頭が痛ェ。 このところどうも本調子じゃねぇ。 いや、原因はわかってる。 わかっちゃいるが、それを取り除く術がねぇんだ。 ・・・と、言うよりはだ。 アイツを止められる奴がいたら、教えてもらいてぇぐれェだ。 おい、誰かいねェか? あの女をぎゃふんと言わせられる奴ァ・・・ いねぇよな。 憂鬱だぜ、まったく。 ───あァ、まったくだ。 LOVE-method of solving 1 頭痛の種は今日も元気に傍迷惑という花を咲かせた。 昨日は何だったか。 確か、俺の授業中にいきなり教室に怒鳴りこんできて何かと思えば、俺が金を返さねぇだの何だのと散々喚き散らしていきやがった。 ・・・いや、それは一昨日だ。 昨日は、朝の会議中に紙飛行機を飛ばしてきやがったんだったな。 無視してたら小っちぇえメモ用紙で作ってた紙飛行機を、その内手当たり次第その辺にあるでかい紙を折って作っては投げてきやがったんだ。 そりゃお前は俺の背中に隠れて、校長からだって見えねぇだろうけどよ。 俺ァ通路越しに校長を見てんだ。 つまり、テメェみてぇに机に並べられた本に隠れることができねぇ。 隠れようとしたって、隣の列の同僚の影に自分の身体を隠すぐらいしか方法はない。 よもや振り返ってそれを受け取ろうもんなら、直ぐに校長にその動きを悟られて俺が話を聞いてねぇってことで目を付けられる。 わかってんのか、コラ。 おい。 ・・・おい。 ・・・───おぉっ!? 「・・・この・・・ッ!!」 しまった。 女の作戦は成功。 俺は後頭部に当たってかけていた薄いメガネはカシャッと音を立てて床に落ちた。 机上には女の机にあった筈の教科書。 この女。あろうことか本を他人の頭目掛けて投げてきやがった。 しかも角が的中するようにだ。 つい怒りに我を忘れて振り返っていた。 勿論、こっぴどく叱られたぜ。 教師がそれだから我が校の進学率が上がらねぇだとか。全校集会で話を聞かねぇ生徒が多いだとか。 全部俺の所為にして、その実単なる校長の愚痴を散々聞かされて朝から俺の気力の全ては失われた。 で、今日は何をしているか? 聞こえてくるじゃねぇか。 あの悪魔の笑い声がよ。 アイツが上機嫌の時ァ近づいちゃいけねぇんだ。 それは俺を陥れようとしているか、陥れる計画に奴がほくそ笑んでる合図だからな。 ・・・いけねぇ、つーのに。 何だ・・・?! 今、俺の後ろで何が起こってる・・・ 笑い声がどんどん近づいて来る。 逃げろ。 逃げなければ、絶対ェ何かが起こる。 あぁ、それもとびっきり良くないことが起こる。 「ゾロ!」 弾け飛んだかの如く明るい声が聞こえた途端、数学教師ロロノア・ゾロは石のように固まっていた。 ************************* 「ナミ、てめェ・・・俺に一体何の恨みがある?」 強い面を引きつらせて、ゾロは拳を震わせた。 その戦慄く拳に彼女は一向に動じず、微笑んで一枚の写真を手渡す。 「まぁまぁ。そう怒ってばっかりいると、人間老けこんじゃうわよ。見てよ、これ。よく撮れてるわよねぇ」 指で挟んだ一枚の写真をピラピラッとはためかせて、どうぞとばかりに彼の手元に差し出した。 「阿呆ッ!こんなモン早く捨てろ!!」 「あら。誰に向かって口聞いてんの?今私が持っているのはなぁに?」 ふふっと笑ってナミはそれを彼の顔に突きつけた。 あまりに勢い良く差し出されたそれが、微かにレンズに当たって掛けていたメガネがずるりと鼻筋に沿って落ちる。 そこに映っているのは、目を丸くして固まる自分と、この女。 生徒達が持っていたインスタントカメラを見てまた悪戯を思いついたのだろう。 写真の中の女は、ゾロの腕を取って、強張った頬に口付けをしている。 彼の弱みを完全に握ったとばかりに艶然とした笑みを浮かべてナミは、その写真を見てまた頬を赤らめながらも思いっきり顔をしかめた同僚に高笑いを見せてから「いいから取っておいて」と言う。 「だから、捨てろって・・・」 そっぽ向いたゾロにナミがくつくつと肩を揺らした。 「やぁね。あんた一体イクツ?ほっぺたにキスされたぐらいで、照れてんの?まさか生まれてこの方彼女がいないとか言うんじゃないでしょうね?・・・やだぁ、そんな顔して・・・」 「決め付けんなっ!何が『やだぁ』だ、てめェは・・・!!」 怪訝な表情を浮かべた顔は、あっという間に元の笑みを浮かべた。 こうやってこの女はいつだって自分をからかうのだ。 だが、今回ばかりは許せない。 許してはならない。 さすがに俺の我慢の限界を越えた。 そもそもこの女に対する俺の怒りバロメータは常にMAXレベルみてぇなもんだ。 だが、この女。するりするりと交わすもんだから、その状態を維持したまま今日まで来てしまった。 俺が寛容ってぇこともある。 心が広いんだ、俺ァな。 黙って好きにさせてやってんだ。 決して女の思う壺になってんじゃねぇ。 だがな。 生徒の前で頬とは言えき、き、き・・・─── と、とにかく、誰もいねぇとこならまだしも・・・いや!そうじゃねぇ。 そういう事をしたかったらまずその前の段取りってぇもんが・・・・ ・・・違うだろ。アホか。俺は。 この女を図に乗らしたらとんでもねぇ事になるこた間違いねぇ。 そうだ。いい機会だ。今日こそはっきりと言ってやらねば。 「いいか、この際だから言っておくがな・・・」 「今更、何よ。あんたがこの前私の机からペンを借りてまだ返してないことぐらいお見通しよ。どうせなくしちゃって、黙っておけば私にはバレないとか思ってたんでしょ?」 「て、てめェ気付いてたのかっ!?」 「当たり前じゃない。一日100円でちゃんとツケてあるわ。えっと・・・今日でちょうど10日ね。1000円よ。」 なんつー女だ。 ちょうど赤いペンがねぇからって、向かい側の女のペン立てに無造作に突き立てられてたそれを確かに借りた。 んでもってなくした。・・・なくしたんじゃねぇ。探せば絶対ェある。 探してからそこに戻しておきゃ、この女のペン立てには他にも似たようなペンがぎっしり詰め込まれているわけだし、バレるわけがねぇと思ってたんだ。 ・・・まさか、あのペン全部それを狙って置かれた罠だったのか? 毎日数えてんじゃあるめぇな。 巧妙な罠を仕掛けやがって・・・ しまった! またコイツのペースに乗るところだった。 しっかりしろ、俺らしくもねぇ。 「いや、俺が言いてぇのはそれじゃねぇ。それは絶対ェ返す。借りたもんは返す主義だ」 「へぇ。随分ご立派なこと言うじゃない。」 持っていた写真に目を落としながらナミが微笑んだ。 「とてもじゃないけど、私のファーストキスを強引に奪った男とは思えないわ・・・」 「・・・おい、待て。何の話をしてやがる。大体俺がいつ強引に・・・」 写真をパッと後ろ手に隠して、ナミが瞳を伏せた。 いつもはくるくる表情を変えて笑みを浮かべたり、怒ったり、いきなり真面目な顔をしたかと思えば、俺をからかってふざけたりするものだから、この女でもこれほどに切ない顔をすることもあるのかと、ゾロは息を呑んだ。 そう言えば、今は自分が二人で話をしたいからと言って、授業中だから生徒も通らない裏庭に誘ってここまで来た。 たまたま空き時間が重なっただけなんだが。 数日前のあのキスシーンを収めた写真をいきなり見せられて、慌てて彼女を連れ出したのだ。 木陰で二人っきり。 遠くからは体育教師の掛け声。 最上階の音楽室からは、学生達のけだるそうな歌声。 ざわ、と風が吹いた。 緩められたネクタイは、ピンで留められているわけでもない。 風の思うままに流されて、その重みにゾロはようやく我に返った。 (また嘘だ!信じるんじゃねぇ!!) 内心で言い聞かせて、コホンと咳払いをしたのは数秒のこととは言え、彼女に見惚れた自分を隠したかったからだ。 この女、性悪だが顔はいい。 いいだけに、生徒の人気も高いし他の教師からも好評を博している。 そいつが何故か俺だけをターゲットにその本性を見せるからどうにも始末が悪い。 俺が困っていると言ったって誰も信じようとしねぇし、それどころか、女のことを口にしただけで、思春期真っ只中の生徒は「ナミ先生が好きなんだ」とか冷やかすし、同僚は「ナミ先生が嫌いなんですか」なんて訝しむ。 俺が悪評を流して悦に入る男と思われるのも癪で、最近はそれすらも諦めた。 迷惑だ。 あぁ、迷惑だとも。 今のコレだって演技以外の何でもねぇ。 この女が男を知らねぇわけがねぇからな。 悔しいが自分の中の男の部分がそれを認めてんだ。 ・・・自分の中の人間の部分は、認めるなと囁くがな。 「もう騙されねぇぞ」 フン、と鼻を鳴らして女の手から写真を奪った。 思いっきり破いて、破いて、跡形もなくなったそれを風に散らす。 強い春風がひゅうと吹いて、無数の紙片をどこかへと持ち去っていった。 「いいか?いい加減俺にチョッカイ出すのはやめろ。俺にだって限度ってぇもんがある。今度何かしたら・・・?」 ・・・お? な、何だ・・・? いつもみてぇに言い返さねぇのか? おいおい、何を名残惜しそうに屑っきれの行方を見てんだ。 まさか本当の話だったわけじゃあるまいし・・・─── ・・・本当なのか?! そ、そうなのか? いや・・・確かにコイツはたまにガキくせぇと思ったが・・・ まさか今の話が本当なら・・・この唇を奪った男は今まで一人もいねぇってことで・・・そりゃあ惜しい。 こんだけ柔らかそうな唇を誰も味わってねぇとは。 (・・・違うだろっ!!) ブンブンッと首を振って、ゾロが口を真一文字に結んだ。 未だ寂しげな瞳で写真だったそれを見詰めていた彼女が、ふと気付いたように足下に視線を落とす。 草葉の上に、一枚、風が忘れた紙片があった。 屈んで、手に取ったそれを見てナミは深い溜息をついた。 「・・・もう、何が写ってたかわかんないわね」 ゾロの胸には罪悪感という名の棘が深く食い込んでいく。 「ナミ・・・いや、俺も・・・やり過ぎた」 しゃがんだままその紙片を大切そうに持って、俯いてしまったナミを励まそうとゾロはたどたどしく言葉を紡いでいく。 「その・・・まぁ俺も忘れる。だから、そんな気にすんな。」 なっ、と言って彼女の反応を待っていると言うのに饒舌な女がどうしたことか、何も返してこない。 「おい、代わりに何か奢ってやるから」 この女が金にがめついことは、一年職場を共にしたからよくわかっている。 そう言えば、きっといつものように笑顔になって高いレストランに自分を連れて行こうとするだろう。 ・・・その願いは流石に言葉にするだけで、実際に休日に会おうとかいう約束はしたことはないが。 「・・・いらないわ」 ぽつりと呟いた彼女の声があまりにもか細くて、ゾロの胸にまたずぶりと棘が深く突き刺さった。 それこそ、女の機嫌を取ったことなど一度もない。 付き合った女どもからは大抵気の利かない男だと罵られて、その関係は終わった。 ナミは自分がこうして欲しいとかああしろとかいう希望、いや半ば命令をほぼ毎日ゾロに言う。 だから、この女はきっとこういうタイプだと心の奥底で彼女の印象は最悪の形で固まっていた。 もしも今、ナミがいつもの様に頬を膨らませて怒っているのならば、その機嫌を直す方法はいくらだって思い浮かんだだろう。 だが、こんなナミを見るのは初めてで、ゾロはただ戸惑うことしか出来なかった。 そんな自分が歯痒くて、クソッと呟いた後に頭をガシガシと掻き毟る。 さてそこからどうしようかと、腕を組んで彼女を見下ろしていたが、何の言葉も出て来ない。 「ナミ、何かして欲しいことがあったら言え。一回だけテメェの言うことを聞いてやる」 結局、思いついたのはその言葉だけだった。 ナミがしゃがんだまま彼の顔をじっと見詰める。 その後で、彼女は満面の笑顔を花咲かせて「本当ね?」と、打って変わって嬉々とした声を出していた。 「・・・まさか、テメェ・・・」 「ゾロってば本当に面白い奴ね。すぐ信じちゃうんだから」 軽く言って、ナミはよいしょ、と立ち上がった。 「また演技かよ・・・」 脱力しきった男の肩をポンッと叩いて「何でも言うこと聞いてくれるのね?」とナミはにっこりと微笑んだ。 その手を振り払おうとすれば、その前に女はもうすたすたと歩き出して、背を向けたままで片手を振る。 「ゾロ、あの写真はあんたの分。焼き増ししてもらったのよ。勿論ネガは私が預かってるわ」 さぁ、どうしようかしらねぇと呑気な声で呟きながら女は校舎の影に消えた。 |
Next >> Back to TOP |