700HIT踏んでくださった真牙様に捧げます。


みどりのうた


14




みんみん みんみん アブラゼミ。

林を抜けたら 沢越えて。

シダをかきわけその向こう。


そこにきっと彼はいる───





ナミはもつれてしまう足に焦れて、こけつまろびつ、だが渾身の力で走った。

ベルメールが死んでから3年。

流れた時は残酷にも少女の体力を奪い、彼女は13才の少女にしては随分とゆっくりと走っているようにも見えただろう。


それでも。



ナミは走った。



動きを止めようとする体を叱咤して、その気力だけを頼りに。



頭にあるのはただ、彼の笑顔。


仏頂面を不意に柔らかくした彼の笑顔。





「行かないで」






「もう、誰も・・・───」




荒い息の合間に、もう一度「行かないで」と呟いたその時、彼女は丘を目にした。


ついに止まった足は、どうしようもないほど震えていて、ともすればナミはその場にしゃがみこんでしまいたいという衝動に駆られる。



胸をぐっと掴んで無理に呼吸を落ち着かせて、ナミは震える足で丘をのぼっていった。

最早走るほどの体力などない。


だが、最後の力を振り絞って、彼女は小走りに丘を駆け上がる。

心臓が痛みを叫び、荒い呼吸を繰り返した喉の奥が熱くなっていた。



あと少し。



あと数歩。




丘の半ばまで来れば、家の周囲に誰がいるかはわかる。


流れる汗も厭わずにきょろっと瞳を動かしてから、ナミはハッと息を呑んだ。


家の脇に大きな向日葵が一つ。


天に向かって咲いていた。



震える足も忘れて駆け出そうとすれば、彼女の細い体は地面の上に倒される。

草をぎゅ、と掴んで土の付いた手も、足もそのままにナミはしかし、立ち上がってようやく黄色の花の前に辿り着いた瞬間に地に両手をついてそれを見上げた。

さぁ今日も一日の生命を歌おうとばかりに横から照りつける夏の太陽を受けて、向日葵は悠然とその場に立っていた。

見れば根元の土が真新しい。


「・・・ゾロ。」


どこからか持ってきたその向日葵を、彼がここに植えた。

たった一輪だが大きく咲いたその花に、ナミは母と、彼の姿を映して、そこに座り込んだままじっとそれを見た後で、ふと瞳を何度か瞬かせた後、少女はゆっくりと立ち上がった。

緑色の大きな葉っぱに、何やらそこにはある筈もない黒い文字が書かれている。


『また来年』



残した言葉はそれだけ。







「バカね、ゾロ。こんな植え方じゃすぐに枯れちゃうわ。本当に何にも知らないのね」



いくらかの時が経った時、彼女はそう言ってふっと笑みをこぼしていた。




*************************




もしやもう戻って来ぬのか、と思っていたが、少女は数時間の後に土まみれになった白いサマードレスをはたきながら寺の門をくぐった。

ヒルルクは心配で、心配で、朝からずっと本堂の前を箒で掃きながら時折、門を見ては溜息をついていて、だがくれはが「あの子の好きにさせてやりな」と言うものだから追いかけるわけにもいかず、歯がゆい思いをしていただけに、その彼女を目ざとく見つけた時には、乱暴な口ぶりをするとも思えぬほどの好々爺の笑顔を湛えて彼女に駆け寄った。

「おぉ!よく帰ってきたな!いや、俺ァもうお前がまた・・・」

「ヒルルクおじいちゃん」

彼の名前を呼んでから、本堂の脇を見れば、彼らの自宅の縁側にくれはが腰掛けて意地悪な笑顔を見せて「会えたかい?」と訊く。

ナミはふるふると首を振って、その笑みを絶やさずに「くれはおばあちゃん」と彼女の名も口にした。

「お願いします。私をここに置いて。」



ベルメールの死後、葬式も済んで周囲の大人がこぞって、さて、この少女の面倒をどうするかということで頭を悩ませた。
どの大人もナミに瞳をやってから渋い顔をして、その事は深く少女の心を傷つけた。

だが、閉ざされた心の内に、このくれはとヒルルクがそんな大人を怒鳴りつけて自分達が、と進言した事を覚えてはいる。
ただその時にはもうナミは耳をふさいでしまっていて、結局少女はあの家から一歩も動こうとしなかったのだ。




「あんたからそう言うってことは、何かあったのかい?奴に会えたのか・・・」

「ううん。会えなかった。でも・・・」

ナミがまるで幼子のように笑った。


「ゾロはまた来年来るわ。だから私ももう逃げない。私はまだ一人で生きていける子供じゃないから・・・ここに置いてください」


ヒルルクとくれはが肩の力を抜いて笑う。


「あんたがそういうつもりなら早速部屋を用意しようかね。ナミ、あんたの部屋だ。教えてやるから自分でするんだよ」

少女はくれはの言葉に嬉しそうに頷いた。



山の葉がざわっと蠢いてやわらかな風が吹く。


ポン、と背中を押された気がしてナミは振り返った。




誰もいない。

ミンミン、蝉が鳴いて、遠くからは木々のざわめき。
青い空は太陽の光に乗って雲の音符を揺らめかせる。
緑の畑を渡っていく風がその背に受けた光を白く浮き立たせた稲穂を美しく歌わせた。





「待ってるわ」



風に乗った彼女の声は、軽やかに空へと運ばれていく。
















数年後、黄金色の畑に囲まれた診療所がこの町に出来たというのは、また別のお話。










〜Fin〜



●言い訳させてくださいコーナー●

我がパラレル小説の師匠でもあり、隠し1000HITゲッター真牙さま。
す・・・すみません。
本当は額にチュ〜ぐらいは書く予定だったんですが、
予想外にナミがえらく暗い子になってしまいました(;;
これぞ文才のなさ。。。もう、煮るなり焼くなりしてください。
こむぎはまな板の上でいつでも貴方をお待ち申し上げております。(カマン!

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