LOVE-method of solving
4 俺に奢ってもらうつもりで財布を持ってきてねぇって言ってた。 タクシー捕まえるにしたって、こんなトコで運良くそれを拾えるわけがねぇ。 時間も時間だ。 レストランから出て、辺りを見渡してみてもその女の姿はどこにもない。 ゾロは走り出して、だが、車があることをすぐに思い出してすぐにそれを動かした。 勢いこんで走らせたと言うのに、ナミの姿がその道沿いにない。 やはりタクシーを拾って帰ってしまったのかと諦めた時に、ふと、見知らぬ道に来ていることに気付いた。 (・・・やっちまった) ナミの後を追うために駐車場から出る時元来た道へと曲がった筈なのに。 真っ直ぐ一本道を走らせただけなのに、知らない土地へと来ているということは、その時点で間違えたのだ。 曲がる方向を。 舌打ちして、すぐさまUターンした車を猛スピードで走らせた。 だが、いくら探しても薄いピンクのワンピースを着た女なんかいないし、歩きならいくら道を間違えたとしてもすぐに彼女に追いつけると思ったと言うのに、いつしかその車はゾロの見知った道へと着いていた。 ナミの家の住所は家に戻って職員名簿を探さなければわからない。 休日の渋滞に巻き込まれた車の中、ゾロはハンドルにもたれかかって大きな溜息を漏らした。 ナミは言葉通り一変して自分を見なくなった。 今日は何をされるのかと思っていた日々が嘘のように、平穏な時間が流れていった。 向かい側に座ったナミに謝ろうとしても、彼女は顔を上げないし廊下でだって生徒と話すことに夢中になった素振りをして、話しかけてくれるなとばかりに目を逸らす。 これで良かったはずだ。 俺が望んでた日々がようやく訪れた。 アイツに気を乱されて、授業中にポカすることもなくなった。 基礎を叩き込む授業は順調。 生徒どもはもう次のターゲットを見つけて、俺を嘲ることも忘れてしまったらしい。 あぁ、平和だ。 だが。 釈然としないコレは何だ? あの女が目を逸らすたびに苛立って、向かいのデスクにいればこっちを見ろと念じてる俺は、何だ? アイツがあんまり大人しいから、気が抜けてんのか? 俺らしくねぇ。 どうやったらこの腹の痛みはなくなる。 答えは見つからねぇ。 ************************* 「ナミ」 彼女がそんな態度になってから二週間。 明日からゴールデンウィークが始まるという日、ようやくゾロは彼女と二人きりになることができた。 いや、二人きりで、なおかつ彼女が逃げられない場所はどこかと懸命に考えたのだ。 何しろ話しかけようとすればすぐに逃げ出してしまうし、じゃあナミがデスクワークをしている時にこっちを向け、と丸めた紙を投げつければ何の反応もない。昼休みなら時間があるのかと思いきや、どこかに雲隠れしてしまっていくら探したって見つからない。 ここまで来れば、彼女を尾行でもしてつかまえてやろうかとも思ったが、さすがにそれは出来なくて悶々と考えた末に彼女が美術部の部員達を帰した後なら、確実に二人になれると踏んで今日、実行に移した。 夕暮れに赤く染まった美術室から最後まで残っていた2人の生徒達が出て行ったことを確認して白いドアに手を掛けた時にはしばし躊躇いを覚えたが、だが、このままの状態を続けることもどうも腹立たしい。 えい、とばかりに勢い良く開くと、広い教室にガラと大きな音が思いのほか鳴り響いて、ゾロは突然不安に襲われた。また彼女が逃げてしまうだろうかとか、彼女が何も答えなければどうするかとか、また喧嘩になってしまうかと今更になってそういう場合も有り得ると気付いたのだ。 だが、彼女にそんなことを気取られてはいけない。 教室の片隅でキャンバスをじっと見ていた女が振り返って、心情を隠すために殊更強く彼女の名を呼んだ。 「・・・何?」 ふっと顔を曇らせて、それだけを言うとナミはまたキャンバスに視線を戻した。 それでも無視されたわけでないという事実は、ゾロの足を前へと動かす。 椅子や机が隅に押しやられた美術室の真ん中を突っ切って、彼女の傍らに立った。 何をそんなにじっと見ているのかと後ろから覗き込めば、抽象画と言うのだろうか。意味のわからないその絵にコメントの出しようともなく、ゾロは会話の糸口を見出せずに押し黙ってしまった。 「わざわざこんな所まで来て、あんたらしくないわね」 その通りだ。俺らしくない。 「私に構われなくなってせいせいしてるんだと思ってたわ」 よくわかってるじゃねぇか。 なら何で俺の気を逆立てるようなことばっかやってたんだ。 「・・・それとも・・・」 ナミが口元を微かに緩めて「寂しくなった?」と言った。 笑っているのに、笑っていないようにも見える顔に、ゾロは一体その問いの真意は何かと訝しんで眉をひそめると、すぐに「冗談よ」と撤回する。 「話があるなら聞くわよ。と言っても、何か言われるようなことをした覚えはないけど」 この女、非常に不機嫌だ。 言葉の端々が荒げられて、妙に刺々しい。 「・・・したじゃねぇか」 「してないわよ。自分が機嫌悪いのを人に所為にしないでちょうだい」 「俺ァ別に機嫌なんか・・・」 「生徒が皆言ってたわよ。最近のあんたがいやに不機嫌で、簡単な質問もできないって。」 ・・・なるほど。 道理で授業中がいやに静かなわけだ。 アイツら、俺の機嫌を伺ってたのか。 そりゃ冷やかしも止むはずだな。 「一人で納得した顔してないで、早く用件を済ませて。私、もう帰るんだから」 イラついた顔で、ナミはゾロを見た。 何か。話をしなければ、という思いに駆られて、不意に彼女の向こうにあるキャンバスが目に入る。 「それ、誰が描いたんだよ」 「・・・これ?誰が描いたんだっていいじゃない。」 「ま・・・ぁ。そらそうだが」 しまった。会話が終わってしまった。 ナミが呆れたように息を吐く。 「あんた、本当に何しに来たの?・・・ちなみにこれを描いたのは私。あんたには意味わかんないでしょうけど」 「・・・・・・」 ここで口が上手い奴ならこの絵を褒め称えているところだろう。 だが、自分が解釈できない物に対して賛辞の言葉がすらすら出るほど自分はお人好しではないし、かと言って作者の前で『意味不明』なんて言うわけにもいかない。 結局黙ってしまったら、ナミはまた呆れたように言う。 「どうせ上手いかどうかもわからないんでしょ?あんたって全部顔に出るんだから。正直過ぎるってのも困りモンね」 ふふ、とナミが笑った。 「でも、そこがあんたのいいところだわ」 彼女が微笑んだ瞬間に、赤く染まった教室は暖かさを取り戻して、ゾロの心にあった緊張の糸はするりと解きほぐれていく。 今しかない、今でなければ訊くことはできない。 「・・・そういう俺が好きだって?」 しまった。その他にも訊きてェことも言いてェことも山ほどあるってのに。 あの日はどうやって帰ったんだ、とか。 俺が本当に毒見役じゃなかったのか、とか。 もしかして、メシを奢るって約束してからずっと俺が誘うのを待ってたのか、とか。 俺をからかってたんじゃなくて、俺の気を引きたくてガキみてぇに纏わり付いてやがったのか、とかな。 その質問を全て集約しちまった俺の言葉に、俺が一番ビビッってる。 目の前にいる女がいくら目をパチパチやったところで、俺の内心で早くなってく心臓の音に勝るスピードではない。 「サンジくんが言ったの?そうね?ち、違うわよ!何であんたなんか・・・あんたの反応が面白いからからかってただけじゃない。まさか、それで誤解しちゃったんじゃないでしょうね?あんたがそういう男だとは思わなかったわ」 「・・・お前がそう思うなら、そういう男で結構だ。」 「な、何開き直ってんのよ!」 「話を逸らすな」 また顔を背けた女の腕を掴んで、自分へと向かせてみれば、ナミは耳まで真っ赤になって少し泣きそうな瞳で俺を見た。 堪らなくなる。 彼女の髪と同じ光が白い肌を殊更美しく際立たせている。 掴んだ腕に力を込めると、ナミは僅かに顔をしかめた。 「・・・放してよ。痛いじゃない」 「正直に言うまで放さねぇ」 振り払おうと動かしたところで、鍛えてる俺に敵うわけがねぇだろ。 ジム通いの成果をこんなとこでしかお披露目できねぇのは少々情けないが、まぁ良しとしよう。 「アイツに全部聞いたぜ」 「・・・だから、それは嘘よ。お料理を教えてもらうのに何か適当な理由がないと、ビビにも悪いもの。既婚者への配慮ってやつ」 よくもまぁペラペラと口が回るもんだ。 だが、そんな泣きそうな顔で気張って言われたら愈々もってそれが嘘だってわかる。 「じゃあ・・・何で、俺を避けてんだ」 「変なこと訊くのね。あんたが迷惑だからもう関わるなって言ったんじゃない。お望み通りでしょ?それとも、何?あんたってマゾ?嫌なことされるのが嬉しいの?」 「嬉しいわけねぇだろ。俺ァただ・・・」 「ただ、何よ?どうせサンジくんの話を真に受けて良心が痛んだとかそういうことでしょ?話はこれで終わりね。サンジくんは、ただ誤解してただけ。私はあんたのことなんかこれっぽっちも気になってなんかないわよ。もういいでしょ。早く出てってよ。」 ダメだ。取り付く島もねぇってのはこの事だ。 そもそもこの女に俺が口で勝てるわけがねぇ。 クソ。俺が呆気に取られた隙を狙って腕を振り解きやがった。 何か、何か他に話すこたねぇのか。 何か・・・─── 「・・・おい、その絵」 「何よ。まだ疑ってんの?一回言ったことはすぐに理解してもらわないと困るのよね。私だってヒマじゃないんだか・・」 「その絵、名前とかあんのか?」 「・・・名前・・・?」 「ほら絵とかってよ。名前が付いてるじゃねぇか。俺ァよく知らんが・・・」 「ナミワークス105号よ」 そう来たか。 こりゃ単刀直入に訊いた方が早そうだ。 「それ、数字だろ。つーか・・・公式じゃねぇか」 ごちゃごちゃと筆を重ねただけに見える絵を、よくよく見ていればそれが数字の羅列。いや、何と言えば良いのかはよくわからないのだが、青や紺の背景も大小の数字が埋め込まれているそのキャンバスの真ん中にはよく見知った公式がこれもまたよく見ないとわからないぐらいぎっしりと詰め込まれて一本の線にも見えるそれがぐるぐると螺旋を描いている。 「ふぅん。腐っても数学教師ね。」 「何だ、その腐ってもってのァ」 「あんたの言う通りよ。これは公式。・・・って言っても私は意味がわかんないけど」 「こんなモン、一年の範囲じゃねぇか。」 じぃっとキャンバスを見て、何故わからないとばかりに首を傾げるゾロは、ナミが頬を膨らませたことも気付かずに次第に視界が悪くなる教室でそれにしてもよくもまぁこんな細かく描けるもんだなどと変なところで感心している。 「数学なんて嫌いだもん。この絵にはその思いを込めたってわけ。それを仕事にしてるあんたの気が知れないわ」 「そりゃ気が合うな」 屈ませた腰を伸ばして、ゾロが大きく体を伸ばしてからナミを見下ろした。 「俺もお前が理解できねぇ」 「ホント、気が合うわ」 彼女の唇から小さな溜息が漏れたことをゾロは、聞き逃さなかった。 自分と目を合わそうとしない女は、やけにゆっくりとした動作で、キャンバスを布で隠した。 「俺とお前は似たモン同士か。」 彼はいつしか落ち着きを完全に取り戻して、それならば、と内心で呟いた。 素直になって自分の心と向き合ってみれば、彼女に振り回されながらもそれを良しとしていた自分がいた。 ふとした折に彼女に見惚れる自分もいた。 男と話している彼女の姿に、有体な言葉を使えば、嫉妬とやらを憶える自分もいた。 解: 故に俺はこの女を 「俺の勘違いでもねぇ。あのコックの話ってのァ本当だろ」 問2 ナミは俺をどう思っているか。その解を求めよ。 「俺とお前が同じってんなら」 俺にちょっかいをかけていたのは、俺へのアピールだ。 何とも分かりづらかったが・・・いや、その実至極わかりやすいアピールでもあった。 俺以外の人間をからかう事などまずなかったし、すぐに腕を組んできては上目遣いに俺を見た。 生徒の前でだって「アタック中よ」なんていけしゃあしゃあと言ってやがったのも、本心だったのかと思えば可愛いもんだ。 約束にかこつけて俺の家まで来て、俺を意識したから、急に大人しくなったんだろう。 俺がなかなか休日に誘わねぇから、焦れて自分から誘ったのは、俺がコイツの手料理を食ってやったから自分に気があると思ったんだろう。 途端に何もしなくなったのは、俺にフラれたとでも思ってんのか。 状況証拠は揃った。 しかし、何つー手間のかかる女だ。 初めッからそう言えばいいものを、婉曲的に意思表示するから悪ぃんだ。 「あんたと同じ?」 「あァ。俺とお前が同じってんなら、テメェの方が嘘吐いてるだろ」 視界がグラリと揺れて、ゾロは慌てて飛びついてきた細い体を抱き締めた。 何とか足に力を入れて倒れまいと必死な彼の胸で、ナミは泣いているのか、肩が震えている。 「おい・・・ナ・・・」 「やっと自覚したのね!」 堪えきれないとばかりにナミが大きな口を開けて笑った。 「本当にあんたってば鈍感なんだから。このままだったらどうしようかと思っちゃったわよ。二週間も私を待たせて・・・」 ずるい奴、と小さく言ってナミはその唇でそっと彼に口付けを落とした。 頬ですらやわらかいと感じたその唇が、自分の敏感な唇に落とされる。 眩暈だ。 さっきまで見てたキャンバスの中の螺旋が自分の頭の中で回っていく。 唇を吸った彼女が顔を離すと、居ても立ってもいられずに、ゾロはその顔を両の手で包むとぐいとそれを引き寄せて今度は自ら、激しく彼女を求めた。 メガネが当たらぬようにけれども彼女の全てを吸い取るように角度を変え、何度も口付けを交わす。 胸をぎゅっと掴み上げる女の吐息が漏れて、ゆっくりと彼女を解放した。 「・・・ゾロ。好きよ」 やっと聞かされた言葉は甘い響きを耳に残す。 「演技だったのか」 「あんた一年も気付かないんだもん。これぐらいして当然だわ。」 「・・・じゃあ、あのサンジって奴もグルか?」 「あら。グルって言い方はないんじゃない?そりゃあの後送ってもらったけど、あんたが居た時はサンジくんだって信じてたわよ。」 どうよ、私の演技力は、とばかりにナミはニィッと口の端を上げた。 「送ってもらった、って・・・───」 「あんたがどう出るか隠れて見てたのよ。まさか駐車場を出る時から道を間違えるなんて思わなかったけど。でもまぁすぐにすごいスピードで戻ってきたから許してあげる。あんたも、食べて行けば良かったのにね。本当に美味しかったわよ。」 ゾロが一気に脱力してしまったのは、言うまでもない。 だが、それにしたってこの胸に広がる心地よさは何だろうか。 呆れたように溜息をついて、けれどもゾロは肩に回された彼女のしなやかな腕の重みに口元を緩ませた。 「ったく・・・」 「何かご不満でも?」 いや、と首を振って、ゾロは呟いた。 「お前っつー女の方程式だきゃ解けねぇな」 「あら、いいじゃない」 難しい方が燃えるでしょ? 冗談めいた口調で得意げに笑った女は、見たこともないほどの極上の笑みを浮かべて柔らかな唇をそっと重ねた。 「まずは、公式Aを教えてあげるわ。あんたにこれが解けるかしら?」 解: 無回答 これからじっくりこの女を解き明かす術を考えよう。 |
●反省中● まさかリク受けた時に冗談で言ったセリフを本当に使うことになるとは思いませんでした。 数学(むっつり)教師ゾロたん。美術教師ナミたん。 3456HITを踏んでくださった真牙さま・・・いかがでしたでしょうか(ドキドキ・・・ ご希望通りの二人が書けていると良いのですが。。。 なんかナミたんが元気良いというよりは、小悪魔に(;; え?どのセリフがそのセリフかって? 皆様のご想像にお任せいたします。(笑 |
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