依頼ファイル5:クラシック
8 「・・・これ・・・一体、何の余興?」 ナミが顔をひくつかせた。 「・・・いや、ナミさん。俺らもちょっと・・・関わりたくねぇって言うか・・・」 よーし、お仕置きタイムだーなんて言ってから、すたっとベンチから飛び降りたウソップXは着地に失敗して顔から地面に突っ込んでいる。両、にいた二人が慌てて彼の体を起こして、三人はひそひそと喋ってから「行けー!」とこちらに向かって駆け出してきた。 「とにかくだ」 そんな三人はあっさりと無視して、サンジがナミを拘束する男に向き直って言った。 「もう観念した方が身のためだぜ。何せお前は俺らを怒らせた。」 「な、何だと・・・く、くそ・・・これだからガキは嫌いなんだッ!生意気なツラしやがって・・・俺が本気になったらどんなことになるか・・・」 男の言葉が遮られた。 皆がX団に気を取られている隙に、いつしか男の背後に回り込んでいたゾロが男の襟首を後ろから掴んでいたのだ。 尋常でない力で持ち上げられて、男はそれを自分から引き剥がそうとしてナミの手を離した。 「ナミ、怪我は」 「ないわ。でもかなり痛かったわよ。もう、本当に最低ね・・・」 男に捕まれていた手から何かを拭い去るように、ナミがその部分を手で払った。 「けどこれでアンタを堂々と警察に渡せるわ。今度は冤罪なんて言って言い逃れできないわよ。私に暴行を働いたってことでね。これに懲りたら、二度と私達に近づかないで」 「「「X団チョーーーーップ!!」」」 両手を前で×の形にして三人がようやく駆けつけてきたかと思えば、まずはウソップXがゾロの脇腹に突進してきた。 「おっおい・・・ッ!?」 目を瞑ったまま走ってくるウソップXは思いっきりゾロの脇腹に鈍い痛みを与える。 次に必死に走ってきたチョッパーXがゾロに持たれて身動きの取れない男の腹に突撃した。 そして最後にルフィが容赦ない力で二人に向かって飛び込んでくる。 その足取りからして、白い紙袋の中の顔には満面の笑顔が浮んでいるに違いない。 ゾロは男と同時に芝の上に倒れて、額に青筋を浮かべていた。 ****************** 「まったく、あんた達ってとことんバカね・・・」 警察で事情を話して、ようやくその灰色の建物を出たところで呆れたようにナミが言った。 「ゾロの知り合いがいなかったら、あんた達こそ暴行罪だわ。こういうことがないように、今回は大掛かりな芝居を打ってたってのに、ぶち壊しよ!」 いくらその直前にナミを襲った男だとしても『もう拘束されていたのに、あの三人に殴られた』と大声で喚きたてるものだから、警察もそれを見逃すわけにはいかずに、三人を少年課へと連れていった。 そこに、ゾロの知り合いの婦警が偶然居合わせたおかげで、何もなかったことにしてくれたのだ。 後から訊けば、その婦警こそスモーカーの妻だと言う。 たしぎと名乗った婦警は、「いつもお話は聞いてますから。でももう危ないことはしちゃダメですよ!」と軽く彼らを叱っただけで、三人を放免してくれた。 ポコッポコッポコッと頭を垂れる三人の少年を軽く殴って、ナミが夕暮れに染まった空を背に人差指を上げた。 「いい?帰ったらじっくりお説教よ!わかったわね!!」 「「「ハイ・・・」」」 「ナミさん、彼らもあなたを心配していたのだから・・・」 「違うわよ。単にあれがしたかっただけでしょ?!もうっ、こんな小道具用意して!」 ルフィの手からマスク代わりになっていた白い紙袋を奪い取って、ナミはそれを地面に叩きつけて思いっきり踏みつけた。 「あ、あ、あーーーー!俺のマスクッ!」 「どこがマスクよっ!ただの白い紙袋でしょっ!?」 「違うぞッ!これがねぇと俺はルフィXになれねぇっ!」 慌ててナミの足下から拾い上げて、靴の後を懸命に払っているルフィを見て、ナミは大きく溜息をついてから家に向かって歩き出した。 帰る道すがらにロビンが少しずつ何があったのかを問い質していけば、ナミは最早隠す必要もないからだろう、ロビンに訊かれた事以外にも丁寧な説明を加えて、事態の顛末を話した。 ナミが痴漢に遭った際に助けてくれたパウリーには、以前からの印象もあって、なかなか面と向かって礼をすることができなかった。 それが、GWの合宿を終えたゾロがまず戻ってくるべき体育学部まで迎えに行こうとしたときに、また猫の世話をしている男に会ってしまったのだ。 体育学部のキャンパスに続く道で、ナミは頭を下げて、このお礼にと麦わらクラブのことを話した。 「だから、困ったことがあればいつでも力になるわ」と言うと、話を聞き終えたパウリーが「別に・・・」と言いかけて、少し黙ってから不意に顔を上げて「お前は今、何ともねぇか」と聞いてきた。 何がと聞き返せば、どうもパウリーはあの痴漢男につけられているようだと言う。 ちらちらと視界に入るだけで、何の実害もないが、それでも四六時中見張られていることは気分が良いものではない。 捕まえてやろうと思えば、男はすぐに逃げる。 一度の邂逅でパウリーが自分よりも強いことを悟っているからだろう。 まるでパウリーの弱点を調べているかのように、遠巻きに彼を見ているのだ。 もしやナミにも同じことが起こっているのかと思ったが、ナミは到底そんな覚えもない。 「じゃあ、俺を逆恨みしてるってぇだけか」 ぽつりと呟いて、なら何でもねぇとパウリーは足下にじゃれつく猫に「ほれ」と小魚をあげた。 しばらくナミはその姿をじっと見ていたのだが、不意に思いついたように「・・・取引をしない?」と言い出した。 「取引?」 「そう。あの痴漢男をおびき出して、捕まえてあげるわ。その代わり、ちょっと頼みごとを聞いて欲しいのよ。」 「おびき出すって・・・」 「私に作戦があるの。ちょうどいいわ。ゾロもいないし・・・うん、今日から決行よ。今から私はあんたの彼女。そうね・・・あと2〜3日もすれば、男を捕まえてやれると思うわ。さ、そうと決まれば行くわよ。」 言うが早いか彼女はもうパウリーの腕を掴んで歩き出していた。 ****************** 「頼みごと?」 まるでナミから距離を置こうとしていたかのように、彼らの後ろを黙ってついてきていたゾロが聞き返せば、ナミはにっと意味ありげに笑った。 「あの猫の名前、まだ決まってないって言うんだもの。ゾロだって覚えてない?」 「そりゃ・・・忘れるわきゃねぇだろ」 「でしょ?だからね、ゾロがあの猫を私に似てるって言ってたし・・・まぁある意味思い出の猫だから。あの猫に私と同じ名前をつけろって言ったのよ。」 「はぁ?!・・・テメェ、まさかそんなことのために・・・」 あんな危険なおとり作戦を思いついたと言うのか。 たかが猫の名前ぐらいで・・・─── 呆れて言葉も出なくなってしまったように、舌打ちで紛らわせたゾロを見てナミは不服そうに頬を膨らませた。 「何よ。ゾロが初めにあの子が私みたいだって言うから・・・」 「でもナミさん、いくら何だって、俺たちにも何も言わねぇってのは・・・随分心配しましたよ」 「敵を騙すには味方からって言うじゃない。そのおかげであの痴漢男、私をパウリーの彼女だって信じて、私が一人になったところを襲ってきたのよ?大体、すぐ逃げ出すような慎重な奴が相手なんだから、いつもみたいにのんびりやってたら、捕まえられないでしょ?私に痴漢を働いたような奴よ。逃がすわけにはいかないわ」 「それで、奴を騙すために俺にアイツを殴らせるように仕向けたってわけか?」 ゾロが全くもって不機嫌きわまりない声で言う。 やはり思った通り、この女は自分たちの事を全て見通していたのだ。 いつもは自分の前で少女然として慌てたりするくせに、こんな時は水を得た魚のように仲間達を、自分すらも動かす。 そんなところは嫌いではないが、それに踊らされることが好きというわけでもない。 自然と唇からは苦々しい声が漏れていく。 「俺を何だと思ってやがる」 「まさかいきなり殴るとは思ってなかったけど・・・でも、あのおかげで奴も確信したのかもしれないわね。私は本当にパウリーと付き合っている女だって。まさか、演技で人を殴るとも思わないでしょうし」 「演技じゃねぇ」 男の言葉に、ナミが小さく頷いて、くるっと振り返って「そう言えば」とルフィに声を掛けた。 「あんた達、何であそこがわかったの?ロビン達にだって言ってなかったのに。ずっと私たちの後ろにいた?・・・全然わからなかったわ」 「あぁそれについてはな、長い長い経緯があってな・・・」 「ルフィが、パウリーはグランドライン大の体育学部なんだから、そこに行けば皆に会えるんじゃねぇかって言ったんだ、ナミ」 話し出したウソップの横で、チョッパーがあっさりとその長い経緯とやらは一文で説明した。 確かに手掛かりはそこにしかなかった。 駅前を歩き回っても、ナミどころかゾロ達の姿も見えないし、それでは彼らはどこかに移動したのだという結論に達して、どうすべきかと悩んだ時にルフィが「グランドライン大に行こう」と言い出したのだ。 「・・・全く、あんたって本当に運がいいわ。」 「おぅ!俺は運がいいぞ!」 ししっと笑ってルフィが白い紙袋をぶん、と振った。 「お前な・・・」 いつしか、ナミの真横まで来ていたゾロに声を掛けられて、ナミが歩みを止める。 だが、周りを歩いていた麦わらメンバー達は、少し苦笑しながら、彼らの会話を聞いていない風に二人を置いて先へと進んで行った。 何よりも、今回の件でおよそ神経をすり減らしたのは彼なのだと、誰もが知っていたのだ。 「テメェも相当運がいいぜ。全く・・・」 ガリガリッと乱暴に頭を掻き毟ってから、呆れたようにゾロがナミの額を軽く小突いた。 「・・・ちょっと妬いた?」 「ちょっと・・・?」 わかっているくせに、そんな言葉を遣いやがって・・・─── いや、そこまでわかっちゃいねぇのか。 何せ会ってこの方、苦い過去も手伝って、ナミは他の男を敬遠してきたのだから自然とそれを見る機会は減った。 一度だけ、あのシャンクスとか言う野郎に対して言いようのない嫉妬を覚えたが、その後ナミと付き合うことになったから、もう手に入れた筈の女にほだされて、それを忘れてしまっている自分がいる。 実を言えば、記憶を失っていた時のことははっきりと覚えているわけではない。 いや、記憶が混在していたから整理がつかないと言った方が正しい。 なにやらルフィに対してやけに腹立たしくもあったが、それも記憶を取り戻した後にはそんな事よりも自分のために泣いたナミの方が気掛かりで、そんなことはどうでも良くなった。 つまり自分達の周りで何も起こっていなかった筈の平穏としていた筈の日常で、他の男への嫉妬心を覚えて、そればかりに気を取られていたのは今回が初めてなのだ。 「・・・よくもまぁあんな大嘘ペラペラと口にできるもんだな」 妬いていた、とはっきり言うのも気恥ずかしくてゾロはぶっきらぼうに言い放って、歩き始めた。 ナミもそれに続いてまた歩き出す。 少し先に仲間達が歩いている。 その影は長く伸びて、川辺の土手に幾筋もの線を描いていた。 「大嘘?全部が嘘じゃないわ。」 くるっと振り返ってみれば、ナミは少し唇を尖らせて、拗ねたようにまた言った。 「嘘じゃないでしょ?だって、ゾロは私のこと好きだって言ってくれたことないもの」 「・・・はァ?何言ってんだ。いつも言ってるだろ!?」 「言ってないわよ。口にして言ってくれなきゃ、本当に浮気しちゃうんだからね。よーく覚えておきなさいよっ!」 べっと桜色の舌を唇の間から少し覗かせて、ナミはフン、と鼻を鳴らしてゾロを追い越そうと歩を早めた。 けれども2歩も歩かぬ内に、彼女の足は止まっていた。 「・・・タチの悪ィ冗談だな」 ナミの腕を掴んで、彼女に先を行くことを許さなかった彼の手にぐっと力がこめられた。 「全く、テメェは・・・」 ザァッと風が吹いて、夕焼け空を移した赤い水面が揺れた。 小さな波が次第に大きな波となって、水辺を打ちつける音が辺りに響いていく。 二人の影が重なった。 奇しくも、初めて手を繋いだこの道で、彼は重ね合わせた唇を僅かに動かした。 ナミは聞こえぬ声を、だが、確かにそれとわかって、「私もよ」と囁くように言った。 ルフィが振り返れば、今なお恋人達は強く、強く抱き合っている。 「依頼達成だっ!!!」 メンバー達のリーダーに続いて上げられた手が、茜空の中で黒く浮かび上がっていた。 |
●後書き?いえいえ、反省記● ゆえさん、いつも当サイトに来てくださってありがとうございます。(ラブッ!) カウントリク作品・・・ど、どうでしたか? いえ、聞くまでもありません。何たって、大学生としての部分が少ない上に ゾロナミ度が薄いんですもの〜(;;クスン こんな私に愛想を尽かさず、これからもよろしくお願いしますm(u u)m |
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