変わってしまったナミの秘密がそこに隠されていると知った少女二人は、矢継ぎ早に質問攻めにしてナミを離そうとせず、ついに予鈴が鳴る頃にはその秘密の片鱗を聞き出していた。 ナミは飽くまでもその日の自分の目的を隠して、ゾロとホテルに行ったこと。けれども、自分が怖くなって結局最後まではしなかったこと。そして、その日から彼の事をつい思い出してしまう自分がいること。・・・そうわかっていても、あんな恥ずかしい自分を見られては、もう彼に会うことはできないのだということ。 自分の気持ちを言葉にすると、何故かすっきりしてしまう。 頭の中で思っていた悩みは、言葉にしてみれば簡単なものだった。 「つまり、ナミさんはゾロさんが好きってことね?」 ビビの言葉が決定打。 そう。 好きなのよ。 私は、あのゾロって奴を。 好きになっちゃってたの。 だから、あの時。彼に抱かれたあの時。 自分の名を呼んでくれない彼がもどかしくて、好きと言ってくれない彼が物足りなくて、その事が悲しくて、急に怖くなったんだ・・・─── 「ナミさんらしくないわ」 カヤが頬に手を当てて、困ったように首を傾げて溜息をついた。 「・・・私らしくない?・・・まぁそうかもね。私だって、まさか自分がこんなふうにアイツの事ばっか考えてるなんて、自分でも信じらんないぐらいよ?あんなぶっきらぼうで、無愛想な男の事ばっか考えちゃうなんて、笑っちゃうわよね」 「そうじゃないわ」 カヤが言うと、ビビもその隣で大きく頷いた。 オレンジ色の髪が風に乗って、ふわっと揺られていく。 青空からは春の陽射しが首を捻ったナミを包んでいた。 「ナミさんなら、すぐにゾロさんにその気持ちを伝えると思って・・・」 「そうよ。ナミさんらしくないわ。あれこれ思い悩んでるだけで、何も行動しないなんて」 ナミの瞳が大きく見開かれた。 忘れていた。自分というものを。 ゾロに心奪われるばかりに。 処女を捨てるために、あれだけ用意周到にあれこれ探って、手を回して。行動に移して。 それが、今まで自分が取ってきた道。 それなのに、本来の自分らしい行動を彼の前で挫かれて、それと一緒に本来の自分も手放してしまっていた。 (そうよ。いつもの私なら・・・───) すくっとナミが立ち上がった。 ビビとカヤが期待に瞳を輝かせて、彼女を見上げている。 「・・・そうよね・・・私らしくないわ。ああ、もう!何で悩んでたのかしら。 私のモットー!当たって砕けろ、よ!そうよね?」 「それでこそ、ナミさんだわ!」 「ナミさん、頑張って!」 少女達が駆け出したナミに声援を送った。 春の風が屋上を吹き抜けて、ナミの背を押した。 月曜日の昼下がり。 制服を着た女子高生が一人、その大学の構内にいた。 ちらちらと振り返って自分を見るその視線もものともせずに、ナミは息せき切って辺りを見渡していた。 とにかく、この広い構内で誰か知り合いを見つけなければいけない。 (でも・・・大学って広いわ・・・───) まるで一つの町のように若者たちで溢れかえるその構内を見渡して、ナミは困ったように溜息をついた。 近くを歩いていた女子大生を捕まえて、医学部はどこかと聞いて、何とかその学部までたどり着けば、私服の学生に混じって白衣を着た学生や、いかにも不審人物を見るような目つきをナミに向ける教授。やはり来てはいけないところだったかと、ナミが恥ずかしさで顔を赤くしていたその時、遠くから「ナミ!」と呼ぶ声が聞こえた。 聞き覚えのあるその親しげな声がした方へ顔を向ければ、黒髪の男二人が駆け寄ってくる。 ルフィとウソップだ。 「よお!よくここまで来れたなー。俺、初日は迷っちまったのに・・・」 「ルフィ、お前とナミを一緒にすんじゃねぇ!」 パカッとルフィを叩くウソップ。 そんな二人の姿に、ようやくナミは安堵の息を漏らした。 「さっき、カヤから電話があってな。ナミがここに来るって言うもんだから・・・」 「そんなことより!ゾロはどこ?」 ナミがにじり寄ると、ウソップは両手を胸の前で立てて、どうどう、などと言う。 「暴れ馬扱いしないでよ。ゾロは?」 「あぁ、それがさっきカヤから電話来る前に昼飯食いに行くって、どっか行っちまったんだ。アイツ、昼飯食ったらすぐに寝るからケータイもつながらねぇし・・・」 ああ、もう! 私が来てやったってのに、何てタイミングの悪い男かしら。 ナミのイライラが募っていく様子を傍で見て、ウソップがルフィに目で助け舟を求めた。 「ナミ、心配すんな。アイツ今日五時限に講義あるって言ってたしな! その教室で待ち構えてりゃ、来るはずだ!」 「そうなの?じゃ、その教室に行きましょ」 二人の手を引いて、何故かナミが先導するように歩き出すと、ウソップが慌てて説明を付け加えた。 「ナミ、ここが大学だって忘れてねぇか?」 「・・・え?」 「五時間目って言ったら、5時からだぞ?今はまだその教室、3時限目の途中だ」 ・・・大学って、そうなの? 普通5時間目って言ったら午後一番の授業じゃない・・・ コホン。 咳払いをして、ナミが二人の腕を離した。 「そう言うことなら仕方ないわね。じゃ、早くゾロを呼んで」 「いや、だからアイツはケータイがつながらねぇって・・・」 「いいから!出るまで掛ければいいでしょっ?!こんないたいけな女の子の頼みごとも聞けないって言うの?ほら、早く!!」 合コンの時と全く違う少女の姿に、二人は冷や汗を流しながら慌てて携帯電話を取り出した。 あの日、妙にビビとカヤがナミに頼っているように見受けられたが、今のナミの姿を見て、ようやく二人は得心した。この少女のこの迫力。何だか、有無を言わさぬ物言い。逆らえない。あの二人にしてみれば、近くにいれば非常に心強い存在だろう。だが、遠くにいれば非常に恐ろしい存在でもある。彼女は周りを巻き込むことを厭わないようで、ルフィとウソップが懸命に電話を掛けつづけるのを満足げに見ているだけだった。 (ゾロ、お前とんでもない女を捕まえちまったみてぇだぞ・・・───) 「ウソップ、何か言った?」 「おおおおお前は人の心が読めんのかっ!」 「は?何言ってるのよ?あんたのその不満げな顔見りゃ大体何思ってるかぐらいわかるわよ。ほら、早くゾロを呼んで。でないと、カヤに格好いい男紹介しちゃうわよ?」 脅しだ。 これは脅しだ。 だが、一番今つかれたくないところをしっかりと突いてきやがった。 何と恐ろしい女だ。 とりあえず、逆らうのはよしておこう。 ゾロ、早く電話出ろ。早く電話出ろ。早く・・・─── 「何やってんだ?テメェら」 「「ゾロッ!!」」 医学部のキャンパスの入り口にずっと突っ立って騒々しく話していた彼らに、いつの間にかゾロが来ていることも気付かなかった。無理もない。ルフィもウソップもケータイと睨めっこしていたし、ナミはそんな彼らの手元をイライラしながら見ていたのだ。 「ゾロ、今お前を捕まえようと思ってたんだ。どこに行ってたんだ?」 「そうだぞ!ケータイにも出ねぇで・・・」 「・・・あぁ。そういや、今日はケータイ持ってきてねぇから・・・」 ウソップがガクリと肩を落として、ルフィは「そうだったのか!」と大袈裟なまでに頷いた。 携帯電話など、この男にかかれば何の意味も為さない代物なのだ。持っていたとしても、出るのが面倒で大抵出ない。メールをすれば、一応見るものの、返事は返さない。彼の中で今、相手と連絡を取らなければいけないという決断が為されなければ、携帯電話はただの飾り物。そんな物を持ち歩く習性すら、ゾロは持ち合わせていないのだ。 「・・・・・・で。何でテメェがここにいる?」 ようやくナミの存在に気付いたらしい。 肩に掛けた鞄を持ち直して、ゾロがその女子高生に声を掛けた。 ナミは一瞬で顔を赤らめて、俯いてモジモジしてしまう。 先ほどまでの彼女はどこへやら。 ルフィとウソップは、そんな少女の姿に眉をひそめて顔を見合わせてから、けれども少し嬉しそうに口元を緩めて「じゃ、ゾロ」と口々に言って、その場を早々に去って行った。 「・・・何だよ、アイツら。人が来た途端・・・おい、テメェはここで何やってんだ?」 まるであの晩の事なんか覚えてない、ううん、何もなかったみたいな口調ね。 やっぱり、ゾロにとってはどうでもいい事だったのかしら。 それとも私の事なんてどうでもいいから・・・何もなかったことにしたいのかな。 そうね、きっとそれだわ。 私がそう思ってたように、彼もあの夜を引き摺っていたくないのよね。 多分あんたってそういう奴。 (でもね、もう決めたのよ・・・!) 「あんたに会いに来たのよ」 ナミは震える声で、それでも彼の耳にしっかり届くように言った。 胸がドキドキ脈打っている。 顔が熱い。 手が震えてる。 でも、春の風が優しく包み込んで、頑張れって言ってくれるみたい。 「俺に?何か用か?」 「・・・だから・・・その・・・ああもうっ!」 ナミが顔を上げて、きっとその男の瞳を見据えた。 ゾロが不思議そうな顔でナミをじっと見返している。 「あんたが言ったんでしょ?」 「・・・何を?」 「いい男見つけろって・・・───」 はは〜ん、とゾロが顎に手を当てて眉を上げた。何となく、勘違いされたような気がしてナミが眉をひそめてみれば、案の定ゾロは頓珍漢な答えを返す。 「俺に誰か紹介しろって話か。ま、女の考えそうなことだな。悪ぃがそういう事はウソップあたりにでも頼めよ。俺ァ奴ら以外とは誰ともつるんでねぇからな」 「・・・違うわよ・・・」 やっぱり。 もう呆れすぎて溜息も出ない。 一体、私の事何だと思ってるのかしら。 ・・・しょうがないか。それだけの事しちゃったんだもん。 「もう、見つけたわ。紹介してもらうために来たんじゃないの」 「・・・じゃ、何で。わざわざそれを俺に報告しに来たのか?」 「う〜ん・・・ま、そんなところかしらね」 「そりゃまぁ、悪趣味なこって・・・」 途端にゾロがぶすっとした面持ちで「じゃ」と言いながら踵を返して、ナミから離れていこうとする。ナミは慌てて彼のTシャツの裾を掴んでいた。まるであの晩と同じように・・・─── でも、今度は離さないのだと、心中で呟く。彼が嫌がったって。いくら不機嫌な顔をしたって。彼がはっきりナミを「嫌い」と言うまでは絶対に離さない。せっかく気付いた自分の気持ちを、このまま闇に葬ることなどできないのだ。 「ちょっと。相手を知りたくないの?」 「・・・別に。興味ねぇな・・・服、離せよ。」 「冷たいじゃない!あんたが言い出したのよ?ちゃんと責任取って、最後まで聞きなさいよっ!」 「・・・・・」 じっとナミを見下ろす男は、しばらく口を真一文字に結んでいたが、いきなり彼女の手を掴んで歩き出した。キャンパスの間を縫うように作られた白い道を歩いて、しばらく行けば、そこには学生達が気ままに本を広げたり、弁当を広げたり、あるいは自分で持ち込んだのかサッカーボールで遊んだりと各自が寛いでいる芝生の広場に突き当たった。そこまで来て、ゾロはどっかと腰を下ろし、ナミも座らせる。二人は、対峙してお互いの顔をじっと見つめた。 ******************************************** 「うし。どうせ午後の授業はねぇんだ。テメェのノロケに付き合ってやる。」 「何よ。急に乗り気じゃない。そんなに私の相手が知りたいってワケ?ふぅん・・・」 含むような笑みを浮かべたナミに対して、ゾロが思いっきり眉間に皺を寄せた。 「テメェが責任取れって言ったからだろうがっ!!」 「・・・そんな大声出さないでよ。皆見てるわよ?」 それもそのはず。 腕組みをして不機嫌そうな声を出す男の前に、ちょこんと座った制服姿の女子高生。 これだけでも目を引くと言うのに、『責任取れ』なんて言葉を聞いた学生達は、一体彼らの間に何があったのかと、あらぬ想像を持ってしまうに決まっている。ゾロがそんな学生達を剣呑な目付きで睨み返して、彼らの視線はまた元に戻されたものの、明らかにゾロとナミの会話を気にしているようだ。ぶっきらぼうな男もその気配に気付いているようで、ちっと舌打ちしながら耳まで赤くなっていた。 「・・・ったく・・・で、どこの誰だ?それを言やぁテメェは帰るんだろうな?」 「そうね・・・あんたにその男が本当に私を大事にしてくれるかどうか、教えてもらったら帰るわ」 ゾロはその翡翠色の瞳を幾度か瞬かせて、首を傾げた。 「そりゃ・・・俺が知ってる奴か」 「知ってる奴よ」 「じゃあ・・・ウソップか?アイツは嘘つきだが、まぁ女は大事にするだろうがな。だが、嘘つきだ」 ふふっとナミが軽く笑って首を振って「ウソップさんは、カヤと上手くいきそうじゃない」と言った。 「ルフィ・・・ってこたねぇだろうな。アイツはもう女がいるだろ?」 少女はまた微かににこりと笑って首を振る。そんなわけないじゃない、とばかりに。 「・・・エロコックか」 はぁ〜と、ゾロは盛大に溜息をついて、頭をガシガシと掻いた。 「ま、悪ぃ奴じゃねぇがな・・・」 「・・・ふぅん。サンジくんなら、私と付き合ってもいいと思うの?」 俯いてしまったゾロは何も答えない。 ナミがその返事を促すように両手を青い芝について、そっと男の顔を覗き込むと、深く何かを考えるように、ゾロは苦渋に満ちた顔になっていた。 「ね、私にはサンジくんがいいと思う?」 「・・・いや。」 「じゃあどんな男ならいいのよ?」 「そりゃ、テメェの好みってもんがあるだろ。俺にわかるかよ」 「いいから!あんたから見て、私にはどんな男がいいと思うの?」 あら・・・また黙り込んじゃった。 んもう!何でそこで『俺』って言ってくれないの? ・・・それって、やっぱり私のこと何とも思ってない証拠かしら・・・ あぁ駄目よ、弱気になっちゃ! 『当たって砕けろ』よ! 「じゃあ、質問を変えるわ。あんたは?」 「・・・・・・は?」 「だから、あんたは?どうなの?私を大事にしてくれるいい男なの?」 その質問の真意を探ろうと、ゾロがナミの瞳をじっと見た。彼の顔を覗き込むようにしていた少女の顔が眼前にある。その茶色の瞳は冗談を言ってるわけでもない、とばかりに揺ぎ無い光を帯びて彼を見つめていた。 「俺は・・・テメェに、あんな事しちまっただろ?」 「まずその選択肢から外すのが普通じゃねぇか」 「・・・泣かせちまったしな・・・」 最後の言葉が風に乗って儚く空に消えていった。 ナミはその時、ようやくこの男の。 この無口でぶっきらぼうな男の本心を垣間見たような気がした。 (私が、泣いてたから・・・───) だから、手も出さずに、『いい男見つけろ』なんて言って。 格好つけて、そんな事言って。 それなら、どうして今。 そんなにも熱い瞳で私を見ているの? 「・・・ゾロ。もう一つだけ質問していい?」 「・・・あぁ。」 「どうして、あの合コンに来たの?聞いたのよ。いつも、ゾロは女がいたらすぐに帰っちゃうんだって。合コンなんて、女が当然いる場所にどうして来たの?頭数は足りてたでしょ?あんただって、最初は来ないつもりだったんでしょ?」 「言っただろ?てめェが酒飲めるみてぇだから・・・」 「あら。それは後から分かった話じゃない。まだウソップくんから聞いた情報もあるのよ。ゾロは、私達の写真を見て急に行くって言い出したって・・・」 あの野郎、とゾロが舌打ちをしてナミから目を逸らした。 「ちょっと。答えになってないわよ。どうして?」 「・・・そりゃ、たまには女子高生と飲むってのもオツなもんかと・・・───」 ナミの拳がポカッと軽く男の頭を叩く。 「なにオヤジみたいなこと言ってんのよ!?正直に言えばいいでしょ?私かカヤが目当てだったって!」 あら。自分で言っちゃった。 ・・・いいわ、もう。回りくどいやり方なんて、イライラするだけだもの。 特にこんな鈍い奴が相手なんだから。 「それで、あの日は私の席の近くにいて。 私を変な男から守ってくれて。」 「いや、ありゃアイツらにムカついて・・・───」 「黙って聞きなさいっ!!」 二つも年下の少女が、逞しい男をピシャリと叱り飛ばしてその口を黙らせた。 「それから、私にあんなキスをして、私をあんなふうに抱いて・・・───」 「私の心を奪っておいて」 「それでも最後に私に優しくして」 「・・・忘れられないの・・・」 「・・・・・・どうして?」 ずいっと少女はその猫のようにしなやかな身体をゾロに寄せた。 男の顔は目前。 もう、キスも簡単にできる距離。 真っ赤な顔のゾロが微かに唇を動かした途端、ナミはその気持ちを抑えることができなくなっていた。 右手で彼の襟元を掴んで、柔らかな唇を彼のそれに押し当てた。 彼らの会話に耳を欹て、横目でちらちらと様子を伺っていた学生達の会話が不意に途切れたということは、皆が公衆の面前で唇を重ね合わせる二人の姿に驚いているのだろう。 ナミだって、恥ずかしい。 押し当てた唇から、彼の動揺が伝わってくる。 それでも、この気持ちを抑えて、悩みつづけることに比べれば、そんな羞恥心など金繰り捨ててやろうと思えるのだ。 彼にそうしてもらったように、彼の下唇をそっと、そして何度もついばむと、ゾロはそれに答えるように次第に自分からナミの唇を吸ってきた。優しくナミの頭を支えた手は、彼女の髪の中に差し込まれて、ぐっとナミを自分に引き寄せる。 その力強さ。 あの晩と何ら変わりない、彼の唇。優しい口付け。そして、目も眩むような激しいディープキス。 誰に見られることも構わず、ナミとゾロは激しく舌を絡めあった。 時に吸うように。時に食べるように。お互いを味わうように。 ようやく、唇を離した時、ナミがその余韻に微かに吐息を漏らすと、ゾロは彼女の頭を自分の肩に寄せて、耳元で「まいった」と囁いた。 「私の写真見て、行くの決めたんでしょ?」 「・・・・・・あぁ」 「どう?その男は私を大事にしてくれるかしら?」 ナミを抱く腕に力がこめられた。 「じゃあ、私の名前呼んで。ちゃんと好きって言って」 ゾロは、にっと口の端を上げて、ナミの耳元でしっかりと彼女だけに伝えるように、その言葉を呟いた。 春風は彼らを優しく包み込んで、空へと舞い上がっていった。 |
●懺悔させてくらさいコーナー● いんすかね。この作品、書いたのはいいけど、表にアップしちゃって。 ま、いっか。微妙にエロですが、そこまでアダルティではないはず・・・はず・・・はず・・・(エコー つーわけで、堂々とおきますよ。ええ、置きます。根底は『そう軽々しくエッチなんてしちゃいかんぞ!』というテーマですから。(え?本当? さて、今回舞台は新宿ですね。あたくち、新中野で派遣社員としてOLしてました。住んでたのは横浜なので、新宿は毎日通ってたなぁ。渋谷なんかよりよっぽど好きですよ。まぁ作中にもある通り、スカウトやらキャッチは鬱陶しいし、金曜日や土曜日は学生だらけですがね。平日の新宿は好きですな。おもろいです。色んな人がいて。東口も好きですし、リーマン好きの私にとっては西口も魅力的なトコです。何と言うかね、日本という国の縮図がそこにあるというかね。だって、あの人ごみの中で本当に東京出身の人なんてごく僅か。9割は地方から出てきてるわけですよ。そんな人たちが新宿という街を眠らない街に仕立て上げてるんですよ。不思議でしょ?それなのに、皆新宿が好きなんだよねぇ。変なトコだよね。 ちなみに、ゾロが住んでいる場所としてちらりと出てきた雑司ヶ谷も好きです。小説好きな方なら一度聞いたことがある地名じゃないでしょうか。そうそう。あの雑司ヶ谷霊園があるんですよ。夏目漱石からジョン万次郎まで。ある夏の暑い日に、同じく読書好きの親友と行ってきました。蝉がミンミン鳴く中、あらゆる文豪・著名人のお墓を見てきたわけですが、何だか言葉に尽くせない感慨を持って墓に臨んだというのは初めてです。雑司ヶ谷という土地の雰囲気も結構気に入ってます。都電荒川線沿いは好きですね。都内に住むとしたら、あそこが良いなぁ・・・って、金ないよ。都内に住むような。(旦那、頑張れ! さて。そして、この小説。春ですね。 気付けば、パラレル小説で四季を全て書いてます。 あんま季節関係ない話ばっかだけど。 次は何を書こうかな、っと・・・今度はちょっとシリアスなのも書きたいですなー。無理かなー。私のちっぽけな脳みそじゃ。 ではではv |
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