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光の道



6




「ちょ、ちょっとあんた何してんのよ!そんなとこでッ!!」

「朝からうるせェな。てめェも」

「バカッ!うるさいとかの問題じゃないわよ!ここがどれだけ高いかわかってんの?!早く戻ってらっしゃい!」

「高いからいいんだ」

「バカバカ!!落ちたら死ぬわよ!風が吹いたらおしまいよ!!こっちの夢見が悪いのよ!」

それでもゾロという盗賊ときたら、余裕のある表情で口角を上げている。
短く刈り取られた髪は風にちらちら揺れていて、その服だって波を作ってる。
危ないからと忠告してる自分の髪も、この高所の部屋にある窓辺にいるだけで強く靡いて、一層焦ってしまって声を張り上げると、男は「あいつら、てめェを探してるんだろ」と眼下を指差した。

つられて下を覗けば、彼が指差したマントを深く被った召喚士たちの姿よりもそれが米粒ほどの大きさに見えたことに眩暈を覚えて、ナミの焦りはいよいよ増した。

「そんなのどうだっていいわ!お願いだから早くそこから降りてよ!見てるこっちが怖いんだから!!」

「あァ」

ぽんっと片手の拳を開いた手に打って、「それがあんたの『お願い』ってェやつか」と大きく頷いて見せた男が、当然そんなことを冗談で言ってるはずもなく、でもいたって真顔なのだからナミは「違うわよ!」と前言を取り消した。
そんな彼女の姿がおかしかったようで、男は空に声を響かせて短く笑う。
呆れて言葉を失ってしまうと、彼は「こんぐらいの高さが怖くてあそこに入れんのか」と、今度は町の中心に聳える城を指差した。

この町は、中心が高く盛り上がって城に近付けば近付くほどに斜面は鋭い。
元は大きな一つの岩山だったところに都市を築き上げたという伝説も残っている。
その頂点にある城は、元来の高さも手伝って、周辺の景色も、町の様子も眼下に収められるほどに高い。

見張りのためのこの塔は、おおよそ城の二階部分と同じ高さだろう。

男の指差した先には国王が時折町を見下ろすために姿を現すバルコニーがあった。
はっきりと見えるそのバルコニーから入ろうとでも思っていたのか、盗賊の彼はこの朝に城の全貌を見てはどこから忍び込もうかと考えていたらしい。

「別に・・・あんなところじゃなくっても、忍び込めるところはたくさんあるわよ」

「へェ。詳しいってェのはホントか」

「もう嘘は吐かないって言ったじゃない」

ちら、とナミを一瞥してゾロはまた城を見ていた。
風に煽られても一寸も動じぬ男にもう早くそこから降りろという気力も失って、彼と同じく城を見ていた。

幼い頃からずっとあそこで暮らしてきた。
ベルメールやノジコと、まるで血の繋がった親子のようにたまにケンカしたりもしたけれど、でもいつも笑っていられたのか彼女たちや、傍でずっと見守っててくれたゲンゾウがいたからで、そんな思い出が詰まっている城を今は何だか見ていたくなかった。

(おかしいわよね・・・───)

城を出てからこの方、思い出すのはこの16年の中でも楽しい記憶ばかりで、あの城の一室で泣いた晩のことも、耳を塞いで裏庭で、召喚獣のこの子たちに慰められた思い出なんてまるで自分の身の上に起こったこととして思い出せない。

どうしてだろう。

小さい頃にはこの窓から城を見て、あれは自分の居る場所じゃないと、そんな思いを胸に残した記憶だってあるのに。

どうしてだろう。

何故か今は、悠然と町の頂に構える城がきらきら輝いて見える。


「おっ!?おい、ナミ・・・!」

傍らで見ていたウソップが驚いて彼女の服の裾を掴んだ。
その声にようやく振り向いたゾロは一瞬驚きの眼で自分を見つめたけれど、すぐに顔にイジワルな笑みを浮かべて「へェ」と感嘆したように呟いて、手を差し伸べてきた。

窓辺にいた時には乗り出した身に当たって強く吹きすさんでいただけの風は、屋根の上に立って全身に当たれば背を押して、でも怖いだけじゃない。風は、私をここから飛ばそうとしているんじゃない。
私の体を包むように流れて、怯む心に励ましを与える。

斜面を作った屋根にしがみついて男に手を向けると、ゾロはそれを引っ掴んで自分の傍に寄せた。

「危ないんじゃなかったのか」

「これぐらいの高さ、怖がってどうするのよ」

「違いねェ」

彼の傍らに腰を下ろして、でもやっぱり下は見れないから、その服の裾を握ったままの手は震えていた。

でも。




「きらきらしてる」


朝日は眩しく輝いて、窓から見た城を改めて目にすれば、灰色にくすんだ城が白い輪郭際立たせていた。


「きらきらして見えるわ」



ゾロは何て言ったんだろう。

風が強くて、髪が耳元で鳴るからそんな小さな声じゃ聞こえない。

でも、少し意地悪な響きのその声が、今この時は何だか有難かった。


「今日久々にあの夢を見たわ」

「あの夢───?」

「あんたには関係ない」

じゃあ何でそれを口にする、と言いたいのだろう。むっと顔を顰めてゾロは私を見たまま唇をへの字に曲げていた。
それを見止めてしまうと唇からは無意識に笑みがこぼれてしまう。

「あんたって本当に顔に出やすいんだから。」

笑うと、一層不機嫌極まったしかめっ面を背けた。

「いつも見る夢だったのに、今日だけは違ったわ」

「俺に関係ない話なんだろ。あいつらにでも聞かせりゃいいじゃねェか」

「拗ねてないで聞いてくれてもいいじゃない」

「どっちなんだよ、てめェは」

ナミは肩まで伸びたオレンジ色の髪が風に揺れるのを片手で抑えて「どっちかな」と至極真面目な顔で考えだした。

「いつもはその夢の中で泣いているだけだったのに、今日は急に泣くのをやめちゃったのよね。それがどうしてだかわからないけど、とにかく泣きたい気分じゃなくなっちゃったの。」

「そりゃ良かったな」

おざなりな言葉を口にしている男は、本当に興味がないのだろう。
視線すらもこちらに向けようとはしない。
それでもナミは言葉を続けていた。

「何か、わかった気がしたのよね。何だろう。すごく大切な何か。」

「覚えてねェなら大切じゃないんだろ」

「それがわかったから『大切』だと思うんじゃない。だから私こうやって手を広げてそれを受け止めようと・・・」

言って、ナミがゾロの服を掴んだままだった手を離して空に両手を広げると、不意に突風が吹きぬけた。

悲鳴を上げる間もなくぐらりと揺れた視界に、心臓が大きく鳴った。

落ちると思った瞬間に、強い手が、私を引き寄せていた。



「だ・・・誰が助けてって言ったのよ」

「感謝を知らねェのはこの口か」

頬を軽く抓った男の胸にしがみ付いている自分に気がついて、ナミはパッと体を離すと今更ながらに早くなる鼓動を抑えようと自分の胸元をきゅっと掴んだ。

「自分ひとりでどうにかなったわ」

「へぇへぇ」

「な、何よ、信じてないの!?」

「そりゃ悪かったな。次から手を出さねェ。それでいいか」

鬱陶しいとばかりにつっけんどんに言い放って、ゾロは屋根を背もたれにまた空を見ていた。
視線を辿って自分も青く澄んだ空を見る。

流れていく風が、その色を揺らした気がして、ナミは「本当に」と呟いた。

「本当に大切な何かが、来たと思って───泣き止んだの。」

「・・・夢か」

「そ、そうよ。たかが夢よ。でも、私にとっては大切な・・・」

バカにされたのかと思って言葉を足すと、ゾロは「そうじゃねェ」と僅かに口の端を上げた。

「俺も夢に振り回されてるようなもんだ」

「何、それ。」

「夢ん中であと2本探すと約束した。そいつにとっちゃ大事なもんらしくてな」

「・・・? 全然わかんないわ。あんたは盗賊だからあの剣を狙っているんじゃないの?」

ゾロは暫し口を閉ざして城を見ていたが、やがて自分の腰を指差して「お前は見たことあるんだろ?」と言った。

「俺が持ってた剣と同じものを。ありゃ刀ってんだ。剣とは違う。本当にあの城にあるんだろうな」

「少し反った形の細剣でしょう?珍しいから覚えてるわよ。ちょっと前にお・・・王が遊牧民族から買ったの。彼らも旅人から買ったらしいけど。ふぅん、刀って言うの。知らなかったわ。どこかの国の特産品か何か?」

「・・・・たぶん、刀だ。」

「『たぶん』って何よ。わかんない奴ね」

ゾロは何か説明しようとして自分に顔を向けたけれど、僅かに開きかけた唇から言葉が漏れることはなかった。
頭で懸命に言葉を探しているのだろう。
少し待ってみても、結局彼が頭を掻いて「なんでもない」と諦めたものだから、聞いていたナミは業を煮やしてもう一度「変なの」と不満げに語尾を荒げた。

「とにかく俺ァその剣を手に入れる。てめェが俺を裏切ろうが何しようが、それさえ手に入りゃ後はどうだっていい」

「あの子たちの石を取り返してくれれば、私だって裏切らないわよ」

不意に凪いだ風につられてナミを見ると、やはり自分を見ていた彼女と目が合った。
青空に彼女は笑顔を見せた。

朝の太陽は彼女の顔を横から照らしてオレンジ色の髪は眩く揺れる。

日の光の下で、白い肌は透き通っていた。

どこか、気高さすらも湛えた女の右の肩には大きな刺青がある。

「そりゃ召喚士の証か何かか」

「・・・あァ、ううん。これは小さい時からずっと。召喚術とは関係ないわ」

「召喚術ってのはガキの頃にゃ使えねェのか」

「16歳になったら契約できるの。契約の儀式が魔力と、体力をすごく使うから子供には無理なのよ。前の契約から一年開けなきゃ次の契約もできないし。案外大変なのよ」

二の腕を擦りながら説明を続けるナミの、その肩の刺青をゾロはただ見ていた。
何か、見覚えがある気がしてならない。
この女の刺青でなく、その十字の形がどこかで見た気がしてならない。

だが、どう探しても頭の隅にもその刺青に関する知識が残ってない。

「いやらしいわね」

気付けば女が自分の視線を訝しんで、その体を覆うように両手で庇っていた。

蘇るのは、つい先刻自分の胸に引き寄せたナミの感触。

豊かな胸が腹に当たった時には、あろうことかじんと体が痺れたことをふと思い出してしまった。

その女の胸から目を逸らすと同時に、窓の中からはあのサンジとか言う召喚獣がこの女を呼ぶ声が聞こえた。




*                   *                   *




何をどうしてるのか、ろくな食材があるようにも思えないのにこのサンジとかいう料理召喚獣は見事に僅かな食材を調理してこっちの腹を満たしてくれる。チョッパーがまるで自分のことのように「サンジは魔法を使ってねぇぞ」とテーブルの上にちょこんと座って食事を口に運ぶ俺に説明したところによれば、あの金髪野郎は確かに魔法でどんなものでも食材に変えることはできるのだけど、料理人のプライドが許さないからと言って、ナミの口に入るものは全て元から食材としてこの世に在るものを調理しているらしい。

「でも、旨いだろ?俺達人間の食べ物って食べないけど、サンジはな、ナミを喜ばせたくて一生懸命覚えたんだ。城のコックもサンジの腕前にはびっくりしてたんだぞ!」

「あぁ、そうかもな」

確かに、味覚がない奴が作ったとは思えないほど美味い。
そんじょそこらの飯屋では味わえない味なのだから舌を巻いてしまう。

「・・・・・・城?」


ふと、チョッパーの言葉に出た単語を気にかけて聞き返すと、チョッパーは小さく、あ、と言って口をそのヒヅメで塞いだ。

「おお俺、何にも言ってねェぞ!城に行ったことなんて・・・!」

「いや、行ったことはあるんだろ。じゃなきゃどうやって俺を案内するとか言えるんだよ」

「そ、それは・・・」

ぷっとロビンが吹き出した。
見ればナミの肩に座していた黒髪を揺らしてくつくつと小さな肩を揺らしている。

ナミの手元に座っていたチョッパーはおろおろと自分を見てはナミを見上げて、また自分を見てはナミを見上げて、と同じ行動を繰り返していた。
キッチンの縁に腰掛けてタバコを吸っていたサンジはゆったりとタバコを吸っている。

「な、ナミ・・・」

困り果てて救いを求めるようにナミに振り向いたチョッパーに、ナミは苦笑を返した。

「そうね、お城のコックさんはサンジくんの腕を凄く誉めてたわ。すごく美味しいもの。当然よね。サンジくん、ご馳走さま。」

安っぽいスプーンはかたりと優雅に置いたナミにサンジが「勿体ないお言葉ですv」と嬉しげな声で頭を下げた。

じっと聞いていたゾロには「嘘じゃないわ」と言う。


そりゃ嘘じゃないだろう。
でも言ってない部分がある。

俺ではなく、あのマントを被った男たちが探しているのがこの女だとしたら。
いや、何故かそれは確信できる。

もしも俺を怪しんでいるのならば、そもそも昨日の昼にのんびり街を歩いている時点で何かしらあったはずだ。
あいつらが俺を見ていたのはただ見慣れぬ者を訝しんでいただけで、この国の体質を考えればそれはごく自然なことだった。

では夜を掛け朝になっても男たちが何かを探して街中をうろついているのは、他の誰かを探しているということだ。

大体、何で奴らが俺を「探してる」と言えるのか。
探すという言葉を聞かされれば、確かにあの人影は路地裏でごそごそ動いているのだからそうと見えて仕方がない。

その目的が「俺」でなく、それでいてあいつらが「誰かを探している」と言った女こそを、あいつらは探しているのではないか。

屋根の上に在って眼下の町に動く彼らを見ている時に思い至った考えは、今この瞬間に確信に変わった。

ナミがどんな立場の人間かはわからねェし、何故追われているかなど検討もつかない。

それでもこの女をあの大人数が捜しているのだとしたらこの国の中枢に近い人物なのだとは思う。


「また口がへの字」

テーブルの向こうから伸びてきた手は、子供用の椅子に座っていた彼の唇の端をつんと突いた。


「別に───」


細っこい指を手で払って、「それよりいつ行くんだ」と尋ねると、女は「夜に決まってるじゃない」と嘲るように言う。

「あんたこんな日の高い内からお城に忍び込むつもり?それでも本当に盗賊?」

「一応盗賊にゃ違いねェはずだが」

「剣士に見えるのにな」

「おいチョッパー、剣を持ってりゃ剣士ってェわけじゃねェぞ。いいだろう、俺がその昔出会った剣士の話をしてやろう!あれはいつだったか───」

ずいっと立ち上がったウソップに、ナミもロビンもサンジも視線をくれてやることもない。
自分の手元に座っていたチョッパーだけが身を乗り出してその話を真剣に聞いていた。

「でもあなたは剣士さんよね。相当の腕前なのでしょう?」

「・・・・・いや。」

「そう?おかしいわね。」

何がおかしいのかとも言わずに首を傾げてロビンはゾロを見ていた。

「石の近くにいないから勘が鈍ったのかしら。」

「それがありゃ俺のことが何でもわかるってのか」

「何が得意で何が苦手かぐらいは視えるわ。そうね、例えばナミさんは魔力が高くて召喚術は得意だけど苦手なものは・・・」

「ロビン、私の弱点をこいつに言ったってしょうがないじゃない。それよりこいつの弱点は?」

矛先が自分に向いて、思いっきり顔をしかめると、ロビンはそれが可笑しかったようでくすくす笑った。

「この人の弱点は方向おん・・・」

「誰が。」

「あら、違ったかしら?変ね」


悟ったような笑顔に腹立たしく、水を一気に飲み干した。


「安心して、剣士さん。ナミさんは星や土から地理を読むのも得意なのよ」

「何で俺がそれを聞いて安心できる」

ロビンは笑ったまま、言葉を返そうとはしなかった。
ナミを見れば彼女も少し困ったように笑って、自分の視線に気付くと「方向音痴なんだ」と小ばかにするように言うものだから、尚更腹立たしさが募って舌を大きく打った。




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