55555HIT踏んでくださったkiri様に捧げます。
黄金色の道の向こう。

私はその先を知りたい。





光の道



1




日の光を弾いて輝く緑色の草原も、3日も歩けばとうとう変わり映えしない景色にも飽きてしまって、その町に着いた時には古い歴史にくすんだ町すらも色鮮やかに映って見えた。
何せこの町に来るには大抵馬車か飛空挺を使うしかないと言うのに、彼は自分の足一つでここまで辿り着いたのだから、城門を守る兵士の驚きようは筆舌に尽くしがたく、町の中心に聳え立つ城からは近衛兵数人が、町の入り口にもあたる城門へと駆けてきたぐらいだ。
それでも彼は動ずることもない。
そりゃたかが一人の旅人にここまで狼狽の態を見せてしまっては、兵たちも後味悪く、門はすぐさま開かれて、彼は取り立ててこれと言った尋問も受けることなく街中へと足を踏み入れた。

赤褐色だった煉瓦は、長い歴史の中で風化して白色にも近く、けれども灰色とも見て取れる。
道行く人間は、別段他の国とそう変わらない。
ただたまに目の端に、灰色のマントを頭から被って、しかも民から頭を下げられている者たちが自分を見てこそこそと内緒話するのが見て取れて心中鬱陶しくもあったが、僧官か何かだろうと決め付けて、彼は気付かぬ素振りでそのまま歩を進めていた。


「まずは・・・───酒だな」


呟いて、男は城門から城へと続く街中の通りで目ぼしい店を見つけてその扉を開けた。





「見た?」

「う、うん。見たよ。ウソップの言った通りだったな!ウソップはすげェなー」

「ウソップの言った通りじゃなくて、ウソップが言った中の一つがそれだったってことね。でも珍しいわ、まさか当たるなんて思わなかった。大体歩いてこの街に来る人なんていないし、いつもの当てずっぽうかと思っちゃった」

「おいおいおいおい、ナミ、俺様を誰だと思ってやがる?今はこんなナリしてるがな、出るとこ出りゃ俺を手に入れたいと望む輩が・・・」

「出るとこってどこ?」

意気揚々と言葉を紡いでいた声は、ナミと呼ばれたオレンジ色の髪の少女の一言で、ぷつんと切れた糸のように押し黙ってしまった。こうなればもう姿も見せる気もないようで、窓辺には暖かな陽射しばかりがのどかに差し込んで、ナミは「全く・・・」と溜息をつくと、古ぼけた木の椅子から立ち上がった。

「とにかく、ウソップの言葉の前半部分が当たってたんだから後半はどうあれあの人に声を掛けてみるわ。」

「でも何か怖そうだったな。ナミ、本当にあいつでいいのか?」

呟きがぽつんと部屋に響くと、また別の声音がそれを軽く笑い飛ばした。

「俺の存在を忘れてもらっちゃ困るぜ、チョッパー。ナミさん、ウソップの言うことが間違いでもこの俺がいる限りあなたが危険な目に遭うということはありませんv」

「そうね、サンジくん、期待してるわ。ほら、チョッパーも行くわよ。もし何かあった時こそあんたがいなきゃ話にならないんだから」

「う、うん」


眩い陽射しの中で小さな光がパチンとはじけて、部屋にはナミと呼ばれた少女だけが残っていた。少し煤けた桃色の外套を羽織る。そのまま部屋を出ようとして少し考えると、ナミは外套のフードを深く被って、古びたドアを静かに閉めた。



この都市は、どの国とも交わらずに、だが戦争の火種にも巻き込まれることもなく古い歴史を街並みに感じることが出来るのだとここへ来る前に寄った町で聞かされた。
その町を出てから山を越え、洞窟を抜け、辿り着いた草原をただひたすら一日も歩けば辿り着けるだろうと親切心溢れた顔に笑みを浮かべていた酒屋の親父を思い出して、男は小さく舌を鳴らした。
一日どころか3回朝日が昇ってようやく遥か遠くにこの都市を目にした時には、そこから踵を返してあの酒場で得意満面に道のりを聞かせてきた親父に文句の一つも言ってやりたくなるのもしょうがない。

朝と言わず夜と言わず、人気のない草原の中の道では度々敵意をむき出しに襲ってくるモンスターに遭遇することもあったし、念のためと多く持った食料も2日目の夜に底を尽きて、勿論この草原に着くまでにも思いの外山道や洞窟で時間を食ってしまったというのはあるけれど、それにしてもさすがに何もない草原を晴れた空の下歩き続ければ、喉は随分と渇いてしまった。

出されたビールを水のように飲み干すと、身体中に水分が回っていく気がしてようやく人心地つく。

「いい飲みっぷりじゃないか」

カウンターの向こうからしわがれた、けれどもいやにはきはきとした声が聞こえて目をやると、そこには一体幾つなのか想像もつかせぬほどに背をぴっと伸ばした老婆が思わしげな笑みを口元に湛えて自分を見ていた。
顔の皺を見れば、相当に年は食っている筈なのに、その手に持った酒瓶を口につける様もどうも若者のそれより機敏で、男はじっと彼女の動作に見入っていた。

この町に入って一番最初に声を掛けてきた老婆があまりに老婆らしからぬ動きを見せるのだから途端に警戒心が沸いたのだ。

「あんたかい、兵士たちを騒がせたのは」

「兵士?」

「さっき見知らぬ者がこのイーストプレインを歩いてきたって見張りが叫んで近衛兵を呼んでたからね。あんたのことだろう」

そういえば、イーストプレインという名前だった。

自分が3日も歩いた草原の名は確かにそれだ。
以前見た世界地図では、その草原は大陸の中心まで到達していて、この都市はその草原をほぼ手中に収めるイースト国の西にある首都ココヤシと言う。と言っても、草原には遊牧民が独自の生活文化を守りながら各地を転々としていると聞くから、イースト国が実際に治めているのはこの都市だけと言っても過言ではないだろう。

「俺のことかも知れねェが。そんなに珍しいもんか」

「下の城門から入ってくるといえば、今はもうアラバスタの連中だけさ」

「アラバスタ?」

「草原で生活する遊牧民族さね。この町には年に一度、交易品を持って訪れる」

あぁ、と頷いて男は泡が残ったグラスを翳した。

受け取ったグラスにもう一度ビールを注いで男の前に置くと、今回は半分だけ飲んでふぅと一息吐いた。


「あんた、名は」

「名乗らなきゃいけねェ理由でもあんのか.」

老婆は、ニッと口の端を上げると「あたしの好奇心を満たすためさ」と言い放った。

気を良くするわけでもない。
かと言って、気を悪くするわけでもない。

答えなければ今度は自分が名乗れない理由があるのかと疑われてしまう。

ならばと躊躇うこともせず、男が名を口にしようとした瞬間、酒場の扉が勢い良く開け放たれて、暗く埃臭い空間は今がまだ日中なのだということを思い出したように途端に軽さを取り戻した。

老婆が顔を上げておや、と呟いた。
顔馴染みの客が来たのだろう。
そろそろ夕方で、この町にも夕暮れが迫っている。

今のうちに宿を取っておいた方が良いかと考えて、残ったビールを一気に流し込むと、男はカウンターに銅貨を2つ、3つと置いた。

「随分と慌ててどうしたんだい、ナミ」

「こん、にちは・・・くれはさん」

一度唾を飲み込んで呼吸を整えると、外套で覆われた胸に手をやって、ナミと呼ばれた女が何度も深呼吸を繰り返していた。勘定はカウンターに置いてあるのだし、太陽が西に沈みかければ早々に今夜の寝場所を確保しなければいけない。飛び込んできた女には目もくれずにその横を通り過ぎようとすると、淡いピンクの外套から白い手がさっと伸びて、男の腕をぐっと掴んだ。

「───何だ。」

「あんたに話があるのよ、ちょっと来て」

「・・・・・」

フードを被った女は、声やその顎の輪郭からしてかなり年若い。

娼婦の客寄せかとも思ったが、それにしては外套で体を覆っているのだから商売女とも思えず疑問は残る。
だが、どうも女の様子からして、その言葉の通り付いて行けば面倒なことになる気がするのも事実で、男は「俺にはない」と冷たく返すと、肩の荷物を持ち直して、扉を開けた。



この都市は城壁に守られている。

いや、城壁に囲われた城全体が町とも言える。

城門からは幅広く、長い階段が緩やかに続いてその先に国を治める王が住むという城がある。
階段沿いにそれぞれの小路を入ればこの城下町と言うか城内町と言うか、とにかく草原の中に浮き出したように飛び出た町で暮らす人々の居住区があるらしい。どうやって作られたのかはわからぬが、とにかく灰色にくすんだこの町を当初目にした時は、草原の中の大岩だと思ってしまったぐらいだ。

この酒場は大階段の横に入ってすぐだったから、また大階段に戻れば宿屋の一軒や二軒、すぐにでも見つかるだろうと店を出て来た方向へと歩いていった。

だが、どこまで歩いてもそれらしき階段には突き当たらないし、それどころか一層高い建物にはさまれた道は細くなるばかりで、夕焼け空も見上げれば、いやに高い。

「わかり辛ェ町だな」

「ここほどわかりやすい街並みはないって、皆言うわ」

「・・・お前もいい加減人の後、つけてくんな」

「つけてるんじゃないわよ。こっちが私の家なの。」

思い通りの道に出ることができず、苛立ちも手伝って、いい加減なことをと言ってやろうと女に振り返ろうとすると、女はすたすたと自分を追い越してくるりと身を返した。

「あんた、宿屋探してるんでしょう?宿は大階段沿い。正反対の方向よ。こんな路地裏にあるとでも思う?」

半ば嘲るような声だから尚更憎々しくもなってしまう。
男が眉をしかめると、彼女はふっと笑ってフードをぱさりと下ろした。


「私の家に泊めてあげてもいいわよ。宿よりは安いから」

「金取る気か。ぼったくるつもりじゃねェだろうな」

「こんないたいけな少女がそんな非道なことするわけないじゃない」


日が傾けば、灰色の建物にはさまれたこの路地裏は影も濃い。
それでも、ぽつりぽつりと点けられた明かりが建物の窓から射してきて、女は確かに無邪気な笑顔を浮かべていた。


(何かありゃ───ま、どうにかなるか)

腰に差した長剣にちらと一瞥くれた後で、「じゃあ連れていけ」と承知すると、女は満足げに顔を綻ばせた。




*                   *                   *




沈む日に、そういえばビールを飲んだっきりで腹がまだ膨れていないと思い出し、前を歩く女に「メシがあるか」と尋ねると、女はもちろん、と答えた。

答えたはずなのだが。


女は町外れの天に向かって聳え立つ塔を住まいとしていた。
開かれた扉からは螺旋階段が延々と続いて、とても人の住居とは思えないが、その内階段が尽きたところに木のドアがあった。どうぞと言った女のあとに続いて入ると、テーブルと、椅子が一つ。窓にはオレンジ色の空が広がって、部屋の中に影を落としていた。部屋の右手にまた奥へと続く階段がある。女が待っててと言ったから椅子に腰を下ろせば、階上へと向かった足音は一旦立ち止まって、また扉を開いた軋みが聞こえた。
上にも部屋があるのだろう。
そこが最上階なのかと思いながら窓の外へと目をやると、黄色い太陽に大きな翼を持った鳥が横切っていった。

何気なく立ち上がって窓から下を見てみれば自分が歩いてきた草原の中の一本道も茜色に染まっている。
道の先には遠く山がある。
あれもまた、自分が越えてきた山に違いない。

一陣の風が草原に波を作った。

「あんたの姿もよく見えたわ」

振り返って、彼は変えない表情の裏側で嘆息を漏らしそうな自分を悟った。

彼女は、この夕焼けと同じ色の髪を揺らしては、豊満な胸を隠すでもなく反り返して、くびれた腰に手を当てたままでそこに立っていた。

立っていただけなのに、その女がそこに居るというだけで色気だった空気が部屋に満たされていた。

窓から差し込む朱とも橙とも取れぬ光がまた艶めかしくも彼女を金色に縁取って、言葉を失った。

「ウソップが一人の男が歩いてこの国に来るって言うから、待ってたのよ。そしたらあんたが現れたってわけ」

「ウソップ?」

「私の召喚獣。ちょっと先の未来を予言できるの」

「あァ・・あんた召喚士か」

自分の言葉に頷いて、男は椅子にどっかと腰を下ろすとさっきまでとは違った目で女の姿を見ていた。




このイースト国の首都が首都というのに陸の孤島と言われるに至った理由は二つある。

一つは、他国からの交通手段が飛空挺でしかなく、それも他国との交流がほとんどない土地なのだから定期的に出ているわけでもないし、そもそも飛空挺というのが未だ開発されたばかりの技術で運賃が高い。貴族ぐらいの地位にもなれば空の旅も楽しめるだろうが、この世界から隔たれた地をわざわざ観光のために足を向けるという貴族などいるわけもなく、主に物資運搬のために時折空を東のこの国に向けて飛空挺が飛んでいくばかりだった。

大昔から使われていた道は、馬車が通れるわけもない洞窟と、山道を越えなければならず、進入が容易でない。

そしてもう一つの理由が、この国は召喚士によって支えられる魔法国家ということだった。
他の国には召喚術を使える魔導師がいない。
この国は、閉鎖的な慣習を以ってして、その術を門外不出としてきたのだ。
自然と国から出るという民もいなければ、よほどの変わり者でなくばそんな閉鎖的な国に移住しようとする者もいなくなって、長い歴史の果てにこの国の首都、ココヤシは陸の孤島と呼ばれてきた。


自分よりも若そうな女が平然と召喚術を使えると言うのも、この国のそんな事情を思い出せば、あぁそうかと得心できる。


「驚かないの?私、召喚術が使えるのよ」

「そりゃ、この国はそういう国なんだろうが。」

「───何も知らずにここに来たの?」

口をぽかんと開けて、女はそう呟くと、キッと天井を睨み上げて「下りてらっしゃい!」と声を荒げた。

人の気配などしなかったはずなのに、と女に倣って煤けた天井を見ていると、暗い階段からこそこそと話し声が聞こえてくる。

どうも、数人が嫌がる男を無理に連れてきているらしい。

「よ、よせ!やめろ!俺の所為じゃねェ!」

「てめェのクソ予言のせいでナミさんがあんな男を連れてきちまったんだ。諦めろ」

「う、ウソップ、暴れるなよ。なァ、ロビンも手伝って・・・」

「そう?」

「チョッパー!てめェレディの手を煩わせるようなことをするな!ロビンちゃん、いいんですよ。こんなクソ野郎は俺一人で十分ですから」

「サンジ!下ろせ!馬鹿野郎!!仲間を魔女に売るつもりかっ!よし、予言してやる!お前は数秒後に階段で足を滑らせる!滑らせて怪我しちまうぞ!だから下ろせ・・いや、下ろしてください!」


随分と騒がしい、と眉を顰めていた男は彼らの姿を目にしていよいよ顔を曇らせた。

「ウソップ、本当にこいつで間違いないの?」

「お、おぅ!俺の予言どおり歩いて来たってんならな。俺が嘘をつくわけ・・・」
「嘘だらけのクソ予言しか言えねェヤツがよく言・・・──」

「これがあんたの召喚獣か?」


ふっと影が差して、彼ら一同会話をぱたりと止めてその男を見上げた。



「そうよ。頼りになる奴らなの。」

へへっと照れたトナカイが頭を掻いている。

「俺ァ召喚獣ってのを見るのは初めてだが」









「こりゃ、召喚小人の間違いじゃねェのか?」




そこには、手の平に載るほどの小人たちが4人。

いや、一つはトナカイの姿をしているのだから3人と一匹。

自分の言葉を聞いて女が苦笑を浮かべると、人形とも思えるその内の一人が金髪を揺らして、思いっきり脛に足蹴りを食らわしてきた。




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