依頼ファイル5:クラシック
2 「よし!では一同!!しゅうごーーーーーおッ!」 例の如く取り出したウソップのホワイトボードに大きく『ナミ奪還作戦』という文字が記されている。 だが、ウソップの声に飛んできたのはルフィとチョッパーだけで、ゾロは昨夜一睡もしていないからと言って、ルフィが彼の意を受けて依頼としてナミを探そうと示唆したのを見てすぐに部屋に篭ってしまった。サンジはロビンと二人、キッチンで朝食の準備にてんてこ舞だ。 「おいおいっ!お前らッ!協調性を乱すんじゃねぇ!つーか、ついでにイチャついてんじゃねぇっ!」 「あァ?ウソップ、俺にクソ文句があるってんなら相手になってやるぜ?」 「・・・い、いや・・・その・・・お集まりいただけないかなぁと・・・」 サンジのドスの効いた声に震え上がりながらウソップは途端に腰を低くして、笑顔を引きつらせながらダイニングテーブルを指差した。 「ウソップさん、ここでもちゃんと聞こえてるわ」 「そ、そうか。じゃあ始めるぞ。」 キュッキュッと軽快な音がホワイトボードの上で滑って、新たな文字が書き記されていく。 「まずは、問題の男の事だな。とりあえず、コイツとナミの関係が何なのかわからねぇと・・・というか、この俺サマが考えるに、今回の事件はこの男に始まって、この男で終わると言っても過言じゃねぇと思う。とりあえず、コイツはXってことにしよう。」 「おぉ〜Xって何か格好いいなー。ウソップ、俺もXがいいぞ!」 「テメェはルフィだろッ!ルフィじゃなかったら何だッ?!」 「俺は今からルフィXだっ!」 バコンッという鈍い音が部屋に響き渡っていった。 「る、る、る、ルフィ〜〜〜〜!!」 白目を向いて倒れたルフィにすかさずチョッパーが駆け寄る。 「だ、大丈夫だ・・・チョッパーX」 「・・・え、えっくす?」 もう痛みも忘れて、ルフィががばりと起き上がった。 「そうだ!俺たちは今から麦わらXクラブだ!」 「オイッ!今はそういう話をしてるんじゃねぇぞっ!」 「何でだよ?だって、ナミは俺たちのことをソイツに隠そうとしてるんだろ?だから俺たちも名前ぐらい変えねぇと・・・」 「それのどこが変えてんだっ!!」 チョップを顔の真正面に受けて、ルフィがまた床に倒れた。 「っとに・・・こいつらをまとめるのも大変だぜ」と呟くように言って、ウソップが話を続けていく。 「とりあえずこの依頼は時間を掛けてうだうだやってらんねぇ。何たって、ナミが帰ってこねぇとなりゃ、騒ぎ立てる狂犬が二匹いるからな」 「狂犬?ウソップ、誰のことだ?」 チョッパーの問いに、ウソップはキッチンには聞こえぬように声を潜めてチョッパーとルフィに顔を寄せるように手招きした。 (ゾロは勿論、ナミがワケわかんねぇ事でいなくなって、機嫌悪くなるだろ) (そうかぁ?) ウソップにつられたかのようにルフィも精一杯の小声で言った。 (ゾロはまたロビンの時みてぇにナミを信用して待つんじゃねぇか?) (待て、ルフィ。お前は一つ忘れてるぜ。今回はな、ナミは男と一緒なんだぞ。いくらゾロだって平気でいられるわけがねぇよ。チョッパー、お前もそう思うだろ) 話を振られたチョッパーが瞳を瞬かせて、しばらく考えてから大きく頷いた。 (うん。ゾロ、機嫌悪くなりそうだな。) (だろ?それで、奴がナミの事を悪く言うと、今度はサンジの登場だ) ちら、とキッチンに目を向ける。 そこには飽くまでも料理を手伝うと言い張るロビンと、それを止めようとするサンジの仲睦まじい光景があった。三人がしばらく彼らを観察してみれば、ようやくロビンも諦めたようで、サンジの後ろで腕を組んだまま彼のすることをじっと見ている。 二人が落ち着いたところでウソップがまたルフィとチョッパーに顔を寄せる。 (ゾロの奴、不機嫌になったらナミの事だろうと何だろうと口が悪くなるからな。サンジがそれに腹立てて、後はお決まりのコースだ。だからな、そんな事態が起こる前にナミを見つけて、事情を聞かなきゃならねぇだろ?) ウソップの言葉を訊いた途端に、ルフィがにっと口の両端を上げて顔を綻ばせた。 (俺、いーこと思いついたっ!) 「何だお前ら。コソコソ話して・・・」 はっとして振り返れば、サンジが朝食の盛られた皿を両手にキッチンから出て来ていた。 三人が慌てて首と両手をブンブン振る。 「い、いや・・・別に何も・・・な、チョッパー」 「う・・・うん・・・」 チョッパーとウソップは妙な作り笑いを浮かべたことに、サンジがいよいよもって眉をひそめれば、ルフィがその横から朝食に手を出しながら「俺たちX団なんだ!」と突然言い出した。 「X団?」サンジの後に続いてキッチンから出てきたロビンが僅かに首を傾げる。 「おう!俺たち三人X団なんだ!お前たちが入りたいって言ってももう駄目だぞ!」 「はァ・・・お子ちゃまの気持ちはわかんねぇな。それより、早く席に着け。くだらねぇこと言ってねぇでメシだ。」 「あ、サンジ・・・ゾロはどうするんだ?」 見れば、サンジの手には5人分の皿しか載せられていない。 「大丈夫よ。剣士さんの分は、ちゃんと取ってあるから」 ロビンが含むように笑えば、サンジはちっと照れ隠しなのか、軽く舌打ちした。 朝食が済んで、年少組三人が和室に篭って何やらこそこそ話している。 その様子をロビンとサンジは首を傾げて見てはいるものの、襖越しに声を掛ければ「X団の合言葉は?」なんてルフィが訊いてくるし、強引に開けようとしたところで、何やらつっかえ棒でもしているらしく、全く襖を開くことができない。蹴破ってやろうかとすれば、さすがにロビンが「ナミさんに怒られちゃうわよ」と嗜めるように言ったので、サンジは結局為す術なくしてソファに腰を下ろした。 「何だってんだ。アイツら・・・」 「さぁ。大方、ナミさんの事を自分達でどうにかしようってところかしら?」 「・・・ロビンちゃんもやっぱそう思う?」 ロビンとは別のソファに腰を下ろしたサンジからは、その金髪で隠された瞳からしか彼女の表情を伺うことができない。 不意に女の様子をしかと確認したくなって、サンジは自分の左斜め前、ちょうどベランダへと通じるガラス窓の前に置かれたソファに座っているロビンに顔を向けた。 ロビンはゆったりとした動きで食後のコーヒーを口に含んでから、ふっと笑った。 「それしかないでしょう?もっとも・・・リーダーがそういうつもりなら、私達はそれに従うまでだけれど」 そうじゃない?と言って、彼女は黒い髪を揺らしてクスクス笑った。 どんな状況も楽しんでいるのだろうと、こんな彼女を見るたびにサンジはそう思ってはその姿につい肩の力を抜いてしまう。 いや、楽しんでいる、というよりは楽しむことを楽しみたいと思っているのだろう。 それはロビンが闇に囚われていたという事実がそこにあるからだ。 「まぁ、ロビンちゃんがそう言うなら・・・」 渋々と、それでもロビンの意向に背かずにいる自分が嫌いなわけではない。 自然と顔に優しい笑みを湛えて、サンジはしょうがねぇな、と呟いた。 ****************** 「・・・で。アイツらだけで行かせたってか?」 昼になってようやく起きてきたゾロは、ロビンの口から事の顛末を聞いて思いっきり顔をしかめた。 それもその筈だ。 自分の寝ている間。 それも、珍しく深い眠りだった。 無理もない。合宿から帰ってから、一睡もせずに夜の街中をただナミをひたすらに探して歩き回ったのだ。いくら体を鍛えているゾロにしてみても、それは至極体躯を痛めつける行為で、ベッドに顔を埋めた瞬間にはもう眠りに落ちていた。 次に目を覚ませば、既に時計は昼を知らせている。 一瞬でナミの事を思い出して、自分が部屋に戻った後、仲間達がどんな話し合いをしたのか、ナミを探すために自分は何をすべきかと訊くために部屋を出れば、騒がしい三人組の姿がなく、家の中はいやにひっそりとしていた。 ソファに座っていたロビンを捕まえて、アイツらはどこへ行ったのかと訊けば、ロビンは少し悪戯っぽい色を浮かべて「さぁ」と言う。 詳しく訊いてみれば、『おそらく』ナミを件の男から取り戻すために出かけたのだろう、とロビンは言った。 だが、その『おそらく』という言葉が『絶対』という言葉に置き換えられることは、ゾロにも簡単に推測できる。 ゾロは顔に手を当てて、大きな溜息を漏らした。 「何で止めなかった?」 「あら。私たちは彼らがどこへ行ったかは本当に知らないのよ。訊いても教えてくれなかったのだから。」 「だが見当はついてたんだろう」 「リーダーさんがX団だけでやろうって決めたんですもの。」 「えっくす団?」 初めて聞く怪しげな団体名に、思いっきり顔をしかめてしまったゾロにサンジが後ろから「メシだ!」と声を掛けた。 言われて初めて、昨日の夜から何も食べていないことに気付いて、ゾロは腹を摩りながらダイニングテーブルに着いた。 「エロコック。テメェも知らなかったのか」 口をもごもごと動かしながら、キッチンへと戻ろうとする男に聞けば、サンジは軽く首を振って、白い煙をふぅと吐いた。 「ま、おおよそアイツらの考えそうな事はわかるがな。アイツらもな、クソマリモ。テメェのためにやる気出してんだ。見守っててやるんだな」 「俺のため?」 「・・・あんな朝早くに叩き起こしやがって。アイツらが心配しねぇわけがねぇってのもわからなかったか?ついに脳みそまでマリモになっちまったか」 「喧嘩売ってんのか・・・?」 「テメェに売るようなモンは一つもねぇ」 肩を竦めてサンジがキッチンへと入って行った。 ゾロはしばし乱暴な手取りで食事を口に運んでいたが、それでもやはりどうにも気になって仕方がなくなったかのように、不意に立ち上がって、バタバタと家から出て行った。 「テメェが行っても、迷子が一人増えるだけだっての・・・」 頭をポリポリ掻いて、ドアの向こうで響く足音を遠く訊きながら、サンジが困ったように言った。 だが、彼だってナミの事も、あの三人組の事も気にはしているのだ。 (どうしたもんかね・・・───) 咥えていたタバコがジジ・・・と音を立てた。 サンジが深くそれを吸ったのだ。 先端を赤く染めて、灰になった部分が重量に負けて落ちそうになる瞬間、ロビンが立ち上がった気配がした。 振り返れば、彼女は鞄を手にしてもうサンジの後ろに立っている。 「行きましょう」 このナミの家は、マンション全体がオートロックになっている。 つまり、鍵を気にするまでもなく出かけられるのだ。 それは麦わらクラブのメンバーにとって有難いことで、依頼の関係で、家の鍵を持つナミやゾロが先に家を出ても、後に残された者は何の杞憂も取り決めもなしに、各自奔放に出て行けるのだ。 サンジは内心そんなセキュリティが確立されているこのマンションに有難味を感じて部屋を後にした。 |
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