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光の道



11




「力を認めないわけではない」

そう言ったっきり、ゲンゾウは口を噤んでいた。
自分も一人の武人として、剣の腕に自信がないわけではない。
それでも、あの黒いマントの男に適わず、ナミが連れてきた男はその男を一刀両断の下に倒したと言うし、それが勿論ナミの周りにいつもいる召喚獣たちの活躍あってこそなのだろうが、それでもナミは「こいつが居るから私達だけで追ってもいいでしょう」とこちらが頷くのを待っている。

それが、どうしても首を縦に振れないのは、血の繋がりなくとも我が子のように見守り続けた少女が、危険な旅路になるかもしれないというのにどうしても自分が行くと言って聞かないからだ。ベルメールやノジコの言うように、言って聞く娘ではないし、もう一人で旅立てる年なのだとも頭ではわかっている。

だが、心では納得できない。


「それに、盗賊じゃないのか。その男は」

ちらっとナミの後ろで一国の王たる自分に萎縮することもなく、いかにもつまらないと言った顔で突っ立っていた男を見て、ゲンゾウは「それが本当なら今すぐにでもひっ捕らえてやりたいところを」と言った。

「だが、私の命を助けてくれたからそれをしないだけだ。」

「別にあんたを助けようとしたわけじゃねェが」

「ゾロ、あんたは黙ってて」


ゲンゾウの額に青筋が立って、ナミは呆れた声でゾロを諌めると義父に向き直った。

「でも、軍隊の兵士たちは魔法が使えないんだから彼らに任せるわけにはいかないもの。召喚士にしたって。召喚獣の魔法が効かなかったじゃない。こいつの剣はあいつを倒せたし、それに私の石が盗まれたのよ」

「それは『刀』の力だ。そいつの力じゃない」

「あんな変わった形の剣、この国で誰か使える人がいる?」

「そ・・・それは・・・いや、鍛え抜かれた兵士なら訓練次第で使いこなせるはずだ」

「そんなの、待ってられないわよ」

額に手を当てると、大きな溜息をついてナミは「今すぐにでも出発したいのに」と僅かに苛立ちを見せた。

「ねぇ、お願い。私は、私の手でルフィを取り戻したいの。どうしてあいつらがあの石や義父さんの刀を狙ったのか、真実を知りたいの。」

「・・・何もお前がそれをする必要など・・・」




王の間は、その私室よりも煌びやかで、ゾロはその赤い絨毯の上で腕組みしたままどこか居心地の悪さを感じていた。
そもそも親子の話ならば勝手にやればいいのに、何で自分がここにいるのだかがわからない。
重々しい扉は僅かに開けられていて、この部屋の隅に立っている数人の兵士も気付いていないのだろうが、そこからあの召喚獣たちが耳を欹てて話を聞いている。

押し問答を聞いていることにも疲れてゾロはくるりと背を向けるとすたすたと出口へ向かって歩いていった。
自分の主張を曲げない親子はそれにも気付かない。

「ゾロ、やっぱダメか?」

「チョッパー、当たり前ェだろ。いかにもクソ怪しい野郎とナミさんが数日だけでも行動を共にするなんざ小鳥を蛇の巣に突っ込むみてェなもんだ。王が許すわけがねェ」

「俺が蛇ならてめェは鳥に食われて喜ぶミミズか」

「何だと・・・?おい、クソ野郎、てめェ今何て言った?」

「何も」

ふいっと廊下の向こうへと歩いていこうとしたゾロの足元にロビンが立って、行く手を遮っていた。

「選ばれたのよ。あなたがどうにかなさい」

「誰も選んでくれなんて頼んじゃいねェ」

「弱点を晒すのがそんなに怖い?一人の方が気楽なのかしら。あなたじゃないとダメなのに」

「あの女はそうは言わなかった」

「拗ねてるのね。」


眉間に深い皺が寄った男を見て、ロビンはいつものようにくすくす笑って、「でもナミさんはあなたを選んだのよ」と付け足した。

「・・・違う。たまたま俺がこの国に来ただけだ。俺じゃなくてもいい。」

「偶然だろうと必然だろうと、今、ここに居るのは剣士さん。あなたよ」

じっと自分を見上げるロビンの眼差しはちらりとも迷いに揺れる光を見せない。
それを受け止めて、じゃあ、自分はどうすればいいかぐらいは頭の片隅でわかっている。

だがそれをしていいのかと躊躇う気持ちが自分にはある。

苛立ちは膨らむばかりで何の役にも立ちはしない。

「───理由はどうであれ、ナミさんはあなたと行くと決めた。それは真実。」


躊躇う自分に嫌気が差しているのは確かだ。
俺らしくもない。

踵を返して、王の間に入ると親子は互いに真っ赤な顔して怒鳴り合っている。
つかつかと歩み寄ると、壁際に立っていた警備の兵士たちは皆一様に何事かと身構えた。


「大体あの男は何だ!お前はまだ16だぞ!」

「何の話してるのよ!ゾロとはそういうのじゃないわよ、そんなに私が信じられないの?」


国王と王女の口喧嘩とも思えない方向に話がいつしか飛んでしまっている。
苦笑してナミの傍らに立つとゲンゾウが鋭い目で自分を睨んだ。


「おっさん」

「だ、誰がおっさんだ!この・・・ッ」

「あァ。悪い。じゃあ・・・・おっさん。」

「お、お、お前!フザけるなっ!」

顔を赤くして激怒するゲンゾウは、どこからどう見ても王の威厳など微塵も感じさせないのだからしょうがないだろう。
とりあえず、ゲンゾウの怒声を暫し聞いてそれが落ち着くのを待っていると、ナミがつん、と腕をつついた。

「ちょっとゾロ。あんたが居たら話がややこしくなるじゃない。」

「俺がいなくても十分ややこしくなってただろ」

「こら!お前ら!そんなに近付いてはいかんと・・・」

「おっさん、俺ァとっとと東の海とやらに行って、刀を探してェんだが」

お義父さんの手が剣にかかって今にも飛び掛らんとしているのはゾロにだってわかっているはず。
なのに、ゾロときたら悠然と構えてそんなお義父さんの様子も何知らぬ素振りで言葉を続けた。

「こいつが俺じゃねェと嫌なんだと」




顔面、蒼白。


あんたで良かったとは言ったけどあんたじゃなきゃ嫌だなんて一言も言ってない。


───あんたで良かったって言葉も返してもらいたいぐらいだわ。



「あんたを不安にさせる材料なんかどこにもねェ」



ゾロ、あんたの存在自体をお義父さんは疑ってるのよ。
説得してるつもりなんだろうけど、もう黙って。


「こいつは俺が守る。約束すりゃいいんだろ」


言って、ゾロは笑った。


「そんな口約束が信じられるとでも思うか、若造」

「信じるかどうかはあんたの問題だ。」


剣に置いた手をそのままにゲンゾウはゾロの顔を見入って暫し、小さく軽く、溜息ついて玉座に腰を下ろした。

「お義父さん・・・」

「いい。行けばいい。私はもう何も言わん。だが、必ず無事な姿で帰ってこい」

「帰ってくるわ」と、ナミは呟くとその顔に凛とした笑顔を見せた。


「当たり前じゃない。お父さんと、お母さんと、ノジコがいるここに、私は帰ってくるわよ」




去り際に、ゾロが振り返るとそこには扉から出て行く娘の背をじっと見ている男が座している。

「何だ。お前も早く行け。必要なものは好きなだけ持っていくが良い」

「俺ァあの刀さえ貰えりゃ他には何もいらん」

「・・・持ってゆけ。お前にしか扱えないらしいからな」

「あんたの娘に比べりゃよっぽど扱いやすいさ」





遠い空には白い雲から鳥の影がすっと伸びた。
ゲンゾウは、それを見ていた。
ただ、真っ直ぐに飛んでいくその影を見ていた。




*                   *                   *




「行っちゃったね。義父さんなら絶対後から兵隊を追わせると思ったのにな」

「あたしの言った通りだろ。生真面目なんだからそんなことしないって」


町の中心、聳え立つ城のバルコニーは吹く風も強い。
草原を渡った風は青々しい匂いをここまで届けて、ベルメールが手を差し出すと、ノジコは「あーあ」と肩を落として懐から10ベリーを取り出して母の手に乗せた。

「こらっ!お前らまた賭けをして・・・!」

「社会勉強だよ、ゲンさん。」

「義父さんなら絶対あたしの期待を裏切らないと思ったのに」

振り返った母子は悪びれもせずにそう言って二つの花のように笑った。

「次は何を賭けようか」

「ナミがあいつとくっつくかどうか賭けない?」

「おおおおお前ら!そんな不吉な賭けを・・・ッ!」

「じゃあゲンさんはそうならないほうに賭けるんだね。ノジコ、あんたは?」


手を翳すと草原の一本道を歩いていく二つの影がまだ見える。
少し先を歩いているのは、きっとナミ。
今から計り知れない力を持つ奴を相手に戦うかもしれないっていうのに、呑気な子。

その後ろをついていく影はあの男。


「多分母さんと一緒」


声を弾ませて、ノジコは言った。








城を出て、町を抜けて、門を出てこの方、ゾロはむっつりと黙ったままで腰に差した刀と、そして腰に差しきれないと言って背中に結わえ付けた刀を交互に時折見てはどこか思いつめた表情を垣間見せていた。

こんなにも風が気持ちいいのに。
太陽は燦然と私たちの歩く道を照らして、町の人に顔を見られないようにと深く被っていたフードを下ろすと、ナミは屈んで足元をちょこちょことついてきていた召喚獣たちにここに入りなさいと言った。

「契約さえしちゃえば、元の姿に戻れるのにね」
「俺、あんまり変わんねェって言われるぞ」
「トナカイさんはとっても強そうに見えるわ」
「そ、そうか?」

チョッパーがへへっと小さく笑った。

そんないつも通りの彼らの会話もなんだかこの広い草原で耳にしているとどこか嬉しそうな響きを持って耳に届く。


「そうよね。天気はいいし、絶好の旅日和。それなのに───」振り返って「なっさけないわね」とバカにしたナミにもゾロは何か深く考え込んでしまっているのか、じっと刀を見つめたまま言葉を返さない。

「ナミ、ゾロのやつどうしたんだ?」

ウソップがこそっと耳元で訊いてきたけれど、自分だってそんなこと知るわけがない。

もう一度、今度は彼に悟られぬように少しだけ顔を振り返らせてみれば、まだ不機嫌そうなゾロがいる。

「せっかくの旅立ちにそんな陰気くさい顔されたらたまったもんじゃないわ」

「───何か言ったか」

「ナミさんの旅立ちにてめェみてェなクソ仏頂面は似合わねェって言ってるんだ」

フードから顔を覗かせたサンジが後ろを歩いていた男に悪態を吐いた。
一層険悪な雰囲気になって、溜息をつかざるを得ない。

「ナミさん、道が分かれてるわ。」

「西へ続く道と、東へ続く道ね」


ナミは西を見た。
道は山の麓に向かって伸びている。

東を見やる。

山も何も、視界を遮るものはない草原へ続く、その道。

途中からは途切れているのだと彼らの話に聞いていた。




「でも、道は続いてるのよね」





風が桃色のマントをはためかせていた。
岐路の真ん中に立って、東をじっと見ていた彼女に追いついて、ゾロはそれに倣って道の先を見た。
青い空には雲が数個、ふわりと流れている。
緑の草原を渡る風は、まるで背を押すように西から東へ向かって吹いていた。


「ゾロ、あんたは怖い?」

「俺が?」

「だってさっきから何も喋らないじゃない」

「阿呆」


どうも落ち着かないのだ。
腰と背中に刀があることが落ち着かない。
これだと戦闘になった時にすぐに構えられないと思っては、けれどもよくよく考えてみたら自分は今まで1本の刀しか扱ったことしかないのに、何故その2本を同時に使えると自分が考えているのかがまた不思議で、そんなことを考えていたのだと説明しようとしても、彼女や、そのフードから顔を覗かせる召喚獣たちが自分の顔を食い入るように見つめているものだから、どうも言葉にし辛く、ゾロは「てめェらには関係ねェ」とつっけんどんに言い放った。


「ナミさん、やっぱりこんな奴置いていきましょう。美しいあなたにこんな小汚ェ野郎のお供なんか必要ありませんよ。この俺が貴方をお守りしますからv」

「でもこいつも私を守りたいって言うのよね。」

その手を頬に当てて大仰な溜息をついたナミの言葉にサンジは途端に顔色を変えてそのフードから飛び出ると、ゾロの顔目掛けてとび蹴りをお見舞いしようとした。
ひょいっと避ければ草っ原の中に落ちていく。

「てめェ、ナミ。誰がそんな事・・・───」

「言ってたじゃない。お義父さんの前で。約束するって。それならそうと早く言えばいいのに。」

「何を早く言えって?」

「あんた女に飢えてるって顔してるもの。そこへこんな飛びっきりの美女が目の前に現れたんだもの。私に惚れちゃうのも無理ないわ」

言い返してやろうとすれば、ナミはふふっと笑って道を歩き出した。
女のフードに心配そうに俺を見るトナカイと、長っ鼻と、傍らには何をか言わんばかりの笑みを浮かべた黒髪の女。

ふっと頭が冷めた。


「ナミ」

「何よ。また何か変な事をかんが───」

「惚れてんのはてめェだろ。」


一気に耳たぶまで真っ赤になったナミが道の真ん中で立ち竦んだ。


ロビンがプッと噴出して、あの女はナミが楽しんでるとか俺が楽しんでるとか言ってる割に自分が一番楽しんでるんじゃねェかと呆れて、だがとりあえず悪戯の収集はつけなければならないだろう。

そのオレンジ色の頭を撫でてやろうかと彼女の後ろまで歩み寄れば、途端にそれがふわりと揺れた。

ナミは、真っ赤な顔で唇を結んだままその丸い瞳で俺を見上げている。

いや、睨み上げている。

「あ、あ、あんたなんか・・・」

「冗談だ」

「好きになるわけが──」

「じょ・う・だ・ん・だ」

「・・・・・・え?」


固く握っていた拳を緩めることも忘れてナミはゾロを、じっと見ていた。

仏頂面の男が不意に笑みをこぼして頭をひと撫で。

風が吹いて、彼の手の平はすぐに離れていった。

くしゃくしゃになった髪をそっと梳く。


何事もなかったかのように歩いていくその背を見ていると、ようやく草原から道に戻ったサンジが自分を見上げて「何かされたんですか!」と声を荒げた。

「別に、何も・・・」

人の話も聞かないで、サンジくんは、何をしやがったなんて騒ぎながらゾロの後を追う。
チョッパーまで肩まで上がってきて不安げに顔を覗き込んだ。

「ナミ、顔が赤いぞ。風邪か?俺、魔法で治してやろうか?」

言われてパッと手を頬に当てると、確かに熱い。
手で確かめるまでもない。顔が火照ってることぐらい、自分でだってわかってる。

「トナカイさん、魔法じゃ治せないものもあるのよ」

「えぇっ?!そ、そんなにひどい病気なのか?そりゃ命に関わる病気は俺の魔法は効かないけど・・・ナミ、何で今まで何も言わなかったんだ?」

「あ、ち、違うの。違うのよ。チョッパー。これはちょっと驚いただけで、病気とかじゃないの。ロビンも変なこと言わないで」

「ごめんなさい」

フードの中でそう言って、ロビンはまだくすくす笑っている。

あぁ、サンジくんのキックがゾロの足に思いっきり入った。
何も刀を抜くことないのにゾロったら。

(子供っぽい・・・───)

でも、自分もそんなゾロの言葉にあわてふためいちゃって、子供っぽい。

フードの中では笑うロビンにチョッパーがどうしてかと聞いている。


───ウソップ、あんたが横からしゃしゃり出てきたら、余計にチョッパーは混乱しちゃうのよ。



(でも・・・)



仲間たち。

彼。

私。





道は続いてる。




道は続いてく。





(ルフィ、待っててね。)


きっとあんたの元へ行ける。

そんな気がしてならない。

だって、ほら。




道は黄金色に輝いている。





一歩踏み出せば風が私の背を押した。




「二人ともケンカしないで。私のために」



はぁいと素直に従ったサンジくんに、眉を思いっきりしかめたゾロ。

仏頂面の騎士の耳元で誰にも聞かれぬ声で囁いたら、ゾロは瞬時に体を離して私をじっと見ていた。

だって、それが正直な気持ち。

あんたのそういう顔、嫌いじゃないわ。私を騙そうとした罰よ。


「さぁ、行くわよ!」


フードの中で、足元で、歓声にも似た声があがった。














「あの、アホ・・・───」

耳を抑えながらゾロは、彼女を追って歩き始めた。


行く先は前途多難。

溜息が漏れた。








=======Fin=======


●謝罪●
本当に本当に申し訳ございません(;;
カウントリクというのにこんな続くような終わり方・・・うぅ。kiri様、ごめんなさい・・・
この続きは必ずや書きますのでナニトゾナニトゾ・・・m(u u)m
こちらは出会い編となってしまいました。
イエ!お怒りはごもっともです。
もはや謝る言葉も思いつかないほどに。
こんなへたれ物書きですがどうぞ見守ってください。

陳謝・・・
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