111,111HITを踏んでくださったみどり様に捧げます。
Honey, Do Love Me


4




それにしても、とナミは思っていた。

それにしても。

───その後に続く言葉はたくさん出てきて、いくら頭の中だからと言ってもどれが今、自分の気持ちを表すために適切な表現かがわからない。

どうしてコイツってこんなにバカなんだろう。

どうしてコイツのこと放っておけないんだろう。

どうして、いつまで経ってもこうなんだろう。



一つ目は彼への言葉だ。

雪の降る冬の日に、布団をしまいこんで畳の上で、せめてコートでも羽織って防寒にすれば良いものをそれをしない彼に、呆れてしまう。

二つ目は自分への言葉。

風邪を引いてしまったのは自業自得なのだから、放っておけば良いのにこの部屋まで連れてきて、それは確かに熱がある彼をあの部屋に置いておくわけにもいかないから仕方ないのだけど、ご丁寧に今、キッチンに立ってお米をといでいる。雑炊を作ろうとベッドに寝転がってすぐに背を向けてしまった彼を見て、思い立ったのだ。ゾロを見てるとつい世話を焼いてしまう。

三つ目は、自分と彼という関係に向けて。

計ってみた彼の体温は、38度を超えていて、ナミは吃驚して何度もその数値を瞬きの合間に確かめてしまった。
それならば、彼は相当に辛いはずなのに背を向けて何を食べたいとも暑いか寒いかすらも口に出さないから、自分も病人相手とわかっていても優しく接することが出来ない。
明日からはこの部屋で一緒に暮らすというのに、ゾロと、恋人と言えるような甘い時間を持ったことなんてあったかなと思い出そうとして、ナミは小さく溜息をつくと、炊飯器のスイッチを入れた。

早く炊き上がるにしても、30分は掛かるだろうと、ワンルームのこのマンションの、部屋とキッチンを隔てているガラス玉の暖簾を片手で分けたら、軽い音が部屋に鳴り響いて後は沈黙の部屋に、背を向けたまま寝ている彼の姿ばかりが目に映る。

ゾロの部屋に置かれていた小さなダンボール箱はおそらく彼の服が入っているだろうとふと思い立った。
着替えを取りに一度ゾロの家に行こうと車の鍵を手にすると、部屋の奥からおい、と自分を呼ぶ声が聞こえた。もう一度部屋を覗いたら、寝てたはずの彼が体の向きを仰向けに変えて、自分を見ようともせずに「どこ行くんだよ」と尋ねた。

「あんたの服取りに行ってあげるのよ。いい?大人しく寝てなさいよ。」

「服なら着てるだろ。」

「着替えがないじゃない」

「いらねェ」

いらねェから、と言って、ゾロはようやく顔をゆっくりとナミに向けると、「酒くれ」と言った。

「ここまでバカとは思わなかったわ」

「・・・あァ?テメェ、病人に対してどういう意味だ、そりゃ」

「そういう意味よ。お酒なんか飲んでどうすんのよ。」

「よく言うだろ。酒は百薬の・・・」

「風邪の時は風邪薬を飲むのが常識よ。」

きっぱりと、敢えて強い口調で言えば、ゾロはだんまりと唇を結んでじっとナミを見ていた後に「じゃあ何でもいいから飲むモンねェか」と強請った。冷蔵庫にはミネラルウォーターも何もない。紅茶ならあるけれど、お湯を沸かして、茶葉を淹れてなんてやってたら、時間を取られてしまう。

(でも、一応病人だしね)

ふぅ、と小さく息を落として、赤いケトルを火にかけるとナミはゾロが寝ているベッドの傍ら、クリーム色の絨毯に腰を下ろして楕円形の座卓の上に置かれていたテレビのリモコンに、何気なく手を掛けてから思いとどまった。

テレビなんか付けたら、さすがに煩いと思うかも知れない。

かと言ってお湯が沸くまでのこの数分間をどう過ごそうかと、少し首を傾げて考えていたら、ゾロが「何だよ」と怪訝な声で言った。

「別に。あんたさっきからどうしたのよ。いつもは熱なんかなくても寝てるくせに」
「寝てねェ。テメェこそ今日は随分・・・違うだろうが。」
「どこが?」
「知らん。」
「・・・何なのよ。」

ベッドに振り返って、ゾロの傍らに両の肘をついた。
手の平に顎を乗せて、瞳を閉じて喋っていた彼の顔をよくよく見れば、浅い呼吸をうっすら開いた唇から吐いて、苦しげに見える。

「そういえばあんたが病気してるの見たのって、初めて。」
「るせェ、俺だって・・・・・初めてだ」
「あぁ、バカは風邪引かないって本当だったのね」

ゾロが重たそうに瞼を上げて私を睨んでた。

「言うと思ったぜ。テメェ、そういう事しか言えねェんだろ」
「そうよ。だからあんたと付き合ってるの。」

阿呆か、と呟いてゾロがまた瞳を閉じた時、ケトルの口から高い音が漏れてお湯が沸いたと報せてくれた。
すぐに火を消さなければと立ち上がろうとすると、下からぐいと腕を引かれてそれを阻まれた。

「・・・・・・な、何よ、この手は。」
「何ってなァ───テメェこそ病人置いてどこ行くつもりだ」
「火を止めに行くのよ。あんた耳悪くなったの?」

ピィ、と一層けたたましく鳴り響いたその音に、ゾロは「あァ」と思い出したように一人頷いて掴んでいた細い手首を離した。
パタパタと部屋を数歩、小走りに渡ってガスコンロのつまみを回すと、ようやく早く火を止めろと急かしていた甲高い音が消えていく。

再びこの部屋に沈黙が訪れた。

訪れたのに、ナミにはそうと思えない。

鼓動が早く、高鳴って、体中が脈打っている。
ゾロが掴んだ自分の手首に熱を帯びた彼の手の感触がまだ残っていて、空いた手を、残されている熱を覆うように重ねるとじわりと胸が熱くなった。

一年近くも付き合ってきたのに、これは何だろうと唇をキュッと噛んだ。

忙しなくお茶を淹れてベッドサイドに戻ると、ゾロが薄目を開けて手に在るマグカップを見た。

「熱いんだろ、それ」
「冷たいのがないのよ」
「だから酒って言ったじゃねェか」
「文句言わないの。作ってあげたんだから感謝しなさいよ。」

ほら、起きてと促すと、渋々と体を起こしてゾロはだるいと一言、ぽつりと漏らした。




+++++++++++++++++++++




ゾロは、むすりと顰めた顔のまま、それでも器に入った雑炊をすぐにたいらげるとまたベッドに寝転んだ。
薬を出して、水と共に飲ませようとしたのにゾロは声を掛けても瞳を開けない。子供じゃないんだから、と言うと、面倒そうに子供じゃねェからいらねェんだと呟いた。

「飲んどきなさいよ。」

冬用の布団は、柔らかくて暖かいけど、ゾロはそれを胸の下まで下げている。
それじゃ意味がないでしょうと心の中で呆れて、「布団被りなさいよ」と言ったら、生意気な声が返ってきた。

「俺に命令すんな」
「あら、いいわよ。熱が上がってもっと辛いのはあんたなんだから。ただし、その風邪私にうつしたら承知しないから。いい、大人しく寝てるのよ。」
「・・・・・・どこ行くんだよ」
「あんたの家に着替えを取りに行くんじゃない。」

じゃあね、と言おうとして、その唇を開くことが出来なくなった。
ゾロがくるりと振り返って、腕をぐいと力強く引いた。
倒れた体が彼の胸に在って、慌てて何すんのよ、と言ってゾロから離れようとしたら、彼が「いい」と掠れた声を漏らした。
その腕は、決して強くはないけれど私の肩に回されていく。

「着替えなんか」
「どうしたのよ、あんた。」

いつもの彼ならどうかしら。

私がどこかへ行こうって言ったら、一人で行きゃいいだろって興味なさげに言うくせに。

やだ、また顔が熱い───せっかく落ち着いたのに。

コイツがこんなに優しく触れてくるのって初めてなんだもん。

震えそうになった手に彼にそうと悟られぬよう力を入れて、体を起こそうとするとぎゅっと私の肩を抑えてくる。

熱を帯びた瞳が、私を見てる。

真正面から視線が合わさったらきっと私のこの熱を彼が知ってしまうからと、ナミがさも諦めたように脱力して彼の胸に頬を乗せると、耳には熱と、彼の鼓動が伝わってきた。

「・・・あんたまさか甘えてるんじゃないでしょうね」
「ンな女々しい真似」
「素直じゃないわね」
「テメェ、後で覚えてろ」

ナミの唇からくすくす笑みがこぼれた。

ゾロは小さく舌を鳴らして肩を抱いていた手に軽く力をこめると、彼女の細い体を自分へと寄せた。

「あんたでも甘えんぼになるのね。大発見だわ。」

ゾロの傍らにもぐりこむとシングルベッドはあまりに狭い。
でも、ベッドを買い換える気にはなれない。
広いベッドだったら、二人の間に僅かでも距離が出来てしまう。
だからベッドを買い換える気にはなれない。

ゾロの肩に顔を乗せたら、ゾロがうつるぞと言った。

「やぁね。うつさないでよ。」
「だから親切に言ってやってんじゃねェか」
「分かり辛いわね。どうせこういう事するなら、元気な時にすればいいのに。」
「・・・・・だからお前と付き合ってんだろ。」

私の言葉をそっくりそのまま返した男の表情を確かめようとしてナミがうつ伏せになり、肘をついて顔を上げると、ゾロはその視線をちらりとオレンジ色の髪へとやって、それから、唇を少しだけ動かした。
声が聞き取れずに「何?」と聞き返すと、「今日だけって何だよ」と今度は声に出して問うた彼の言葉の意味がわからずに、ナミが首を微かに傾けて考えていると、次に苛立った音を含んだ声でゾロは「熱出てなきゃここに泊まらせたくねェんだろ」と言った。

「何それ?そんなこと言ってないわよ。」
「言った。」
「あんた熱でも・・・あ、あるのよね。夢でも見たんじゃないの?熱がある時ってそうなのよ。」
「いや、確かに───」
「夢よ、夢。」
「・・・・・・じゃあ、夢でいいから、聞けよ。」

ゾロは一つ溜息のような息を吐いて、暫し沈黙の内に何かを考えてから「お前」と切り出した。

「俺がどういうつもりかわかってねェだろ。」




熱に浮かされた彼の声は、やわらかく、それから弱々しさもあるけれど、甘い響きを持っている。

晴れていても寒い冬の空は日が落ちるのも早くて、もう部屋の中には翳りが生まれている。

ひゅうと突風が吹いていって、遠くでざわりと何かが鳴っていた。

物音一つしないこの部屋の隅で、少しでも身じろぎすればシーツの衣擦れすらも大きく聴こえる。




「どういうつもりって、何が?」

「───俺ァお前ほど軽くねェんだ。悪ィな」

さっぱりわかんない。
わかんないけど、でも低いゾロの声が耳に心地良い。
うつ伏せに、彼の肩に顔を寄せたらその首筋の肌からは彼の熱が伝わってきて、そっとキスした。
ピクリと動いた彼の手が、何かを求めるように動いたから、その手を握り返したら絡めた指を解いて、私の指の一つをゾロの手が握った。

「熱あんのか、俺は」

ああそうか、熱があんのかと呟きながら空いた手の甲で額を何度か押した彼の、もう一方の手はまだ私の指を掴んだままで、けれどもナミは指を抜くことが出来なかった。

身が固くなってしまう。

(だって、これ・・・・わかってんのかしら。)


左手の薬指。

わかって──ないわよね、きっと。
こんなに熱があって、しかもコイツがわかってやってるわけないわよね、と言い聞かせて、でもはっきり違うと言われることが嫌で、その言葉を口に出来ずにナミが内心で戸惑っていると、ゾロが「一回しか言わねェからな」と、目を瞑った。

「・・・・ちょ、ちょっと待って。あんた、何を言おうとしてるのよ?」

「待てるか。頭痛ェわだりぃわ眠ィわで散々なんだよ。」

「それなら大人しく寝なさいよ。大体そういう・・・・な、何を言うか知らないわよ?知らないけど、一回しか言えないような事を熱がある時に言うことないじゃない。でしょう?今のあんた、熱があるから自分でも何言ってるかわかんないのよ。そ、それに私だって心の準備ってもんが・・・───」

「そうかって思った。」

「え?何?」

ゾロの唇が、全く予想していない動きをして見せて、狼狽していた頭がすっと冷めていった。
つい反射的に聞き返すと、ゾロは開いた唇をそのままに言葉を止めてから、再度「あの時、そうかって思ったんだよ」と言った。

「お前がここに来いって言った時」

「あん時、俺と同じ匂いがした」

「一緒に住んだらずっとそれだろ。」

「───それがいい。」





だから、気に入ってんだと言ったっきり、彼は何も言葉を発しない。

僅かに荒い息の合間でも、あんまり静かに話す彼のその言葉は、ともすればうわ言にも思えたのだけど、でもゾロの手は決して私の指を離そうとしない。
おそるおそる「どういう意味?」と尋ねた。




窓の外の青空は、高くて澄み切っていた。
一ヶ月前には彼の唇に、瞳を閉じた。


でも、今、確かにゾロの唇がその文字になぞらえて動かされたから、今度は私から。

重ねた唇はどうしても緩んでしまって、止めようとすると僅かに震えてしまう。

隠すためにゆっくりと渇いたゾロの唇を啄ばんだ。

胸にじわりと広がっっていく喜びは睫毛の縁に涙を浮かべさせて、その熱い額にできるだけそうっと口付けを落とした。


「早く治しなさいよ」

バカ、と言ったら「うるせェ」と呟きを残して、ゾロはすぐに寝息を立て始めた。




+++++++++++++++++++++




「案の定ね。わかってたわ。」

とうに予想は出来てたとばかりフン、と鼻を鳴らした女は布団に包まって、すぐにぐすっと嘘泣きをして見せる。
今日は俺の部屋から荷物を運ぶために業者が来るのだから、と、朝早くに俺を叩き起こした女が、ピタリと額に当てた手がやけに熱かった。それで昨日のナミに倣って熱があるんじゃねェかと軽く言ってみたら、計った体温計を見てナミはわかってたわよ、と言って自らベッドに戻った。
だが、その顔はいかにも恨めしげに俺に向けられている。

「じゃ、大人しく寝とけよ。」
「・・・・どうもあんた一人に任せてらんないのよね。」
「テメェが俺に言ったんだろ。熱がある時ゃ大人しくしてろって。」
「そりゃ言ったわよ。言ったけど・・・」

おぉ、口籠りやがった。
コイツが反論の言葉を失うのは初めて見る。
なかなか新鮮でいいもんだな。

「俺に任せときゃいいだろ。どうせ運ぶだけだ。」
「あんたこそ熱ないの?昨日の今日よ。計りなさいよ。」
「ねェな。どう考えても」

腕を回して首を傾げて、それでも昨日のような痛みも倦怠感も一切感じられないのだから、俺の体はすっかり回復したらしい。じゃあな、と言って出かけようとするとナミがベッドの上で「私ばっかり」と不満げに唇を尖らせた。

「昨日はあれだけ私に甘えたくせに。」
「・・・・・あァ?俺がそんなことするか。」
「したじゃない。一人ぼっちにしないで〜って。」

あぁ、そんな事ァ一切してねェ。
答えるのも面倒なので、片手を軽く振ってドアノブに手を掛けた。

くしゅん、とベッドの上でくしゃみをした女に、そうだと一つ、言い忘れたことを思い出して声を掛ける。


「帰ったら今度はテメェだからな」

何?とすぐさま聞き返してきた女に、そりゃまァどうせすぐにわかるだろうから返事を返す必要もなく。



高く快晴、澄んだ空気は火照りを冷ます。



素直じゃねェ女の口から昨日の俺と同じ言葉を聞きたい気分にもなるってもんだ。



今日から我が家になるこの部屋で。



たっぷり愛でも語らうかと呟くと、ゾロは一人、ハハッと小さく笑って歩き出した。






======Fin======
●後書き●

わぁ・・・ラブラブ・・・に見えない気がする〜^^
・・・・・・すみませんっっっ!!

と、とりあえず高熱部分だけはリクに添ったかな、と(←ダメ物書きはこんな人間)

途中私自身も熱を出してしまったわけですがw
実際にはおおよそ熱出した描写部分は私が熱を出す前に書いてしまっており^^;
あぁ〜もっと良い表現があったかもーと反省しきりでございました。
タイムリーなリクでしたね(笑
皆さんも風邪にはお気をつけください^^

みどりさん、二度目のキリ番ゲットおめでとうございますっv
そして変わらず拙宅に足をお運びいただきアリガトウございますー!
これからもどうぞ当サイトをヨロシクお願いいたしますv
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