55555HIT踏んでくださったkiri様に捧げます。
光の道



5




「まぁまぁ、そんなカッカしたってしょうがないじゃない」

「そうだよ。城から出た人影は誰も見てないし、どうせ秘密基地にいるんだよ、あの子のことだもん」

「ひ、秘密基地?!ノジコ、知ってるのか?」

肩を竦めた妙齢の女は、身に纏った蒼いドレスも絢爛豪華で、ただの身分でないと一見してわかる。
だが胸元と背中が大きく肌蹴ている上に体の線をそのままに見せるようなドレスを好んで着る彼女は国王の悩みの種の一つでもあるこの国の王女だった。

元は将軍としてこの国の軍人の筆頭にいた彼は、名をゲンゾウと言う。
若くして夫を亡くした王妃と、国王が不在のままに内政が乱れかけたこの国を内実ともに支えてきた男だった。

召喚士を守ってきたこの国では召喚術が使える者が全てといった風潮がある。
当然、王室に嫁ぐ女性もそれなりの魔力と、召喚士としての家柄が認められるものでなくてはいけない。
そんな古からの慣習を守る国は、女の王を受け容れることができずに軍人召喚士政務官入り乱れて、長年論争を続けてしまったのは、王妃はまだ幼い王女しか産んでおらず、王室には男子が一人もいなかったからだ。

故にこの男が未亡人となった王妃と恋仲に落ちた時には危うく反乱が起こるかと国民の間に噂が流れたが、王妃は先手を打って早々に彼と結婚すると、その彼を王座につかせた。

元より軍人として町人からも支持を得ていた男に、賛同者も多く、最後まで異論を唱えていた召喚士たちは、事実上この国でもっとも力のある召喚士でもある王妃が説得して、この10年。
ようやく内政も落ち着いて王夫妻が安堵した矢先に、突然城中にモンスターが現れてある一つの召喚石を奪っていったのだ。

それも第二王女が初めて契約を終えたばかりの石で、彼女の気持ちを慮ってゲンゾウ自ら追おうとすれば、臣下が皆口を揃えて王であるゲンゾウの身に何かあったらと反論した。では王位をベルメールに渡して、とそこまでの意気込みを見せると、今度はまた女王などこの国の伝統にあってはならぬと別の論議が降って沸いて、ここ数日、ゲンゾウは先の進まぬ事態に頭を悩ませていた。


「よりによって、ナミの石を持ってかれたのがまずかったね。あの子ったらもうそれしか頭になくなっちゃって。遠読みのできる子に探させてるんだから、そのうち石の在り処もわかるじゃない。母さんの召喚獣は魔力も強いからさ、きっとすぐに見つかるよ」

「うーん、それがね」

ソファに座っていた女は質素なドレスを身に付けて、胸元のブローチに模した召喚石に手をやった。

「どうも見つからないみたいでさ。」

「見つからない?」

「あっちの魔力の方が強いみたいだね。手がかりも何も視えないって。」

「そんな、あっさりとベルメール・・・」

あぁ、と項垂れた国王が床に手を付くと、女王とも思えぬ屈託のない笑顔で彼女は「悪いわね」と言った。

「あたしが若かったら、すぐに追いかけてとっ捕まえたいところだけど」

「お前がするぐらいなら私が・・・」

「・・・って言うだろ?そういうあんただって、今やこの国の王なんだからさ。お互い国を放っていける立場じゃないんだよね。困ったことに。」

「あたしの召喚獣は・・・生まれたてのこの子だけ。まだ魔法もうまくコントロールできないからね。とてもじゃないけどあんなモンスターと戦わせられない。」

ぴょこん、と王女の肩に顔を覗かせた少年然とした召喚獣は「なんだと!」と高い声で怒ると、王女はふわりとウェーブがかった蒼い髪を揺らして苦笑した。
この国の第一王女は、召喚術の力は多分にあるのにどれも自分とは合わない気がする、と召喚術の契約を許された年齢を越えてもなかなか儀式を行おうとはしなかった。
それがつい先日、何を思ったのか国で保管している主のない召喚石の中でも、特に力も何も感じられないと他の召喚士に半ば捨てられる形で城に持ってこられたこの少年の姿の召喚獣をいたく気に入って、ようやく契約を結んだのだ。

「ノジコは今まで契約しなかっただろう。何か、今空いている石と契約して───」

「駄目。契約は体に負担がかかるから年に一度、誕生日だけって決まってるんだよ。あんたは可愛い娘の命が危なくなってもいいの?」

「そ、それは・・・いや、そんなことはない!やはりここは私が・・・」

「だから、それができるもんならとっくにやってるだろうに・・・───」

堂々巡りの質問に疲れたのか、ベルメールはふぅとため息をつくと、窓の外を見やった。

「あたしはナミに行かせてもいいと思うんだ。あの子、ずっと国を出たがってただろ?」
「だ、駄目だ、駄目だ!ベルメール、お前がそんなことを言うからナミは本気であんなモンスターを追っていこうとするんだ!とにかくこのことだけは譲れんぞ。まだナミは16なんだからな。それに曲がりなりにも一国の王女という立場の人間を一人で旅立たせるなど!」

まだ契約も終えていない召喚獣たちがいるからと突っぱねた第二王女のナミは、ゲンゾウがいくら軍の精鋭部隊をつれていけと説き伏せようとしても頑として首を縦に振らなかった。

傍らで見ていたベルメールとノジコにはその気持ちが手に取るようにわかる。

ナミはそうでなくとも召喚獣に情を移す子だから、軍を引き連れてモンスターを追うなんて連れていく彼らを信じてないようで申し訳がないと思ってしまっているのだろう。
その時ばかりは二人で目配せして逆にゲンゾウを宥めたのだが、軍上がりのゲンゾウにはそれがどうしても納得できない。

今朝も起き抜けにナミの部屋に行って、自分の信頼する精鋭部隊だからと懸命に説得を試みていると、突然ナミがいつも連れているウソップとかいう召喚獣が「先が視えた!」と言って予言したのだ。
それもまたナミの背を後押しするような内容で、しかも自分がそうしようとして、半ば心の中で決めかけていた王位のことも言い当てていたものだから、ゲンゾウは慌ててナミの部屋にある召喚石を全て集めさせるとそれらを自室の金庫に保管した。

召喚獣はその生命を宿す石から遠ざかれば遠ざかるほど力が弱まることはこの国の民なら誰でも知っている。

それゆえに召喚士たちは常に石を持ち歩いているのだが、古く、世界が大戦の火種を各地に落としていた頃の名残で自分の手の内を明かさぬためだろう、彼らはマントで身を包むのがしきたりとなっていた。
この国で崇められる召喚士は、おおよそこのしきたりを誇りともしているのだが、この妻と娘はそういったことを何ら気にするでもなく召喚石を装飾品の一部として堂々と身に付けている。

ナミもまた同じで、いつも腰に巻いた装飾品のベルトにその石を付けていたのだから、起きたばかりのナミが着替えをする隙に、従者に言いつけて取り上げたのだ。


これがいけなかった。

ナミはさらにヘソを曲げて、初めは王の部屋で何かと騒いでいたが、そのうちにふいっと城からいなくなってしまったのだ。

ゲンゾウは狼狽して彼女の姿を捜させたが、夜になっても見つからない。
もしや既に町を出たのかと門番の兵士全員に聞いてみれば、今日は外から一人、旅人が訪れただけで出て行った者はいないと言う。


「秘密基地というのは?」

ふとさっきノジコ口にした言葉を思い出して、ゲンゾウはまた尋ねた。

「秘密基地だもん。あたしだって知らないよ。あの子、小さい頃に落ち込むとすぐにそこへ行ってた。召喚獣しか連れていかないんだから。それに遠読みは具体的な場所はわからないしね。近くにいるから視えないんだよ。そう心配することもないじゃない」

「何か手がかりになるような事か、思い当たる場所とかはないのか?」

「だから知らないってば。大体お義父さんが悪いんだよ。いくら何でもあの子がずっと大切にしてた石を取り上げちゃうなんてさ。もうちょっと召喚士と召喚獣について勉強して欲しいぐらい。」

「だが、ナミは彼らと契約したわけでは・・・」

「「そういうもんじゃないんだよねぇ」」

母子が口を揃えると、ゲンゾウは言葉を失うほかなく肩を落として王妃の傍らに腰を下ろした。
その肩を軽く叩くと、顔を上げた王はまるで困りきった顔をしていて、数々の武勇伝を物語るその顔の傷がやけに痛く見えてしまう。苦笑いに口の端を上げて王妃は言った。


「今回のことだけじゃない。あたしさ、あんたがあの子を連れて来た時から何となく・・・本当に何となくだけどね、思ってたんだ。きっとあの子は何か大きな運命を背負っていて、この国を出る日が来るってさ。だからその時のために召喚術も学ばせた。あの子なら大丈夫。」

「今が『その時』ということはないだろう。いくらなんでも」


早すぎる、と呟いて、王は溜息を漏らした。




*                   *                   *




幼い頃、よく見た夢がある。

草原。
物心ついた時から、あの町の中心にそびえるお城に居たのに、その夢の中で私は草原の真ん中に在る。

広がる草の葉が揺れて、ただ、私という存在がそこに在る。

青い空は、突き抜けるほどに透き通って、とてもとても綺麗なのに、どうしてか悲しくて泣きじゃくっていた。


そんな夢。
他愛もない夢。


たまにノジコと共に城の外へ、町を過ぎて城門くぐり、この都市を囲む草原へと連れて行ってもらっても、あの夢とは何かが違う。

それをお義母さんに話したら、「あんたは空から産まれてきたのかもね」と言った。


今は信じていないけど、でも、彼女の言葉に幼い私は胸がときめいて、それからはいつも青い空を見上げていつか私を生んでくれた両親があそこから迎えに来るんじゃないかとわくわくして、その時を待っていた。

義母さんはそんな私を見て、いつも苦笑していたっけ。

それに気付いてからは、空を見上げることもなかった。

だって、ゲンさんがパトロール中に見つけた赤ん坊を育ててくれたのは、あのベルメール母さんだもの。

本当の王女のノジコと分け隔てなく育ててくれたんだもの。

ゲンさんと、ベルメールさんが結婚して、それでも二人は私を娘として扱って、色々あったけど私は幸せだったから。

だからあの夢を見ることもなかった。





「おはよう、ナミ」

瞳を開けて、眩しい陽射しに目を一瞬細めたナミがこしこしとその瞼をこすってもう一度目を開けると、そこにはにこにこ微笑むトナカイがいた。

「チョッパー。今、何時?」

「時計ないからわかんないよ。でもまだ鐘が聞こえないから7時にはなってないと思うぞ」

「そう・・・」

「ナミさん、すぐに朝食を用意しますからv」

壁際に座って、ナミが起きるのを待っていたのだろう、サンジがいそいそと立ち上がった。

「あぁ待って、サンジくん。先に顔を洗いたいの。」

「この部屋には水道が一つしかねェからなァ。ナミさん、貴方だけがこの薄汚れた部屋を照らす唯一の光で───」

「あら。私は?」

窓の木枠に座っていたロビンが口を挟むと、サンジは「ロビンちゃんはこの部屋の空気を清める女神だv」と恥ずかしげもなく言って、彼女に向かって跪いた。

いつもの朝の光景に、少しだけ気が緩んで冷たい水で顔を洗うと頭がようやく覚めてくる。

チョッパーがちょこちょこと走り寄って、掴んだタオルの端をナミに手渡すと、それで顔の水気をふき取ってからナミは「でもこれぐらい」とサンジに言った。

「これぐらい、慣れなきゃこれからどうしようもないじゃない。ルフィを取り戻す旅に出るのよ」

「・・・ナミさん。本気で?そりゃ俺ァナミさんを全身全霊この愛に誓ってお守りしますよ。でも、アイツと一緒に行くつもりなら俺はやっぱり反対だ」

「アイツ・・・・?あ、アイツ!アイツは?」

狭い部屋を見渡すまでもなく、その男の姿がないことに気付いてナミは首を傾げた。

「アイツなら、さっき上の部屋に行ったぞ。ちょっとでも高いトコの方がよく見えるとか言ってたけど。そういえば、降りてこないな」

チョッパーがそのヒヅメで上を指差した。

「ほら、やっぱり何考えてるかわかんねェ奴だぜ。ナミさん、アイツには俺たちの石を取り返させて旅は俺達だけで」

「それはまだわからないわ。アイツと一緒に行くかどうかも。でもそうね、もし私達だけで行くことになったら、サンジくんが皆を守ってね」

片目を瞑って笑ったナミに、サンジが一生懸命「俺は女性しか守る気は・・・!」と声を荒げても、当のナミはさっさと階段を上っていってしまった。

追いかけたくても、ナミのために朝食を用意しなければいけないと、金髪を揺らして吸っていた煙を溜息のように吐くと、終始黙って見ていたロビンが朝日に照らした横顔を少し緩ませた。


小さい頃にはこの階段も広く、長く感じたし、扉にしたって大きく見えたのに、成長してからここに来るとまるで小人の国に来たような違和感がある。

この塔は古く、見張りのために建てられたもので、仮眠ができる部屋と簡単な食事が出来る生活空間を用意されてはいるものの、やはり住むには辛い。ベルメールが王家に嫁ぐ前から見張り塔は城に新しく作られて、来訪者がないままに久しいこの塔の部屋は、一人でこっそり町に出た時にくれはに教わったものだ。

だから、自分がたまにここに来ることはくれは以外に知ら者がいない。

小さな扉を開けると、そこには窓から身を乗り出して何かを叫ぶウソップだけがいた。

「ウソップ、アイツは?」

光の差し込む窓辺で片手を額に翳していたウソップがナミの声にようやく体を戻して「ナミ!おぅ、起きたか」と呑気な言葉を返してくる。

「何見てるのよ。落ちても知らないわよ」

「そのセリフはアイツに言ってくれよ。俺がいくら言っても高い所の方がよく見えるとか言って・・・」

「な、何?まさか───」


慌ててウソップの傍らからナミも同じく身を乗り出すと、朝の高い空を急斜面から縁べりへ緩やかな曲線を描いた屋根に腰掛けたまま眺めている男がいた。





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