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COUNT DOWN




9




「ゾロとナミ、どうしたかな。」

時計を見上げながらチョッパーは呟いた。
既に時刻は終電近い。

二人が店を出てから既に1時間は経っていて、一向に戻ってこない二人にはらはらしていたのだが、ナミは終電までには必ず店を出るから、今日はもう戻ってこないのだろう。客が帰った店内で憚ることなく溜息を付くと、ウソップは「うぅむ」と腕を組んで考え込んだ。
だが、店長がいくら考えても答えは出てこない。
ウソップの頭の中ではあらゆる状況が想定できた。
例えばあの二人の事だから公道で喧嘩したのかもしれない。
もしかしたら騒ぎになって警察が来た・・・なんてことは考えたくないが、気性の荒い女と周りの視線というものにどうも無頓着な男の喧嘩なら通り掛った人間は気になるだろうし、人が集まれば誰かが通報するかもしれない。
もしくは喧嘩もしないでナミが電車に飛び乗ったかもしれない。
ゾロは機嫌を損ねている女をどう懐柔するかなど考えない気がするのだ。
アイツには一つ、女の扱い方を教授してやれば良かったかと考えながらウソップは軽く首を左右に振った。
いやいや、今更そんなことを言っても遅い。

「仲直りしたのかな」


おぉ、そうか。
仲直りということもあるかもしれねェな。俺様としたことがうっかりしてたぜ。そこまで考えが及ばなかった。あの二人だから仕方ねェ。
もしそうだとしたら、この時間まで店に戻らねェのはまさか・・・───いや、ナミは金置いてったから今日はもう戻らなくて当然か。
しかしあのゾロとあのナミが喧嘩の後にどうやってうまく仲直りするってんだ。


さすがの俺様も想像がつかねェ。


「もったいねェな」

「え?」

「もったいねェと思ってよ。」

「あぁ、ゾロとナミか・・・うん、せっかく今日はいい雰囲気だったのにな。俺、見てるだけでも嬉しくなっちまったぞ。」

「本人に任せるしかねェか」


彼らが来なければ売り上げにも響く。
そんな腹心がないわけでもないが、店を経営している身としては単純に自分の店で知り合った男と女が付き合うようになったら誇らしい。その上、常連の彼らの事はプライベートを詳しく知るわけではないが、ウソップにとっては友人と呼べるほど親しみを感じていて、その二人が喧嘩したならお節介だとわかっていても仲介してやりたいのだが、如何せん客のプライベートにそこまで首を突っ込む事は果たしてしても良いのかどうかという疑問が湧くだけに、溜息をつくぐらいしか自分には出来ない。
もどかしい思いで彼らが出て行ったドアを見ていると、チョッパーが「何で喧嘩したんだろう」と呟いた。




*             *             *




「わかんねェ」とゾロはナミの背に向かって言った。
やはりナミは振り向かない。返事もしない。自分の言葉に何の反応も示さずに歩いていく。
ゾロを意識の外に追い出そうとしているようにも見えて、ゾロは押し黙ることに決めた。
これ以上自分から声を掛けるというのも、どうせ返事が返ってこないなら馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

けれども二つ目の信号を渡りきった時、苛立ちが募って舌打ちをするとナミの肩がピクリと動いた気がした。

「・・・・・おい。」

試しに声を掛けてみたが、さっきのは見間違いだったようで、ナミは毅然とした後姿のまま歩いていく。
夜にわざわざ背筋を伸ばしてさっさか歩く女の姿が街のネオンにどうも、違和感を感じてゾロは押し黙ったままその背を観察するように見ていた。

何をそんなに怒ってんだ、と心中で問い掛ける。


それからナミが怒るに至った会話で自らが漏らした一言一言を懸命に頭の中で反芻してみたが、嘘偽りのない言葉に相手の感情を逆立てる意味があったろうか、と考えていた。

相手を怒らせるような喧嘩腰の態度ではなかったし、そもそもナミがナミだからいけない。
目の前に座っていた女がナミではなく、他の女だったらわざわざ自分から誘うのも億劫だ。
折角口説いてやったのにこの女、何一つわかってねェ。
もし俺にそういう事思うなって言うなら、俺を頑なに拒んで背を向けてるお前が『ナミ』じゃなくなればいい。

暫くナミの背を見ながら歩いていたが、いくら考えても己に過ちがあるとは思えない。


その内遠く見えていたはずの最後の信号が近付いてきた。

あれを渡ればすぐに俺の家がある。
あれを渡ればすぐに駅がある。

あと一つか。

あと一つだ。

最後の信号を渡ったら、この女はそのまま駅まで行くだろう。
あの店に来なけりゃ俺の顔をこれっきり見なくても済むとか考えてんじゃねェか。

───クソ


「ナミ」

振り向け。



振り向けよ、このバカ女。



何でテメェとヤリてェか、まだ言ってねェ。




*             *             *




一歩進むごとに足が重くなった。

店を出た時、あと三つだった信号が一つ渡ったらあと二つ。もう一つ渡ったら、あと一つ。

一歩進むごとに、駅に近付く体はどんどん重くなっていった。

まるでカウントダウンされてるみたい。

コイツと二人で歩いている時間は、あと幾つで終りだよって誰かに言われているみたい。

信号で止まる度に本当はゾロの顔を見たいわよ。
真っ直ぐ私を見るあの瞳に、それから、きっとゾロは私を見て意地悪な顔で笑うから、私は何よって言ってやりたい。
でももしもゾロの顔を見ちゃったら、コイツが私の事どう思ってるかってことを思い出してしまう。
折角抑えた感情が溢れて、涙に変わっちゃう。

私、嫌なのよ。

コイツの前で自分らしくなくなる自分がイヤなのよ。

何で私がこんな奴の言葉に振り回されてるのかがわかんないの。

会わなければ良かったのに。

会わなければ、コイツと飲むお酒の味を覚えることもなかった。

私は、だって───何迷ってるんだろう。



私は私じゃない。

しっかりしなさいよ、ナミ。

いいわ、すぐ忘れるから。
ちょっと変わった会い方したから自分を見失ってんのね、私。
帰ったら母さんにコイツの事話そう。母さんならきっと不思議なこともあるもんだね、って感心する。
それから笑い飛ばす。

だから私もきっと笑える。



信号はあと一つ、渡ったらゾロにさよならぐらいは言ってあげてもいいわ。
私、もうあんたとは会うつもりないの。

あんたが私の事そんな風に思ってるなら尚更、あんたの顔見てたくない。





「ナミ」

最後の赤信号に歩みを止めたらゾロが名前を呼んだ。
ほんのさっきまで聞こえていたけど、僅かな沈黙の後に聞こえたゾロの声は懐かしい。

「ナミ」

もう一度、今度は少し大きい。

「・・・・頑固な女だな。」

えぇ、そうよ。私は頑固で意地っ張りだって母さんもよく言うわ。そんなのわかってるわよ。でも今は、頑固だから返事しないんじゃないの。


声が震えたらどうしてくれんのよ、ゾロ。
あんたは何かしてくれるの?

今はあんたに笑われたくないの。
冗談でも嫌。


隣ではぁ、と一つ小さな溜息の後に彼の声が続いていった。
その声は私に向いているわけじゃなくて、風に流れて微かに聞こえたからゾロも私と同じように道の向こうで赤く染まった信号を見詰めて話しているんだろうと思った。


「一つ言っとくぜ。俺ァバカじゃねェ」

言うに事欠いてそんな言葉しか出てこないのかしら。コイツ。
まさかそれを言うためだけに追いかけてきたんじゃないでしょうね。

(コイツなら有り得る・・・)

いけない、いけない。ゾロの顔を見そうになっちゃったわ。

でもどうしてか、無視したいのにクラクションに消されそうなゾロの声は大きく耳に衝いた。

「ついでに言えば、お前の方がバカだ」

何ですって?

私が何ですって?

他の誰に言われてもいいけど───良くないわね。
誰に言われても嫌な言葉には違いないけど、でもあんたに言われると無性に腹が立つわ。

一緒に呑んでる女にヤリたいなんて言ってる男をバカって以外になんて言葉で形容すればいいのよ。

何なのよ、あんた。何なのかしら、あんたって。

バカにバカって言われる覚えはないわよ。

(・・・・って、言ってやろうかしら。言うべきよね。そうよ、ここで言わなかったらどうすんのよ。最後に一つぐらい文句言ってやったっていいわよね。大体なんで私がバカなのよ。あんたよ、あんた!あんたがバカなのよ!人が黙ってれば調子に乗って!あんた私のこと軽い女だと思ってたり、バカだと思ってたり、いい加減にしなさいよ!)


うん、決めた。

言うわよ。

覚悟しなさいよ。

最後なんだから思いっきり言ってやるわ。

もう会うこともないと思ったら言えるわよ。


「ゾ・・・・・」





傍らに立つ男を見上げた瞬間、目の前を通り過ぎていった黒い車がクラクションを鳴らした。

でも、声が聴こえた。

ゾロの声は、確かにそうと言っていて、開きかけた唇を閉じることも忘れた。

それからゆっくりと振り返ったゾロは、何だよって言った。



「悪ィか。」


悪い。

悪いわよ、ゾロ。


何であんたってそうなのよ。

そういう大切な事言わずに、いきなり変な事言い出すから悪いのよ。






あぁ、でも私はすごく幸せ。

届かなかったはずのゾロの声は何故か耳に残っていて、幸せ。

溢れてくわ。


幸福がほら、胸を満たして指の先から、唇から、溢れてく。

だけど私は何て言えばいいかわからないから、開いた唇を閉じた。



ゾロは何も答えない私に困ったように頭を掻いて、「クソ」って言った。

まだ怒ってんのかって、子供みたいに拗ねた口ぶり。



バカ・・・




ゾロの指先は温かくて、私が触れても逃げようとしなかった。
絡めずにその手を握っていた自分の手にゆっくりと力をこめていった。
信号に向き直ろうとしたゾロは、それを止めてじっと私を見ていた。









ゾロの向こうで青信号。


重ねた唇を離したくなくてそっと瞳を閉じた。


ゾロの腕が私を静かに抱き寄せた。




「俺ンちでいいか。」

「まだ言ってんの?」



バカね。

バカね。


でも、そんなあんたの事が好きになっちゃった。



「ここで帰るとか言うなよ。」

「あんたが言ったんじゃない。」


同じこと、考えてんのよ。私たち。

キス。

すごく、優しいキス。

だから私はあんたを求めて止まない。




*             *             *




「ウソップ達に何て言おうかしら。」

「あァ?何を。」

「コレ。」

繋いだ手を私たちの体の間に浮かせたら、ゾロは「はァ・・・」とわかってないような相槌を打った。

「何がそんなに嫌なんだか」

「あんたにこの繊細な私の気持ちをわかってもらおうなんて思ってないわよ。でも変なことだけは口走らないでよね。」

へェへェ、とゾロが頷いたのを見止めてから、お店のドアを開けた。




店員が繋いだ手に気付くのは、数秒後。

いらっしゃい、と重なった二人の声は弾んでいた。







===FIN===
○アトガキ○

途中で連載がストップして申し訳ございませんでしたっ><
うーン、見事にヲヤジっぽくないような・・・・(汗

でもお酒を飲む二人は書いてて楽しかったデス^^
楽しい人と一緒にお酒を呑むと本当に美味しいンですよネv
とこサマ、いつもケータイから拙宅にお越しくださってアリガトウございますvvv
コレカラもどぞ、ヨロシクお願いいたしますーv
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