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光の道



2




「それで俺が何だと?」

とび蹴りを喰らわせた金髪の小人・・・いや、召喚獣はサンジと言うらしい。
止めろと言っても一向に聞かずしかもこれが案外痛い。脛なんて急所を蹴られているってのもあるが、もしも自分と同じ人間の大きさをしていたらなかなか良い蹴りだと感心してしまうところだろう。しまいにはこっちも剣を抜いてやろうかと考えたが、小鳥ほどの大きさの小人にそこまでするのも大人げない。ここに自分を連れてきた女は笑うばかりで何もしようとしないし、結局はその金髪の襟首をちょいとつまみ上げれば、金髪はバタバタもがいていたかと思うと途端に手から光を発した。
寸でのところでその光が自分に当たる前に彼を投げ飛ばすと、彼の手から放たれた青い光はキッチンテーブルの上に置かれていた花瓶に当たって、一輪の花が挿されていたごく普通の花瓶が突然パンに変わったのだ。

驚いて女を振り向くと、オレンジの髪を揺らして笑っていた女が「その子はサンジくん。魔法でどんな物も食べ物に変えちゃうのよ。怒らせないことね」と今更ながらに説明を述べて、「サンジくんもそう怒らないで」と、床の上に着地して襟の乱れを整えていた小人を嗜めた。

この金髪のこび・・・いや、召喚獣と来たら途端に態度を変えて「はぁいナミさんv」なんて猫なで声で返事をすると、ちらっと自分に剣呑な目だけをくれて、ぴょんと飛び上がって窓辺に腰を下ろした。

ナミと呼ばれた女はついでにとばかりに、その場にいた召喚獣の名前と能力を説明し始めた。

「この子はチョッパー。回復の魔法が使えるの。すごいでしょう?」

へへ、と笑った人の良さそうなトナカイがナミの足元からそっと顔を覗かせた。

「この子はウソップよ。さっきも言った通り少し先の未来が予言できるけど、今のところハズレが多いのが玉に瑕ね。」

「う、うるせー!俺だってこんな姿じゃなきゃなァ・・・」

「それで、この子がロビン。ロビンはモンスターの弱点なんかを瞬時に判別できるのよ。世界中のモンスターのことにすごく詳しいの」

「よろしく」

肩までの黒髪を揺らして首を少し傾げたこの召喚獣は、その身長さえなければ人間の女とさして変わりない。

「そして私が召喚士のナミ。あんたを待ってたの」

最後に名乗った女がすっと手を出した。
夕日は変わらず女の白い肌を朱色に染めて、躊躇わずに差し出されたその手を眩しく映していた。

じっとその手を見た後で、握り返すこともせず男は「それで俺が何だと?」と怪訝な声を漏らした。



「警戒してるの?折角ここに泊めてあげるって言ってるのに疑り深い男ねェ。」

「勝手にこんな所に連れてこられて、こんなモン見せられちゃな」

「モノだと!?」

「サンジくん、しょうがないの。こいつだって初めて召喚獣を見たんだもの。わかってないのよ。それにね、今はそんな姿だから。」

ナミという女がそう言って、窓辺で小さな煙を吐き出していた金髪に微笑みを向けると、やはりニヤけた金髪が「ナミさんのおっしゃる通りでーすv」なんて腑抜けた言葉を吐くものだから、つい吐き気にも似た感情が胸に沸いた。

人間の男だってたまに女にとことん腰の低い奴がいるが、大抵反吐を出したくなる輩が多い。
そんな奴のおかげで自分が気分悪くなるのもふざけた話で、大概は見ないフリを決め込んでいるが、こいつは自分の言葉に突っかかって、目の前の女に猫なで声を出すのだから無視しようにもできるものでもなく、不機嫌さが増して二人の会話を耳にした男は口を真一文字に結んで拗ねた子供のように懸命に目を逸らしていた。

「あんたもよ」

ランプに火を灯した女が笑った。

「この子たち、本来の姿じゃないの。石を取り上げられちゃったから、魔力が保てなくてこんな姿してるけどね。そうそうバカにするもんじゃないわ。」

「石?」

「あァ、私のことに驚かないぐらいだもん。わからないのもしょうがないか。説明してあげるわ」

言って、女は白い手をつっと伸ばして男の眼前でぴたりと止めた。

「俺ァ握手とかそういうのが嫌いなんだが」

「誰があんたみたいなのと握手しようとしてるのよ。人が長い話をしてあげるって言ってんのよ。払うもんは払ってもらわなきゃ」

「───あァ!?金取る気か、てめェ・・・」

「当たり前じゃない。」

いけしゃあしゃあと頷いて、女はぴっと人差し指を天井に向けると空いた手を腰に顔を寄せて「でも聞かなきゃ、この町で何が起こってるかわかんなくてあんたなんかすぐ捕まえられちゃうから」と、低い声で言った。

脅しか、と鼻で笑うと女の頬がぷぅと膨らんで「信じないならいいわ」と案外あっさり引き下がった。

窓辺へ行って、サンジに何か告げると彼はそこから飛び降りて、今度は小さなキッチンに飛び乗った。
空いた窓辺にもたれかかって女はじっと薄闇降りかけた空を見ていたかと思うと「いいわ、教えてあげる」と言う。

「金取る気じゃなかったのかよ」

「いいから聞きなさいよ。あんたもこの国に何かの目的があって来たんでしょう。でなきゃ一人で歩いてわざわざここまで来る理由がないもん。今、この国は大変なことになってるって知ってるの?知らないわよね。知ってたらあんな真正面から堂々と入ってくるわけがないわ。考えが足りないって言うのかしら、私がここに連れてこなきゃ今頃あんたどうなってたか・・・ほら、見てみなさいよ」

口を挟む隙も与えずに話し続けた女は最後に細い指で窓の下を指した。

渋々立ち上がって女の傍らに立つと、暗がりの中をせわしく動き回る人の影がちらほら、街角や城門前の広場に点在している。

「あんたを探してんのよ。人通りが少なくなってから城に連れて行こうとしたのに、どの宿屋にも泊まってないことに気付いて慌てて探してるってとこかしら。」

どう、とばかりに口の端を上げている女の話を信じるわけでもないが、よくよく目を凝らせば昼間自分を見ては声を潜めて何事か耳打ちし合っていたの灰色のマントを着た奴らには違いなく、むしろ灰色一色だけにどの影も変わり映えしないものだから怪しいことこの上ない。

「あいつらが誰かを探してるとして、それが俺かどうか何故お前にわかる」

「あら、気になる?ってことはあんたも多少はあいつらのこと気付いてたってことかしらね。」

女はそう言って、確信めいた笑みを浮かべると、開いた手で傍らに立つ男の腹をトンと軽く撫でるように叩いた。


「タダで情報が貰えるなんて思ってないわよね?」




*                   *                   *




サンジが魔法を使えると言ったって、この家にある物を全部食料に変えてしまったらさすがに今度は生活ができなくなるんだ、とウソップという長鼻がその鼻の如く長ったらしい言葉で説明しかけていたが、この部屋に椅子は二つないからとナミはゾロに手招きして階上の部屋へと案内した。自分の肩幅より僅かに間隔があるだけの狭い階段を昇ると、今度は自分の肩の高さほどしかない小さな扉がある。
文字通りそこをくぐると、天井が斜めに走った屋根裏部屋に自分は居た。

ここは女の寝室なのだろう。
女は簡素なベッドに腰を下ろすと、あんたはそっちとばかりに古ぼけた机と共に部屋の隅に置かれていた椅子を指差した。

腰掛けてみれば、これは子供用なのだろう。
背が低い椅子はどうも落ち着かない。
埃のついたマントを翻して、もう一度座りなおしたが、やはりどうも居心地が悪い。

「おい、あんたがこっちに座れ。」

「嫌よ、その椅子もう私には小さいんだもの」

「てめェに小せェもんが俺に小さくねェとでも思ってんのか?」

「いいじゃない。何が不満なの?」


何が不満って。


何が不満って。


・・・・・・・・いや、この女にいちいちこんなコトで押し問答してたらキリが無い。

この数十分で何となく掴めてきた。

どうも口が達者なようだし、いくら俺が正当な意見を言ったところであっさり流される気がしてならない。

気付けば俺がこんな部屋に居て、女の話を聞くことになってるぐらいなのだから。
とりあえず、話を聞いてからどうするか決めるってのもいい。
もしかしたら『アレ』の手がかりも聞けるかもしれねェしな。


「あんたのそれって、癖?」

くすくす笑った女の声は愉快そのもので、何が可笑しいのかと眉を顰めると、女は「なんでもない」と手をひらひらと横に振った。

一頻り笑った後で女は一呼吸置いて、さて、と話を始めた。


───あんたは、この国が召喚士の国ということしか知らないのよね。まったく、そんな知識だけでここまで来ようと思うこと自体間違ってるのよねェ。あら、そんな怖い顔で睨まないでくれる?こんないい女前にして、愛想の一つもないなんて変わった男ね、あんたって。えっと、どこまで話したかしら。
あぁ、そうそう。この国はね、今大変なことになってんのよ。10年前に国王が変わってから。力のない召喚士は召喚術を使っちゃいけないなんて法律を新しい国王が作っちゃったのよ。かと言って、召喚術は門外不出でしょう?だから、力の弱い召喚獣しか呼べなかった召喚士はみんなお城に幽閉されちゃったの。でもそれが失敗なのよ。そもそも召喚獣っていうのは神聖なる存在で、一人の召喚士と魂の契約を交わしたらその人に一生従うものなの。契約の主が術も使えない牢屋に幽閉されちゃ、契約で一度この世に呼ばれた召喚獣は行き場を失ってしまうでしょう。彼らは主を助けようとしたんだけど、結局契約の礎ともなってる彼らそれぞれの『石』がなきゃ、その力は主の元で解放された時の力より断然劣ってしまうのよね。だから、召喚獣の多くも国王の手によって捕らえられてしまったの。


「その話が俺になんか関係あんのか」

「せっかちな男は嫌われるわよ」


ナミは話を切られたことに多少機嫌を損ねたのか、ぷいっと横を向いてしまったが、溜息ついて「いいから聞いてよ」と僅かに声を抑えた。

夕闇は小さな部屋を一層狭く見せて手を伸ばせば届く距離にいる女が不意に寂しげな横顔を見せたものだから、途端に罪悪感が胸を襲ったのだが掛ける言葉も見当たらない。
どうしたものかと心中頭を捻っていると、女はちらっと自分を見て「また」と笑みを零した。

「とにかく、この子たち───下にいるサンジくんと、あそこにいる3人が唯一国王から逃れられた召喚獣なの。彼らの石さえ手に戻れば、この子たちだって主の元に帰れるし、本来の力も姿も取り戻すのよ。ね、可哀想でしょ?」

可哀想かと尋ねられても、この珍妙な生き物を初めて目にしてそう時間は経ってないのだし、普段から胸にすることもない感情を自分に蹴りを入れてきた奴に対して持つなどできるわけがない。
さぁ、と曖昧に返事をしたら、女は「冷たいわね」と怒りを顕に思い切り顔をしかめた。

扉の影には、全く姿を隠せていないトナカイと、ウソップと呼ばれていた奴の長い鼻がちらちら見える。
あのロビンとか呼ばれていた女の召喚獣とやらもその影で話を聞いているのだろう。
何故彼らがここまで自分を気にしてるかと言えば、思いつく原因は一つだけで、大方あの予言が出来るとか言うウソップに占わせたのもそれが目的だったのだろう。

(あれの話も聞けなかったしな)

深く息を吐いて、男は立ち上がった。
小さな子供用の椅子に腰掛けているよりも、低い天井だろうが何だろうが立ち上がったほうが随分と体が楽になる。
軽く手を伸ばしてつまらない話を聞いてしまったとばかりに大きな欠伸をすると、彼の口からは「じゃあな」と別れを告げる言葉が出てきた。

「じゃあなって何よ、じゃあなって。あんたここまで話を聞いて、まさか何も手伝わないとか思ってるんじゃないでしょうね!」

「おっ。」

「な、何よ」

自分の顔を見てふと動きを止めた男に、初めてナミがたじろぎを見せると彼はにぃと口の端を上げて「その通りだ」と彼女の頭を一撫で、大人が子供を誉めるように彼女の頭を上から押した。

「な、何するの?」

「誉めてやったんじゃねェか。お前の言う通り、俺ァ興味もねェ話聞かされて、ほいほい手伝ってやろうってお人好しじゃないんでな」

そう言って、男は撫でた手をひらひら振ると、扉へ向かって躊躇い一つなく歩いていく。

「ウソップの予言、聞きたくない?」

「・・・・・まだ何かあんのかよ」

「ウソップ、もう一回教えて。あんたは何を視たの?」

「お、俺?!」

素っ頓狂な声を上げて、扉の裏に隠れていた人の形をした召喚獣は驚きも手伝って、慌てて走り出た。

「そうよ。こいつに教えてあげなさい。あんたの能力。ね、召喚界の勇者さま」

このナミという女の言葉を聞いて、ウソップは途端に花綻ぶ笑顔を見せてその長っ鼻をこれでもかと言うほどに高々と突き上げると、大仰な咳払いをして声を張った。


「よぉし!そんなに言うなら聞かせてやる。おい、お前心して聞けよ!本来このウソップ様の力は誰に見せていいってもんじゃねェんだ。契約した召喚士にだけ聞かせるべきもので、お前みたいにいかにも犯罪者で他国を追われて流浪の果てにこの地に辿り着いたってェ怪しい男にそうペラペラ話せるもんでも・・・───」


チッと男の腰にあった剣の鍔口が鳴らされてウソップは唇をぴたりと閉ざした。

「喧嘩売ってんなら買ってやるが」

「いいいいいいいいや!今のはちょっとした語弊がある!と、とにかく視えた未来を口にするなってのァ先読み専門の召喚獣の間じゃ一番大切な決まりでよ、このナミにゃ世話になったから俺の有難いお告げもいくらでも聞かせてやるが、あんたみたいにさっき会ったばっかの奴に教えちまったのがバレたら、俺が召喚獣として生きられなくなっちまうし・・・──」

「おい、何なんだ、こいつは」

「あァ、ウソップはちょっぴりお喋りなのよ」

「・・・ちょっぴり・・・」

「ウソップ、悪いわね。いつも無理して先読みの力を使ってもらっちゃって。あんたって本当に頼りになるわ。だから、あれをもう一度言って」

ナミの言葉に気を良くしてウソップは、しょうがねェな、なんて言いながらも嬉しげに視えた未来というものについて語り出した。


「俺ァよ、視たんだ。この目で確かにな。異国の男が草原を歩いてくる。ナミがずっと待ってた奴だ。俺達は石に還れる。女の王が国を統べる。全てが終ったら男は剣を2本携えて───」

「ほら。聞いた?」

ウソップの言葉の最中、ナミがきらきらした瞳を男に向けた。
唇を真一文字に結んだまま信じているのか信じていないのかじっと話を聞いていた男が左の眉を上げて視線だけを彼女にやると、ナミはにこりと微笑んで「剣を2本!」と言った。

「あんたは草原を歩いてきたけど、剣を1本しか持ってない。この町に何かを求めてきたとしたら、剣を探しに来たんじゃないの?あの国王の趣味が武器収集ってのは有名だもの」

この女、召喚獣の話と俺を結びつけて、瞬時に俺の目的を言い当てやがった。

成る程思ったより頭が切れるらしい。

どう?と自信満々に尋ねられて、隠そうかとも思ったが、嘘と言うのはどうも性分に合わず、つい「まぁ、そんなところだ」と答えた。

「じゃあ・・・じゃあ、お前剣士か?」

ずっとナミの足にしがみ付いていたチョッパーとか言うトナカイがぴょこっと顔を覗かせて、躊躇いがちに聞くと男は僅かに口元を緩めて首を振った。

「俺ァそんな大層なもんじゃねェ」

「けど・・・」

「チョッパー、剣士なんてちゃんとした職業についてる奴が、国王のコレクションに手を出すわけがないでしょ。」

「え?でも剣持ってるぞ」


愛くるしい瞳をぱちぱちと瞬かせて、チョッパーは男の腰にある一本の剣に見入っていた。


「ま、剣は持ってるがな」

「チョッパー、簡単に言うとこいつは国王の宝を狙ってる、盗賊よ」


ロビンがくすくす笑う声だけが部屋に響いていた。
階下からは鼻をくすぐる良い匂いが漂ってくる。
チョッパーとウソップは口をぽかんと開けて自分を凝視するばかりで、飛空挺が世に誕生して以来トレジャーハントを生業とする者が増えたというのに、召喚士よりも盗賊という言葉にこれだけ驚愕してるぐらいなのだから、如何にこの国が他をよせつけなかったかが手に取るようにわかる。
自分にしてみれば盗賊一家に育てられて別段珍しくも何ともないとは思うのだが、この一人と一匹の驚きっぷりは大層なものだった。

「お宝ちょうだいして売り飛ばしてりゃ盗賊か」

肯定の言葉を聞いて震え上がった召喚獣はさておき、ナミという女もロビンという召喚獣も全く動じない。

「あんたの狙ってる宝は、あの城の中よ」

あっさりと言い切って、ナミは窓の外、町の中心にそびえる城を指差した。

「私なら、そのお宝の在り処も知ってるわ。」
「その話の信憑性は」
「昔、何回か入ったことがあるの。嘘は吐いてないわよ」

向き直って、ナミは「名前は?」と訊いた。




「・・・───ゾロ」



よろしくね、と笑った女が未だ何かを隠しているような気がして、ゾロはまた片眉を上げた。




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